綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

<   2011年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

格差

格差という言葉を英語に訳すと、ⅰneqUa1ityである。是は元々不平等という意味だ。格差という差がついているだけでなくて、その根底に不平等、不公平という意味が含まれる。不公平の部分しっかりと是正していくことが大事である。格差というが,たとえば一生懸命に働いてきた人の老後と、一生酒と±±で楽しくやってきた人の老後とでは差がつくことは当たり前ではないのか。格差という言葉には,現象として差がつくという部分と,その差が不公平によってもたらされたという部分と二つあるので両方考えることが必要になろう。不公平は見つけ次第直ちに直さなければならない。格差を論じる場合には、具体的な事例を引き合いに出して,議論をする必要がある。府立学校には,学校序列化や格差がないのか、経済的な不公平が現存しているのではなかろうか。大いに議論を進めていくことの必要性を感じる。議論を進める場合には,言葉を定義してからやらないと,混乱を招くのみである。即ち、格差とは、不平等とは、不公平とは、まず定義をして共通認識に立って議論をすすめないと,見解の相違であるなんて議論をぼやかしてしまうことになりかねない。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-28 14:48 | その他 | Comments(0)

政治家の言葉

政治家は言葉の重みをしっかりと考えて発言しなければならない。時の勢いに酔いしれて,舌鋒鋭く相手を攻撃すれば,やがて時を経て立場が逆転したときに,相手から過去の言葉を言質としてやり返される。言葉の重みをしっかりと理解して,慎重な発言が大事だなと思う場面が、今日の国会論戦を聞いていて感じた。人間は勝手なもので,自分の発言や、過去に書いたことなどすっかりと忘れて,相手から指摘されてもわからないことが有る。まあ,忘れると言うことも自己防衛本能かもしれないが。忘れると言えば,過去に言ったり書いたりしたことが前提となるが,記憶にございませんと言えば、言ったり書いたりしたことがないという前提に立っている。それはさておき、政治家は有権者に信頼されることが不可欠の要件である。有権者は何によって信頼するかと言えば,有言実行その一点に尽きる。また,政治家は言葉の重みをしっかりと理解して発言しなければ,有権者から見放されるな。私などは,言葉が軽く滑って人の心に響くような重みの有る言葉など恥ずかしい限りであるが,出来なかったものだ。人のふり見て我がふり直せ。なんてことは私には出来もしないが。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-26 17:02 | その他 | Comments(0)

極める

知性を得て,物事が客観的に見え出すと,この世に永遠なものはなにひとつない、という無常観に突き当たる。人間関係も業績や事業も,すべてのものには,必ず終わりがある。人の命も例外ではない。どうせこの世との別れがあるなら、虚しい人生か、限りがあるからこそ貴重な時間を有意義に過ごそうと考えるのか。人生を突き詰めれば、いずれ、別れや死と真っ正面から向かい合わざるを得ない。どのように生きて,どのように死ぬのか、という永遠の課題である人生哲学を極めることもこれ一つの生き方ではないか。先生、先生と威張るな先生、先生生徒のなれのはて,なんてお笑いなさいますな。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-25 14:39 | その他 | Comments(0)

捨てる

手に入れたいからこそ頑張るのであるが、人の欲望は際限がない。名声を欲し、愛欲におぼれ,過度の食欲を満たし,物欲に駆られて財を成そうとする。人の心の闇は深くはかることさえままならぬ。際限のない欲望が人を破滅に導く例は枚挙をいとわない。さて,人が生きていく上で最低限必要な物は何であろう。それ以外はさっぱりと捨てるのが気が楽である。ところが言うことは安しされど実行となると大変だ。私たちは日常生活で多くの物を捨てなければならないが,捨てることより多くの物を持ちたがる。衣食足りて礼節を知る程度にして,それ以外はすててしまえ。あっさりと,出来るかな。出来ないでであくせくするのが人間の性だ。欲を捨てよとは言わないしかしだ,がりがりの我欲は棄てよ。我が身のために。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-17 15:00 | その他 | Comments(0)

世間

世間が許さないとか゜世間で通用しないとか、ずいぶん子供の頃から聞かされてきたな。世間ってそんなに怖いものなのか。正体不明の世間なるものに振り回されて生きているなんて辛い事ですね。世間なるものを否定も出来ないしね。何か有るようなないような、どうもまさに正体不明の世間に立ち向かっていくほどの元気もなくなってきたしな。でも、世間なる物に振り回されてストレスをためることだけは避けたい。そのような事をほざいている私も世間の一人か。ならば他人様に迷惑をかけることだけはしたくない。人のことは言わないことが原則と心得たい。そのような立派なことが出来るだろうか私に。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-16 10:23 | その他 | Comments(0)

勝者

自分だけの力はしれている。どうしても、他人の力を借りなければならない。だが、それだけでは不十分である。さらに進んで、敵の力もわが戦力に役立てる所まで行かないと、真の勝者にはなれないとか。職場などの人間関係で、反対勢力や苦手の存在を苦にするケ-スが多いがどうせ排除出来ないのなら、むしろその存在をテコにして活用することである。自分が油断しないための注意信号と考えて努力することもできょう。また、味方の結束を固める触媒として利用出来るではないか。また、反面教師としてつかうことができるだろう。いやな奴がいたら、こういう人間にはなるな、という見本を示してくれる反面教師と考えればいいではないか。そういえば昔昔職場で校務分掌主任はすべて選挙で決めることになっていた。選挙で相手陣営の人を主任から排除するために徹底した選挙活動を行ったことが再三あった。その中心人物と相手方からはみられみられていたが司令塔は私の陰に隠れていた。私をある主任にさせないために、敵は、日和見主義者を私の代わりの主任にするために選挙活動を徹底してやられたな。こには油断大敵完敗をして私は主任から排除されたよ。そんなこんなで、常に多くの敵をつくってしまう人生航路であった。所詮、人生の勝者になることの難しさをしみじみと味わうことがおおかったが、今更いかんともしがたい性格は直らないだろう。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-15 13:34 | その他 | Comments(0)

保身

保身術といえば、上にへっらうことと思っている人がいる。そのように思っていても結構ですが、とんでもない。それは智慧のない人のやることです。本当保身術は安全運転のことで、上も下もない。とにかく人間関係に意を尽くしておくことである。特に人間関係では、平素の心がけ次第で相手は神にもなれば悪魔にもなるのである。組織内で身を守る第一歩は信頼される条件を不断から構築しておくことである。悪い噂が流れたときにあいつならやりそうなことだ。とおもわれるか、あの人に限ってそんな事はするはずがないと思われるかで、大きな違いだ。私などは、言ってもいない他人の中傷を私が言っていたよと言えば、それを聞いた相手は、そうか言っておったかヤッなら、そんな事も平気で言うだろうと肯定されてしまうから情けない。日頃の行いをみていてもそうだろう、と思われていることが残念である。どうも私の人生はマイナス評価が多いい。私も、転勤を進められたとき、かれは、----で失敗して転勤させられたらしいと人が噂すれば、彼は絶対そんな事はないと否定してくれる人などいなくて、彼ならやりそうなことだ。と思われるのが癪だから、転勤はご免被りたいなんていったことがある。まあ不断から人間関係は信頼されるような人間になるための努力を惜しまないことですね。ちかごろ、どうも当たり前のことばかりブログに書きますね。なんて、言わないでください。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-14 13:28 | その他 | Comments(0)

哀しい嘘のつけれる人にはなりたくないな。家庭教育に於いて、徹底した方針を持って子供を育てる事が如何に大切か。仏教経典にも人間として守るべき戒律が示されているが。それはさておき、盗み、嘘、暴力を子供が行ったときは、厳しい叱責をして育てるという事が改めて大事なことだな、と思うことがこの頃とみに感じられる。嘘は泥棒の始まりとも言われている。世の中には平気で嘘をつく人、人のものを盗んで知らん顔見つからなければ良いとばかりにすましている人、ぞんざいな言葉つがいで人が傷つくことのいかにおおいいことかそんな思いやりのかけらもない人がたくさんいる。歌謡曲に哀しい嘘のつける人なんて歌詞があったな。なぜ人は平然と嘘をつくのだろうか。嘘とは知らずに信じ込む人も憐れであるが、もっともらしく嘘をつく人こそもっと哀しくも憐れな存在ではなかろうか。嘘とわかっていても何回も何回も聞かされている内に、ほんとなんだろうとついつい信じ込んでしまう。まあ、時には人のお話を真に受けて聞くのでなく、ちょっと待てよ、疑ってかかることが必要かな。こんなことを言わなければならないのは情けない限りでありますし、人を信用出来ないなんてなんと憐れで哀しいことなのでしょう。嘘は必ずばれる。そんな事を偉そうにいえた義理ではありません私なども、何度か嘘をついてその場を凌いできた暗くて深い闇のような情けない過去がある。これからは哀しいウソのつける人なんて非難を浴びない生き方がしたい。何言ってのあんた、そんな事当たり前でしょうが、今更言われなくても知っていますよ。そうですね。そんな当たり前のことがしっかりと守れない人がいるのが哀しいのですよ。±±±厳しいご批判は甘んじて受けましょう。
[PR]
by ayabemorinaga | 2011-04-11 16:10 | その他 | Comments(0)