綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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読書

佳書とは、それを読むことによって、我々の呼吸・血液・体液を清くし、精神の鼓動を昻めたり落ち着かせたり、霊魂を神仏に近づけたりする書のことである。」つまり読書とは結局自分との対話ではなかろうか先賢の言葉を通して宇宙の真理を知り、自分の生き方を確認する.自省する者ほど強い者はない。だから読書とは不動の自分を創っていく方法なのだ。そんなスバラシイ読書がしてみたい。秋が深まる頃だから--
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by ayabemorinaga | 2008-10-20 19:20 | その他 | Comments(0)

歩き方

「人の歩く姿は、耳が肩の上に来て鼻がヘソの上に来るのがいい。」とか、みなさんはどんな歩き方をしておられますか。自分の歩き方を一度確かめてください。
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by ayabemorinaga | 2008-10-19 16:53 | その他 | Comments(0)

人間暗いところばかり見つめれば暗くなる。明るく考えている人間は、おそらく運命からも愛されて、明るく幸せな人生を送ることが出きる。最後に頼れる者は自分しかないというギリギリの決意これほど人間に自立心を与えるものはない。いかなる時も希望と夢を捨ててはいけない。
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by ayabemorinaga | 2008-10-18 15:16 | その他 | Comments(0)

倦むことなかれ。

子路が政治について孔子に尋ねたら、「先頭に立って骨を折ること。ねぎらうこと」と言われた。「もっとありませんか」と子路が尋ねたら「倦むことなかれ」----途中でいやになってはいかんぞ、といわれた。人間は結果が出て、自分の思うように成らないと、つい嫌になり、投げ出してしまうことがままある。継続は力なりとよく言われるが、これは真理だ。継続は倦むことを乗り越えない限り成就されることはない。つまり継続自体、弱音をはきがちな自分との闘いである。つまり修業なのだ。きびしい厳しい修行なのだ。どんな困難なときも、結果が最悪であろうと、倦むことなくやり遂げる事が大切なのだ。できるかな、できないなではダメである。
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by ayabemorinaga | 2008-10-17 16:47 | その他 | Comments(0)

節度

「日本人に一番欠けているものは節度です。物事のホドということを知らない。集中豪雨のように輸出が増えたら相手はたまったものではない。だいたい、飲み過ぎてゲロゲロやったり、二日酔いになったりするのがよい例で、酒はあすにだって飲めるのに、なぜ我慢できないのか。日本人は、すぎるか、偏るか、無理したがるか、必ずこの三つのどれかです」と中国人が言ったそうです」コレはまた手厳しい批判ですね。でも少しは合っているかも。節度コレはなかなか難しいですね。よいころ,塩梅、中庸、言葉としては知っていますが、何がよいころであり、いい塩梅なのか、実践するときの判断はどうも難しい。
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by ayabemorinaga | 2008-10-16 13:47 | その他 | Comments(0)

剛か柔か

政治には二つのやり方があると思う。ひとつは剛の政治、ひとつは柔の政治だが、一般に剛の政治を行った方が良い。コノ二つはたとえてみれば火と水のようなものだ。火の性質は激しく見るからに恐ろしいから、人々は怖がって近寄ろうとしない。だから、かえって火によって死ぬ者は少ない。ところが、水の性質はいたって弱々しいので、人々は水を恐れない。そのためかえって水によって死ぬ者が多い。柔の政治は水のようなもの、一見易しそうだが、実は非常に難しい。一般に政治家は、人気や評判を気にするあまり、柔に偏った姿勢、国民におもねた政策を採りがちである。昨今の國政をみれば一目瞭然である。財源の裏付けのない事を平然と口にして国民におもねて票をかすめ取ろうとしている。さらに、國の安全保障なくして国民の安心安全はあり得ないと言うことをしっかりと考えていただきたいと思う今日このごろである。
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by ayabemorinaga | 2008-10-15 09:12 | その他 | Comments(0)

嫌いなタイプの人間

弟子の子貢から、嫌いなタイプの人間はと孔子が聞かれて、次のように言っておる。第一は「ことの悪を称する者」つまり他人の失敗を喜ぶ者である。第二は「下流にいて上を誹る者」つまり部下ととして上司の陰口をたたく者。第三は「勇にして礼なき者」つまり、ただの乱暴を勇気とはき違えている者。第四は「果敢にして塞がる者」つまり独断を決断と勘違いしている者。さらに「情熱家だが、そのくせ裏表がある。純情家だがそのくせ手練手管を使う。愚直だが、そのくせこすっからい。こんな人はどうしょうもないと嘆いている。そうかもしれない他人からそのように観られないよう心得なければいけないと改めて思う。
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by ayabemorinaga | 2008-10-13 17:27 | その他 | Comments(0)

友人

つきあって為になる友人というのは、剛直な人物、誠実な人物、教養のある人物の三つのタイプである。そして、為にならない人物というのは、易きにつく人、人触りの良い人、口先のうまい人間であると孔子はいっておる。さもありなんとしきりに感心するなり。
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by ayabemorinaga | 2008-10-13 17:11 | その他 | Comments(0)

「絶えず不愉快な忠告を耳にし、思い通りにならない出来事を抱えてこそ、自分を向上させることが出きる。耳に快い事ばかり聞かされ、思い通りに成ることばかり起こっていたら、自分の人生をわざわざ毒びたししているようなものである。」孔子も、「良薬は口に苦いけれども病に利あり.忠言は耳に逆らえども行いに利有り」と言っている。思うに任せぬ人生を活きていく上で、何より必要なものが忍、つまり辛抱です。中国には昔から、幸と不幸は循環スルという思想があります。今不幸であっても、やがていいときが巡ってくる。そう自分に言い聞かせながら現在の苦しみに耐える。このように前途に希望を持った辛抱なら辛抱のしがいもあります。私たちのすむ地球は平均の法則によって支配されている。一生の内には、貧困の苦しみに耐え努力を重ねることによって、やがて裕福な時が訪れる。神は努力をしている人々を一生不幸にしない。つねにバランスをとられている事を忘れないでほしい。
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by ayabemorinaga | 2008-10-11 09:47 | その他 | Comments(0)

座忘

勝海舟が氷川清話という本のなかで次のように語っています。「人は何事によらず、胸中から忘れきると言うことができず終始それが気にかかるようでは、たまったものでない。いわゆる座忘といって、何事もすべて忘れて、胸中闊然として一物をとどめざる境界に至って、初めて、万事万鏡に応じて縦横自在の判断ができるのだ」無心の境地に成ってこそ、どんな事態にも柔軟に対応できる判断力が身につくのです。海舟が言っておる座忘と言う言葉も簡明に言えば無心の境地ということでしょう。忘却とは忘れ去ることなり、忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ。どこかで聞いた言葉と思ったら、放送作家菊田氏「君の名は」のなかの有名な言葉である。忘れることが、いかなる苦しみ悲しみからも逃れる方法でしょうね。人は神から忘れるということをいただいた。この座忘をしっかりと実践したいものです。でも忘れてはいけない事まで忘れてしまうことが多い。何をわすれ何を忘れないかをキッチリと心得ておくことですね。大事な事まで忘れては困りますね。でも古い記憶が思いだせなくなっています。でも言葉まで忘れることはないでしょうね。
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by ayabemorinaga | 2008-10-10 15:27 | その他 | Comments(0)