綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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時事放言2

衆議院議員予算委員会で、元石原官房副長官が中田宏委員の従軍慰安婦問題に関しての質疑に対して、河野談話は、従軍慰安婦に対しての裏付け調査が為されたのか.河野談話の発表前に、韓国と事前のすりあわせがあったのか。との質問に対して、裏付け調査は為されていない.事前に何らかのすりあわせがあったと推定される。と答弁されていた。                                                  河野洋平元官房長官の国会証人喚問について、自由民主党は、犯罪関係以外に元議員を証人喚問した慣例がない。と拒否をしていると報道されている。そのこと聞きながらふと二昔前の記憶がぼんやりとよみがえってきた。                                                              その記憶とは、学校管理職人事について、教頭一年で校長に昇任した例はない。当時の府教委幹部は否定的であった。わたくしは、それを聞きながら、慣例にこだわることなく実行すれば慣例でなくなるではないか.慣例を持ち出すのは、為にする理由でしかない。と今でも思っている.慣例にこだわることなくやればできる事である。そのことをやったと言って法令違反になる事は無かろう。そのようなことを言っていると慣例法っていうのもあるんだよ。と言われそうだが--                                         国会では事実に基づく真実の追究こそが国民の負託に応える議員としての姿勢であると考えるが間違っているか。
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by ayabemorinaga | 2014-02-27 10:38 | 政治・議会 | Comments(0)

残影

綾部高校同窓会長として最初に出会った人は、故岡野一二氏てある。いつもにこやかにつりズボン姿で執務されていたのが印象的である.岡野氏は郡是製糸株式会社で学閥(京都高蚕・上田高蚕)争いに敗れて、岡野氏につながる一派はそれぞれ外部子会社へ転勤となり、故岡野氏は郡是製糸株式会社の子会社栄商事株式会社(主として桑の肥料を取り扱う)の専務理事であった。郡是製糸株式会社社長であった綾部高校第二代同窓会長故小林實氏は高蚕出身でなかったが為に、社長になれた。と故岡野氏きいた。当時郡是製糸株式社では、高蚕の学閥争いが厳しく誰につくかで、自分の将来が約束されるという状況が存在したらしい。重役になれる人と思って担いでいたら、その人が重役になりそこね親亀こけたら子亀孫亀みなこけた。人を見る眼がしっかりしていないと、一生涯を棒に振る事になりかねない事になる。というお話を興味深く聞いたのも遠い昔話である。故岡野氏は菊つくりが趣味で、自宅には菊の鉢がたくさん並んでいた。                             綾部高校第4代同窓会長故四方武氏故岡野会長の推薦により同窓会理事から会長に就任していただいた。故四方氏の略歴については省略する.当時は蜷川府政時代であり、故羽室清府会議員が、綾部市長に出馬を決められて、故四方氏は綾部商工会議所専務理事に就任されていたが故羽室清氏の市長選の選挙参謀として活躍された.故羽室氏が綾部市長に出る代わりに当時市長であった故志賀清六氏府会議員になるように口説かれたそうだが、志賀氏は断乎拒否されて一騎打ちの争いとなる.当時大槻伍郎氏が羽室氏との府会議員選挙で敗れておられたから、そのようにすんなりと市長と府会議員の交代なんてできっこない.故大槻伍郎氏がとうぜん立候補されますよと故四方氏に言ったら、その説得は自信がある。といわれたことがあった。                                 当時故小原四郎校長は、故羽室氏支援の同窓会役員の主だった人と東校舎校長官舎で選挙作戦を極秘にされたことがあった。その選挙作戦とは、故羽室氏推薦のビラを同窓会役員が肩書きは書かずに、豊里以北には配布しない条件(故志賀清六氏は河北ブロックわ選挙地盤とされていた。)として、市内一円に撒いた。そのビラが河北ブロックの人達の目にとまり、元、故大槻重信教頭先生の処に抗議のでんわが殺到してこまって、どうしたらいいかなと聞かれたので無責任に、ほっとくしかないでしょう。としゃあしゃあ-故大槻教頭先生の気持ちも斟酌せずにいったことは今でも自責の念にひとしおのものがある。                                                  その市長選の結果は、故羽室氏が当選され、故志賀清六氏は敗れた。府会議員は故大槻伍郎氏が当選された。当時私は故四方会長に頼まれて、当時の府綾部事務所へ故四方氏が綾部市助役に就任されるという市民のもっぱらの噂である。ということを府綾部事務所長に言ってきてくれと言う事であったので府綾部事務所に行ったら玄関口でばったり故井上市会議員と鉢合わせになり、森永はん何しにきたんや--としつこく詰問されたのには参った。いや何でもありませんよと言ったが--そのようないいわけは通らなかった。                                  故四方氏がなぜそのような事を所長に言うように言われたのか。その時代は情報収集は徹底していて、府の出先機関の長と名の付く人は勿論、高校の校長も番号制になっており、選挙ともなれば、相手陣営の動向が逐一報告されていたし、日頃は地域の状況を逐一当時故蜷川知事の側近で森蘭丸と言われていた企画管理部長稲田達夫氏に報告をあげなれればならなかったということをよく聞かされた。その当時の綾部事務所の所長こそ、綾部高校第5代永井修氏である。                                                                 それあなたの残影なの-そうわたくしは、残影と思っている.皆さんはどのように思われるかは自由ですが--ときには見てきたような嘘を言うこともあり、さらに事実誤認もありますから、あまり真剣には読んでもつまらないですよ----

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by ayabemorinaga | 2014-02-26 15:22 | 教育・学校 | Comments(0)

未来ある若者達よ

人間が生きていく上で志を抱くことが大切である。と言う持論を持っておられるのが、綾部高校同窓会長四方八洲男氏である。私もこの意見に異論はない。特に若い人は志をしっかりと持つべきである.生き甲斐とは、人が志を持ち、その志を実現していこうとする努力の過程で感動的体験を味わうことである。その感動が深く大きいほど、生き甲斐感は充実する。志に生きるとは、より高きを仰ぎそれを目標にして生きることである。自分だけでなく、出来るだけ多くの人を、他人の力でなく、自分の能力によって幸福にしてあげる生き方である。立身出世を望むのも、金持ちになる事を望むのも、名誉を望むのも、目標を持った立派な生き方である。たとえば立身出世が自分のエゴの為ではなく、少しで多くの人々のために尽くすのである。という気概がない限りは、志を持ったとは言えない。若者よ大志をもて、いや大きな希望をもて、しかし、そういった大志や希望がじっげんするとは限らない。失敗することの方がおおいだろう。しかし、努力の過程で感動的な体験を獲得することもある。こと志の違い、世評に打ち砕かれ、茅屋に窮死する事があっても志ある人間は必ずさわやかな生き甲斐が与えられるであろう。何時までも何時までも志を持って生きてくれ.若き人達よ---そして、平和で誰もが生き甲斐を感じらる地域社会の実現の為にも、大きな大きな志を抱いてたくましく生きてくれ.大志を抱く人達よ--大志を抱き人の為世のために尽くすという、心意気だけは失ってくれるなよ--若者達よ--
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by ayabemorinaga | 2014-02-25 12:14 | 政治・議会 | Comments(0)

NHKって

ΝHKの籾井会長が、会長就任会見の発言を巡って予算委員会で委員の質問に呻吟されている様子を見ながら、日本放送協会NHKってどんな組織なのかと、ふと考えさせられた。おそらくいま日本で、国民に与える影響力と言う点では、これほど巨大な存在は他にないだろう。NHKは自ら公共放送と称しているが、公共放送とは1体何なのか.民間放送とどう違うのか。NHKが公共放送なら民間放送や、あるいは、読売新聞、朝日新聞、産経新聞などは公共性は無いと言うことなのか。NHKの番組を見なくても料金は払わなければならぬ.その根拠は放送法第32条に規定されている。放送法第32条で受信機設置者の契約義務は明記しているが、なぜか契約を破ったときの罰則規定がない。故に受信料不払い運動が起きたりする.新聞に公共新聞などはないが、電波メデイアだけなぜ公共放送が必要なのか。ΝHKは、国家のPR媒体、つまり国営放送でなく、国民の皆様の放送局である。と主張する。時の政権の代弁をしたり、一部広告主の為のものでもない。世界に類のない、完全に自立し表現の自由を確保している理想的な放送局である。と広報室長が胸をはっていたそうだ。NHKにとって国民こそがスポンサ-であり政府にでもなく企業にでもなく国民に1番気をつかう.是こそがNHKの公共性であり存在理由がある。国営でも民放でもない占領政策の影響も色濃く残っている.はなはだ中途半端なところがNHKなのかと考えてしまった.国民に満遍なく袋だたきにされることが公共放送である所以なのか。よろず苦情承り所的役割を果たす弱いNHK。受信料不払いに罰則規定を設けず、放漫財政だといわれて身を縮め、苦労して番組制作費をけずり、右偏向だ.左偏向だとたたかれ、動揺しながらその中途半端さ弱さこそNHKの本質なのか。ΝHKは、放送法に基づき組織運営されている。そのとに間違いはないだろう.されどNHKについて国民が納得する議論を国会で深めていただきたい。
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by ayabemorinaga | 2014-02-24 14:32 | 政治・議会 | Comments(0)

不適切発言

見事にひっくり返った。あの子は大事なときに必ず転ぶんだな。東京五輪パラリンピック組織委員会会長、森氏の発言である.この発言不適切発言の極みである。これ以上これ以下の不適切発言ない.安倍首相が森氏は目配り気配りの出来る方である、と自分が森氏からネクタイをもらった例を引き合いにして話されていた.そのようなお話を聞いていたから故に、あまりにも不用意な発言に驚くばかりである。プライムニユ-スが森氏の話の一部分を取り出しただけで批判することはいけないと、話の全部を流していた。しかし、それにしてもあの発言は不適切であると断言したい.なぜもう少し相手をおもんばかりいたわりのある言葉が無かったのか.森氏は無理に団体戦に出させる必要は無かった.あのときのミスが響いたのではなかったかと言いたかったようであるか゛--この人時々本音を言われる癖がある.本音を悪いとは言わないが--言っていい場合と、そうでない場合がある。
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by ayabemorinaga | 2014-02-22 12:17 | 政治・議会 | Comments(0)

異常気象

昨年夏から秋にかけては、日本列島各地で豪雨災害や記録的な高温が続いた.地球温暖化の傾向で世界的に極端な気象が頻発する傾向が指摘されている.関東甲信から東北地方をおそった記録的な大雪も地球温暖化の影響と言えないことはないだろう。このよな異常気象について、マスコミが地球温暖化の影響であると騒ぎ立てずに、ほとんど黙りを決め込んでいる様子は少し変ではないか。地球温暖化対策としてはC02の排出規制が重要ではないのか。。地球温暖化対策の争点になってきた排出量取引問題もとんと聞かれなくなっている.今日本は電力需要をまかなうために火力発電をフル稼働させて、C02を限り無く排出している.それが異常気象につながっているとは言わないが.地球温暖化対策を国はこの際しっかりと示せ。さらに非常時対策の法整備もしっかりととり組んでもらいたい。
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by ayabemorinaga | 2014-02-20 10:27 | 政治・議会 | Comments(0)

時事評論

羽生さんが金メタルを獲得した.彼が表彰台で国旗掲揚とともに国歌を斉唱する姿をみて感激した.素晴らしい青年が育ちつつあることに感慨ひとしおのものがある。かって金メタルを獲得して表彰台に上がりながら国歌を斉唱せずにいた方もおられる。そのお方いま国会議員で有るが、いろんな式典に参加され国歌斉唱する場面で黙っておられるのだろうか。今から二十数年前教育の現場で、日の丸、君が代論争を職員会議で延々とやったことがある.入学式・卒業式で国旗を掲揚し、国歌を斉唱するという府教委の通達に基づき職員の合意を得ようと悪戦苦闘したことをふと思い出したから--日の丸は戦争の旗だ。この旗の下でとおとい多くの命が散華した.そのような日の丸の旗の掲揚は認められない.君が代の君は誰をさすのか.。そのような不毛の議論をやらなければならなかった苦い思いがよみがえってきた。教委と現場教職員の狭間で苦しみ自殺に追い込まれた校長もいた.国旗・国歌法案が制定されてようやく日の丸・君が代論争も下火になり、小中・高学校で入学式・卒業式に国旗が掲揚され、国歌が斉唱される時代になった。そのような経験をしたが故に、羽生さんが国歌を歌われる姿がひときわすがすがしく思われた。さわやかな素晴らしい青年が育ちつつあることに賛辞を惜しまない。
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by ayabemorinaga | 2014-02-19 14:02 | 教育・学校 | Comments(0)

妥協

好き嫌いをはっきりとさせないと気が済まない性質の人がいる。あいまいさや妥協を嫌い、出来るだけ自分の好みを押し通そうとするため、摩擦が絶えない。芸術家タイプと言えば聞こえはいいが、所詮わがままで柔軟性に欠け譲歩する事を嫌うから、味方もおおいいが、敵も多い。人として生きていくには、人生は妥協なり.如何に相手と協調し、うまく折り合いをつけて共存共栄しいくか、是につきる。妥協っていうのは相手の為に自分を殺すことでしょ、それは耐えられない。と、若いうちは誰もが思うことである。誰も自己主張を全面に押し出して思うがままに振る舞いたい。しかし、そうなると人間関係で衝突が絶えない。衝突を避けるためには、誰かが半歩か一歩譲って我慢しなければならないが、その損な役を、他人に押しつけず、自分が引き受ける。むかしの人が言っていた.損して得とれ。いいこと言うね昔の人は。妥協も譲歩も自分を大きく生かす為の手段だ.と考えたら少しも苦になるまい。勇気を持って堂々と妥協し譲歩して相手をたててあげるという懐の深い人になっていただきい。将来を嘱望されている諸君達よ。
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by ayabemorinaga | 2014-02-09 10:03 | 教育・学校 | Comments(0)

いじめ

いじめとは何か。どういったことをいじめというのか。まずいじめについての言葉の定義をしっかりとすることから始めなければならない。いじめには、いじめる側と、いじめられる側があるのですが、どういった人がいじめの側になるのか.どういった人がいじめられるのか.なぜいじめるのか。なぜむざむざといじめられるのか。大切な問題としては、いじめられる側は、どうしたらいじめを回避出来るのか。いじめを克服するには、デズレリ-教訓というものがある。これを実践出来る人間に育てることだ。是は私の反省も含めて言えることですか゛、議会質問では、いじめはあるのか。有るとすれば何件ぐらい有るのか。教育委員会からは答弁として、いじめを無くするために努力をいたします。その程度の答弁でさらに追求をする事は無かったな。しかし、いじめ問題を真剣に議論するのであれば、上記の様な事項について教育委員会の見解を徹底的に質問もして、さらに建設的な議論を深めることか必要であるなと、今更言ってみても遅かりし---慚愧に堪えぬ思いである。
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by ayabemorinaga | 2014-02-08 11:00 | 教育・学校 | Comments(0)

縦・横の人間関係

戦後は、上下という縦の人間関係が消滅ししつつあると感じます.縦関係より・横の関係が重要視される社会になりつつある.勿論縦関係が完全に消滅したとは思いませんが--しかし、現実には機能していない。デモクラシ-というのは、横の関係ばかりを重視する傾向が顕著である.その結果縦の関係の価値が認められなくなり、その機能が抑制されている.戦後学校教育の現場では、権利を強調して義務の履行はおろそかにした教育が行われていなかったか.現代社会に勃発する事柄をすべて横の関係で処理・解決は決して出来ないのであるが、分かっていない人がやたらと多い。横の関係で様々な問題を処理し解決を心がけても、行き詰まったときは、暴力的な行動を引き起こすからである.具体的には、親子で縦関係が無くなると家庭内暴力にはってするのだ.本来親子は縦関係ですし、先生と生徒も縦関係であるべきです。しかし、先生と生徒の縦関係を否定して、友達の様な関係即ち縦関係を否定した教育が戦後続いた.そのためかどうかは知らぬが、いや、そのために、あえて縦関係を否定する若者がわんさ出て.長幼の序なんて言葉は死語に等しい。情けない社会ができあがった。いや、是こそ立派な社会であると考えておられる方に考えを変えなさいなんて失礼なことは申しませんよ.。それはそれでいいでしょう.思想信条の自由ですから--.縦社会の大事な点は権威を認めると言うことです.何を言いたいのか.縦の関係が崩れて、横の関係強まると人間関係を制御する規範が力を失いいしめが出てきやすくなったのかな---と思うのよ。勿論縦社会の権威が確立すればいじめが無くなるとは言いませんが--いじめ問題を議論する場合には、そのような視点観点をしっかり踏まえて考えるべきではないかと言っているのさ。追記   学校現場でも校長と教師との関係は平等であり校長の権威徹底して無視された.校長に人事権も予算権もなくプ-ルに手足を縛って放り込まれ、上から教師に竿でつつかれているような情けない状態におかれたこともあったよ。
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by ayabemorinaga | 2014-02-07 10:50 | 教育・学校 | Comments(0)