綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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相乗り批判

川崎市では、相乗りを批判されて、相乗り候補が市長選で敗北した。神戸市では何とか面目が保てたようで、相乗り候補が当選した。自民党も独自候補を立てて戦うような度胸が無いのか。本来地方議会では与党も野党も無いのが本来の地方自治の姿ではないのか。議員は是是非非の立場で政策ごとに対応すればよいのではないか。勿論国政は議員内閣制であるから与党野党が存在するのは当然のことである。地方自治で与党であれは゛議員として利益でもあるのか。公平公正の原則から言えば利点など皆無だ。勿論自民党の首長であれば、自民党議員は応援をする事もあるだろう。首長がときのながれで、選挙の時に一生懸命応援したにもかかわらず自民党も適当にあしらわれていても自民党議員は悔しいと想わないのか。そんな想いを持っていても相乗候補を応援するとは情けない限りだ。負けようがどうなろうとも自民党党員の候補首長を押し立てて戦う勇気が無いのか。相乗り候補を応援して負けたら、地方の選挙は国政に関係ないなど無責任な発言を聞くとあほらしくなる。自民党よ、地方首長にどんどん自民党員を擁立する努力を傾注して国民また、地方の住民の信頼を勝ち取る努力をおしまないでいただきたい。直言御免
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by ayabemorinaga | 2013-10-30 13:50 | 政治・議会 | Comments(0)

逆鱗

人間関係で油断のならぬものは心である。人間関係が物や金で不仲になったような場合でも、煎じ詰めれば物や金そのものが原因でなく、それに伴う心の問題が真因だったと言う事がおおいい。金や物は目に見えて数量で図れるが、心はそうはいかず、理屈どおりにならない。したがって人間関係において身を守る為には、心の問題をなおざりに出来ない。しらぬまに相手の心を傷つけているかも知れぬ。そぶりには見せないが相手が怒っているのかも知れぬ。何気ない言葉が相手の急所にふれている場合がある。つまり逆鱗に触れたのだ。自分では意見具申を好意を持ってやっているつもりでも相手は逆に取る場合がある。だ゛から、意見具申によって地位や命が脅かされる危険を防ぐには、自分の意見をむきになって主張せず、中立的な立場にあるような態度を取ることである。穏やかに説得し感情的にならない事が安全だ。そして、逆鱗に触れるようなことは決してしないことだ。人間の心を理解することは至難の業である。しかし、世の中には人情の機微をつかむ達人もいる。私にはとても出来ない事で有るが--
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by ayabemorinaga | 2013-10-28 18:36 | 政治・議会 | Comments(0)

保身術

保身術と言えば上にへつらうことだと想っている人がいる。とんでもない思い違いだ。本当の保身術は安全運転のことで、上も下も無い。組織内で身を守る為には常日頃から、信頼される条件を作っておくことだ。その人に悪い噂が流れたらあいつならやりそうなことだ。と思われるかそれともあの人に限ってそんなことはするはずがないと思われるかで偉い違いである。私などはいつでも彼ならやりそうだと想われていたから、いっそそのように想われているならとことんやってやれ。と開き直って世を渡ってきた。と自分で粋がっているだけで随分損な生き方ですよ。いや、損得ではなくあまり賢い生き方ではありませんな。何はともあれ、自分の徳のなさに時には幾度となく涙する事があった。組織での保身も世渡りもへたくそでした。そんな思いがしたくないなら、組織の中でしっかりと信頼される人になることですね。これが保身術の第一歩です。信義誠実の原則というのが民法にありますが、人間関係では常に信義を重んじ誠実さを持って相手と対応する事が大事ですよね。そのことがとりもなおさず信頼される人間として認められることになります。----なんて--特に人との応対には誠実を旨として対応する事が信頼を得る第一歩と考えることです。なんて態度で応対するのか--とおもわず怒鳴りたくなるような応対をする人に出くわすことがあるが、そんなことを想われるのは損ですな。そんな想いをされた瞬間信頼はゼロに等しい。デモそんな不遜な態度で人との応対をする人がいますな。あんた何様なのと言いたくなるような輩が---
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by ayabemorinaga | 2013-10-26 11:52 | 教育・学校 | Comments(0)

中傷

人間関係に中傷はつきものだ。この細菌にやられると、かなり自信がある身体でもすっかり参ってしまうから恐ろしい。やっかいなことに、人間が群がっているところらは必ずこの細菌がウヨウヨしいるから用心をして免疫性を作っておくにかぎる。自信家ほど中傷の毒に弱い。中傷を強力なものにして真実性を帯びさせるには、うわさを流して人の信頼を失わせることに限る。噂を流すにはもったいぶって、あんたにしか言わないがね、とか何とか言って有りもしないうわさをもっともらしく語りかけるのさ。噂の恐ろしさは選挙情勢を一夜にしてひっくり返すような威力がある。中傷も単に中傷だけではなかなか成功はしない。ある状況を作り出すか、または人が信じるようにふさわしい状況を作り出して、その下で中傷の効果を上げるのだ。まあ出来るだけ中傷という得体の知れない毒に犯されないことがいちばんさ。おまえも悪よのう--どこまでも--あんた中傷という細菌の冒されたことがある。数え切れないほどあるさ--免疫が出来て中傷という毒にやられてもぴんぴんしているよ--しかし、この中傷という得体の知れない毒に犯されると強靱な神経の持ち主でないと完全にドロップアウトになるから気をつけることだね。なかなか立ち直れないよ。有りもしない中傷と分かっていてもすごくいたでだな。このような中傷をばらまく輩がいるからやっかいだ。そんな中傷を信じるすっとぼけた大衆がいるからかなわないよ。中傷という細菌に冒されてことをは覚悟してはやく保険に入っておくことさ。どんほけんがあるのさ。おしえて--自分でかんがえることだな-
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by ayabemorinaga | 2013-10-24 16:39 | 政治・議会 | Comments(0)

特進コ-ス

あやべ高校に来年度から普通科に特進コ—スが設置されることになった。特進コ-スの保護者向けのパンフレットも作成されて配布されている。市内中学校に高校の管理職が出向いて説明をされている。特進コ-スについて保護者や生徒がどのように理解しているか。個々人の生徒の進路実現するためには、市外の高校へいく限る。そのようなム-ドが綾部市内の中学生には浸透している。そのようなム-ドを一掃して綾部高校で充分進路実現が出来る。という雰囲気に管理職は全力投球されていると考える。その結果は、昨年度福知山高校へ綾部市内から45名の生徒が、西舞鶴高校へ20名の生徒が進学希望をしていた。今年福知山高校・西舞鶴高校に何人が進学希望をするかによって結果がはっきりする。また、昨年は綾部市内の中学生卒業生333のうち綾部高校を希望したのは116名であった。これらがどのようになるかと言った点も考慮する必要があるが、昨年とかわらないような進学希望状況で有れば綾部高校への特進コ-スに魅力がないと言う事になる。今年度は進学希望状況が早めに発表されると聞いている。さて、いかなる状況になるのか。それはそれとして、学校が進路実現の為にどのような創意工夫をこらし、入学してきた生徒の希望進路実現を達成してやるかだ。結果実績がすべてである。そのための努力を学校教職員が共通認識を持って示していただきたい。
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by ayabemorinaga | 2013-10-23 15:39 | 教育・学校 | Comments(0)
過ちて即ち改めることに憚ること無かれ。--そんな事態に直面した。早速、過ちを認め改める事で誠意を表すことにした。かって私が議員の時に、相手が行政に不公正があると宣伝した事について、真実か否かを議会で追及したことがある。行政側は言われるような不公正の事実は無いと言うことであった。不公正があるといった相手側は事実でもって論証されることも、過ちを認める事もされなかった。そのことは、誠実さと真心を大切にするという良心を持っておられないのか。そんな人でないことを信じたい。そうは想いつつも、真心と誠実さに欠けると言った人格的欠点がある方だったのだろうか。知るすべもないが、その方達が謝罪や過ちを認めると言ったこともされなかったという行為がすべてを物語っている。と判断することは妥当性に欠けるだろうか。今回は、私たちに錯誤があり、指摘された事項について、その正当性を主張する根拠は無い。全く相手の指摘通り私たちは弁解も許されざる過ちをしてしまった。早速私たちはその非を認めて指摘された事態の収束を敏速に図った。人間誰しも過ちを犯すものである。しかし、ときと事の次第では、過ちて即ち改めるに憚る事なかれと言った対処で済まされないこともある。人間は神でない。ゆえ人間のする行為には誤りもある。過ちを指摘されたら、躊躇することなく改めるべきであるいとった経験をする羽目になった。いつまでもいい経験をさせていただき、神に心から感謝している。具体的内容についてはまた何時の日か--
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by ayabemorinaga | 2013-10-22 09:12 | 教育・学校 | Comments(0)
人はこの世に何のために生まれてきたのか。考えたことがありますか。以前ブログで人は世のため人の為に尽くすためにこの世に生まれてきたのだと言う事は書いた。しかし、この表現は抽象的ですな。具体性がない。政治家が人のため世のために是非働かせてください。など、選挙の時によく言う詞ですな。アンパンマンの作家やくみつる氏は、漫画を通じて、人々を喜ばすことが私の仕事である。いわれていた。具体的よく分かりますね。皆さん方各自が私は何のために世の中に生まれてきたのか。神は私に世の為人の為に何をさせようとしてこの世に使わせしめたのか。考えたことがありますかな。考えてくださいよ。真剣に--私は世のため人の為に何をすべきなのかという課題をしっかりとな。いろいろありますがな--正義が通る世の中にする。公平な世の中に--差別のない明るい世の中に--格差の無い社会に--その他もろもろあげればきりがないが、世の中に尽くすためには自分はいかなる行動をすべきか--自分なりに考えがまとまれば、地道に愚直に行動をすべきである。皆一人一人が自覚を持って行動に移せば、この世の中は素晴らしい世の中になる。そのように宣わくあなたはどうなの-何か世の中に尽くすために行動を通じてやってきたことがありますか。--さてな-私などは行司が褌を締めて土俵に上がる様な事ばかりしてきて--世の中に尽くすどころか、みなさんにいやがられていますよ。まったく懲りない男ですからやっかいなことですな----
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by ayabemorinaga | 2013-10-20 12:28 | 教育・学校 | Comments(0)

アルバイト

畑に這いつくばってばかりもくたびれる。ぶらりと町中に足を踏み込んでみる。おやおやと言った話が聞けるからおしろい。我が町の高校生が安価な労働力を提供してくれるからありがたいとか。なんのこっちや-高校生がアルバイトという形で安価な労働力を提供してくれると言う事らしい。家庭の事情ではアルバイトも学校は認める事が必要かも知れぬ。しかし、学生の本分はしっかりと学習をすることである。あたりまえのこっちゅゃ-そんなこと、言われなくても分かっているわ。だかな-現実はアルバイトの生徒があまりにも多くいるという現状が古い頭では理解不能なのよ。今ではアルバイトもかってに出来るのかと考えたがそんなわけがないだろう。安価な労働力の提供源とおもしろおかしく揶揄されている現況無直視しよ。そんな話がちまたで出ていのも寂しい話だな。もっと素晴らしい話は無いのかよ。ああ無情
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by ayabemorinaga | 2013-10-17 14:02 | 教育・学校 | Comments(0)

男の意地

意地については以前ブログに書いたことがある。少しダブるかも知れないが書いてみる。男の意地、横綱の意地などと言われるように、意地通さなくては男が廃るなんて思うことがある。世の中には意地になりやすい人と意地にさせやすい人がいる。私は意地になりやすい典型である。人は意地になったとき、意地を通すことで気が晴れる。気が済むと言ったことがある。しかし、意地をはって気が済んだかと言えば、どこかにばつの悪さを覚えることがある。意地になって思いを貫こうとすると、多くの場合解決は一面的になりかえって問題をこじらせることがある。視野が狭まり、勝つか負けるかと言ったことになり、冷静に考えるとばかげた結果を得ただけとなる事がある。意地を通して、誰からも反対出来ないような大義名分をふりかざして、正義や権利を主張する執念を燃やす。それは時には大事な事かも知れぬが、男の意地を通して自己満足では寂しい限りだ。やると思えばどこまでやるさ-威勢のいい心意気で意地をどこまでも通す。男の美学かも知れぬ。人に虚仮にされたときは、憤怒の思いがめらめらとわき起こる。意地を貫き通す怒りの為に--長い人生ではそんな場面が二度三度あることだろう。そんなとき意地を最後まで通すのか、それともどこかで妥協するのか。権力に立ち向かう時は、しっかりとした見通しを持っていないととんでもないことになる。男の意地もつらいね。時にはつらさをかみしめて、男の意地を通さなければならぬ時もある。男ってかなしいね。男なんってさ、おとこなんってさ--だれかがどこかでうたっている
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by ayabemorinaga | 2013-10-04 19:22 | 教育・学校 | Comments(0)

怨念

人は誰でも相手を深く傷つけたりすると、その怨念を恐れる。人の恨みを買うようなことをしてはいけない.と言う教訓の形で生活原則になる。恨みを買った人はこれを一番恐れる。たとえば、怨念には生き恨みと死に恨みがある.生者の霊の恨みと、死者の霊の恨みで共に恐怖の対象であり、何か不幸が続出すると、誰かの恨みを買ったのではないか.祖先の霊を祀らなかったからではないかと心配になる。だから、それらの罪障から身を清めたがる。洗い落とし、ふるい落とすのだ。禊祓之詞には、祓戸大神、諸々の禍事、罪、科、汚を祓ひ給え浄め給えーーと神社に参拝して浄めてもらうのだ。そして、怨念から逃れようとする。私などは、四国八十八カ所へ巡礼より、伊勢神宮をはじめ多くの神社に参拝して、多くの人からの怨念を浄めてもらうことが一番である。果たして、神社に参拝して怨念をふるい落としてもらうことが出来るだろうか--神もすでに見放されていないか。おまえは救いがたい人だよと。-それではと、開き直って生きていくだけの気力も失せた。--晩節を汚すな--なんて偉そうな事などとても言えたものではない。私は自分出来もしない事を、ことさら声を大きくして、アジッ-ているだけなのさ。
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by ayabemorinaga | 2013-10-02 10:02 | 教育・学校 | Comments(0)