綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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役職

都会生活と田舎暮らしとでは、いろんな役職を経験するのは田舎暮らしの場合が断然おいい.田舎暮らしの役職は、まず組長・農事班長・農事組合長・自治会長・神社総代・寺総代老人会組幹事・老人会長・その他任意団体の役職・農協総代・農協理事・森林組合理事・総代・自治会組織ではさらに文化・体育・社会部等等数えればきりがない.いろんな役職を羅列したが何を言いたいのか.役職を受けたら会合には出席しなければならぬ.はたまた、役職に与えられた仕事をしっかりとしなければならぬ。会合に欠席したり、与えられた仕事をしっかりとやれぬならば、即刻辞任をすればよい。いったん引き受けた以上は、責任を持って役職を全うしてもらわなければ困る。ところが案外役職を多く持っている人ほどぐうたらでやらなければならない事をしっかりとやり遂げてくれない.やれもしないのに役職をはいはいと何でも二つ返事で引き受ける気のよい人がいる.如何に人がよくてもやらなければならぬ事はシッヵりとやってくれなければ、意味がない。しかし、そんな自覚を持った人はだんだん希少価値のある人だ.今日のぼやきは、しっかりとやれぬとわかっている役なら最初から引き受けるな.引き受けたのなら愚直に真摯懸命にやり抜くことだ。引き受けてみたがやれぬとわかればそうそうに辞任するに限る。無断欠席など愚の骨頂だ。私のことはさておいて、受けた役職はいかなる役職であろうとシッヵりとつとめてくれ.と言いたいのさ。今回は具体的事例を珍しく示されませんね。また、そのうちに--
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by ayabemorinaga | 2013-07-31 06:09 | 教育・学校 | Comments(0)

疑わば用うるなかれ

人を見る眼を持たなかったら、リ—ダ—は勤まらない。一昨日もブログに人材春秋で書いたが、人を見る眼を養うことはなかなか難しいものである。疑ったら使うな、使ったら疑うな--とは、正に人使いの真髄である。信頼のおけない人間ははじめから登用するな-これはと見込んで登用したらとことん信頼して使え-と言うことだろう。り‐ダ—はかくあるべきであるが、なかなかその通りには事が運ばない。むしろこの逆のケ-スの場合がおおいい。せっかく部下を登用しても、信頼して仕事を任せられる事ができない。部下は上から信頼されているかいないかは、敏感にわかる。信頼がないとなれば萎縮してしまう。部下を信頼するといってもその相手が信頼に足る人間かどうかじっくりと見極める必要がある。信頼できない部下を信頼することは大けがの元になる。私も戦国時代ならぬ現代で下克上の企てを身にしみて経験した。副校長(教頭)が校長を放逐する計画を立てていたなんてつゆ知らず、信頼しようと努めていたから--まあ、副校長は私よりも一つ年上で強力な権限を駆使できる、後見人を持っているという自負があったのだろう。そんな企てを知って、これはまずいこんな職場の雰囲気では学科改編など夢のまた夢である.信頼できる副校長にきてもらわなければ学校改革などできっこない.そこは府教委も現場の状況をしっかりと把握されていて、安心して何事も任せられる副校長を送り込んできた。まあそれはそれとして、見込んで推薦し登用されたなら--とことん信頼するに限る。それがなかなか思うとおりにならない。ク—デタ—副校長グル—プ7人衆の一人を指導主事に推薦したことがある。(信頼して推薦したが、何を勘違いしたのか、私の指示を握りつぶして知らぬ顔、これには驚いた。信頼がおけなくなったから、学科部長を外そうと考えた。ところが、本人は自分しか学科部長はいないとたかをくくっていた。私が、他府県なから学科部長候補者を転入さその職に当たらせる考えでいることなど知っていない。しかし、仲間の部長が心配して謝罪にきたので引き続き部長職を任せた。まずしっかりと信頼関係を構築する必要があると考えて指導主事の推薦を取り消した。と他校でも、管理職に推薦をしたがいろんな事情で再度推薦をしなかったら、(その人を私はよく知っているだから、だろうなと納得した。)是非推薦を継続してほしいとの要請に渋々従うしかかった。その人達は一人は校長になられたが、一人はドロップアウトになった。信頼ができない部下を任せられた管理職ほど哀れな者はない。信頼関係が構築されていない職場ほど情けないものはない。まず信頼し何事も安心して任せられる部下を持った人ほど幸せな人はなかろう。如何にして信頼関係を構築するのか。リ-ダ‐達よそのことに腐心されよ。
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by ayabemorinaga | 2013-07-29 11:09 | 教育・学校 | Comments(0)

人材春秋

いずれの組織でもトップは人を育てることに専念しなければならぬ。そのためには人を見る眼を養うことが必要だ.頭の回転が速く言われたことはすぐさま見事に立案する人がいる.こんな人に限って自分がトップになれば部下の仕事ののろまさに我慢ができず自分で何もかもやろうとする。人を使うというすべを知っていない.そして案外薄情な人が多いのだ.なぜか知らぬか゛--人に助けてもらったという経験が無いから人の情けというものを知らぬのであろう。私もかっての高校時代にいかなる人材を育てるかというより、組織の中にいる人材を見極めることに腐心した。と言うより管理職にできるだけ多くの人を推薦することに心を砕いた。ところが--あなたの人物推薦は玉石混淆である。と冷やかす人がいた.ちょっと横道にそれるが、非常識の世界の最たる事例を一つ紹介しておこう.企業訪問に進路部長を校長が自分の車に乗せていき企業担当者がびっくり仰天唖然としていた.校長が進路指導部長にあんたが車を出すのが当たり前ですよと、しかし、高校の進路部長であれば、何も校長が言わなくても、自ら気配りができなくてはならないだろう。その進路部長は、部長人事ですでに校内で部長を内定していたが、それをひっくり返して外部からきてもらった人であった。その人は残念ながら目配り気配りに欠けるところがあり管理職にはなれなかった。教師の世界では将来を嘱望された人であったが常識人ではなかった。教師はひとりよがりの判断をする人が多いい。だから世間の常識が通用しないと笑われる.私なんかも教頭のク—デタ-によって学校を追い出される寸前であった。教頭がグル-プ7人の部下を扇動して、私には強力なバックがあるから安心せよと言って、校長を追い出すから校長の指示は聞くなと言っていたらしい。まともに聞く部下も部下なら校長を追い出すと言って強がっている教頭も教頭で非常識そのものの見本である。教頭のスペア-いくらでもあるから差し替え取り替えは至極簡単である。が、校長を排除しようと考えても、如何にぼんくらな校長でも府教委は任命責任というメンツにかけて校長を支持すると言うことがわかっていない。と言いたい。しかし<あまりにも評判が悪い(外部・地域社会・PTA)となれば、校長の降格人事はなくとも転勤はあり得る。その校長によくあった環境の学校へすんなりと配置換えすればよい。そうそう、随分昔のことになるが、世の中の流れが変わり権力基盤が変動したために、教育センタ-へ校長職のまま配転させられ、何もすることが無く二人机を並べて日がな一日を無為に過ごされていた。トイレに行くにも人影を気にされていた。かっては飛ぶ鳥を落とすほどの権勢で我が世の春を謳歌された校長の哀れな姿を見て同情を禁じ得なかった。そんなことだって本気でやろうと思えばできるのよ。権力者は。デモ驕り高ぶりは禁物だ。--また、ある校長から、この人は将来教務部長として有能であると言われて学校にきてもらた。そして、イギリスに海外留学までして英語の研鑚をしてもらったが、どこでどう間違ったのか管理職にはなれなかった。学年部長で躓いたか、はたまた非常識な振る舞いがあったのであろうと推測をせざるを得ない。学校運営に大変ご協力をいただいたので、本人は管理職を辞退されたが、無理に頼んで管理職になってもらったが゜、定時制の教頭はそのひとには不的確だったのであろう退職を一年前倒しでやめられた。指導主事として、工業の学科改編に尽力された人に学校に帰ってもらうことになった。府教委に行くと高校学校課長が、今回帰っていただくことになりましたが、校内分掌はどの部署を考えていただきますかと言うことであったので、進路指導部では如何ですか、いいでしょうということで学校現場に帰ってもらった。しばらくして教頭に推薦して昇任された。ところが私が高校を去るとき教頭二人制が実施された。私は教頭に二人制になるなら、一人は第二職員室(工業科教員)に教頭が常駐されたいと頼んだが、無視して第一職員室に二人教頭が常駐する事にと聞いたので、越権行為とも考えたが、指示通りしてほしいと頼んだ事がある。その教頭さんは10年3校の高校を転々とされて最後は校長にもならず退職された。どのような欠点があったのか指示事項を聞かないと校長達が判断されたのか。責任逃れを優先して決断力が希薄だったのか、それとも指示待ちがあまりにも多かったのか。残念な結果であった。また、府教委の指導主事に推薦した人が教頭に帰ってきたが、これも泥をかぶるのが苦手で責任逃れに汲汲としていた為に昇任されることはなかった。工業科の先生を教務部長として管理職候補として推薦し某高校に教頭として赴任されたが、そこの校長曰く、教務部部長意識が抜けぬ.とか--工業科であったために転勤が無く井戸のなかの蛙で視野が狭くて深読みができないという短所があったようだ。管理職に6人推薦したが教頭止まりが4人、校長になった人が二人、只、助かっているのは将来を目指して精進せよと言っていた人が期待に応えて、今校長・教頭としてがんばっていることである。あんたは人を見る眼は節穴かと言われそうだが--いいわけではないがしっかりと見ていたんだよ。と強がってみたいのさ。人を理解することの如何に難しきことかな--融通無碍・奇々怪々魔可不可思議・魑魅朦朧・人間学研究でもやってみるか。今更何のために-と笑っていられる皆さんの顔が目に浮かぶ
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by ayabemorinaga | 2013-07-27 10:08 | 教育・学校 | Comments(0)

晩節

晩節については一度このブログで書いた.晩節を汚す事になるよ。とある高校の教頭に忠告をしたら、すぐさま辞書を持ち出し晩節という言葉はない。と言ったことを--晩節を汚さないためには、度量と器量を併せ持った人にならなければならぬ。三省堂の国語辞典から孫引きしてみる。器量とは、当該の高いポストを汚さずに仕事をやっていけるかどうかという観点からみたその人の対処能力。一方自分を批判したり自分が気に入らなかったりする他人の言行を、ただそれだけの理由で拒否するのでなく、聞くべきものは受け入れる、心のひとさが度量である。と。世のなか器量人はたくさんいますが、度量のある人は少ないですね。晩節を汚さないためにも度量のある人になるよう心がけることが必要ですね。ところでどのような組織でもトップになれば、反対意見は謙虚に聞いて、最後の決断はリ—ダ—が下す。あいつの意見を聞いて決断したら失敗した.などをいうことは恥ずべき事です。いろんな意見を真剣に聞いて最後の決断は、どのような情報であろうが、どんなに優れた部下の意見であろうが、自分が判断して決断することになる。リ—ダ—は最悪の場合、最後に泥をかぶるだけの覚悟が必要である。ところが、かなしいことに頭のいい人ほど、決断する事から逃げます。決断する場合最終責任がこないようにする傾向があります。責任を取りたがらない人がわんさとあふれていますね。某政党にもそんな人がいますね。いろんな理屈をこねて責任逃れをしている。見苦しいの一語に尽きる.責任の取り方がわからないのか。蜷川革新府政の時の教師の世界は職員会議が最高の議決機関であり、最終決定は教職員の多数決で何事も決定した。校長は最終決断は職員会議にゆだねていた。その結果自分が責任を取る必要は無かった。管理職としては誠に幸せなよき時代であった。いやいや横道にそれた。晩節を汚さない為には度量ある人になれと言うこと。一升か、1斗か、一石か どのぐらいの量がはいるだけの心のひろさが必要か。広ければ広いに越したことはない。まさに箴言なり--
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by ayabemorinaga | 2013-07-26 08:02 | 教育・学校 | Comments(0)

非常識の世界

教師の常識は世間では非常識と言われている。正にその通りの現実にぶつかり仰天した.正に教師の独りよがりの判断である。それも管理職が先頭に立ってやっている。名前をはっきりと出して書いてもいいが、ここはぐっとこらえて、ある高校としておこう。たまたま非常勤でその高校に勤められた元管理職の先生から、職員室進路指導室の横にある会議室の一部を改造して教師の喫煙室として利用している.ときいたので馬鹿なそんなことがあるのかと半信半疑で行ってみると、なるほど立派な広々とした喫煙室がある。校長がたばこを吸っていた.私の顔を見ても悪びれることもなく悠然とおいしそうにすっている.そこへ一人の教師が入ってきてやはりだばこを咥えた.以前には喫煙室はなかったので、たばこ好きの校長が赴任してから改造したのだろう.喫煙室の改造の手伝いをした事務部長にも失望した。何の名目で予算を支出したのか.喫煙室の改造名目では、府の監査は通るまい。それとも通したのか。通したのであれば、豪腕とも言える凄腕の事務長であると賛辞を惜しまない。また、教師も教師である誰も批判をしない。教師と管理職が都合よく住み分けをしている。そんな管理職だ教師におもねて目の前の喫緊課題にもほおかむりを決め込んでいる。教師からは批判をされないようひたすら自分の在任期間を大過なく過ごすことに専念している。こんな管理職を劣化した管理職というのか。はたまた無気力管理職というのか。波乗り管理職か.ヒラメ管理職か。表現のしょうがない。会議室の一部を喫煙室に改造する事に違和感を覚えず当たり前だと感じていたとすれば教師集団の非常識も甚だしい.。だから教師の常識は世間の非常識と騒がれるのだ。私のことだ無遠慮に退職前の事務長にあのようなよい場所を喫煙室とはもったいない自習室にするのがいいのではないかと申し上げた。事務長も遅まきながら気づいたのか、今検討をしているところです。と.退職土産に府教委に頼んで予算をもらわれたのだろう、今は自習室になっている。そんな曰くつきの自習室で生徒も煙に巻かれなければよいがといらぬ心配をしている。人のことはよくわかるが自分のことはわからない私もどこかであんたもやっていたよと噂をされているかも知れぬ。あんたも非常識のお手本みたいな人ですよ。ってですが--はははと--笑ってごまかすか。でもこの批判は非常識ではなかろう.まだぼけてはいない。
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by ayabemorinaga | 2013-07-25 07:12 | 教育・学校 | Comments(0)

栄枯盛衰人物論1

亀井静香氏はかっては自民党総裁選に立候補するほどの実力者であったが、小泉郵政改革に反対して自民党を追われたが逆風の郵政選挙に生き延び国民新党を立ち上げたがその国民新党から党首の座をうばわれ流れ流れて緑の風に身を寄せたが今回の参議院選挙で党首が落選、党の存続が危ぶまれている。亀井静香氏の鋭い政治的感覚をどこで読み間違われたのか。細川氏はかっては自由民主党に所属されていたが日本新党を立ち上げ上げ潮にうまく乗り小沢氏に担がれて総理大臣になられた.羽田孜氏も改革を唱えて自民党を飛び出し八党相乗りの細川氏の後の総理大臣に成られた。短命であったが--栄枯盛衰の代表格と言えば小沢一郎氏である。若くして自民党の幹事長やろうと思えば総理大臣になれた人である。自民党内の派閥の権力争いから自民党を離脱して、自由党を立ち上げ常に権力の中心にちゃつかり座り続けた人である.特に民主党と合併して政権交代を目指して幹事長として采配をふるい政権を奪取した豪腕の持ち主であった.民主党政権では幹事長として陳情の窓口として一本化をすすめ辣腕をふるった。しかし、民主党内の権力闘争に破れ生活の党として参議院選挙を取り仕切ったが惨敗かって選挙の神様と言われた神通力は通用しなくなり、選挙の神様と慕って生活の党にうっつた人の期待は見事にはずれた。かっては権力を思うままにふるっていたが故に本人の心中やいかばかりか--哀れをさそうわくらばや--なんてものではないだろう。無情などと言った言葉で表現できるほど簡単なものでは無かろう。マスコミ会見で小沢が抗議した場面があったが、記者は不適切ではない次に進めると歯牙にもかけなかった。かつての小沢氏であれば、記者も恐れおののいたであろうが--随分見くびられたものだ。と、テレビを見ていて同情をかんじたものだ.参議委選挙後をにらみ野党再編に意欲を持っておられるようだが、果たしてついて行く人があるだろうか--桝添氏新党改革を立ち上げて自民党をでられたが--惜しい人である.自民党に残ってがんばられれば要職に就けたものを--頭がよすぎて自民党の将来を見限られたのかも知れぬ。頭がよすぎて判断力が刹那的になるのか.今回参議院選挙には出られなかったがさて、今後はどの道を歩まれるのか。
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by ayabemorinaga | 2013-07-24 08:33 | 政治・議会 | Comments(0)

栄枯盛衰

3年前政権交代を掲げて衆議院選挙で大勝した民主党が、昨年の衆議院選挙・今回の参議院選挙で大敗を喫した。政権交代時に誰がこの激変を予想できたであろうか。正に祇園精舎の鐘の音に諸行無常の響きありを地でいくような民主党の大敗である。おごれる者は久しからず-栄枯盛衰・無情の風がひときわ身にしむ事で有ろう。民主党政権の政策を無策であったと言うつもりはない。しかし、驕りがあったのではないか。八ッ場ダム工事の中止・事業仕分け・コンクリ-トから人へ・など、民意をしっかりと把握もせずに国民受けをする事ばかり考えてパフオマンスに終始した。そして何よりできもしないマニフェストの大風呂敷を広げて国民を欺いたと言えば言い過ぎか。自由民主党も民主党を反面教師として、おごることなく真摯に国民に約束した施策を遂行して国民の負託にしっかりと答えていただきたい。
そして何よりまずかったのは、内閣総理大臣としての心構えや帝王学がしっかりとできていない人が総理大臣に就任されたことだ。日本でなぜ二大政党制が生まれないのか。あまりにも多くの政党が乱立して有権者を迷わせ漁夫の利を得た政党もある。多党化には、いや、選択肢があっていいなんて言うひねくれた人もいるだろうが。ある国会議員から聞いた話であるが、安部内閣総理大臣は野党時代に日本経済のデフレ脱却に向けての施策の勉強会しっかりとされたという。自民党の小泉政権の施策の問題点つまり官から民へ施策が果たして妥当であったのか。竹中平蔵氏の主張し実施した施策は問題ではなかったか。その反省の上でデフレから脱却する施策について有志と討論ししっかりと理論構築をされた。とか、国民は経済発展を期待し歓迎して今回の自民党の大勝につながったと思う。自民党は今回の参議院選挙で各種団体の利益代表者が多数当選された。民主党も組織の利益代表者が多数いる。かっては、その人達を揶揄していたが、自民党も今回逆にそんな揶揄をされないように心得られたい。しかし、あまりにも振幅の激しい揺れには驚かざるを得ない。今後3年間謙虚な姿勢で、党内一致団結国民の負託に応えてていただきい。かりそめにも党内対立などする事ではない。民主党がいい模範をしめされたでしょうが--世の中非情である。栄枯盛衰・無情の風にあおられてひっくり返されることを恐れられよ。--そんなことは田舎の老人言われなくてもわかっています。では、しっかり宜しく--
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by ayabemorinaga | 2013-07-23 09:13 | 政治・議会 | Comments(0)

郷学

人材育成について、綾部高校に入ることが人材育成であるかのような言辞をしていると思われているのではないかと考えて、この機会に私見を述べてみたい。郷学が大事であると言うことをいいたいのだ。郷学とは、教える学ぶの教学ではなくて、郷土、ふるさとの郷字であります。つまり郷土の先賢を顕彰する。郷土の先賢を顕彰してその業績をたたえるとともに偉業を知る。そのことを若い青雲の志ある青年にしっかりと理解させる。そのことによって自分の今後の生き方を考えさせふるさとに愛着を覚えふるさとのために尽くそうとする人すなわち人材を育てる取り組みが大事ではないのか。綾部で小中高一貫して郷土の偉人について学ばすことが人材の育成の一助に成ると考えるが故に、郷学のすすめである。綾部には、グンゼ創設者波多野鶴吉翁・京都府知事林田悠紀夫氏・永井幸喜氏(起業家)これらの方は綾部市名誉市民であるが、まだまだ各階各層で活躍された人はたくさんおられるだろう。その人達の業績を学ばせることが人材育成の基礎となる。以前に綾部市教委がパンフを作成し小中学校に配付した記憶があるが--それぞれの小中学校でしっかりと学ばせたかどうか。確認していない。大事な取り組みである。是非継続をしとり組んでいただきたい。残念なことは、林田知事は、西舞鶴高校卒業生、西舞鶴には、武田府教育長・京大総長・オリンピック選手など数多くの人材を輩出している。その事と関わりがあるかどうかは知らぬが、西舞鶴高校出身者は母校に誇りを持っているだろう。福知山高校もしかり、谷垣専一衆議院議員を始め多くの逸材を育てている。何も気後れすることなどない綾部高校出身者にも逸材はいる。問題は今後どうなるのかと心配しているのだ。幸い遅きに失した感はあるが--何とか名誉挽回にとり組む姿勢ができつつあるようだ。真剣に愚直に地域をかけずり回って、多くの保護者の理解を得るための努力を、この機会を逃しては再びチャンスは訪れない事を覚悟してとり組む姿勢を-誰にもわかるああなるほどよくわかると言った、見える取り組みを願いたい。高校でも是非郷学を取り入れてほしい。ふるさとに尽くす人・ふるさとを発展させる人材育成を目指して---この頃独断断言頑固さの目立つブログかも知れぬがご勘弁を--教育に携わる人々よ郷学の取り組みを--
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by ayabemorinaga | 2013-07-21 08:52 | 教育・学校 | Comments(0)

参議院選挙の選挙運動も泣いても笑っても今日一日となった。17日間の選挙運動も今日で終わり、明日は結果を待つばかりとなった。かって流す涙も涙なら、負けて流す涙も涙です。同じ涙を流すなら勝たしてください。かって流す涙を流したい。そんな思いは候補者の偽らざる心情でしょう。マスコミは自民党の圧勝を報じているが、決して油断はならない。投票箱のふたが開くまでといわれていたものだが、近年国政選挙結果はマスコミの報道と違わなくなってきた。私も西田候補の圧勝を期待したい。同じ涙をながすなら、歓喜の涙で有りたい。私が住む綾部では前回は6900票あまりで7000票を獲得できなかった。今回はこの票数を大幅に上回る得票をなんとしても期待している。西田候補のために日夜努力をされている四方府議・安藤支部長を始め多くの皆様方の最後の最後までの努力をお願いしたい。今やることは電話で一票一票を掘り起こす事こそ最善の作戦である。わかっているわかっている。心配しなさんな--そう言っていただ゜ければありがたい。さて、あすの夜は勝負の厳しさが身にしむ悔し涙・随喜の涙の洪水かな--
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by ayabemorinaga | 2013-07-20 08:52 | 政治・議会 | Comments(0)

ああ無情

世の中の恨みと哀しみを飲み尽くしたる、みなつきあわき山頂にたたずめば、寂々たる哀愁の涙滲みて戦場で倒れし部下達の面影がそぞろ誘い出される。さぞや今頃はふるさとの愛しき妻子と悲しい対面をしておることなからん、また親たちが変わり果てし姿を見て驚き悲しまれるをおそれて、家に帰ってもよう入りもせず、門先で躊躇して泣きながらたたずんでおられるのではなかろうかと。轍に残る泥水まで飲んだ難行軍にみんな何時しんでもよいが、せめて一杯、コップに露の浮いた様な清らかなあの水を飲んで死にたいと、必必思いつつ毎日続いた行軍    とても生きては再び --と思いし内地にも帰り、きれいな水も腹一杯いつでも飲め、夢にみし青畳みの上で毎日寝ることのできる今日、何故満足と感じ得ざるや 日々の浪費を何故もったいないと感じざるを得ざるや-この文はある将校の遺稿である。-戦後68年、多くの人々の尊い犠牲によって平和な国として繁栄している我が国-いたましくも悲しき戦争に因って多くの人々が戦地で散華された。お国のためととおとい身命を捧げられた人に対して、私たちはとこしえに、鎮魂の祈りを捧げなければならない。それが私たちに課せられた義務である。崇祖崇拝の念を忘れてはいけない。八月が近づくにつれて、そんな思いに駆られる昨今である。
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by ayabemorinaga | 2013-07-19 10:22 | 政治・議会 | Comments(0)