綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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年末のご挨拶

今年の年末は、なぜか、時間が早く過ぎていてくようであります.惜春、という言葉がありますが、惜時間という気ぜわしい年の暮れです.
あれも、これもやらなければならない事が多くありすぎて、手が回りませんというのでしょうか。時間の過ぎゆくのが、こんなに惜しまれる感じがするのは,ながい人生の中で,初めてのように思われます.そんな私の思いには関係なく時間は過ぎていきます。このブログを飽きもせずに読んでいただきました皆様方に感謝申し上げます.本の孫引きやら、知ったかぶりもいいところ、反吐が出そうだよ.と思われることが多くあったのではないでしょうか。私を知っていられる方などは,よく,ぬけぬけとあんな事がいえるものだと,半ばあきらめ,しらけきっていられることでしょう.そんなことは百も承知ですが,わかっちゃいるけど、の歌の文句じやないけれど、やめられないなんて偉そうなことを申しております。----皆様方良いお年をお迎えください。
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by ayabemorinaga | 2009-12-31 09:42 | その他 | Comments(0)

車の両輪

二元代表制には、議会は批判・監視を加えながらも、両者の協調心が欠かせない.従って議員の発言の中には、長の執行ぶりを批判する場合、必ず枕詞として褒める言葉を忘れてはならない.三の事を批判する場合、一つは褒め言葉か゜ほしいものである。ただ批判するだけが能ではない。すべて議員の発言には地域の進歩、発展の為にあることを理解したい。これは議会における協調心と言ったほうが良いでしょう.議会と執行機関はよく車の両輪と言われている。おたがいが言うべき事を言い批判すべきを充分に行って、最後は地域社会の繁栄のため、住民の福祉の向上、地域発展のために<両者は緊張ある関係を維持しながら、協調しあうという事である.反対のための反対の態度は許されるべきではない。そんな事は言われなくてもわかっているよ。とおっしゃりたいのはよくわかりますが、議会活動の中で実行実践できているでしょうか。
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by ayabemorinaga | 2009-12-30 16:36 | その他 | Comments(0)

議会で発言

議会の使命、議員の本分は議案を審議し、これを批判し、是正しながら当該地方団体の意志を決定し事務事業を推進することである.もとよりこの批判とは、相手をやっつける為ではない.議会用語としての批判という言葉は、建設意見とか、憂い悲しむ声という意味であるといわれている.議会には批判のための批判、言い放題の策のない評論家は必要ない.議員の発言は、納税者の立場に立って行政を監視し、公正な行政の確保が唯一の任務である.すべて議員の発言は地域社会の発展策をどうすれは良いのか、どうすれば産業が振興し、住民の所得の向上に結びつくのか、どうすれば住民への行政サービスが最小の経費で最大の効果をあげることが出来るのか、その策をと言うのか、代案をもって批判の発言をしたいものである.全くその通りであるが、いかんせん、私の是までの発言などはただわからないから聞いているといつた発言ばかりが多くて、一つの施策というか政策をもって発言批判したことは少ない、と言うより皆無であった。と自省をする昨今である。しかし、まてよ、教育関係については若干施策としての提言をしたかと思っていたが、行政を充分理解させるだけのしっかりとした調査に基づく施策の提案では無かったようだ。しかし、だ.議員個人の調査能力には限界がある、そのためには議会事務局のスタッフの充実が必要か。
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by ayabemorinaga | 2009-12-28 07:11 | その他 | Comments(0)

議員その1

政治家にとって住民による人気は無いよりもあったほうが良い。しかし、絶対になければならないと言うもの出もない。しかし、今日人気が無ければ活動が出来ないと考えている人もいる.一方住民にも大きな責任がある.選挙ともなれば政策よりも、良い人柄、気さくな人だと人情を絡めて投票する傾向が見られる.今日地方分権の選択と創造の時代を迎えて、自ら何をなすべきか.不人気と思われる政策であっても、これに断固として実行する骨太の首長が求められていると思われる.議員も古い人気取り的な考え方から、批判のないところに地域の発展はあり得ないと、政策第一主義に切り替えて訴え、今では人気取りは諸悪の根源であると、政策中心の議員になることが期待されているのではないか。
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by ayabemorinaga | 2009-12-26 16:01 | その他 | Comments(0)

議会

孔子は政治の要諦は信なくば立たずと言っている.綾部市議会においても,このことは討論されてきた。信という言葉は,人と言から成り立ち人間の言語、行動を表す信頼、信義という言葉で表現される.この孔子の教えを引用して議会の使命を考えると,議会政治の要諦は,監視なくば立たずと、監視こそ住民からの信であって、監視、批判なくして議会なしと言ってもいいのではないか。今後は視点をがらりと変えて、大先輩がおられるのに議員歴八年未満の私が,知ったかぶりしてもの申すとご批判があるかとも思いますが,これから議会のあり方、議会活動、議員の品格等,諸々のことについて私見を述べていきたいと思っています.是非厳しいご批判、ご意見を承りたいと思います。私は、批判なければ進歩なしという考えに立脚していますので、.批判は甘んじてお受けしますが,面罵はご容赦願いたい。
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by ayabemorinaga | 2009-12-25 08:42 | その他 | Comments(0)

智慧

人間の値打ちを決める最終的な要件は,智慧である.それなら智慧とは何か。それは問題に直面して間違った判断をしないことである.出来うる限り正しい有効な判断をすることが出来る能力である.では、判断力とは何か。判断力とは,問題を解決出来る方策を見いだす思考力である.では解決とは何か。人間の世界おける解決とは,それに関係している多くの人々をもっとも喜ばしい状態へ導くような目処を立てようとする心構えである.と言われている,まさにその通りである.が、実際に問題に直面して間違った判断をしないことである.それが智慧というものだと言われても,難しい..私などは横から口を挟んで皆様に迷惑をかけるような智慧しか持ち合わせていない。
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by ayabemorinaga | 2009-12-24 07:59 | Comments(0)

損得

人間の生き方にとって、何が最終利益となるか.人間が生を受けて,死ぬまでの間の最終的な損得、物質というかお金とかそういった一切の諸々のものを含めて,すべてを統括してた一番得な生き方は何か.       自分は認められていないと強く思う者は,まず、,自分を認めてくれるような感受性、ものの考え方、評価軸を持った人物像というものを,自分で考えて探し出すことが必要だ。しかも,そして自ら努力をして、ひとの目にとまる場所へ,自分を可能な限り仕向けていく恒常的な努力がいちばん得な生き方である。つまり,回りくどい言い方でわかりにくいかもしれませんが,要は,この世の中で,人に認められる存在としての努力を日々研鑽していくことが,一番得な生き方である。と孔子は言っている.そのための近道として政治家を目指すことも考えられますが,これは万人受けする考え方ではない.とにかく、人々に認められるための努力を各人がすること,その姿勢修養がひととしてこの世に生を受けた以上大切なのですよ.人々に認められるには,まず信、奉仕の精神をしっかりと身につける事でしょう.目先の損得だけを考えて行動している人のなんと多い事よ。人は利益でしか動かないと喝破した人もいるが.人間の心底には、そのような考えがドクロを巻いていることもある事は否定しない。,それが見え見えでは情けないだろう。人を見る目をしっかりと養い,こうと決めたらぶれないことだ.損得勘定で何事もなすのではなく、最後までその人と行動するだけの胆識を持つ人物になれ。あんたはどうなのー私を身近でみていられる方は,偉そうなことばかり言っている.ともうすっかり見抜かれていますから、弁解はしません。
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by ayabemorinaga | 2009-12-23 09:25 | その他 | Comments(0)

不平不満

人間がもっとも辛く悲しく思う状況、それは,自分がほかの人間と比べて何かをより少なくしか与えられていないと、絶えず思い知って鬱屈するひがみである.浮き世の生活に於いて我々は年がら年中、他人となんやかや比較して情けなく思っている.所詮人生とは不平不満の果てしなき連続であるかもしれない.人生に於いて外から与えられる恵みについては,いつまでたっても不足の思いが残るものである.足を知るという事もあるが,知っていても,なかなかそのような境地にはなれないで,何時までもうじうじしている.情けないと思うが,これが現実の姿である。この頃私は、一言いわなくてもいいことを言っては人々を困らせている.困った存在であります.物言えば唇寒し,そんなおもいがしながらも、ついつい良からぬ事を口走り,人にいやがられる存在になりつつあるな,とわかっているのですよ。人様には,じっくりと考えてものを言わなければ、とんでもない誤解をうけるな、と.反省自省はするのですが,どうも偽物であり,自らの行動と一致しない。でも生きているから不平不満が言えるのだ,ありがたいことだ.自分は納得しても,不平不満をぶつけられた人は,誠にはた迷惑なことでしょうね。ごめんなさい.ですむ話ではないかもしれないけど,今はごめんなさい、しかいえないのです。不平不満もいいけれど,未来に向かって希望と夢を持って歩もうよ.一度だけしかない人生なのだから-
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by ayabemorinaga | 2009-12-22 14:37 | その他 | Comments(0)

自尊心

およそこの世のすべての人は,生まれたときから死に至るまで自尊心というとげとげ・いがいがの塊を,奥深くにずしんと据えている.それ故に人から馬鹿にされているのではないか,誰かから舐められているのではないか、という警戒心の鋭敏なレーダがしょっちゅうくるくる回っている.そのため周りの人すべてにたいして固く身構えてかかる.うっかり相手にやわらかに出たら,頭を下げてきたなと見下されると変な気をまわす。結果として,みんなお互いに角突き合わす構図になる.みんな心のそこで寂しく辛い。そこをなんとか、やせ我慢で踏ん張っている.人間とは愛に飢えている人間なのだ.人間とは,常に寂しがりやで切ない生き物なのだ.でも自尊心を振り払って生きる事が出来れば,どんなに楽な生き方が出来ることか。ても,人間である限り自尊心をなくすことは出来ない.自尊心こそ人間として身にまとう高貴な衣装なのだから-そうでしょうみなさま。
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by ayabemorinaga | 2009-12-21 08:37 | その他 | Comments(0)

研修とは

公務員試験なるものは,ただただ、記憶力のみをテストしているのではないか.勿論面接もあるが,面接だけで智慧、倫理観すなわちモラル、義務感などについて見抜くことは困難であろう.智慧に於いて優れている,倫理観に於いて優れている,義務感がバッグンであると言った保証は何もなく、ただ記憶力が優れているだけで,国家公務員になったり、地方公務員になっているのではないか.記憶力だけでは,海のものとも山のものともわからないではないか.それが智慧という次元に於いて結晶してこそ,本物である。が,悪知恵と言うこともあるから油断がならない。せっかくの智慧が悪智慧とならないためにも,倫理観の裏打ちが必要になる。そして公共に奉仕するという義務感が徹底していなければならないのだ。故に、公務員として採用した暁には,徹底した研修が必要になるのだ.その研修は,智慧を磨き、倫理観の確立、公共に奉仕するという義務感の完成、これらをしっかりと身につけるための研修こそ,必要ではないか。そういった取り組みが,それぞれの現場で実践されているだろうか。おざなりの研修であってはならない。こんなコメントをつけくわえておこう.ある企業の経営者に聞いた話であるが,余り頭の良い人は,何かをやれと言って指示しても,即座に判断をしてやれないと言ったことを言うが、頭が切れすぎない人たちは,考えれば出来る.やれやれとけしかければ,困難だと思われていることでも必ずやり遂げる。あんまり賢すぎない方がいいとか.そんなもだろうか世の中は。さて、具体的に頭はよいが,倫理観の欠如している例として、守屋元防衛相次官が収賄罪で起訴されていてるし,ずいぶん前になるかな,厚生労働省の次官も起訴されている.
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by ayabemorinaga | 2009-12-20 18:24 | その他 | Comments(0)