綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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極楽

極楽という名前を聴くと,芥川龍之介の名作、蜘蛛の糸の冒頭に書かれているような有様とにたような姿を,頭に思い浮かべるのではないか.ある日のことでございます.お釈迦様は極楽の蓮池のふちを,独りぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました.池の中に咲いている蓮の花は,みんな玉のように真っ白で、その真ん中にある紺色の蕊からは,何ともいえない好い匂いが絶え間なくあたりに溢れています.極楽はちょうど朝なのでございましょう。この描写のなかには,明らかに間違いがあるのですが,皆さんお気づきになりましたか.そんな事わかるはずがないじゃないか。そうーそうですね.私なんかも全然わかっていませんでした。ーーひょっとしたらお坊さんもわかっておられないでしょうね.こんな事ぃうえばお坊さんに大変しっれいになるかとも思いますが。そ-りゃーお坊さんは知っておられるよ。そうそうそうですね.ところでどこが間違っているか.考えてみてください。どこのところが書き誤っているところか。
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by ayabemorinaga | 2010-06-30 06:31 | その他 | Comments(0)

倶会一処

この言葉は,倶に一つの処出会うと言う意味である.墓地に行くと、ときたま、このような墓石を見かけれるとがある.是こそが、死後の世界を信じている証拠なのだ。なぜなら、我々は,この世でなんか縁があった人人には,死後においてもどこかで生き続けてもらいたいし,その場合、どうかすばらしい世界に生まれていてほしいと言った願いがあり,万一不幸な状態であるとしたならば、なんとしてでもより良い世界に生まれさせてあげたいと言った気持から、死者供養を行ってるのである。そして、その根本には,今供養している自分だって,やがて死んであの世に行かなければならないが,そのときは是非とも縁のあった人達が生まれているのと同じ世界に生まれたい、という想いが有り,それが具体的な形として表れたのが,倶会一処と言ったものであると言われている.昨日もこのブログに書いたが,皆さんは死後の世界が有ると考えていられるのか,ただ是までの習慣として,しきたりとして、追善供養などを行われているのか。まもなくお盆が近づきます,一度死後の世界が有るやなしや,お考えになっては、忙しい毎日だ,そんな事を考えている閑などあるか、と一喝されそうですが。ところで、あんた、まだ,性懲りもなく、お坊さんの説教をしょうとしているの---いやあのその--そんな事がしきりと気になる年になってきたと言うことでしょう。
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by ayabemorinaga | 2010-06-29 06:13 | その他 | Comments(0)

冥福と追善

冥福というのは,冥土の幸福ということであるから,当然、死後の世界において幸せになってほしい,という事である.追善というのは、もし死者が,この世で生前になした業によって無事成仏することが出来ないとしたら大変であるという考えから,残された者達が,死者の代わりに善行を積むことによって,死者が死後の世界で良い結果を受けるようにと言う願いなのである。したがって,冥福にしろ追善にしろ、ともに死後の世界の存在を認めることによってのみ,出来るのであり,そんな世界がないとしたならば,いかなる供養も全く無意味になってしまう.皆さんは死後の世界をみとめられるの、それとも否定されるの、何言っているの,そんな事など考えたことがない,昔からのしきたりに従ってやっているだけなの、あ-らそうなの,それよりあなたいつから、坊さんになったの--なんて言わないでくださいね。
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by ayabemorinaga | 2010-06-28 18:47 | その他 | Comments(0)

四苦八苦

ずいぶん昔のことで、いかなる席であったか忘れたが、僧侶が四苦八苦について解説されたことがあった。ああそうなのかと、眼から鱗が落ちたような気分に浸ったものである。八月に執行される市会議員に立候補される方々は、まさに四苦八苦の戦いを通じて、勝利の確信を手にされている方もおられることだろう。中には余裕綽々の方もおられるが。そのことはさておき、その四苦八苦とは、まず四苦とは,生、老、病,死という四種類の苦しみの事である.人間として生まれた者は,誰でもが一瞬一瞬のうちに老いてゆき,やがて病にかかり,最後は死んでいくのだ.という事になる.誰でも自分の死を知識として知っているにもかかわらず、死ぬ時期だけは知らされていない.だからこそ人間は平気で生きていけるのだろう.今までは人のことかと、おもうたに,俺が死ぬとは,こいつはたまらん.てなことを言わざるをえない.本当に自分の死が予知出来たら,おそらく誰でも慌てふためくだろう.死んでも命があるように、と言うふざけた事を言ってごまかそうとする。つまり,何時までも生きたいと願う人間が持っている本能の叫びなのだ。さて,後半の四苦とは,愛する対象との別離で、これを愛別離苦という。祖父母、両親、配偶者、兄弟姉妹、親類、といった多くの愛するひどひどと永遠に別れ無ければならないのがこの人生である。嫌悪する対象との遭遇で、これを怨憎会苦という。どうも虫がすかんイヤな奴だと思っている人と一緒に仕事をしなければならない苦しみである。欲する対象が手に入らないことで、これを求不得苦という。求めても求めても、自分の思うようにならない苦しみである。五蘊盛苦とは,心身によって構成されている人間存在そのものが苦である。人生とは,苦しみの連続である.その苦しみから逃れる道は成仏である仏教は説いている。
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by ayabemorinaga | 2010-06-27 07:19 | その他 | Comments(0)

輪廻転生

私たちは、権限があり、上に立てば立つほど、実情は見えにくくなることは、しっかりと知っておくべきである。人間は、自分が可愛いから、自分の生殺与奪の権を持っている人には、耳に心地よいことしか言わないものだ。だから権力者は、いつも自分に傲慢になってはいけないと言い聞かせていないと、足もとを救われかねない。言志後録第64条にこういうのがある.晦に処る者能く顕を見、顕に処る者は晦を見ず.訳すれば、日の当たらない立場に有る者には、日が当たる立場の者の挙動がよく見える.逆に日の当たるところにいる者には、不遇の者の事がよく見えない.そのものずばりである.このことを知っているだけで、自分への戒めになる.権力者には、へつらうが、そのような権力を持っていない者の言うことは、知らぬ顔か無視をする。悲しいことだが、人間rすべてとは言わぬが、そのような態度で接しようとする。たとえ権力者であろうと、先が見えている者の言うことはいい加減に聴く.権力を持っているときは、へいへいと何事も、ご無理ごもっとも、聴いていた人か゛、権力の座を滑り落ちたとたん、どなたでしたか、なんて顔して、何事も聴く耳を持たない態度をとられる.これが世の習いと諦めるのか.今に見ておれ、そんな態度をとれば、やがては自分に跳ね返ってくると自覚してるのか。.人様々なれど、浮世の風は冷たいものよと悟るのか。権力を駆使して縦横無尽に振る舞っていると、やがて地獄に堕ち、再びこの世に生を受けたとき、自分が権力者としてこの世に存在しふるった権力よりも、もっとむごい仕打ちを見知らぬ権力者から、受けなければならない羽目になりますよ。是が輪廻転生ですか、いやいや本当の意味での輪廻転生は、とは言いませんが、輪廻転生の理念には少しかなっていますかな。
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by ayabemorinaga | 2010-06-26 09:13 | その他 | Comments(0)

座禅、内観のすすめ

古来大きな仕事を成し遂げるに至った人は、甘え心を去った人であったと言われている。明治維新に活躍した志士は甘え心を捨てて国家のために働いた。ではどうしたら、自分の中の甘え心をそぎ落とし、信頼されるに足る人物になることが、出来るだろうか。甘え心をそぎ落とすためには、死に目に遭うとか、倒産するとか、投獄生活を送ることが必要であると言われている。絶対絶命の立場に立たされないと、人間はなかなか甘え心を、削ぎ落とす事は出来ぬそうだ。しかし、自ら進んで闘病、倒産、投獄を経験する訳にもいかぬ。ではどうするのか。座禅、静座、瞑想、内観、である。そして、自分に残された時間は、後いくらもない無いと思うと、時間の過ごし方が真剣になってくる。人間はどこまでも自分自身で有るべきで、特定の人に依存すべきてない。そんな事はわかっている。されど、人に依存しなければ解決出来ないことも有る。ところが悲しいかな、特定の人に依存して、期待が外れると、憎むようになる。すると、憎んでいる自分も、その否定的な感情にまきこまれて、自分の人生を駄目にする。それは自立自尊の精神が欠落しているからだ。と言われれば、その通りである。自立自尊、言うことはやすし、されど実践は難しい。そんな事を言っている間は、絶対絶命の困難を経験していない、はな垂れ小僧の言うことだ。年を重ねてもその程度か。なんて笑われるだろう。座禅の会があれば、今後は座禅に取り組み、いつまでたっても、こころに住み着く甘え心を断ち切って、人生を達観出来る境地を獲得したい。みんなに笑われないためにも、出来るかな、なんて笑わないでください。私は座禅、内観をしていませんーーーなんちゃって--
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by ayabemorinaga | 2010-06-25 05:53 | その他 | Comments(0)

批判監視の府

批判監視を失って議会なし、とも言われますが、議会は批判監視の府と言われているのであります。住民の声を代表して公共問題を話し合い、当該団体の行政をよりよいものにするために、建設的な批判を加え、仕事のやり方を監視し、いわば曲がったものがあれば、これを正し足りないものがあれば、是を補って、行政の公正、適正を確保する事が議員の重要な本務であります。常に政治は批判によってこそ成長すると言われています。古来から、批判反省のないところに、政治の公正、社会の進歩はあり得ないと言われてきたのであります。議員は常に納税者の立場で、すべてを考えそこから批判力を高める発想監視の眼を育てなければならないのです。それではあなたにお伺いしますが、あなたの議員生活を総括されたならば、あなたは、しっかりと何事も納税者の視点で、議員活動を行ってこられましたか。その審判を受けるのが、市会議員選挙であろう。新人議員は議員としての公約をしっかりと掲げて、市民の審判を仰ぐ事になる。二元代表制の一翼を担う議会議員として、政策立案能力が大いに期待される時代に入ってきたな、と言う想いがひときわ強く感じられる昨今である。
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by ayabemorinaga | 2010-06-24 06:14 | その他 | Comments(0)

調和

世界には様々な民族がいるが、見事に調和がとれてほれぼれするような民族もあれば、権力闘争に明け暮れてばかりいるどうしょうもない民族もいる。なぜ権力闘争のようなレベルの民族が存在するのか。それは、構成員の一人一人が自分勝手なことをやっていると、みんなうんざりして、ばらばらになっていくのだ。今の国政の状況は、まさに、みんながばらばらになりつつあるのではないか。こんなに多くの政党が出現すること事態が、みんなばらばら、国会議員がそれぞればらばらになって勝手なことをやり始めているとはいえないか。ところが、たった一人でもいい、人知れず黙々と善行を積んでいる人があると、それを知った人は襟を正される。自分もしっかりしなきゃと自分で自分を戒める。その善行は、口から口へ、人から人へと伝わっていく。その結果、人間としてしてはならない事はしないという、一本筋の通った毅然たる民族ができあがっていくとか。国会議員自ら襟を正し、権力闘争に明け暮れることなく、国民のために、善政をお願いしたい。そして、一本筋の通った民族で国家をけいせいしてほしい。参議院選挙を目前に控えて、ふと、そんな想いに駆られる。
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by ayabemorinaga | 2010-06-23 07:58 | その他 | Comments(0)

卑劣

卑劣な根性。これほどイヤな言葉はない。人間性はゼロに等しい。何が卑劣か.匿名の告発。匿名の誹謗中傷。内部告発。匿名の非難。陰湿な嫌がらせ。落書き等、自分が正しいと思ったことは、実名で意見として言うべきである。内部告発、匿名の告発、これらはいずれも他人の不正を暴くための手段である。故、許されると言った風潮が蔓延すれば、この世は闇だといいたい。人間不信に陥るだけである。人間が信用できなくなる悲しいと言うより悲惨である言った方がいいだろう。自分が正しいと思えば、正々堂々と批判をし意見を戦わすべきではないのか。人が見ていなければ、卑劣な落書きなども何の精神的呵責を感じない人間に成り下がって書き殴っているのか。まじめ、誠実、正直、そんな価値観などとうてい持ち合わせていないのではないか。人間性に目覚めよ。そんなときには怒りさえ感じられる。卑劣行為を当然と考えて良心の呵責も感じない人間では情けないではないか。もっともっと平和で、人の温かみがしんみりと感じられる世の中であってほしい。卑劣な行為を恥じない人間にはなってほしくないと、願うのは私だけであろうか。道徳的な事を書けば必ず茶々が入るこれも卑劣な行為ではないのか。
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by ayabemorinaga | 2010-06-22 16:52 | その他 | Comments(0)

さらば青春

自分は何のために生まれたのか.何をなさなければいけないのか.そういった天命、使命を自覚しない人間は、ひとかどの人物になれないという事である。自分の使命を突き詰めて考えると、命は自ら為すと言う決意が生まれる.人のせいにしたり、境遇のせいにしたとしても、それは結局責任転嫁であり、甘えでしかないことは自分が一番しっていることである。そんなときこそ、志が固まってくる。志とは、実現しょうという意志である.寝ても覚めても、そのことだけを考え続け、ついに実現に至る。志は青春時代にのみ必要なものでもなければ、青春は年齢でもない。青春は、何事かを成し遂げ、有終の美を飾ろうという決意が、決まったときから始まるのだ。私もそういった意味で考えるなら青春時代である。どのような青春時代として決着をつけるか、今真剣に思案をしている。さらば青春、されど青春、といえるような、青春との決別を。
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by ayabemorinaga | 2010-06-21 07:18 | その他 | Comments(0)