綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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偽物

名望を得たいと渇望している人は、俺が俺がという自己主張が多すぎる。そのためにかえって人に疎んじられる。人を責めるのに急な人は厳格なあまり人が寄りつかなくなってしまう。自分では明敏であり辣腕をふるっていると思っているけれど、人望がないのであれば結局人々の力を結集できず大きなことはできない。どんな職場でも必ずといっていいほど軽はずみな人がいる。一見仕事が早そうに見えながら実は軽率なだけである。頼まれた仕事も正確でないこと多い。重用されるためには正確無比でなければならぬ。気が弱いために引っ込み思案な人は決して大成しない。継続できないものは成功したためしがない。見せかけでなく何事も誠心誠意実行することだ。決して偽物といわれるよう人になることなかれ。世間を渡るには、信用第一と心がけておれば、ことは必ず成就しよう。しかし世の中偽物が多くて本物と見間違うことが多い。活眼をもって本物を見分賜え。
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by ayabemorinaga | 2012-04-27 09:06 | 教育・学校 | Comments(0)

苦労

苦労することによって人間は二種類に分かれる。苦労することによって、人間の苦しみが理解でき、同情心が深まり、人間としての度量や深み増していく人と、苦労することによって、かえって人間がこすからくなる人がいる。確かに人間はすべて前向きにうけとり、自分の肥やしとしていく人と、何でもひがんで受け取り依怙地になっていくタイプがある。人間としての素養をつむためには、経書、歴史書、伝記を読むことによって、人間として成長していくのだ。経書によって、人間のあり方を見つめ歴史書で人間の様々な生きざまを見る。伝記によって、先人たちはどのように苦難を乗り越えていったかを学ぶ。人間ができていないと感じたら、しっかり意義のある本を読みなさいと言うこと。それではお聞きしますがあなたはどのタイプですか。まだまだ修養ができそこなっていますから、依怙地になったり、まっとうなときもあったり、いろいろですね。私などを反面教師にしていただくとすばらしい人間になれますよ。本当ですか。勿論?
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by ayabemorinaga | 2012-04-26 11:34 | 教育・学校 | Comments(0)

学校訪問

今日は、高橋顧問、玉川、チ-フキャリアコンサルタント、大槻キャリアコンサルタントに同行して、高校中退者等アウ卜リ-チ事業についての理解と協力要請に、府立工業、綾部高校、西舞鶴高校、東舞鶴高校を訪問した。学校長にその趣旨を説明して、協力要請を行ったが、いずれの高校でも暖かいご理解をいただいたことに、感謝を申し上げたい。今更先輩面をしていくのも迷惑千万なことかもしれないと、私なりに心の中で躊躇することもあったが、ここはやはり一人一人の児童生徒の自立支援をするのに何の遠慮がいるだろうか、と、例の調子で開き直ってみた。高校側の暖かい接遇に改めて感謝をもうしあげる。今後とも、生徒児童の将来のために、民間自立支援機関と協力協調をして、一人でも多くの若者が社会貢献できる人に成長するための支援についてがんばろうではありませんか。
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by ayabemorinaga | 2012-04-25 17:05 | 教育・学校 | Comments(1)

愛敬

人をもてあそべば徳を喪い、物をもてあそべば志を喪う---目上の人、あるいは自分に利益をもたらす人だけに謹厳実直にし、目下の人、あるいは利益にならない人に対していい加減であれば、いつしか自分の徳が失われる。常に人に対して愛敬の念を持って接すれば失うことはない。
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by ayabemorinaga | 2012-04-23 09:43 | 教育・学校 | Comments(0)

恕・仁

NHKあさいちに役所広司氏が出演されており、好きな言葉・嫌いな言葉について尋ねていた。広司氏曰く好きな言葉は、墓に布団は掛けられない。すなわち親孝行は親が生存中にすることである。嫌いな言葉は、自分探しと答えていた。私の好きな言葉は、仁・恕である。仁向無敵とも言われる。嫌いな言葉はといったことは意識したことがないが、あえて言えば自分探しとか、自分探しのたびなんて言われるが、言っておる本人が本当に理解されて言われているのか疑問である。自分を探すとはどのようなことなのか。自分探しをして何を探すことができるのか。自己分析ということはやったことがある。自分の性格を調べることでもあるが。自分を探すことがどんなことなのか。さっぱりわからない。物まねもいい加減に、人が使っているからわからなくても言っているたぐいが多いのではないか。親孝行、若者はそんな言葉は古いと言って一刀両断するかもしれないが。人間として生きる限り忘れてはならないことだ。そんなことなどくそ食らえ--あまりいい表現ではないか゛-親孝行人間としての基本的な思想でなければならぬ。私も父親は60歳の還暦でなくなったから、親に対して孝養を尽くすことはできなかった。慚愧な思いが胸元をかすめる。さて、皆さんは好きな言葉、嫌いな言葉がありますか。そうそう祈りという言葉好きですね。
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by ayabemorinaga | 2012-04-20 09:44 | 教育・学校 | Comments(0)

第一印象

人に出会ったときの第一印象は大事である。私は初対面の人に与える印象は、あまりよくないらしい。ある人から、どうもぶっきらぼうでとっっきににくい。といわれたことがある。そのこととは自分でも自覚しているのであるから始末が悪い。---につける薬はない。とは、、まさに的を得た言い方だ。第一印象が悪いと後々までその印象を引きづりながら、つきあわなければならない。初対面の人との対応がその人の人間関係を構築するときの大切は判断となる。人に好感を与える対応が求められる。当たり前のことを今更何で---ブログに---そんな思いをすることがさいきんあったから--これが隠居の愚痴というものさ。
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by ayabemorinaga | 2012-04-19 12:25 | 教育・学校 | Comments(0)

政治屋

政治屋とは、自分の利益を重点に考えて行動する政治家を蔑視して言う人のことである。時には地位や権力を用いて自己の利益を考える人たち--時には無節操に国民に迎合し耳障りのいいことばかり言う政治屋であってほしくない。政治家は人のため世のため自分を犠牲にしてでも決断し実行する度量がなければならぬ。今時、誰も責任をとらぬ、そんな風潮が蔓延している。何とか言い逃れをしてほとぼりが冷めるのをまとうと言った人たちが政界に跋扈していないか。いな、責任のなんたるかさえもわからないのではと思われる人たちがいる。と思っているのは私だけか。人間神でないのだから全知全能というわけにはいかない。時には間違いもあれば、失敗することもある。過ちであるとわかれば、責任のある地位にある人は、きっぱりと潔く責任を感じて辞任するのが清い姿勢だ。そんな人は国民が見捨てることはない。率先垂範こそ政治家のもっとも大切になしなければならない信条であり姿勢である。政治屋は卒業して政治家として国民のための政治に向けて邁進していただきたい。
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by ayabemorinaga | 2012-04-17 13:04 | 政治・議会 | Comments(0)

気概を失っていないか

男子学ばざれば すなわち已む  学なぱばまさに 群を越ゆるべし     いずくんぞ発憤して志を立て  もつて国恩に答え   もつて父母を顕さざるべけんや    頼山陽がまだ十歳の頃にかいた文章です。この詩に頼山陽の人間としての気概がかんじられる。現代社会ではこの気概という崇高な精神が薄れているようだ。コ-ヒ-を飲む精神はあるようですが。人間としての欠かせない精神的教育が戦後なおざりにされた結果気概を持つことの大事さがなくなってしまった。気概を持たないもぬけの殻のような人が存在するようになった。気概を持った人たちで、世直しをしていただきたい。。
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by ayabemorinaga | 2012-04-16 16:33 | 教育・学校 | Comments(0)

慨嘆録

綾部市内中学校卒業生300数十名の半数近くが、綾部高校を敬遠して、市外の高校に進学する傾向がここ数年のうちに顕著になってきた。なぜ時間のロスと経済負担をしてまで、卒業中学生の保護者が他市の高校に進学させようとしているのか。中学生を持っている保護者の大半が綾部高校では、希望する進路への実現は望むことができないと見放していることだ。この傾向に何とか歯止めをかけなくては、志のある人々でを誘って母校活性化推進会議を立ち上げて、約二年間にわたって論議をしてきたが、しっかりとした広報・啓蒙活動ができていなかったことを反省したい。猛反省をしなくてはならないのはこれまでの、綾部高校管理職であることは誰もが認めているところである。このことについては、改めて検証していきたい。今後もますますこの傾向が顕著になることは目に見えている。子供たちをすでに卒業させた人たちは、そのような状況にも関心が今ひとつといった感がある。園部高校では母校の発展のためといって、市民の人たちが後援会を結成して2000人の会員が毎年200万円を学校に寄付されているということであった。園部高校は伝統高校であるが、一時期は園部高校を目の前に見ながら、希望進路実現のために、他市の高校希望が゜顕著になったために地元有志が呼びかけ人となって、母校園部高校の伝統実現に努力されたというお話を伺った。綾部もそのような取り組みを今こそしっかりとしなくてはならないという思いである。市内中学生の半数が市外の高校に進学するという実態と今後ますますその傾向が雪崩のごとく広がっていくことは目に見えている。本当にそのような状況を放置していていいのか。小中学校児童生徒のおられる家庭では、綾部高校があこがれの希望する高校とはなっていない。こんなことが続けば市内中学生のほとんどが市外の高校に進学することになってしまうのではないかとさえ、危惧する状況である。どこにも入れないから綾部高校ということになれば情けないことだ。小学生でさえ友達と他市の高校、中学校に行こうと話しているということである。昔昔デモ・シカ教師などと自虐的に教師が卑下したことがあった。教師にシカなれない。教師にデモなるか。といったことがいわれたことがある。綾部高校tがシカ・デモ高校にならないことを祈るばかりだ。この実態、この現実を綾部市民は、どのように考えておられるのか。国破れて山河あり--慨嘆し無念の涙が頬を伝う。言挙げは日本の古来の伝統的な思想である。言挙げなどあえてしなくてもいいのではないかというお考えもあるだろうが、私は声高に言挙げをしたい。
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by ayabemorinaga | 2012-04-14 09:48 | 政治・議会 | Comments(0)

生き甲斐

四月は今年も多くの人たちが、希望と夢を持ちながら、社会へ大きく羽ばたく季節である。それぞれの職場ではいろんな訓示がなされていることであろう。生き甲斐のある人生であらねばならぬ。生き甲斐とは、自己実現である。青年は時にはじっくりと自己を凝視し、将来自分はどんなしごをしているか、あるいはどんな仕事をすべきか、心に描き、ぞくぞくするような戦慄が走り抜けるそのような経験を何度ももっことである。心の奥にうずくもの、自己の内なる声に耳を傾ける習慣、これが生き甲斐のス夕-トである。まあ---自分がこの世に生きる理由を作りながらいきていくことである。自分がこの世に生きる理由を作ってもそれを認めてくれない上司や職場もあるだろう。そんなときには成り行き任せと---有為な青年そんな思いにさせる職場や上司からは逃げ出せ-逃げ出せ-逃げれなければ何もかも放り出せ---
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by ayabemorinaga | 2012-04-11 10:19 | 教育・学校 | Comments(0)