綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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人の心を傷つける

社会生活ではいろいろな意味で、考え方の違い、嗜好の違う他人との調和をどうするのかがもんだいとなる。やりたいことをやるのではなく、やらなければならないことをやる。人間の心理はふくざつである。その根幹ともいえるものが自尊心である。人はそれ故に苦悩し悲嘆に暮れ迷い憎悪をつのらせ、反発や敵愾心をもえたたせることとなる。人それぞれの自尊心を傷つけないためには、日常話しをするときに注意しなければならない事をかいてみる。無視する。挨拶をしても返さない、呼んでも返事もしない。見下ろす。人間のプライドは蔑視されたり、見下ろされることを極端に嫌う。侮辱する。軽視する。否定する。これらの態度はひどく人の心をきずつけるものである。当たり前のことであるが、私たちは、知らず知らずのうちにそんな態度をとっていることがないか反省をすることである。
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by ayabemorinaga | 2011-11-11 11:34 | その他 | Comments(0)

話力

話しは下手より上手に限る。私などは、話しを上手にしなければならない立場に立ったことがあるが、どうも話し下手で、相手に何を言いたいのかさっぱりわからない話しが多くて随分迷惑をかけてきた。今更いかんともいたし難しといことである。訥弁より雄弁であった方が好い。しかし、本当の話し上手と、技術的にうまい話し方とは区別すべきである。真の話し上手は、豊かな人間性、密度の高い内容、相手に対する的確な対応力、つまり話力をもった人で人間の総合力のたかいひとである。話力こそ現代に生きる人人が身に付けなければならないひっすうのちからである。話しの味は人の味である。日常の優し言葉で深い意味を表現して、くめども尽きぬ密度の濃いい内容こそ求められるのである。訥々とした話しでも人は心を動かされる。調子の良い軽快な話し方上手は、一時誤魔化すことが出来ても、人を感動させたり、納得させることは難しい。嘘もひゃかいいえばほんまになるから恐ろしい。口先だけの話しに誤魔化されてはいけない。その欺瞞を見破る眼力も必要だ。深い教養と品格のある人の話は人の心にやんわりとしみこむものだ。話力を高める努力が現代人のひっすう条件である。落語を聞いて、話しの間のとりかた話術を学習されるのも一つの方法かな。
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by ayabemorinaga | 2011-11-09 15:26 | その他 | Comments(0)

賢明な妥協

俺はすかれなくても結構だよ。ゲジゲジみたい嫌われれば本望だ。世間から受け入れられない人ノ好く口にする台詞である。酒の席での余興なら、まだ大目にみられるが、それにしても、あまり歓迎されるような言葉ではない。ひりぼっちなることは寂しいのであるが、開き直って極端なことを口走ってしまうことが、しばしばある。黙っていればいいものを、ついつい我慢することを忘れて、心にもないことを口走り世間を狭くしたり、人間関係を悪くしたりしてほぞをかむことがある。とにかく自分からわざわざ嫌われるようなことをするのは、ばかばかしいことである。社会生活は知恵のある妥協である。と、心がけたい。
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by ayabemorinaga | 2011-11-06 10:30 | その他 | Comments(0)
人は誰でもこうもありたたい、ああもありたいという夢を持っている。その心の奥底にある願いが叶えられたとき、人は満足し、喜び、またやる気を起こす。人間の心の奥にうごめくこのせっないほどの欲求を知り、それをかなえてあげることは、人間関係を作り上げる上での必修条件である。是に逆らったらひとりぼっちになる。人間は複雑で様々な動きをする。それは人の心の奥にある欲望を満たすためだといえる。人間の動きの奥には、そうさせる何かがあるわけで、決して無意味に動いているのではない。この奥にある人間の願いをしっかりと察してあげることである。沈黙なかにも、それがかたられていることがある。沈黙の意味を察する読みの深さは、誤りのない対応を促すことになる。人間の心の叫びを知り的確な対応をすれば、人間関係は良好に維持することが出来る。ひどひどの心の叫び理解して、誤りのない対応が出来れば、人に謗られることなく平穏に過ごすことが出来ようぞ。人の心の叫びをしり、人間関係を構築する様な、煩わしさから逃れるには、出家か、趣味に生きるか、芸術の世界に逃避するか。隠居するか。人それぞれの決断である。
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by ayabemorinaga | 2011-11-04 09:38 | その他 | Comments(0)

如何に話さないか

会議のときなどで、口をとがらせて何か反対しないと気がすまない人がいた。みんなからそっぽを向かれていたが、本人はわかっていないようだった。その人に同調しないと後で何の嫌がらせをされるかわからないので、嫌々その人についていっているひとが多かった。どうして静かに自分の意見が言えないのか大の大人が口角泡を飛ばして、声を張り上げなければならないのか。そんな人がいる会議は、何となく気が重いものでおっくうに感じて、早く会議が終わらないか、時間ばかりを気にしていた。他人の言動にやたらと反対したりケチをつけるのは、意見を言うと言うよりも、自己顕示欲の強い人か、優越感を誇示したい人である。また、他人から認めてもらえない欲求不満型の人がおおい。小さな問題を取り上げてあたかも重大問題かのごとくムキになる。反対なら反対でいいが、大声を張り上げて言わなくてもいい。小さなことは譲って大事なときにしっかりと意見を言えばいいのだ。大勢に影響のない細かいことに、ああでもないこうでもないとケチをつけて嫌われるのもほとほとにすべきである。そんな会議に私も教職時代に付き合わされてうんざりしたものである。会議は踊る。きょうはどのように会議が踊るのかなと開き直ってさんかしたことの如何に多かったことか。何でも言えば良いというものでもあるまい。沈黙も大事な話なのである。如何に話さないかーー難しいが大事な心構えの一つでもあろう。
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by ayabemorinaga | 2011-11-03 09:09 | その他 | Comments(0)

嫌われる上司

人間関係は単なる物質的利害得失だけでわりきれないものがある。人は金では買えない面がある。とよく言われる?そのことが利益になるからと言って相手が喜ぶとは限らない。人生意気に感ずで、損を承知でけっこうすることもある。人には好き嫌いがある。好き嫌いによって同じことでも受け止め方が違う。だから、上司が部下に嫌われる、部下が上司から嫌われているといっても、その基準たるや誠にたようであって一概には言い切れないそくめんがある
一般的に、どんなことが嫌われる原因になっているか。行動、ふるまい、しぐさ、そしてもっとも顕著に表れるのが、話である。話力は人間の総合力である。そのために人間として、供えていなければならない点を列挙してみる。誠実、愛情、公平、信頼、、根性、人格、プライド、といった面でどこか欠落しているような上司は嫌われる。さらに、専門知識、決断力、企画力、判断力、先見性、評価尺度、統率力、責任感、実践力、柔軟性、積極性、等々の面でも欠陥が見える。まあ、なんと言ってももっとも大事なことは私は、品性であると断言したい。また、もっとも嫌われる要素の一つは、頑迷固陋というやっかいな性格の持ち主である。
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by ayabemorinaga | 2011-11-02 10:02 | その他 | Comments(0)

服装

なりふり構わぬ格好や奇抜な服装などは、周りを不愉快にさせることがあっても、あまり歓迎されないのではないか。清楚な服装は無言の紹介状である。それは必ずしも高価な飾りや華美な服装を意味しない。質素で清潔な服装は、その人の内面を無言で語っている。周りを不愉快にしない配慮は、自分の好みの問題でなく、集団で生活する者の義務であると心得なければいけない。自分が好ければそれでいいのではないかと強弁される人もいるが、自分か゛すきだからといって周りの人を不愉快にする権利は無い。自分勝手な振る舞いは、人間関係に好い影響は及ぼさないと心すべきであろう。そういえば、教職時代に、生徒の異性交遊を指導するとき、何も他人に迷惑をかけていないのであるからとやかく言われる筋はないと、生徒に強弁されて困ったことがあったな。ーーとにかく私たちは集団生活をしているのである世間に迷惑をかけるような振る舞いは自重するべきである。何事によらず、自分独りよがりは心得なければいけないなーーと思っただけで皆様方に説教するなどといった傲慢ちきな考えは毛頭ありませんので--
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by ayabemorinaga | 2011-11-01 08:52 | その他 | Comments(0)