綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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制度疲労か

昭和53年に、28年続いた蜷川革新府政から、林田府政に変わった.その間、府民の府立高校に対する進路保障への不満はビ-クに達していた.そのために、昭和58、年に高校教育制度検討委員会が設置された.その答申に基づき、昭和60年に高校の普通科に類、類型即ち一類二類が設置され、生徒の能力に応じた学習(教育基本法第3条に、すべて国民はひとしく、その能力に応じる教育を受ける機会与えなければ----と明示されている)が実施されるとともに、小学区制から、(高校三原則、総合制、小学区制、男女共学)学校選択制へと一歩踏み出した.そして、昭和62年からは職業学科改変が実施された.その結果、府民の期待、信託に応える教育が実施されて、多大な成果が上がった。が、現在では、類類型制度が、また過度な学校選択か、高校間の進路保障の格差の拡大か゛制度疲労を起こしたのか、二類が募集定員割れがあちこちの高校で見られるようになったようだ.そのためか、府教委は類類型を廃止を打ち出し、各学校で特色あるカリキュラム編成を答申するように求めているようだ.有る校長に聞くと、学科改変認められないと聞く。学科改変なくしてどうして特色有る学校づくりが出来るのか.カリキュラム編成では縛りがあるために特色有る編成など出来ない。府教委は高校教育制度をどのように改変編成をしょうととしているのか。府議会でしっかりとせっめいされているのか。私は、類類型を廃止するなら、是は大きな制度変更であり、府教委内部の検討ではなく、まず、高校制度改革検討会議を立ち上げて、多くの府民の声を聞きながら、実施するのが正論ではないか。高校教育にたいする府民のニ—ズを把握すると同時にまた、それぞれの高校の実態、地域要望をしっかりと把握をされル事が必要であろう。勿論府会議員が地域の高校の実態はしっかりと把握されているので、府議会で教育問題について検討、政策提案、チェク機能を果たされているとは思うが。現状はどのような状況なのか。市教委の教育長は、教育問題での議論の時には、教育の総和は進路保障である.まさにその通り、そのためには、教育に携わる関係者は、条件整備はもとより、教師の指導力の向上と意識改革に就いても的確な指導が実施されるべきである。(教師の意思統一を強調される府教委幹部もいるが、必ずしも過去の実績から言えば正論とはいえないと私は考えている。)がその必要がない場合もある。府立学校の教師の進路保障への取り組みに格差が見られる事は遺憾である.それは校長の責任であると思うが。我が町の高校も高校間格差が拡大したのはなぜか。批判なければ進歩なしというのが私の信条である。ご意見があればどうぞご遠慮なく。























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by ayabemorinaga | 2010-10-28 08:39 | その他 | Comments(0)

慧眼

今日ある方と教育について話し合った。まちづくりについて、教育の大切さをじっくりと語っていただいた。宅建業者が土地、住宅を販売する場合に、子育て世代の母親は、教育の充実している町を選ぶという事であった.まさに慧眼、目から鱗が落ちたとはこのことか.子供将来の進路が保障される中学、高校がある町を.このことがわかるかな.近隣にいろんな中学、高校があり選択肢があることはいいことだ.なんてのんきなことが言っておれるのか。そのかんがえも一理はある。否定はしない。だが、子育て世代の母親が、教育の充実したまちで住みたい.という事になれば、教育の充実していない町はみすてられる.そのことがひいてはやがてボデ-イブロ-のように効いてきて経済、発展を阻害して、疲弊した町へと転落していくことを。宅地が売れて、住宅建設が進めば、経済効果はバッグンである。21世紀は農業、環境、福祉、教育がより充実したまちづくりが、最重点課題であると思っている。環境、福祉、教育の充実したまちにこそ、老若男女が喜んで住み着いてくれる最低条件ではないか。(雇用の場有ることは必修条件である、福祉、環境施策の実施により雇用の場確保できる)
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by ayabemorinaga | 2010-10-26 14:01 | その他 | Comments(0)

亡びぬもの

功績や教養は、その肉体とともに消え去ってしまうが、人の精神は永遠に新しく生き続ける.栄誉や富は、世の移り変わりとともに価値を失うが、人の節操は千年を経ても依然としてとおとい。功績や栄誉や富などは、ただひとときの幻である。ひとときの幻とわかっていても人は生きている限り、それらを追い求めてやまない.それが人としての自然な姿なのかもしれない.いかに立派な功績がありまた教養が有ろうとも、それらは肉体とともに滅び人ひどから忘れられる。しかし、その人の精神(人としての生きるための崇高な精神を生存中に人人に示されておれば)永遠にいきつづける。人は生きている間に、人生如何に生きるべきかと言った精神を実践として示し人人に感化を与えるべきである。また、節操もしっかりと守るべきであろう.節操のなき人間ほど寂しいものはない.否情けないものはない.されど、人からのむごい仕打ちや裏切りによって、とっぜん節操を破り変節する事も有るだろう.それが人間なのだ。だが、永遠に滅びぬものは、精神、節操であることは間違いない。
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by ayabemorinaga | 2010-10-25 10:19 | その他 | Comments(0)

世間

世間を渡るなら、円滑な人間関係を作るよう心がけよ.それがなければでくの坊当然で、至る所で人とぶっかってしまう.ーーその通りーーだけど円滑な人間関係を構築するのがなかなかできないのだなあー人の言よく聞き、人と協調する心がなければ、円満な人間関係なんて作れるはずもない。世渡りは、.円満な人間関係の構築であると考えて、出来る限り人間関係を大切に生きる事に限る。
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by ayabemorinaga | 2010-10-24 12:05 | その他 | Comments(0)

無題

名誉も恥辱も気にかけず、庭先の花が開いては散っていくありさまをのんびりと眺めている気持だ。とどまるも、去るもおもいのまま、はるかな空の雲が、巻いたり広がったりするのと同じことと見ている。これが私の心境だ。晴れた空には名月がかかり、自由にとびまわれぬところはない。それなのに蛾は灯火を求めて飛び込み命を失っている.清水は湧き、草木は青々と茂って、飲食するものにこと欠かない.それなのにふくろうは腐ったねずみの死骸を貪っている。--ああこの世の人ひどのうち、あの蛾やふくろうの真似をしていないものが、何人いるのだろうか.人間は環境によっては無慈悲な行為も行うことも、人の為に命を投げ出すこともさえあえてすることが出来るのだ。故に、政治は人の住む環境を整え、憲法に明示されている、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する.ーーーこのことを実行する為の政策が最大最高課題である。国民は選挙で選んだ議員が国民市民のために憲法第25条に示される観点をしっかりと肝に銘じて活動しているかを見守るべきである。上記の文に示したような行為に走ったり、虚無感を国民に抱かせないためにも。----
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by ayabemorinaga | 2010-10-23 08:47 | その他 | Comments(0)

優れた人格によって得た地位名誉は山野に咲く花。放っておいてものびのび育つ.功績によって得た地位名誉は鉢植えの花。ご主人の気持ち次第で植え替えられたり、捨てられたりする.権力に取り入って得た地位名誉は花瓶に挿した花。見ているうちに、たちまちしおれる。皆さんの地位名誉は、上記の花三態のうちのどれですか。山野の花か、鉢植えの花か、花瓶の花か。勿論誰もが人格によって地位名誉を得るのが望ましいとは考えておられることでしょう.今の地位名誉からさらに上へと望むならば、人格によって地位を得るための努力をするのが人の道でしょう。たとえ、花瓶の花だろうが、鉢植えの花だろうが、それで地位名誉でも得られたら上等である。ところであんたは何によって地位名誉を得たのですか、勿論権力に取り入って得たものだと皆さんは考えておられることでしょう。皆さんよくご存じですね.花瓶の花ですよ。その花瓶に挿した花は何の花ってですか。そりゃ、桜ですよ。桜。花瓶の花で思い出した、甕にさす藤の花房短ければ、畳の上にとどかざりけり。と正岡子規が読んだ短歌がふと頭をかすめた。全然関係のない短歌であるが、花瓶の花が何の花かによって、権力に取り入って得た地位名誉も趣のあるものではないだろうか.それはとにかく、皆さんの地位名誉は何によって得られたものかじっくりと考えて、花瓶の花も、植木鉢の花もなかなかいい、美しく咲いているではないか。君子蘭か、胡蝶蘭か、いろんな花が咲き誇っている。このブログを見ておられる皆さんは、花瓶の花であれば、何の花が花瓶に生けられるのか。考えてみるのも面白いではないか。そりゃーいろんな花がいっぱいあるからね。花言葉を考えながら-----
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by ayabemorinaga | 2010-10-22 13:49 | その他 | Comments(0)

包容力

功績をたてて、事業を成し遂げるのは、たいてい包容力があって円満な人である.事業を躓かせチャンスを失うのは、きっと片意地で強情な人だ.確かに道理に叶っているが、必ずしもその通りではないような気もする。片意地で強情な人間がなりふり構わず、自分の意見を通して事業を成し遂げることだって有る.こんなやり方では折角の事業も長続きしないことに成るだろう。(偉そうな事を言っておる私だって老いの一徹でなりふり構わず自分の意志を貫いてやろうとしていることがあるから、人のことをとかくいえた義理ではない)しかし、包容力があり円満な人が事業を推進すれば、多くの人が就いてくる.一概に包容力と言っても、どんなことか、人の過去の過ちは暴かない、かけた恩義は忘れる.受けた恩義は忘れない、人に譲る心の持ち主、小さな事にとらわれない、信頼出来る人、などこれらのことが輻輳して重なり合い人格を形成している人と言えばいいかな。人に接するときは、いつも笑顔を忘れない。自分なりに包容力とは、いかなるものかしっかりと考えて、包容力のある人間に成っていただきたい。
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by ayabemorinaga | 2010-10-21 09:29 | その他 | Comments(0)

潔癖

世間を渡るのに、余り潔癖すぎる態度は良くない。いろいろな汚いものも、腹の中に治める度量が大切だ.人とつきあうのに、白か黒かでレッテルを貼ってはならない.善悪賢愚、様々な人を平等に受け入れるのが望ましい.言われているとおりで有るが、そんな人ばかりはいない.潔癖を装って恐ろしく腹の黒い人間がいる.自分の都合の悪いときに限り潔癖を態度に出す人がいる.何事もほどほどという事があるがこのような人にかぎって、そのほどほどさ加減が極端にわかっていない。人とつきあうときにレッテルを貼る必要がないことはわかっている。平等に誰とでもおつきあいをするが大切な事とはわかっている。是もまた至難の業にひとしいのではないか。平等も極端になっては、潔癖すぎるのと同じく、何か心にわだかまりがある.言うことは安いが、実行となると難しいですね、---ええそんな心構えでいるから有言不実行になるんだよ。ってですか。そうですね。
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by ayabemorinaga | 2010-10-20 12:13 | その他 | Comments(0)

畏れる

目上に対しては、相手をおそれ敬う心を失うな.そうすることによって自分が我が儘にならないですむ.目下に対しても、相手を尊重する心を失うな.そうすることによって自分が横暴の悪評判をたてられずにすむ.今頃こんな事が通用するのか.目上を尊敬するなんて事などあるのかな。そんなことを言っておる私なども常に先輩を先輩として尊敬する態度等かけらもなくて先輩から下克上の態度だと非難された。今更何言ってるのと笑われるだけである。目下に対しては、尊敬する心で接する人も時折見かけるが。とかく人ひどが畏れるという事をどこかに忘れてきたような、社会になりつつある。
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by ayabemorinaga | 2010-10-19 12:43 | その他 | Comments(0)

勝手に

沢田研二が歌っていた演歌に、勝手にしやがれっていうのがあった。妙に懐かしい感じがする。かってにしやがれ、こんな想いはどんなときにするのだろうか.自分の思いが相手に通じないときなのか.それとも自分が思い通りにならないときか.夏目漱石を草枕の冒頭で言っているが、意地を通せば窮屈だ。ーーーとかくこの世は住みにくい。意地を通して何になると思えばいいのだが、へんに意固地になる。そこが頑固者と言われる人の悪いところである.自分勝手に悪い方へ悪い方へ突き進んでいる事がわからなくなる。意地を張っても何の得にも成らない。自分が意地に振り回されているだけだ。。そして人から見ればつまらないことで意地を張っているとしか思えないことが多い。意地を張り我意を通さなければ男が廃るとでも思っているのか。踏ん張れば踏ん張るほど頑固者とそしられ、終いにはには勝手にしやがれ、お好きにどうぞーーなんて言われないように日々精進すべきか。
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by ayabemorinaga | 2010-10-17 11:53 | その他 | Comments(0)