綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

政治は最高道徳

政治は最高道徳である。と前綾部市長四方八洲男氏はよく口にされていた.これはアリストテレスの言葉で,政治は理想を持っていなければならぬ.理想と現実は常に乖離する.現実は常に理想をくじく形で立ちはだかる.過酷な現実と格闘する人間の行動が政治でありその行動の軌跡こそ最高の道徳が立ち現れる。政治が最高道徳(善)であるならば、今民主党、自民党で行われている党首選挙について,理想的な党首選挙とはいかなる方法が最善なのか。自分の保身を考えて党の顔を誰にすれば,自分もっとも有利な選挙が行われるのか。と議員が右往左往していないか.党としての統治機構が崩れ去って,何でもありの選挙になりつつあるのではないか.今日もテレビを見ていたら,中田宏氏が総裁と幹事長が相争うなんてことは,統治機構の消滅ではないのか指摘されていたが,同席されたいた某議員も反論せずにうなずいておられた.総裁と幹事長が相争う総裁選挙が理想的な選挙などと誰も思っていないだろう.前代未聞のことではないのか(私の認識に錯誤があり、一度福田赳夫総裁兼内閣総理大臣と大平幹事長が争ったことがある。これには理由があり,福田氏より大平氏への禅譲の約束が破られたという経過があった。信なくば立たずという政治家としての理念を遵守しなかった福田氏の裏切り行為に、大平氏が敢然と反旗を翻した聞いている).本来ならば幹事長が一歩譲って総裁を支えるのが人間としていな政治家として最高道徳の実践へと道筋をつけていくあり方ではないかと、私は考えるが間違っているか。人に譲るという精神も人として生きる道ではないのか.政治家は人にゆずつていれば一生うだつが上がらないのか。そんな理不尽なことはないだろう。恩義も忘れ、謙譲の精神ももたず、義理もすてさり,受けた情けを仇で返し,長幼の序もわきまえない,そんな姿勢が政治家として本当に許される生き方なのだろうか.かりそめにも、そのような総裁のもとで選挙に臨んだときに、国民の信頼を果たして得られるのだろうか。他方民主党では,細野大臣が、野田総理に弓を引くようなことは最後に思いとどまられた選択は賢明であり常道であろう。産経新聞によれば決断力に欠けると批判し,野田総理が解散風を吹かせたために若い連中が腰砕けになったとか。政治屋でなく政治家をめざすならば、政治は最高道徳の実践であることを忘れずに、政治家として国民に模範となるべき行動を示していただきたいと切に願う。
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by ayabemorinaga | 2012-09-08 16:16 | 政治・議会 | Comments(0)