綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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望まれる議員像

議員は一般の公務員と異なり、職務専念の義務、秘密を守る義務、政治行為の制限や営利企業従事の制限等の適用はなく、いろいろな職業を持って自由に行動出来る一般住民と変わることはない。之は、いろいろな角度から批判、監視する代表者の行動を制限し拘束することは真の代表者にふさわしくないという法意によるものである。法の適用がないからなにをやっても良いと言う事にはならない。住民の代表者になったからには、社会的には住民の先頭に立って憂える政治家、指導者として良識の士であってほしいし、責任と自覚、公正な目で物事を判断する言動、能力が人一倍要求される。まして、住民との信頼関係を傷つけたり、議会の権威を汚す事があってはならないし、行ってはならぬ。議員には、一般住民と変わらない顔と、公の政治を論ずる顔がある。同じ顔でも二つに使い分け、その建前をはっきりと区別すべきか。これを間違えて議場外の感情を公の政治を論じ合う議場でで堂々とやるようでは、聞いた人がめいわくする。とにかく感情には好き嫌いが先走るため、筋道も道理もなく、物事の判断を誤るだけになる。日本人は古来短兵急的な性格を持っており感情でものを言うことが多い。【私などはその最先端を突っ走る優等生と自虐している。】これでは相手の人格を尊重する。とか個性を確立して社会のため自己の意見を堂々と主張するという民主的気概が失われる。すべて公における議員の発言は感情を抜きにして、充分自己の意見を述べこれを聞くあいてが、なるほどと納得するものでなければ成らぬ。同じ事を繰り返し、また始まった。と受け取られるようでは発言の価値はない。会議は、みんなで最善の方法を見つけることが唯一の目的である。感情を持って攻撃し、やっつけ、嫌みを言い合って相手を押しまくる事がもくてきではなかろう。ところが、こんな嫌みな人が時々いるのだな--聞いてはいられないよな。議会での会議は帰する所住民の福祉の向上のためにどうすればよいかと言う議論に尽きる.そのような議員を目指されよ。住民は拍手喝采をして、そのような議員を歓迎するよ。とにかく議員はかくあるべしという姿勢を率先垂範されたい。
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by ayabemorinaga | 2014-07-31 08:06 | 政治・議会 | Comments(0)

忘れる

どうにもならぬ事は忘れることが幸福だ。ドイツの諺である。人生を輝く文字で記す為には、忘却の黒いぺ-ジを作るが良い。如何に忘れるか、何を忘れるかの修業だ。寵辱すべて忘却し功名悉くすでに抛つ。この心がけも必要だ。生きている限り、どうにもならないことが出来沸く。そんなことにくよくよしてても致し方がないきっぱりと忘れることだ。これが出来ない。どうにもならないことに固執して、心が引き裂かれる.弱い人間だ。そんなことになぜ何時までもこだわっているのだ。すっぱりと忘れろ-楽になれるぞ-どうにもならぬ事をすっぱりと忘れる事が出来る修養が必要かな。この頃は、どうにもならぬ事が忘れられず、大事な事を忘れるようになった。老いを生きるのも一苦労だ。
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by ayabemorinaga | 2014-07-29 07:06 | 教育・学校 | Comments(0)

議員の自覚

我が市の八月の市会議員選挙は無投票では無くなったようだ。住民の選択権を奪う無投票なんて極力避けるべきであると考えていたから、無投票が無くなってほっとしている。さてと、首長とは異なり、議員は予算執行権がないため、あれもやります。之も行います。と具体的に約束がましいことを住民の前で公言することはつつしむべきことである。選挙直前になると、議員はあれもこれも皆私がやりました。なんすっとぼけたことを言って住民を拐かすと事は慎まなければ成らないだろう。いなそのような事に惑わされるほど住民もお人好しではない。むしろ議会は、将来の地域発展策を語りながら、今住民がどんなことで悩んでいるか。どんなことを行政に望んでいるか。その苦情意見をとりまとめて、これを議会活動に反映するよう、政策立案能力を高める。このことに重点を置くべきでないか。住民と議会を結びつけ、信頼度を高めることは議会民主政治の基盤である。これがため議員一人一人が出来る限り諸会合に出席して住民と接触し、政治をかたり、産業振興、教育文化などの政策を話し合い、時にはよき相談役を買って出るなど日常活動をとおして、住民とともに歩み、哀しみ、その願いや声を吸い上げる努力重ねることが必要だ。よく対話と言う言葉を使っているが、これは一方的な話し合いと異なり、少なくともお互い向き合って、意見を表明し合うことが建前ではないか対話とは複数以上の人間が対等の立場で参加し共通した言葉を使いながら共通の関心事について話し合うことだろう。議員になられたら是非対話を通して住民の意見聞く姿勢をもって、議会活動、議員活動に邁進していただきたい。
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by ayabemorinaga | 2014-07-28 10:07 | 政治・議会 | Comments(0)

老朽

青春とは心の若さだ。老年とは心の老朽をいう。世の年齢に関係ない。年齢を知らぬ者は不幸である。という言葉がある。なぜかは知らぬ。年甲斐もなく、年寄りの冷や水などと冷笑されるのは、年齢に不似合いな言行をしたときに言われる。青年の血気、中年の重厚、老年の枯淡と線を引けば、そういった論も成り立とう。だが年齢を知らぬ者は幸せである。と言う逆説もある。老来矍鑠、老いの至るを知らず活躍する人が居る。年齢を忘れて元気なのは、人に勇気と羨望を与える。いいではないか。古来日本人は、老成を尊ぶ風習があった?されど昨今後期高齢者があふれかえり、老成ならぬ老害と言われていないか。そのようなふがいないことが言われないよう努力をしなければ成らぬだろう。心が沈ずめば、人は朽ち始める。常に心は、何時何時までも若さを保たねばならぬ。若さを失わぬ秘訣は、好奇心をうしなわぬことである。物事に不審を抱き、なぜ、と言う心を失わぬ事で有る。好奇心を抱き、老害ならぬ、老成へと老いの路をぼちぼち歩もうか。
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by ayabemorinaga | 2014-07-27 08:09 | 教育・学校 | Comments(0)

芯の止まった人

何故人の悪口を言うのか。悪口を言うことで自分が得をするとでも思っているのか。(このようなことを言えばあなたはどうなのと言われるから言っておきますが、私なんか常に悪口を言われていますから、言わなきゃ損するとばかり、常に人の悪口を言って溜飲を下げています。)十人十色人それぞれいいところもあれは悪いところもある。それが人間である。人の良くない点のみ見る人は、優越感を常に味わっていたい人である。人の良いところを認めると自分が敗北感を味わうのでないかと心配するからであろう。絶えず人より自分が一段上にいなくては気がすまない人は、どうしても素直に人の美点、優れた点を容認しょうとしない。自分より勝っている人や勝っている点を認めたがらないから、その周囲には常に自分以下の人しか集められない。それによってお山の大将をきめこんでしまい、俺ほど偉い者はないと思いがちになる。こんな人を芯が止まった人という。理想に燃える賢明な諸君よ。むざむざ芯の止まった人になる無かれ。
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by ayabemorinaga | 2014-07-26 08:25 | 教育・学校 | Comments(0)

相談がけ

独断偏見に偏る人がいる。また、横車を押す人は、理非に盲目なほど我意が強いからだ。自分につごうよくとのみ考える考え方から生まれれる。部下の意見をろくすっぽ聞かず 黙ってやれ。文句を言うな。俺が間違っているとでも言うのか。等等目を据えてにらまれては、部下は、わかっちゃいないな。とけいえんする。それに比べて賢い上司は、仕事について自分の考えを述べ、その上で相談をかけるから、部下からも意見が出る。参加意識も出るし積極的に参画したいというやる気も起こす。その結果協力態勢が確立し、組織は生き生きと活動する。こういう相談掛けはよほど自信がないと出来ない。信念を披瀝し協力を求めコンセンサスをを得て、全員手に唾をして立ち上がる。こういう順序が践まれてこそ人を生かせるのだ。人を眼下に見下し地位、ポストの上にふんぞり返りて白を黒と言いくるめるのでは人は付いてこない。面従背反は当然である。相談かけの出来る上司を目指されよ。ところで-あなた石原高校の学科改編でそのような相談かけを実行されましたか。いやさ-校長は敵だと心底から考え、我々校長の部下ではないとこう然と言い切る特定思想にかぶれた人達に相談かけも何も出来るものではない、唯唯、学科改編に向けて突進するのみ--実際経験した者でなければ、分かりませんよこのことについては---
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by ayabemorinaga | 2014-07-25 14:32 | 教育・学校 | Comments(0)

花形の政策一般質問

議会は定例会が年四回開催される。そこでの一般質問を類別すると次の様にならないか。要請型一般質問 一般に住民の要望・声を反映しょうとするもので、何何道路の改修を早期促進してもらいたい。何何を早く着手してもらいたい等---- 事情聴取型一般質問  議員個人の意見を加えながら、現在執行中の事務・事業について 河川改修状況はどうなっているか、どの程度進んでいるか。施設設備の状況はどのような状況にあるのか。市税滞納額はいくらか。施設設備の充足状況は等事務管理予算執行を質す等--  政策型一般質問 当該団体の発展策を巡って 何々について改革する考えは無いか 何何については、このような対策をもって講ずべきではないかと考えるがどうか--と自己の所信を述べ、長の意見反省をもとめ新しい施策の展開を促すやり方等である。一般論で言えば、執行部は保守的で、とくに幹部職員は新しい仕事を提案し、失敗して責任を問われるより、先輩のやってきた事を忠実に守り続けた方が得策だとする傾向がある。議員は一般質問を通して、この保守的姿勢を改めさせこのような施策対策はどうか-と誘導し叱咤激励して、地域社会の発展に結びつけるところに一般質問の重要性がある。従って議員は地域の発展策はどうあるべきか、財政運営は之でよいか。仕事の能率化効率化のためにどうあるべきか、事務事業を見直して民間委託をどう推進すべきか。常日頃から調査研究して、議員にも広く議案提出権が認められていること自覚して、政策中心の一般質問を行い論争を通じて地域発展策に結びつけていただきたいと切に願う。我が市から選出されている四方源太郎府会議員は積極的に一般質問の中でも花形と言われる政策型一般質問をしていただいている頼もしい限りである。地域住民も議員の一般質問に関心をもって選挙で選択するときの参考にする事が住民の義務であろう。このように偉そうな事を言っておりますが、近頃会合の場所を間違えたり、鞄を忘れたりと老化に伴うボケが進行している様です。皆様に迷惑をかけない為にもこの際引け時と自覚すべきか。
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by ayabemorinaga | 2014-07-23 07:21 | 政治・議会 | Comments(0)

調査無くして発言なし

我が町では、八月に市会議員選挙が執行される。今の状況では、昭和25年市制発足以来始めて無投票になるのではないかといわれている。その原因はどこにあるかは知るよしもない。されど議員として、議会で発言しょうとすれば、常日頃の法令の研究はもとより地域での実態をよく把握しておくことが大切だ。古代中国の言葉に調査無くして発言なしという有名な教えがある。これはいかなる会議会合にも通用する金言である。会議とは、お互いの人格を尊重しながら話し合う場、理解と納得の場主張すべき事は主張し、そこから何が最善の道であるか、次の改善、発展を追求するデスカッションの場である。議会での議員の発言は、単なる個人の思いつきの感じやそうらしいと言った憶測がましい発言ではなく、相手を説得するだけの力がほしいものである。ゆえに、一般質問を行う場合は基礎資料によってよく研究した発言内容でありたいものである。これからの議会に求められるものは、調査無くして発言なしと言われるように基礎資料を基にして、問題の所在、原因を把握して発言する時代である。故にものごとをぼんやりと平面的にみてはならぬ。表も裏も見なければならぬ。喜びの中に哀しみのある事を知らなければならない、議員であるためには、こうありたい、ああしてほしいという市民の願いをしっかりと理解し発言する議員であってほしい。つねに、調査無くして発言なしを議員の信条として活躍されることを祈る。
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by ayabemorinaga | 2014-07-22 05:41 | 政治・議会 | Comments(0)

ヤジ将軍

ヤジは時には、相手の気勢をそぐために間髪を入れず発する言葉である。ヤジは議場の花とも言われていた。聞いている者が思わず爆笑するようなユ-モア—ノあるヤジを飛ばされた。相手の人格を貶めるようなヤジはいただけない。三木武吉という政治家はやじもうまかったし、ヤジに対する切り返しも天下一品であった。三木氏は鳩山一郎を内閣総理大臣にすべく時の総理大臣吉田茂を相手に陰謀秘策をねり狐親父といわれていた。大衆に向かって演説をしているとき、聴衆から狐親父とヤジが飛んできた。それを聞いた三木氏は、大衆をぐるりと見渡しながら、いくら狐と言われる私でも、このよう大勢の人ひどを騙すことは出来ません。それを聞いた人たちが大笑いをしたとか。原内閣の時に、ダルマとあだ名がある高橋是清蔵相が演説で、我が日本帝国は本計画遂行のため、忍びがたきを忍んで、陸軍は10年、海軍は8年と言ったトタンに、議場から、ダルマは9年と三木氏のヤジが飛んだ。演説をしていた高橋是清も吹き出し原首相を振り返り、二人で大笑い、聞いていた議員も傍聴席も大爆笑になったとか。ダルマ大師が9年間絶壁に向かって悟りを開いた故事からきているのだが、悟りを開くまで9年間辛抱したことを、傍聴席も議員もしっていたからである。三木氏こそヤジ将軍の本領発揮といえないか。私が知っているのは、衆議院予算委員会である党の筆頭理事が委員長席に詰め寄ったときに政界の暴れん坊が、この強姦やろう--と言うヤジを飛ばされ、ヤジを飛ばされた筆頭理事は身に覚えがあったらしく一瞬ひるんでどぎまぎされた。さらに痛烈な下品なヤジを飛ばされた理事は抗議する事もなく政界引退に追い込まれたとか。このようヤジいただけないか゛--ヤジは時には必要である私はヤジを飛ばすなとは言わない。ユ-モア-に富んだスマ-トなヤジで議場を沸かせていただきたい。議員各位にヤジの研究をお勧めする。注  三木氏は狐  広川氏が狸というあだ名付いていた。
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by ayabemorinaga | 2014-07-20 09:48 | 政治・議会 | Comments(0)

男の能力

毎度口幅ったいことばかり書いて申し訳ない。今日も家内からあなたは言っていることと行っていることが違う。皆さんは知っておられるだろうけれど。--なんて言われながら懲りずにせっせとブログ書いている。男の場合、俺は能力が充分あるにもかかわらず、出身校とか。家が貧しいとか、正義感に燃えているため会社から毛嫌いされていると言った理由で、大変不幸な目に遭っている。こんな世の中は不公平であるとわめいている。そう声高にいい訴えている人だけが同情を集めている。そういったことはあり得ないだろう。昔ならいざ知らず現代社会では草の根を分けても能力ある人間を捜しもとめるだろう。非合理的な理由で能力ある人間を切って捨てることが、決して得にならない事ぐらい管理者だって身にしみて感じている。勿論多少の不公平は存在するかも知れぬ。大学出が得をするとか、生まれた家が裕福であったとか--これらは理由のある区分であるし、だからといって能力のある男性が世の中から見捨てられることはあり得ない。泣き言を言う男性の99%が能力がないから埋もれている事になっている。そう泣き言など言わず自己の能力を信じて、世の中の為に役立て給え。聡明な男が必ずしも出世し金を儲けている訳でもないが、何らかの点でその傑出性が認められ社会的に尊重さる事はある。しかし、今の世の中多少はゆがんでいる。このゆがんでいる世の中を、聡明な能力のある人達よしっかりと立て直し、公平公正がまかり通る道理のかなった、世の中実現に向けて聡明な能力を遺憾なく発揮してくれ給え。
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by ayabemorinaga | 2014-07-19 08:37 | 教育・学校 | Comments(0)