綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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少年H

昨日は、四方会長、四方府議と一緒に小田垣教育長に、綾部高校創立120周年記念式典へのご案内と、特進コ-ス設置へのお礼をかねて府教委に行った。突然に、それもこちらから日時を設定してお願いをしたにもかかわらず、即答をしていただいた。以前であれば考えられない素早い対応に改めて感謝を申し上げたい。さすがに現場経験があり、自ら鳥羽高校での進路実績に基づいての話は、聞き応えのあるものであり感銘した。綾部高校も是非小田垣教育長に、特進コ-スの今後取り組みについて、しっかりと聞かれて参考にされることをおすすめする。その後、少年Hを四方会長と鑑賞することにした。第二次世界大戦の戦前・戦中、戦後を少年Hの純粋な目を通じての疑問や批判に共感を覚える。少年Hは少なくとも私より二・三級上である。なぜなら少年Hは中学校での軍事教練を経験している。私が小学校二年生の時に第二次世界大戦が始まって、小学校六年生の時に終戦(敗戦}になった。少年Hの経験は、私には実体験として今から、68年前の過去を見事によみがえらせてくれる。音響設備も素晴らしく、神戸空爆の様子は、臨場感のあるものだ。ΤⅤ映画とは格段の違いがある。やはり見応えのある映画は、劇場で見るに限る。少年Hの家は父親が洋服の仕立屋である。夫婦と長男・長女の四人のクリスチャン家族である。父親外国人相手に洋服の仕立てや直しをしている。第二次世界大戦中は、クリスチャンなるが故に、スパイの疑いや、様々な迫害を受けるがじっと未来を信じ耐えている。友達を信じる事の大切さ・人を非難する前に自分行為をまず反省することの大切さ。神の愛を素直に信じる事のできない悲しさ・大人を信じる事がでず自己嫌悪に陥り、ひとときは死を考えるが死にきれない情けなさ・哀れさ--特に戦後の食糧難の時母親がお隣のひもじ思いをしている家族に、おにぎりを持って行こうとした時に、シッヵりとおひつの蓋を押さえて、そんなことをすれば、もらい癖がついて、いつでももらえると思うようになると抵抗するH少年--いろんな疑問を投げかけても、時々はっきりと答えてくれない父親に失望をする。ひたすら神の愛を信じて疑わぬ母親。少年時代から絵画の才能に恵まれている少年Hは、やがては、看板書きとして生きていく決意をする。
私にも経験があるが、戦争中は軍国主義の徹底した信奉者であった教師が、戦争が終わるとかっての思想信条などかなぐり捨てて、素知らぬ顔して時代の波に乗り遅れまいと、民主主義と言う名の最先端で活躍している姿を見て、失望を通り越して人間不信を痛烈に感じたものである。職人という人達はやはり辛抱強いというか、一本筋が入っている、時流に流されないものを持っている。と話し合った。是非機会あれば少年Hを鑑賞されたい。久しぶりに素晴らしい映画を劇場で鑑賞することができた。
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by ayabemorinaga | 2013-08-28 08:30 | 教育・学校 | Comments(0)

地域社会の優しさ

人生にはいろいろある。上がり坂かもあれば下り坂もある。日の当たる時もあれば、ボタンを掛け違えたかのように、何をやってもうまくいがず落ち込むこともある.人生に風雨はつきものだ。しかし、失意の日、誰かが立ち止まり、どうしたの、必要だったったら、手を貸そうか、と、声をかけてくれ時間を割いて話をきいてくれたら、どれほど気持ちが落ち着くかわからない.周囲の人々のちょっとした思いやりが、やる気を喚起してくれる.・解決策は示されなくてもかまわない.分かち合ってくれる人であれば、気持ちが上向くのだ.そのようなやさしさがあふれるような地域社会こそ、一人一人の人権が尊重される社会である。そのような地域社会づくりを目指して、お互いに励もうではないか。
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by ayabemorinaga | 2013-08-25 10:20 | 教育・学校 | Comments(0)

施す

施すにもいろいろありますね。おもらいさんになにがしかのものを恵む.これも施す。また、貧者の1灯なども気持ちとしてはとおといものです.ここで言いたいのは、有する者の施しです。これが意外と難しい.お金があればあるほどケチに成るのが人間の本性らしい。とにかく裕福な暮らしをしている人ほど、人に施したり、恵んだりするのが惜しいらしい.何度も言っているが、お金がいくらあっても墓場まで持って行くことなどできないのにもかかわらず、異常な迄に金銭に執着する.なぜか、有ればあるほどもっとおおくため込みたいという薄汚い根性が芽生える。人間の救いようのない性だと言っててしまえばそれまてであるが--そのような強欲にため込んだお金は、やがて子や孫が湯水のごとく使って一瞬にして無くなる.子や孫にお金を残すなんて愚の骨頂である。子孫に美田を残さず--西郷さんの言葉であるがその通り-だ.世の中の金満家の皆さんできるだけ社会に貢献するために惜しみなく施(寄付)されることをおすすめする。仏教でも心を清らかに、美しく生きるために布施をすすめているているではないか--
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by ayabemorinaga | 2013-08-24 12:57 | Comments(0)
登校謹慎聞き慣れない言葉でしょうね。高校生が何らかの非行を行ったとき、生徒指導の一つの方法です。家庭謹慎をさせるよりも、学校に登校させて謹慎させるのが効果があると考えたときに行う。ある時期などは、登校謹慎処分の生徒が4・5人あり、その監督を私がやったことがあります。生徒に何らかの使役をさせるのもいいのではないかと、便所掃除をやらせることにした。勿論全校生徒が授業を受けている時間帯に行うのである。素手でやらせようと思いましたが、ゴム手袋をはかせて、便器を掃除させるのです。最初は躊躇して誰もやろうとしませんでしたが、私自らやり始めると生徒も渋々やり始めました。便器がきれいになるに従って、生徒も元気よくやり始めた。どうだ便所掃除は楽しいか。楽しいとは思わないが、きれいになると気持ちがよい。きれいに使わなければならないと言うことがわかったかな。少しは--誰もが毎日使う場所だからきれいにして気持ちよく使えるようにしなければならぬのだ。トイレ掃除をすればできるだけ汚さないようにトイレを使用する。意識が生徒に必ず芽生えるものだ。他校に転勤しても、登校謹慎の生徒がおれば、私は便所掃除を必ずさせた。最初は誰も進んでやろうとはしない。しかし、長いこと便所で突っ立っている訳にもいかず、渋々やり始める。後で感想を聞くと、やってよかったおべんちゃらを言う。ほんとによかったかと聞き返すと、最初は何でんなこをしなければならんのかと、腹が立った。しかし校長の顔を見ていると、やらなければ許してくれない雰囲気を感じて、しょうがないやろうか--と言う気分になった。汚い便所でもしっかりと磨いて掃除をすれば見違えるほどきれいになるだろう。君たちの汚れた心も磨けばきれいになさ。しっかりと心を磨いて人のために尽くすことの大切さを体得してくれ。君たちはいい経験をしたのだ。この経験を大切にしたまえ。なんて説教をしたものだ。なぜ私がトイレ掃除を生徒にさせようと思ったか.掃除に学ぶ会の提唱者である鍵山秀一郎氏の存在を知っていたからだ.広島市立某中学校は生徒の非行がひどく警察官が一日に二三回出向くような荒れた学校だったそうだ.それが全校生徒・教師・PTA・地域が一体となってトイレ掃除にとり組み学校を建て直すことができた。と言われている。生徒指導困難校の先生方一度トイレ掃除にとり組んでみては如何。立派な学校に生まれ変わりますよ。勿論先生自ら率先垂範することが必要条件ですよ。教師が口先で生徒にやらせようなんてことを考えるならせぬがよい。
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by ayabemorinaga | 2013-08-23 08:06 | 教育・学校 | Comments(0)

執理の病

頭の論理より、心の論理、人間にとって理屈より情緒が大切だ.理屈は枝葉まっせつにすぎぬ。私欲に凝り固まった病は治すことができる。だが、理屈に凝り固まった病はどうすることもできぬと言われている。えてして、世の中には理屈ぽい・頑固、さらに言えば自己主張が強い、人の意見に耳をかさない、人がいる.自分の意見をもっことはよい。社会人として当然のことである.それは社会人として必要条件である。だが、それをかたくなに固執して譲らないというのでは人としての進歩が望めぬし、周りとの人間関係も円滑にゆかない。過ぎたるは及ばざるがごとしで美点が欠点になる.頑固、理屈ぽい、人の意見を素直に聞かぬ.自己主張が強いと言われる人は、執理の病に冒されている人である.執理の病は、自らの性格からくるものである。これを直すためにはまずその欠点を自覚する事が治療の第一歩であろう。私などは自覚しているが、今更染みついた執理の病は治りそうにない.頑固が着物を着て歩いている。そのために人々に迷惑を欠けていることがおおいいと自覚はしているが、今更いかんともしがたい。しかし、たまには、いいことを言っていることもあるが誰も認めてくれないから自分で認めて満足している。
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by ayabemorinaga | 2013-08-20 06:45 | Comments(0)

変だぞ゛

暑い,猛暑、酷暑の活字が新聞紙上に踊る.本当に暑い。68年前の終戦の日こんなに暑かったか。昨今のような息苦しさを感じる暑さを感じたことはなかった。地球温暖化に因って気象に異変が起きたと考えるのが正しいのか。昨今各地の集中豪雨と昨今の猛暑・これも地球温暖化が原因なのか。地球温暖化対策としてC02の削減が声高に言われていたのは、ついこの間だ.京都議定書の遵守等-随分賑やかに新聞紙上、評論家諸氏がわいわいと騒いでいたではないか。なぜ今CΟ2の削減の声が無いのか。すこし変だぞ。原発が停止し、各電力会社は電力確保の手段として、火力発電をフル稼働し、需要に応えざるを得ない状況で有る.火力発電のフル稼働でC02がいくら排出されるのかは知らない.世の有識者と言われる方々、現在日本でC02がいくら排出されていて、それが地球温暖化にどの程度の影響を与えているのか.是非教えていただきたい。今朝もTVでリンゴの甘みが温暖化に因って増加したとか。C02削減の声はいずこに有りや。それと、生と言う言葉がこの頃やけに使われている.生足いや素足と言った方がいい--生放送--実況放送と言う言葉があるのにわざわざ生放送--生身は分かる.生身体って分かる.裸体だろう。生顔より素顔だろう。ΝΗKのアナウンサ-がよくただいま生放送でお届けしています
と言っている。生って言葉の使い方に抵抗感があるのは古い人間という証拠か。上記二つの事例変だぞ--と思う方が変なのか 普段からおかしい頭がさらに混迷を深めそうだ。
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by ayabemorinaga | 2013-08-16 08:36 | その他 | Comments(0)

ぼやき2

全柔道連盟会長上村氏4年4ヶ月権力を一手に握ったり-ダ—が権力過信のはて組織を去る。今朝の産経新聞が報じている.イエスマンばかりだった組織の機能不全も内閣府から指摘されていた.有能であり実力で這い上がってきた人には、なかなか諫言をする人はいない。しかし、いかなる組織でも諫言をする人がいなければ堕落する.そのことは昔から言い続けられてきたことである。しかし、実力者・権力者に面と向かって諫言をできる人は相当腹の据わった人か人格者でなければならない。いや、そんなことより実力者や権力者が諫言を受け入れるだけの度量のある人か否かである.人見て法とけと言われるように、人を見て諫言しなければ諫言した人が抹殺されかねないからそこの処をしっかりと見極めなければ馬鹿を見る羽目になる.みんな保身を考えて言いにくいことは言わない組織になれば、その組織は堕落する.諫言と誹謗とは異なるからそこの処もしっかりとわきまえなければならぬが。諫言をしているつもりが,誹謗中傷をしている事に気づかない愚かな人もいる.人は誰でも耳に逆らったりいやなことは聞きたがらない悪い癖を持っている。ところで、如何愚かな人間でも、他人の行いをとがめるときには,正鵠を射る物であり,如何に聡明な人間でも,自分の行いを許すときは甘くなる。人は誰でも他人には厳し自分には寛容な物であるということを忘れがちである.人を見る目で己を見己を見る目で人を見る.このことを実践する事が大事かな---と新聞を見て思っただけ--これもぼやきか。--
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by ayabemorinaga | 2013-08-15 07:57 | 教育・学校 | Comments(0)

魂をつくる。

霊魂不滅とか言われるが、果たして魂は存在するのか。魂が存在するかどうかは各人の考えである。私は否定も肯定もしない。魂のことを知るためには、中世の説話集を読むべし。その中の話。ある人がしんで冥界に行くと、立派な御殿が建ちつつある。これは誰の住居かときくと、まだ生きている人の名前を言いその人の善行に応じて、こちらの住む家が作られていくのだ。と説明してくれる。結局、その人はもういちどこの世に帰されて、このような話を語る。冥界往還の話だ。これは、こちらの世界での行為に応じて、あちらで住む住居が作られると言うことである。勿論こちらの世界で住む期間なんか知れている。あちらで住む期間が断然多いい。こちらでは、人を陥れてたぶらかして金を貯め込み、時には強奪に等しい行為で人の物をとり財産をためて、豪邸を建てると、あちらでは、竪穴式住居が深く深く掘られて作られていく事になる。と考えるとおもしろい。こちらでやっていることの一つ一つがあちらの世界の準備になっている。と思えば自ずと自分の行為も自省せざるを得ない。いや、少し考え方を変えて、自分がしんだときにあちらに持って行ける物は何か。それは魂であると考えたらどうだろう。如何に多くの財産を作っても持って行けない。本をたくさん書いたと言って棺桶に入れてもらっても、あちらに行くまでに焼かれてしまう。自分の身体だって焼かれるか、腐るかである。私は背筋を伸ばして生きてきた、と威張っても、砕かれ骨壺に入れられてしまうのがオチだ。そのことを自覚すべきであるが人間哀れなるかな現実の欲に血迷い自分の行為さえ分からなくなるから恐ろしい。閻魔大王の前に言って、これが私の魂ですと示したら閻魔大王がびっくり仰天するような、そのような魂を生きている間に如何に作るか。皆さんぼちぼち挑戦してみては如何でしょう。お盆の日にソウルメイキングいいでしょうが--
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by ayabemorinaga | 2013-08-14 05:45 | 教育・学校 | Comments(0)

過而不改、是謂過矣

このブログを見ていただいている皆様方、残暑お見舞い申し上げます。暑いですね.炎熱地獄と言う言葉がありますが、昨今のような極暑を言うのでしょうか.皆なさん身体に気をつけてこの酷暑をしのいでください。    さて、人間誰しも過ちを犯すことがあります.過ちを犯したからと言って必ずしも責められないとは思っている。問題はその後処理である.私たちは往々にして過ちだと知りながら、それを認めず、口をぬぐって知らぬ顔をしたり、居丈高になって居直ったりする.最近の私がその見本である。そして、また後悔したりしている.孔子は、過ちて即ち改むるに憚るなかれ.と言っている.皆さんご存じの有名な言葉である。過ちを過ちとして認める事から人間の進歩が始まるのかも知れない。まあ、やっかいなのは自分で自分の過ちに気ずかない場合だ。気ずかなければまた、同じ過ちを繰り返す事が多い。人から過ちを指摘されるのは実にいやなものだが、実は、そういう人がいてくれるのはありがたいことなのだが、人という者はやっかいなもので、過ちを指摘されても、メンツを重んじて認めようとしない人が如何に多くいることか.指摘された過ちが事実でないならばしっヵりと事実で持って反論すればよい.反論すべき証拠が無いならば、あっさりと認めるべきである.そのことによって人間として大きく成長することを知るべきである.否心得るべきである.若い人を見ていて、これは将来伸びそうな人間だなあと思われるのは、素直なタイプが多い。そういうタイプの人は、よく人の意見をきくから、孔子のいう過ちを犯すことがない。そんな人になってくれ。変な意地を通そうとしている人のまねなどせずに 将来を担う地域の若者達よ.孔子のこの言葉を素直に実践してくれ。
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by ayabemorinaga | 2013-08-12 12:52 | その他 | Comments(0)

民衆の思想

戦後とは何か。あんな苦しい戦争はいやだ。ともかく平和でありたい。国やぶれて山河あり。こんなひもじい思いはいやだ。まずは何より食えるようになりたい。今日よりは明日へ生活がよくなってほしい。少しでも豊かな生活がしたい。平和・豊かさ.これが戦後の民衆の思想であり願いであった。戦後60数年にわたって自民党政権は、押したり引いたり時には筋を曲げても、なにはともあれ平和と豊かさの実現に成功した。ところが2009年の総選挙では政権交代を目指して大風呂敷のマニフェス卜を掲げた民主党に民衆は喝采を叫んで支持した。民主党政権は3年数ヶ月続いたが、政権担当能力の無能さを露呈して国民の願いと期待を裏切り、民衆は民主党政権に幻滅し昨年・今年の国政選挙で民衆は不支持の意思表示をし完敗した。現在の国民が抱く民意とは何か。いな、民衆の思想は何か。世論とは何か。主権在民だ。国論は国民の投票の結果でしか決まる道はない。声なき声を政治に実現するのが総選挙である。選挙の総和が民意である。今回民意と見られる一つに意志決定能力機能を喪失した国会の現状をこのまま放置してよいのか。と考えて、決められる政治を国民は選択した。自民党の売りというのは肝心なときに本当のことを言って責任を取ってきたことである。耳に心地よいことばかり言って国民に幻想をもたらすのはよくない。戦後から見れば日本は勤勉さによって人類史上まれに見るほど満ち足りた社会を作ってきた。皆年金・皆保険制度の充実・おいしい物が手軽に食べられる。老若男女が気遣い合って生活し買い物や音楽会や美術展などにも事欠かず環境も治安も比較的よい。しかし、このままでは現状を維持する事は難しい。そのような不安を国民は感じ始めていないか。いな、政治に対して不信感を抱き始めてないか。しかし、日本は昔から心優しき社会を作ってきたと思う。それが健康保険制度であり皆年金制度の確立であった。その健康保険制度や年金制度で立場の弱い人に厳しく当たる市場原理主義的な考え取るのではなく、弱い立場の人にめを向けていくことが、ものいわぬ民衆の声なき声であり、民衆の思想であることを忘れずに政治をしていただきたい。
国民民衆といって文章が不統一ではないか.国民なら国民・民衆なら民衆と文を統一されたい.その通り・御免
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by ayabemorinaga | 2013-08-05 20:16 | 政治・議会 | Comments(0)