綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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無責任

昨今は無責任が横行しているか.トップが責任を取らない.自己の保身に汲汲としている場面が多く有りはしないか.産経新聞は連日大阪府内の学校で校内人事即ち校務分掌である。校務分掌とは教育活動を円滑にかつ効果的に展開し、調和のとれた学校運営が行われるための教職員の組織である。校務分掌の法的根拠は学校教育法施行規則22-2に明示されている。校務分掌(担任・教務主任・進路指導主任・生徒指導主任・学年主任・学科主任等等)について選挙で選ばれた校内委員が校内人事決定する。校長には校務掌理権が付与されている.校長は校務をつかさどり所属職員を監督するという責任を自覚しなければならぬ。がみんなで決める方がスム-ズで問題があるとは思わなかった。と語っている元校長もいる。開いた口がふさがらないとはこういったことを言うのだ。こんな発言臆面もなく語る校長を任命してきたのは誰だ。教育委員会ではないのか。教育委員会の任命責任はどうなるのか。校内人事委員会で校務分掌を決めている事さえ知らなかったいな、把握していなかった、教育委員会の監督責任は問われないのか。問題が発覚すれば校長に責任を転嫁して教育委員会はは知ら無かったでは務責任ではないのか。校務分掌をみんなで決めれば問題が生じても校長は責任回避が出来る。生徒を退学か原級留置かを決めるのに職員会議で多数決で決めれば、親が学校の責任者である校長に抗議しても、みんなの意見です。と言って責任回避が出来る。校長職なんて気楽な稼業ときたもんだ。とスゥダラ節歌っている場合では無かろう.いかなる組織も問題が起きればトップは責任をいつでも取る覚悟を持っていなければならぬ。しかし、現状はいかがか。責任回避ばかりがやたらと目に付くのは私の味方が間違っているのか。校内人事委員会問題解決のいとぐちは、大阪府・市に学校運営管理規則が制定されていないのならば、まず規則の制定が先決問題である。さらに、学校管理運営基則の中に職員会議の位置づけを明示すべきでないか.職員会議は議決機関説・諮問機関説・補助機関説いのいずれであるかを明示すべきだ.。京都府では職員会議は諮問機関説問と位置づけている私は理解している。職員会議は校長が主宰する。そして広く職員の意見を聞き最終決定は校長が判断する.特に原級留置・退学など生徒身分関わる問題は職員の意向を充分に斟酌する事は必要であるが最終決定は校長の責任である。
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by ayabemorinaga | 2014-04-26 07:15 | 教育・学校 | Comments(0)

時事評論

大阪府立高校の6割が校内員会をつくり教員人事案を作成していると産経新聞が報道している.その新聞を読み未だに校長に属べき校内人事権が民主的運営を支持する教職員によって阻害されている。なぜか、校内委員会について、維新の会の議員が府議会で学校で選挙で人事をきめることがあっていいのか。と問題視。蔭山英男委員長は投票の扱いについて校長が責任をもって管理する事が前提。と答弁して校長がさいしゅう決定をすれば問題ないという見方を示した.教育委員会が校内委員会設置にお墨付きを与えた形だが、校内人事は管理責任のある校長が決めるべきである。このような報道をしている
校長には、校務掌理権がある.校務をつかさどり所属職員を監督する.学校経営の責任者としての校長は、経営管理の視点から、個々の教諭の担当する教育にも当然関与する.教育課程の実施管理の必要から週案の提出をもとめ授業を参観し教師の教師としての指導、助言を行い学校教育目標に照らして適切を欠くところがあれば是正を求める.このような権限を有する校長は、当然校務分掌の決定を自らの意志できめる事が出来る.大阪府教委には、学校管理運営規則が制定されているのか。職員会議が校長の諮問会議であると言った通達が徹底しているのかは知らぬが--今頃そのような校内委員会を設置して校務分掌を決めたりする学校が存在していたのか。京都府で平成6年頃には学校管理運営規則の制定と職員会議の通達により、(職員会議は校長の諮問機関)そのような慣習と言えばいいような委員会は存在しなくなった。困難な時代に校長職として勤務した者は教委と教職員の狭間で苦労したものだ.私たちは校長の部下かと悪びれもせず分会新聞で徹底して批判されたものだ.。この際校長も毅然としてた態度で法令条例を遵守して校内員会に任せるのでなく校長の的確な判断で分掌を決定されたい.当然教員からは、徹底してひはんされることもあるだろうが、どこまで受忍義務として我慢をしなければならぬのだ.校長に対する批判に対して--心中は同じ経験をした者として理解できる。しかし、校長を全面的にバックアップすべき府教委の態度が校内委員会を容認するような姿勢では現場の指揮官は大変だろうな--突撃と勇ましく突き進んだら裏から鉄砲を撃たれたのではやりきれないよな。
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by ayabemorinaga | 2014-04-21 08:52 | 教育・学校 | Comments(0)

崩れゆく隣組精神

田舎には良くも悪くも助け合いの精神が息づいていた。しかし、昨今そのような互助精神が崩れて、自己中心の精神が蔓延している.隣の人は何するぞ-人とのかかわりからにげたして自分勝手な振る舞いをする人ばかり増えている.昔は田舎に存在していた同調圧力なんかどこかに吹っ飛んでしまった。そして、やたらと隣同士の競争意識ばかりが際立っている。そして、人々が集まって話すことと言えば、その場に居合わせない人の陰口ばかりとはなさけない。社会教育の場で強調されている割には、人権意識が希薄である。いな、人ひどの意識の中に浸透していない。むかしは、隣組のなかに病人が出れば、組の人ひどが村の鎮守の神様にお参りして、病気の平癒を祈願してお百度参りをしたものだ。さらに、五月の田植え時期に一家の中心である親が病気で倒れれば、組中総出で田植えの準備をし田植えもしたものだ。さらに、田植えの忙しい時期は、共同田植えや、共同で炊事をすると言った取り組みが為された.そのような好ましい風習が崩れ去ってしまつた。なんてだろう。再び田舎にそのような互助精神が復活することはないのだろうか。とんとんとからりと隣組、回してちょうだい回覧板--確かに回覧板は今でもあるが、互助精神と人権意識の欠落した回覧板をいくら回しても---だな--しかし、まだまだ経験則はしっかりと生きているな-と思うことがある。どんな経験則ですか.選挙に対しての団結心ですよ。私が生活している地域は、120戸の世帯がありますが、府会議員を選出した地域で有り、数回に及ぶ府会議員選挙には町が一致団結して応援支援をした経験を持っています。身近な選挙ほど地域住民の投票率は高いですね。地域から市会議員が出るとなると投票率は90%を楽にクリア-しますね。それを地域エゴと言われれば返す言葉はありませんが。
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by ayabemorinaga | 2014-04-19 10:54 | 教育・学校 | Comments(0)

怒りの感情

怒りの感情はだ゜れしも人間である限り持っている。相手の心ない言質を聞くにつれ一気に高まる怒りもあれば、社会の不条理に対してフツフツとわいてくる怒り。怒りの対象も、怒り方もそのときどきの状況に寄って千差万別である。ところが、短気は損気といわれるように、直情的な怒りや、いかりにかられて前後の見境もなく攻撃的な行動は、結局自分にとってマイナスになる事がおおいい.怒りをどのように抑えるのか社会生活を営む人間にとって大きな課題である。年を取るにつれて感情に駆られて激昂する事が多くなる。端から見ているおかしくさえ思われるが、怒り心頭にきている人は人がどのように思おうが感じようがお構いなしだ。怒りの感情を如何にコントロ-ル出来かがよりよい人生を送るポイントである。そのような事は誰しもわかりきったことである。がなかなか出来ない。ところで怒りとは何か。なぜ怒りの感情がわいてくるのか。皆さんはどんなときに1番腹が立ちますか。私なんかは信頼している人から嘘をつかれたときですよ.嘘も方便なんて言いますが、嘘をつかれたときほど悔しいことはありませんな。また、役職の立場を利用して、先輩を先輩と思わぬ無礼な口利きには我慢の限界を超えて怒りが爆発しますな。そりや-あんた人間が出来ていませんね笑われようが--我慢が出来ないな.役職の立場を離れれば対等平等だ。人間みな兄弟だ。實ほど頭の下がる稲穂かな--なんて言葉があるが--この言葉の意味を理解して態度・行動で示すことが出来ない人達の如何に多きことか。そのような人はえてして、若い時に怒られ方を学習しなかった人達である。若い内はしかられ方をしっかりと学習しなさい。ところで、最近は職場で本気で怒る人が少なくなったそうです。怒らないかわりに徹底して無視して、部下に仕事を与えないとか。恐ろしや--私などは生来気が短くて瞬間湯沸かしなんて揶揄されていましたよ。それがますます嵩じて怒りを感情にまかせて爆発させているような老人になってきた。そして、悲しいのは、おいおまえこの頃少し変ださぞ--なんでいらいらしているんだ少しは年を考えて落ち着いて物事を考えなければダメダぞ。感情の赴くままに激昂していたら笑われるぞ--と助言をしてくれる友達のいないことですよ。そのように親身になって助言をしてくれる友を持ってください。当たり前わかりきったことを、あんたには言われたくないわ---でしょうね。
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by ayabemorinaga | 2014-04-18 20:02 | 教育・学校 | Comments(0)

学校の顔

高等学校の顔は事務室である。事務職員の電話の応対によって、どのような学校運営が為されているかが分かる。私は現職の時には、事務室は学校の顔であるであから、電話のときは丁寧な応対をしていただきたいと口が酸っぱくなるほど言っていたことがある.今でも時々学校に電話をする事があるが、学校によって対応はまちまちである。行き届いた応対があるところもあれば、ぞんざいな応対の処もある。応対のしかたもわきまえぬ学校の管理職は事務職員にどのような指導をされているのか。学校経営のイロハではないか。管理職がヒラメなら部下もこぞってヒラメになるか。魚のヒラメはおいしいが、管理職のヒラメは反吐が出る。ヒラメってどぅゆうことなの、ヒラメは面玉が上に付いていることから、上ばかりを見てご機嫌伺い、おもねているってことさ。ごますりと、おべんちゃらと、ヒラメの精神ですいすい教職の世界を泳いでいる教員の如何に多いことか。これも遊泳術か。出来もしない人間は歯ぎしりして言ってみても誰もほめてもくれぬだろう。悔しければあんたもやったら--なんて言ってベロでも出しているだろうな。長幼の序をわきまえぬ、惻隠の情をもたぬ、義理人情をわきまえぬ、そのような管理職にはなって欲しくないよ。そのような管理職にならぬ為にも、管理職研修には、大学教授の理屈ぽい原理原則的な話より、管理職経験者を講師に頼み体験談を聞く方がよほど役に立つとかんがえるが如何。研修センタ-所長殿
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by ayabemorinaga | 2014-04-16 12:26 | 教育・学校 | Comments(0)

牛と虎の戦い

昭和25年春以来京都は蜷川虎三氏の天下が28年間続いた。前尾繁三郎氏は知事選ごとに出来る限りの応援をして京都戦争は、牛と虎の戦いと言われた。そして、牛は負け続けた。このため、地元の知事さえとれなくて国か治められるか、と党内の一部から非難され、宏池会会長から追われるときは、派内からもそのような攻撃材料にされた。それらの批判はともかく前尾氏が蜷川氏を倒すことを宿題としたのは、共産党云々と言う事でなく、ある時期から権力主義的で我慢がならぬと言う思いに駆られたからである。前尾氏は、市町村長も保守系の者は知事に陳情も許されぬし、知事系の府会議員を通じなければ知事室にも入れない。次々と保守系市町村長は閉め出されていった.市町村長で知事に忠誠を誓う者でなければ全く手も足も出ないまでに独裁的権力行政と化したと言っている。我が綾部市のお隣の福知山市はそのような状況下でも保守系の市長が続いた。その福知山市の保守系府会議員が知事に会うために、知事室の前で待っておれば、知事も人間であるトイレには行かれるであろうと、日がな一日がんばって待っておられたが、出てこられなかったとか。どうも、知事室からトイレへ通じる隠し通路があったらしい。権力的な出来事で思い出すのは、地元の解放同盟青年部が水平という機関誌を発刊されたときに、綾部高校の教師が綾高差別事件とだいして、掲載された内容の中に、このような事件が起こるのが蜷川府政の教育行政であると書き、さらに職員会議での発言の内容と氏名まで書かれたことがあった。そのことがしれて、職員会議の発言内容並びに発言者氏名とこれが蜷川府政の教育行政である.と言った部分は黒く塗りつぶさなければ発行を認めないと言う事があった。職員会議での発言内容発言者氏名を黒く塗りつぶすことは分かる。しかし、後の部分を塗りつぶすのは、言論出版の自由への侵害でないか。それと綾部中学校校長が蜷川府政を批判されたら、退職金の特別昇給が認められなかった事がある。このことは後では解決をする事になるが--このことが原因で当時の谷口教育長の文科省の承認が得られず、教育長代行で執務されると言うことがあった。このことが私が見聞きした身近な権力的な出来事であった。昭和53年春の知事選挙は、蜷川氏のブレインである杉村敏正氏、副知事の山田芳治氏が民社公明の支持を得て社会党から立候補自民党の推す参議院議員林田悠紀夫氏の三つどもえの激戦になった.前尾氏は預金を全部引き出し嵯峨に買った家を担保に三千万円近い資金を用意して総指揮官として立ち向かったと言われている。投票総数百十万として、共産陣営は四十万の票は固い.山田候補三十万とすれば杉村・林田は僅差の争いとなる。どうしても45万票欲しい。結果は50万票を獲得して林田知事の誕生となる。ついに、虎と牛との戦いは、牛がやっとは勝利する事が出来た。それかも知事選挙では常に30万票近い票を獲得してきた共産党陣営も昨今は20万票まで票が減ってきた。これも時の流れか。前尾氏は暗闇の牛というニックネ-ムがあったらしい。その由来は知らぬ。昭和にも理想の政治を追い求めた優れた政治家がいた。その人の名は、前尾繁三郎・椎名悦三郎・灘尾弘吉氏であり、昭和の賢人と言われている。 昭和の優れた賢人政治家前尾繁三郎氏も盤石の選挙地盤と言われていたときに衆議院選挙にまさかの落選をされたことがある。選挙はみずもの恐ろしい落とし穴がある。       追記  林田悠紀夫氏を知事候補者として擁立のため奮闘した府市会議員達は、当時入院中の林田氏の処に押しかけ、知事候補者として決断されないのなら、今後一切選挙は手伝わないと言われたとか。当時宏池会会長大平正芳氏も参議院事情により林田氏の知事への転身は躊躇されていたとか。その後林田氏は知事二期八年されて、参議院議員に復帰されている.その後は荒巻・山田氏へと継承されていく。
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by ayabemorinaga | 2014-04-09 19:10 | 政治・議会 | Comments(0)