綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

<   2012年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

豹変

君子豹変すとは、易経の原文を辿ると、君子豹変す、小人革面とあり、立派な人物は、自分が誤っていれば、豹の皮の斑点が、黒と黄ではっきりしているように、心を入れ替え、行動の上でも変化がみられるようになる。反対につまらぬ人間の場合は、表面は変えたように見えても、内容は全然変わっていない。つまり、誤りに気がついたら、素早く今までの意見を改めたり、行動を転換せよ。ということです。しかし、政治の世界は、人間同士の信頼関係によって成立している。信なくば立たずと言われるとおり、信頼こそ政治の世界ででかつどうする人の必要条件である。政治家が選挙で訴えたことをすぐに反故する様なことがまかり通れば、信用出来なくなる。信用できない世の中は国民市民を不幸にするが、豹変することもひつようなときがある。豹変することの代表的な人に横井小楠というひとがある。この人はぶれにぶれたひととしてゆうめいである。よいと思うと、すぐに立場をかえる。立場や思想を換えることを変節と言うが、あまり格好の好い者でない。出来れば、立場を守り抜た、節操を貫いた人にみられたい。今の政治だってそうですね。あのときの公約と違うとか違わないとか、不毛の揚げ足取りをしているけれど、政治なんて生き物ですから、換えるときには換えればいいのではないか。小楠は、節義を守ろうという見栄は全く無い。変化する情勢に追従し、昨日のことに拘泥しない。いい加減でいることもまた必要か。豹変するべき時は、キッパリと過去の言動にとらわれず、豹変できる判断力を備えた人物こそ、今求められているのではないか。過去の言動に縛られて豹変することに躊躇する人の如何に多いことか。嘆かわしい。
[PR]
by ayabemorinaga | 2012-02-12 09:17 | 教育・学校 | Comments(0)

成功

人間が成功するのも、そのとき忽然として成功するのではない。外から見れば、忽然として成功している様に見えるが、それにはいろんな原因があり、過去において不遇な時代に、ありとあらゆる努力をし、さらに懸命の精進があったからこそ、せいこうしているのである。もっともいいことは、そりゃー失敗したり挫折をしないにこしたことはない。陰陽の法理によれば、自分が不運で失敗をしたあとには、必ず幸運がやってくる。失敗者とは、失敗したことが自分に利益をもたらすことを知らずに、失敗をしても反省せず、その結果同じ失敗を何回もくりかえすひとのことを言う。自己に幸運が巡ってきて成功しても、決して楽観をしてはいけない。常に滅ぶことを考えて、大事をとり、謙虚に自らを慎まなければならぬ。
[PR]
by ayabemorinaga | 2012-02-11 13:13 | その他 | Comments(0)

教育

教育とは、人間にとってもっとも大切なことであって、もっともおろそかにされている。なせおろそかにされるのか。考えされることである。人が人を作ることは、創造であって神の業に近い。教育とは、創造の作用であって、地上における神の業でなければならぬ。しかし、教師がそういった理念をしっかりと自覚して、教育に携わっているか。デモ、シカ先生(就職口がないから教師にでもなるか、はたまた、教師にシカなれない。こんな教師自虐史観では、立派な教育など考えられない。子供達に夢と希望を語れる教師像をめざすべきである。)は少なくなったかもしれないが、教師という仕事に誇りを持って従事しているか。世間から尊敬されているか。親身になって教育を行っているか。公立学校の教師は首にならない。否出来ない。だから自分の努めている学校が世間から批判をされていても馬耳東風で知らん顔である。危機感なんて持つことすらない。のほほんとして、教育を行っている。愛校精神なんてかけらもない。私学の先生は、自分の存続に関わる問題であるから、真剣そのものである。と思ってみたが、これはごく一部の学校にみられる現象であって、全部ではないと考えるのが常識的判断か。自分の努めている学校に誇りと自負を持って教育に取り組んでおられる学校があることも事実である。教育とは、人を創造する神の業に近い職業であると言った自負を持って実践していただきたい。人が人を創ることは創造である、ところで、どんな人を創るのか、私は、恥と敬をわきまえたひとづくりである。と考えが、そこはそれ、各学校に校訓があれば、校訓に示されているひとづくりを目指すべきではないか。
[PR]
by ayabemorinaga | 2012-02-08 11:23 | 教育・学校 | Comments(0)

分を弁える

人間には、順境もあれば逆順もある。之すべて天命である。天が自分を逆順に陥れてくれたのだから、人間は天の厚意に感謝して、逆順を甘んじて、全力を挙げて自己の職務に精励すべきである。これが、出来ないのだな人間には、自分の思うとおりにならないと、自暴自棄になって、挙げ句の果ては、人を恨むことになる。人間は、賓に耐え、苦に耐え、労に耐え、暑に耐え、冷に耐え、煩に耐え、閑に耐え、はじめて、器量が出来て人物か゛大きくなる。言志晩録は、分を知り、然る後足るを知る。と言っているが、人間はまず分を知ることが大事である。その後、足るを知るべきである。分を知り、足るを知れば、人間間違うことはない。そりやーそんな事はわかっているが、実行、実践が伴わないのである。なぜか、自分の分とは何かわかっていない。私などは、分がわかっていないものだから、自分の実力以上のことをやろうとして、失敗を繰り返している。また、足るを知らないのだから、際限のない欲望に振り回されて日々を過ごしている。
[PR]
by ayabemorinaga | 2012-02-04 13:55 | 政治・議会 | Comments(0)

人生情けあり

人の心のやさしさ、あたたかさ、おもいやり、細かい気配りなどにふれると、胸がじ-んとなってなみだがあふれる。金銭無情、人生有情 と言う言葉もありますが、人生ジョウあり、または人生ナサケあり、人生有情という四文字にはこのあたりの人生の機微がにじみ出ている。人生情あり涙(臆)胸をうるお(沾)す、江水江花あに終に極まらんや--と哀江頭の中で杜甫が歌っている。人間にはものに感じやすい憐憫の情がある。その様な憐憫の情を持った人達がすこづつ少なくなりつつあるのではないだろうか。それは、きょういくに問題が有るのか。社会はそういった憐憫のの情は不必要であると方向に向かっているのか。個人主義が跋扈する社会になりつつあるのか。人生情有りーーと言った情緒を大切に考えるのか。そんな事はくそ食らえと言って生きるのか人生いろいろーーではあまりにも寂しすぎないか。
[PR]
by ayabemorinaga | 2012-02-01 11:11 | 教育・学校 | Comments(0)