綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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競争意識

競争意識は欲と同じで、人間にとってはきりはなせないものである。どんな人の中にも競争意識は潜んでいる。競争意識は、農耕文化が生まれた頃から人間にすり込まれ、半ば本能のようになったともかんがえられる。田畑を耕すことによって、定住し家族がいくつか集まって集落ができる。その結果、隣の畑よりという競争意識がうまれてくる。競争意識も適度に抑制することができれば問題はないが、抑制できないと、地域社会の中でいきもできないくらい精神をすり減らして生活をしなければならない。集落に生活する人たちがお互いに競争意識に呪縛されて、際限のない競争意識に悩まされる。競争意識がお互いの切磋琢磨をする方向に働けばいいが、なかなかそうはならない。人が集まるとお互いに、他人の悪口の言い合いになる。陰口は慎もうといっているが、他人の悪口を言っては溜飲を下げていることがある。競争意識このやっかいなものと、どのようにつきあっていけばいいのか。
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by ayabemorinaga | 2012-06-22 10:53 | 教育・学校 | Comments(0)

意地

老兵は、静かに消えゆくのみ-そのとおり-だが私にも意地がある。いや-見届けたいものがある。このことが社会的に意義のあることなのか。私ごとなのか-自分ではわからない。つまらぬ意地のために晩節を汚すのかそのことさえもわからない・あえて泥舟に乗りあがいているのか。沈みゆくことがはっきりしているのに、人々の嘲笑も顧みず、泥舟を何とか沈めずに目的地まで到達させようとしている・泥舟に乗っている人たちを置き去りにして逃げ出すことの卑劣さを恐れて--そんな老人思いなど歯牙にもかけづ侮蔑の目で眺めていいる多くの人たちがいることをしりながら-なんとしてでもこの泥舟を大海の藻屑にしないための意地とはいったい何なのか。世にも珍しい老人が存在している。自己満足のために多くの人に迷惑をかけながら-一目散に突き進もうとしている・没後になんと批判されるかも、計算尽くでやりきろうとしているその執念に満ちた意地とはいったい何なのか。そんな意地に振り回されて平常心をうしないがむしゃらにやろうとしている。その心意気の哀れさよ。郎党の斧であることさえもわかっていない。そう-老人は頑固である。意地と頑固に振り回されていらいらしながら生活するむなしさよ。実現できるのかわかりもしないものにこだわり続けるな。今となってはなの行きに任せるしかないと達観するのが、心の修羅場から逃れる唯一の方策だよ。こだわりか、意地か、誇りを傷つけられた怨念か。捨てちゃえ捨てちゃえ--心の修羅場となっている重荷を--あっさりと--
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by ayabemorinaga | 2012-06-19 08:29 | 政治・議会 | Comments(0)

老兵

老兵は死なず、ただ消えゆくのみ-ダグラスマツヵ—サ-の言葉である。老兵とは、多くの戦いを経験した古兵とか--じゃ-私も老兵である。とのような-社会の中で多くの戦いを経験してきたと自分なりに理解している。そのいずれもが実に苦しい戦いであった。いまさら再挑戦して戦うこともない。ただ静かに消えゆくのみ-とすればいいものをいつまでも娑婆けが抜けきらずにうろうろしている自分がおぞましくなることがある。多くの人たちは、早くうせろ-目障りだとおもっていることだろう。そんな気配を知りながらも、ついついうろうろとうろついてひといやがられている。死ななきゃ直らないのか--この反吐の出るような性分は---と自分で自問自答している。何事もよい加減ということがある。あちこちうろつき人の迷惑にならないようにするべきが-老兵に課せられた十字架である。わかちゃいるけど--ぐどぐどいわずに失せたへ--へいわかっています--返事はよいが実行しなくては元の木阿弥だよ--静かに去る去り際のいかに難しいことか。
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by ayabemorinaga | 2012-06-15 14:25 | Comments(0)

適材適所

今日野田第二次改造内閣が発足した。任命権者からすれば、適材適所で銓衡して各大臣を任命した。といわざるを得ないでしょう。任命権者であれば誰でもそのように答えざるを得ない。私なども教職員からの校務分掌の任命については、適材適所で任命した。かって、革新知事時代の教師社会では、学校での校務分担については、まず本人が希望を提出する。それを、校務分掌委員会(教職員の全体選挙で選ばれた委員)ガ本人の希望条件を勘案しながら決定するのが通例であった。昭和53年に革新知事から保守系の知事に代わった。いろんな紆余曲折を得ながらも、高等学校の改善改革をはじめ、学校管理運営規則が制定された。それに基づき、学校の校務分掌(担任、進路部長、教務部長、生徒指導部長、学年部長等等学校運営上必要な分掌は、校長が任命することになった。職員からの何であんなやつが教務部長なのか、などの質問があれば、適材適所で配置した。といわざるを得ない。しかし、人間のすることである時にはしまったとほぞをかむような思いに駆られることも何度か経験した。しかしそんなことはおくびにも出さずに適材適所と呪文のごとく唱えていた。人間は万能ではない人間評価が偏ることもある。また、自分勝手な思い込みがあって、そのことから脱却できないこともある。管理職推薦にしてしかりだ。人物評価ほど難しい物はない。どうしてもイエスマンばかりを分掌配置で選任することがある。任命権者は、万機公論様々な声を聞いてじっくりと判断することである。少しでも任命賢者に逆らえば、厳しい評価と烙印がおかれ終生うだつの上がらぬ人生行路を歩まなければならないノは不幸の見本である。適材適所簡単に使う言葉ではない。適材適所になるような努力を傾けているが、皆さんの意見を聞きたいといえるような任命権者でなければならないだろう。適材適所とふんぞり返って偉そうに言うことではないな。謙虚さこそ、もっとも大事な姿勢である。任命権者の----
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by ayabemorinaga | 2012-06-04 14:29 | 政治・議会 | Comments(0)

扱う

人間関係において扱うという感覚を持つことは大切である。人をどう扱うか、また、人にどう扱われるか。決して使うとか使われることではない。こき使われるという表現があるように、人間関係において使うという感覚は好ましくない。人間関係を良好に保つには、人をどう扱うかが大事だ。部下をどう扱うか、自分の子供をどう扱うか。周りの人間の扱い方がうまくなれば自分自身の扱われ方も当然よくなる。子供は子供の青年は青年の、老人には老人の、女性には女性の扱い方が、それぞれちゃんとあるのだ。そのような扱い方ができなくて、あちこちで人間関係をこじらせているのがこの私だ。今更直る者でもないが、少しは心がけなければこの先どんな目に遭うかわからないだろうな。とは思っているんだよ。これでも。
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by ayabemorinaga | 2012-06-01 13:32 | 教育・学校 | Comments(0)