綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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折々の記(高校校長)

中上林小学校時代の坂田校長については書いた。今日は,高校校長について書き綴って見たい。高校長との最初の出会いは,笹田得治先生である。小学校から高校へ転出するときに,面接の場でであった。笹田校長から定時制勤務を命じられて,即答せずに考えさせてください。と言ったら,今日は変な教師ばかりが来る。さっき面接した家庭科の先生もぐずぐず言っていた。とおかんむりであった。そして,言下に勤労学徒の教育に熱心でない教師は来てもらわなくてもよい。厳しくいいわたされて,返す言葉が無かった。後日ある先生から聞いた話だが,離婚したいから,綾部高校へ転勤させてほしいと頼んだら,離婚の手伝いはしないと言って希望を聞いていただけなかった。とか。厳しさのある反面人情家でもあり,曲がったことが嫌いで筋を通す人であった。口にされたことは必ず実行された。挨拶が上手で文章がうまく,写真写りがよい先生であった。特に卒業式式辞は,出席した保護者が歓喜の涙を流した。高校教師としての生き方を教えられた気がする。次に仕えたのが小原四郎先生である。温厚実直、気配り目配りの実によく行き届く先生であった.高校へ転出するとき,中上林小学校の同僚と一緒に小原先生のお宅にたのみにいったことがある。偉ぶったところが無く気さくに話される先生であると言う印象を強く持った。私は高校生の時小原先生に数学を教わった。教え方が大変上手で,数学が苦手の私も先生に教えていただきよく分かるようになった。校長先生としておつきあいをさせていただく時も何度かおうちに行ったことがある。突然お伺いしてもいやな顔一つ見せずにあってくださった。本当に親しみやすい先生であった。小原先生からは,教師の基本教え方について学ぶことが多かった。淺野勝郎先生は,大学紛争が高校に飛び火して生徒指導が困難を極める中府教委高校課長から校長として赴任された。私は同和担当教師として、先生には何回も顔を合わせなければならない事が多くあった。最初は取っつきにくい感じがしたが何回か顔を合わせるにつれ,風貌体格に似合わず優しさが感じられる先生であった。火災消火器が噴射されていたり、校舎が壊されたりと心労の多い時期の管理職として大変だなと思うことが何回もあったが,決して弱音は吐かれなかった。園部から通勤されていたが,朝早く学校に登校されて、校長室で英語の勉強をされているのには,驚いた。先生の向学心の旺盛なのには脱帽だ。校長職をこなしながら仏教大学で学ばれ,大学卒の資格を取られた。(先生は東京高等師範学校卒)さらに退職後は同志社大学院に学ばれ,滋賀大学経済学科、大阪市立大学大学院経済学科で学ばれている。生涯学習とはかくあるべしと言う見本を示されたと私は感得した。
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by ayabemorinaga | 2014-05-31 07:54 | 教育・学校 | Comments(0)

再び風の行く

5月21日 会の名はまだ無い.大久保彦左衛門的な存在をしめすために,彦左会か.それとも竹林の七賢人になぞえて,賢人会か.賢人会とはあまりにもおこがましいか。さりとて凡人会ともいえないし--その七人衆が集まって,一献傾ける会があった.政治経済宗教市政にわたって,議論百出誠に愉快なかいである.誰に気兼ねすることなく思ったことを言えるたのしいかいである.当然夏の市議選が話題になった。市議選を盛り上げるために,ここにいる人が全員立候補してはどうか。冗談とも本気ともとれる議題に全員爆笑か。私以外は市議選に立候補されれば全員当選間違いなし--若者の宗教ばなれ-現代の宗教のあり方サラリ—マン退職後に,神主のように資格取得が出来るように,坊さんの資格が簡単に取れるようにして,無住の寺を無くする等現代宗教のあり方について宗教改革をするべしと意気軒昂なお話も聞くことが出来る.6時から10時まで会話は途切れることなく続く.終わり際に,ここにおられる皆さんは随分奥さんに苦労を掛けた人達ばかりである.一つここらで奥様方を慰労するために,高野山に一泊、龍神温泉で一泊の奥様孝行が提案されて,全員賛成して、かいさんとなる.こんな会は時間が瞬く間に過ぎる。この会が大所高所から市政発展のために少しでも寄与できるように努めることも必要な事ではないかと私は考えている.最近国政のトップに上り詰めた人達が,価値観のデフレ現象を起こしているのを見るにつけ、情けない思いがする。
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by ayabemorinaga | 2014-05-25 09:09 | 教育・学校 | Comments(0)

恩怨は小事より

人情が自分に向くか,背を向けるかは自分の敬虔な心と傲慢な心にある.即ち人を信服すれば人に慕われ,人を侮れば人に背かれる.人に恵みを施したり,また恩にむくいることもゆるがせにしてはいけない.恩や恨みは些細な事から起こるのである.充分慎まなければならぬ。とその時は思うのだが,人間気ままなもので都合の悪いことはすぐに忘れてしまう.しまった。と後悔したときはすでに遅く取り返しの付かないことが多いものだ.故に常に敬虔な心で人と接していかなければならぬ。そのことは百も承知しているのだが,実行できないのが人間の救われがたき性か。故にそのような根性を直すためにも人間一生修養が必要か。いや徳を積む努力を怠ってはならぬ。
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by ayabemorinaga | 2014-05-24 08:16 | 教育・学校 | Comments(0)

親孝行のススメ

親孝行とは、親のために孝養を尽くすことである。今頃の若い方は、親孝行ってなんだっけ-親孝行なんて考えることが古くさいと一刀両断か。戦後は家長制度が解体されて、夫婦中心の家族が重んぜられるようになった。そのために親子の関係が疎遠になっている。親に孝養を尽くすなんて考えてもいない。そのような考えの人が多くいないか。さて、親孝行というのは道徳教育視点からは、徳目である。たとえば、親切・倹約・・信義・誠実・などもそうだ。親孝行という徳目は何時の時代にも通用する。ただ親孝行の内容が時代と共に変わっていくことは事実である。現代の親孝行とは、人はみな子どもを持って親の恩を知るものである.はえば立て立てばあゆめの親心と言われるように、親は我が子のために無償の愛を尽くす。その親の恩に如何に報いるのか、人それぞれのやり方があるから、このようにすべしとは言えない。されど、親が喜ぶことをしてあげるのが1番だ。私など親孝行をしただろうか。親は私が勉強がしたいのなら学資は出してやるよ。といってくれていた。六反ばかり百姓で大学の学資を支援するのは大変であったろう。しかし、家庭経済が苦しいとは一言も聞かなかった。何とかやりくりをしてくれたのであろう。大学卒業間際に授業料を払っていなかったら、家に督促状が行っており親からあわてて現金が送られてきた。私は奨学金が入ったら支払う予定でいたのだが--私が教職につとめだしたから7/8年たった頃だろうか。父親が家庭経済がなかなかくるしくての--といつになく弱気になって話しかけてきたことがあった。そうか。じゃ-少ばかりでも仕送りをしょうか。といえばいいものを、親父さん経済的に苦しいのもぼけなくてすむからいいんじゃない。なんて随分すげない返事をしたことが後悔される。親孝行したいときには、親はなし--今もどこかこころの片隅で悔悟の念にさいなまれてならぬ。親父が無くなって50年の歳月が過ぎた今も--なすびの花にあだ花がないのと同じように、親の言葉に無駄なものはひとっとしてない。親があれこれ言えばうるさいと思われているだろうが--親が子どもを思う故の諫言なのだ。ことに母親は子どもに対して思い入れがひとしお深いものがある.皆さんは5月母の日に感謝の気持ちをささやかでも表されたでしょうか。私は、親に対して孝行といえるようなことはしてこなかったが、いま、子ども達から気配りをしてもらっている。ありがたいことである。親孝行を古くさい考えと言わないで、親に恩返しのつもりで、親が喜ぶそれなりの気配りができるひとになっていただきたい。それが人として生きる道ではないか---学問のススメならぬ親孝行のススメをじっせんしてください。
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by ayabemorinaga | 2014-05-23 19:13 | 教育・学校 | Comments(0)

バイブル

私にバイブルが必要とすれば、なせばなる、なさねばならぬなにごとも、ならぬは人のなさけなりけり--只ひたすらに、この言葉を呪文のごとく唱えて生きていきたい。ところで、あなたはまだなせばなるという為さねばならぬ事でもおありか-自分としては-一つだけある。しかし、そのほかは、ひとのためにこそなさねばならぬことがあるという生き甲斐を持って余生というものがあるならただただ人の為よのために--生きていきたいとおもっているのよ。
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by ayabemorinaga | 2014-05-22 19:06 | 教育・学校 | Comments(0)
攻撃欲と言う欲があるかは知らぬが、攻撃欲強い人が欲しているのは破壊である。他の誰かがうまくいっているのが許せない。それ故他人の幸福や成功が絶えられず、強い怒りや敵意に突き動かされて、とにかく壊そうとする。さらには、羨望、つまり人の幸福が我慢できない怒りゆえに、破壊してやりたいという欲望を抱く人間もいる。とにかく他人の不幸は蜜の味とか、表面では素知らぬ顔をして、べんちゃら-をいいながら裏にまわれば悪態罵詈雑言を言いふらす人がいる。こんな人が近所にいては、迷惑千万どころか近所迷惑もいいところである。しかし、現実にはそのような人が厳然とそんざいしているから、精神的に疲れ果てる。とにかくあの手この手と策を弄して、周囲を仲違いさせて、お互いに離反させようと、デマを振りまく。私などは、さんざん悪口を言われているとは思っているが、日頃の行いが悪いため、悪い噂でも吹聴させれば、みんながまともに受けて、彼はそんな人ではない。誰もが否定してくれなくて、彼ならやりかねんよね。--と思われているのが残念きわまりない。まあ-その程度の品格さえ備えていない哀れなひとでさ。ねたみは憎しみよりも、和らぎにくいらしい。ねたみ心は恐ろしいものだ。なんとかして引きずり下ろしてやろう--と怨念をフツフツと燃やす人がいるから恐ろしい。人様から恨みなど抱かせぬようにと心得てはいるが、いかんせんするにぼろを出して変な恨みを買うことになる。私が議員に出ようとしたら、随分と誹謗中傷を吹聴して、立候補を妨害しようと企んだひとがいたものだ。私の常日頃の行いが悪いが故に聞いた人がそうかそうかと納得するので、その説得には随分と苦労したものさ。--まあ-根性曲がりにつける薬はない。言われれば万事休す。とかく 攻撃欲の強い人間には、付かず離れずがいちばんぶなんなつきあいかたかな。
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by ayabemorinaga | 2014-05-20 18:59 | 教育・学校 | Comments(0)

風の行くへ

5月18日  東京あやべ会へ四方同窓会長の代理として出席した.綾部高校創立120周年記念事業に対する募金の御礼を述べるために行った.朝7時12分綾部駅発の急行に乗り、京都からは9時5分ののぞみに乗車して、東京11時24分に到着した。京都東京間が2時間20分あまり、随分と便利になったものだ。東京駅から山手線にのり、浜松町えきでおり、徒歩で8分ばかり、シィサィドホテルに着いた。ホテルで昼食を取る。ホ—ルで時間待ちをして新聞を読む。岡垣広報課長に出合う.岡垣さんは品川駅で降りてこられたそうだ。しばらくすると山崎市長、日東精工荒賀氏が来られていた.会場では、四方源太郎府議、京都あやべ会村上氏も来賓として出席されていた。高校で担任をした北井さん今東京で弁護士・東京都公安委員・綾部高校同窓会東京支部長にもであった。四方洋会長のあいさつに続いて、瀧本監督の講演があり、その後私が募金に対する御礼を述べ、山崎市長の市政報告があった。山崎市長のスクり-ンを使っての説明は大変わかりやすくいいアイデア-であると思った.懇親会は出席をせずに帰途につく.浜松町駅で電車待ちをしていたら、外人女性からこの電車に乗れば上野にいきますかと突然尋ねられた.勿論英語である。年老いたおよそ英語には縁遠い人に尋ねてきたのか。周囲には若い連中がわんさといたのに--英語の出来る紳士と勘違いしたのか.光栄なことだ.--時代祭りにもアメリカの大学教授に話しかけられたが---新幹線では、読書三昧まさに至福の会時間である。池井戸潤の作品 かばん屋の相続、他人を攻撃せずにはいられない人の二冊だ。池井戸潤の作品などは、尊大で挫折経験の無いエリイトと言われる人からは、なんとつまらない作品を読んでいるのだ。と侮蔑のまなざしが目に浮かぶ。楽しければいいじゃん--ひとがなんと思おうがお構いなしさ。人様にとやかく言われる事は無いと強がっているが--デモ気にしているのさ弱い心が--現職の時退職後の役職関連で15回は東京行きをしたな。今回は四年ぶり東京行きであった。四方会長からはゆっくりと東京で宿泊してこられたら-と言っていただいたが、とんぼ返りの慌ただしさであった。そうそう、綾部高校90周年記念事業(同窓会館建設)募金を頼むために、東京あやべ会に行ったことがあった。遠いい遠いいむかしに校内理事として出席した。30年前の記憶がうっすらと思い浮かんでくる。東京あやべ会は健在だ。
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by ayabemorinaga | 2014-05-19 15:45 | 教育・学校 | Comments(0)

ベクトル

府立校長0B会で小田垣教育長に出合って歓談する機会があった。小田垣教育長が四月初めの校長会で、ベクトルをそろえてぞぞれの学校で教育目標に向かって努力してほしいと訓示したと言うことを聞いた。全く私も賛成である。ベクトルについては、京セラの稲盛氏も重要視されていると何かの本で読んだことがある。ベクトルとは、共に働いている者の心の方向性をそろえることである。みんなの考える方向即ちベクトルが狂うと力が分散するので強力な力にならぬ。上司と部下同僚間に信頼関係が築かれない限り、ベクトルはそろわない。管理職はベクトルをそろえ教育目標の達成に向けて如何に心血を注ぐかによって学校が目指す努力目標が達成できるかに関わってくる。いかなる学校経営を実践すれば、ベクトルがそろった学校になるのか。学校管理職の腕の見せどころである。管理職はベクトルの実践発表を是非やってもらいたい。指導主事の学校訪問でも、各学校のベクトルの実践評価をされるのがいいと思う。なんて余分なことまで言った。私たちの時代は、ベクトルをそろえられるような教職員集団ではなかったが、今は環境が整っていてベクトルをそろえて教育目標が達成できる時代になっていると確信している。只気をつけなければならぬのは、部下との信頼関係構築を焦るあまり、物わかりの良い人になろうとする、之では校長の指導力が十分に発揮出来なくなる。そりゃ-誰でも部下に嫌われたくはないだろう.しかし、そのような事ばかりに気配りすれば、かえって部下になめられてしまうことになるが、そのことさえ気付かぬ裸の王子様になるよ。校長さん気をつけてな。そして言うべきこと譲れないことは決して妥協しないと言った姿勢が大事だよ。融通の利かない堅物もこまるがな--
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by ayabemorinaga | 2014-05-11 11:01 | 教育・学校 | Comments(0)
我が国は戦後、憲法で国はイギリスで発達した議院内閣制を採用し、地方公共団体はアメリカで発達した大統領制を採用しそれぞれ特色のある制度を一国内に導入した.地方議会では大統領制の特色、長所を充分発揮出来ないまま議院内閣制運営を行って議員の一部に首長の与党化の傾向を強めていないか。地方議会の議員は執行機関の一体化とか支援後援と言った考え方、行動は許されるべきではなく、あくまで議会は是々非々の態度を取るべきではないのか.一元代表制による国政は政党政治が基本で、国民の支持を獲得した多数党が政権を握り、これに対して野党は建設的な批判を加えて与野党対立の元で、何が正しいかと議論を追求して明確化し次期総選挙で政権交代を最大の政治目標にしている。これに対して二元代表制の地方公共団体は首長は議会から選ばれることなく、直接選挙で選ばれるから議会に責任を負う必要は何も無い。その責任は選出母体の住民に負う事となる.議員も全く同じで首長首長に責任を負う必要は無く直接住民に負う事となる。しかしながら今日一部市町村においてはこの制度の趣旨が充分に理解されず国に習ったかのように与党野党色を強めて対立していないか.議員はこれらの法律が定めた原則・建前を充分に理解することなく首長に近寄って長の立場を擁護し支援して与党化し、之が議員の任務。責任と誤解していないか。このような議員が多数を占めると議会は、行政全般にわたる批判監視力を失って、なれあい迎合化しいつも議会での議論が低調に終わるなら、直接住民に責任を負う議員の職務怠慢と批判されても反論することができないだろう.議員は首長からはなれて、自己の信念(住民の福祉向上)を唯一使命とするよう職責を明確にしなければならぬ。二元代表制とは、住民主権を土台として之に対応するためすべての政治責任を住民に対して負うことを意義づけている。地方公共団体の議会と執行機関の長は、その権限職責を分担しながら、二元代表制による対立対等の立場を堅持しつつチェックアンドバランスの原則にしたがって両者はお互いに権限を侵し、介入し、または反対になれ合いのないよう運営をしなければならぬ。議会は長の行き過ぎを抑え、足らざるを補い、しかも調和を図る事が基本ではないのか。そまような議会運営を目指すことが議員一人一人の責務であるという自覚をする事が基礎基本ではないだろうか。
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by ayabemorinaga | 2014-05-10 20:13 | 政治・議会 | Comments(0)

風の行方

新緑が目にまばゆい。四月の桜もいいが新緑は生命の躍動感がかんじられる。五月晴れいい季節である。庭園のさつきの花が見事だ。来年もこのさつきの花が元気で見られるかな-そんな思がなぜかふと頭をかすめる。しかし、家の中にいると寒い.外に出ると汗ばむぐらい温かい。日中は暖かいが朝晩は気温の変化が著しい。家ではまだスト-ブを焚いていると言う人が結構おおいい。昔は今頃スト-ブを焚いている言ったことはなかった。--物部の公民館に綾部高校同窓会総会と記念講演のパンフレットを持っていく。職員の人が市民新聞の広告で見ました。これはいいパンフレットですね。と言っていた。かかりつけの医院に薬をもらいに行く。診察室でこの薬を飲み忘れるとアタマが痛くなりますが、飲むと直りますと言ったら--ええ-この薬はめまいの薬で頭痛薬でないのだがあなたには万能薬ですかな--と冷やかされる。(医者は心中ボケの前段症状かなと思われたかも知れぬが、そのようなそぶりはおくびにもだされなかった。)信じる者はすくわれる。と言われているが、めまいの薬も頭痛薬と信じて飲めば直るのか。今日は、スイカ・マクワウリの苗を買って移植する.去年は、スイカが大きくなりかけた頃を見計らって猪がやってものの見事に食べられてしまった。サツマイモは苗を植えたすぐ後猪がやってきて荒らされてしまった。ジャガイモもその通りみな猪のえさ作りをしている様なばかげた結果となった。鳥獣被害は深刻である。今年は去年の轍を踏まないために周りを鉄索で囲った.トウモロコシも植え付けたが、去年は見事にカラスにやられた。しかし作物栽培は楽しい。世話をすれば世話をするほど収穫が多くなるし、品質のよいものができる。即ち世話に報いてくれるから---人間のように忘恩とか、裏切りは金輪際なしさ。(一般論)今日も日中は随分暖かかったが、何とか苗を植えることが出来た。まだ、なすび・キュウリ・えだまめ・トマトの植え付けをこれからしなければならない。どんな収穫が得られか。そりゃ-あなたの世話次第でしょう。ですね。スイカを移植したの後、昨日高橋智夫先生から送付していただいた、府立工業高校創立当時のDVDを見た.京都放送局の教育の窓で放送されたものである。今でも生徒募集に充分に間に合うのではないかと思っている。いな大いに活用すれば学科の内容など詳細に分かるいいビデオ教材である。学校開放などに活用されることをおすすめする。DVDを見ながら当時のほろ苦い追憶に浸ることが出来た。。しかし、過去は苦労があればあるほど懐かしい思いがよみがえる。レモンの香りかそれともシクラメンの香り--がただようように
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by ayabemorinaga | 2014-05-09 20:13 | その他 | Comments(0)