綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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裏金

裏金と聞いて、ヒチコック映画監督の裏窓を連想した。裏金と聞けば、何となく、うさんくささを感じる。のは私だけか。裏窓・裏金と聞くだけで、なんとなくそっと覗いてて見たくなる誘惑に駆られるものだ。映画裏窓は、のぞき見をしたために、波瀾万丈の展開が繰り広げられるが--さて、裏金は、昨今新聞紙上で話題となっている野球の名門校桐蔭高校である。内部の者でしか分からない裏金のことがなぜ明らかになったのか。おもったとおり、内部事情に詳しい匿名の投書で判明したとか。ドロドロとした人間関係の葛藤の結末が内部告発だ。おぞましい人間の心の闇を垣間見て思わず身ぶ゜るいする。おそらく金銭関係のトラブルの末路が内部告発という手段なのか。人間の強欲は際限がない。さて、桐蔭高校は野球の名門校で有り、近年は進学校としても有名らしい。京都大学四拾六名、東大四名、同志社280数名、立命館180数名の合格者を出しているとか。その桐蔭高校でとんでもないスキャンダルが発覚した?生徒側から、必要以上の教材費を徴収し、隠し口座にプ−ルした余剰金から少なくとも一億以上が不正流用されてきた。学校職員は、優秀な生徒を獲得するために、塾関係者の接待に使ったと説明している。それを聞いて、なるほど桐蔭高校が進学校として頭角を現してきたわけが理解できた。現在の世相は、情けないことであるが、例外を除いては、間違いなく、小、中・高学校の進路指導よりも、塾関係者のアドバイスを親も子も信用する。この信用は絶対的だ。だから、塾関係者との懇親を深めるために接待が当然必要になる。なぜなら、塾に通う優秀な生徒を推薦してもらう為だ。そのような、多額の接待費など学校予算に計上出来るはずがない。勿論、交際費という名目予算は計上されているとおもうが知れたものだ。ブランド品を塾関係者に贈呈されたこともあったのではないか。新聞報道では、前校長や前事務長が裏金は差配されていたように書かれている。桐蔭高校を有数の進学校にした前校長・事務長の手腕というか功績が、裏金作りを暴露されたとたんに、刑事告発をされば刑事被告人と成らねば成らないのは情け無い。これは、私の推測にすぎぬが、前校長や事務長にすれば我々が学校をこのように文武両道にわたり有名校にしたのだという傲慢な態度があり、そのことに口出しできなかったのかもしれぬ。批判を許さない雰囲気が学校全体を覆っていたのだろう。批判を封じ込めれば権力は堕落する。決して裏金づくりで学校を進学校に押し上げた手腕を賛美する者ではないが、学校運営には、ときには、表に出せない金も時には必要悪というのか必要な時もある。そのような時は、管理職が身銭を切れば良いのかも知れぬが---えてして、管理職が身銭を切れるような額でないことが多いい。長年に渡りそのような権限のある地位にとどまらせていた任命権者の責任はどうなのか。素朴な疑問がわいてくる。
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by ayabemorinaga | 2015-03-26 10:10 | 教育・学校 | Comments(0)

社会の木鐸

社会の木鐸と言えば、マスコミのことだ。新聞社は、自らを社会の木鐸といい、異常なほどの自意識と自尊心酔いしれて、自分たちは、法律を犯してもかまわないと本気で信じる報道をするかと思いきや、公に発信した内容にも一切責任を持たず、大上段に決めつけておいて、あっさりと前言を翻す様な事はしていないか。さらに、新聞が社会に向かって警鐘を鳴らし、その行く手を示すという役割を果たしているだろうか。新聞は、人人に真実を訴えて警鐘を鳴らし世論形成を助ける存在ではないのか。と思いきや、毎日新聞は、平成元年に発行した昭和史年鑑【昭和史全記録】には【百人切りは事実無根】と書いているのに、裁判では毎日は[それは執筆者の個人的見解であって社の見解でない]と認めない。驚いたことに、「新聞は真実を報道する法的義務はない。】とまで言い切った。唖然としました。と稲田朋美政調会長の発言を報じている。そりや--たぶん新聞に真実を報道するよう法的義務まで規制はしていないだろう。と思う。(事実と真実は異なることもあれば、同じ事もある。真実・この言葉の定義もはっきりと示すことも必要だ)されど、社会の木鐸を自ら放棄しているのではないか。新聞の自滅である。そのような無責任な報道に踊らさせられている国民こそいい迷惑である。新聞社も批判には謙虚に聞く耳を持ってもらいたいものだ。と、いいながらも、新聞報道を虚偽であると決めつける訳にもいかない。というやっかいな問題もある。なせ゜なら、なかったことの証明は出来ないからだ。たとえば、あなたは嘘をついている。と言った場合嘘の証明が出来るだろうか。いやはや-新聞はすべからく社会の木鐸であるという気概を示して欲しい。そのような思いがする昨今だ。
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by ayabemorinaga | 2015-03-24 10:18 | 政治・議会 | Comments(0)

国会論戦

昨日の参議院予算委員会で、民主党小西議員の発言はいただけない 。国会内での議員の発言について責任を問われないという議員特権があるが、いささかやりすぎではないか。委員長に注意をされて謝罪をされてはいたが。集団自衛権の行使を容認した閣議決定を【日本の法秩序を根底から覆すク-デ-】と非難。さらに、【憲法も何も分からない首相】【狂信的な官僚集団】悪口雑言には恐れ入った。自分は何様と思っていらっしゃるのか。口汚い発言には、おもわず議員の矜持とはなんなの-とお尋ねしたいくらいだ。それよりも、TVを見ている国民に分かるように具体的説明をしてもらいたい。たとえば、日本の法秩序を根底から覆すク-デタ-と本当に思っていられるのか。日本の法秩序を覆す様な閣議決定が出来るのか。国会質疑で、アジテイタ-のような議論は御免こうむりたい。我こそは正義の味方であると大上段に構えて、相手をやり込めようと、力んでおられるのはよく分かるが、勢い余って言葉ばかりが激しくなっているが、そこは、冷静に順々とわかりやすく丁寧な言葉で論戦されるのが、議員のつとめではないか。【憲法も何も分からない首相】とは、具体的憲法が分かっていない事例を列挙して指摘されるべきではないか。頭の優秀なのは分かっていますが、議員すべからくコミユニケ—ション能力をしっかりと磨いていただきたいものだ。と、つくづく思った。落語を聞いて、話し方、間のとりかたなど、学習されては如何。
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by ayabemorinaga | 2015-03-21 11:49 | 政治・議会 | Comments(0)

管理行政から創造行政へ

近代の民主政治は、議会を意志決定機関とし、是に基づいて執行する執行機関と大別し、お互いに責任を分担しながらこれを批判し牽制する仕組みになっている。両者は、どちらが上とか下と言うことでなく対等の立場に立って、ともに住民に責任を負いながら住民の福祉の向上の道は何かを追求することである。ゆえに、首長の考えと議員の考えが一致する事もあれば、お互いに食い違うことがあって対立する事はこれは当然である。是は両者が住民に責任を負うことからおきる当然の帰結である。これをべっだん取り立てて奇異に感じて意識する必要はさらさら無い。これが、二元代表制の当然のあり方であることを、議員はシッヵりと認識すべきでないか。両者が対等平等に立てばこそ、そこに見方、考え方の意見の食い違いが起きる故、議論を通して何が真理であるか、時には市町村長の独善的な考え方を是正しながら二つの機関が、いかにして市町村行政の経営を円滑に公平に、しかも最小の費用で最大の効果が現れるよう最善の努力が求められる。しかる故、首長も議論を通して、自らのあやまり、その不十分さを察知した場合、素直に反省し、是正しなければならぬ。ここに、二元代表制の長所がある。議会で議論を尽くすことによってこそ、従来の管理行政から、創造行政に転換する事が出来る。
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by ayabemorinaga | 2015-03-19 11:57 | 政治・議会 | Comments(0)

風の行くへ(決起集会)

3月15日午後3時30分から四方源太郎府会議員立候補予定者の決起集会に参加した。多士済々の応援弁士から熱のこもった激励の言葉を傾聴した。知事が、今年夏には、京都縦貫道完成がする事について、革新知事についてコメントをすることはないが、他府県では、このような主要道路40年30年も前に完成している。このように遅れたのは、革新知事が京都府の将来構想というか、見通しがについての見識が不十分であったのではないか。選挙で選択を誤ると、不利益をこうむるのは主権者である府民である。と言った主旨の話をされたと私は理解した。四方源太郎府議は、北部地区の太陽だ。と四方府議の識見力量を高く評価され、北部の太陽といった比喩で表現されたと思った。知事の慧眼に敬意を表したい。知事の期待に応えるためにも、われわれ綾部市民はしっかりと、確かな応援を、いや、支持を得票数で示さなければならぬ。
 さらに、革新知事の時は、府職員の給与費が、京都府予算の50%を占めていた。と、綾部市も革新市長時代は、市職員の人件費は、予算総額の50%を超えていた。しかも職階制は採用されず通し番号制であったと思っている。(私の記憶に間違いが無ければ)職員が優遇されて、公共事業は抑制されていたために、インフラ整備が遅れたのだ。この論理は間違っているか。
 四方府議は一期目にして、綾部高校特進コースの設置、山陰線京都発特急電車午前七時台の確保、綾部市立病院産婦人科医師の確保等、【政治は結果である】を見事に立証された。府北部地区 、並びに、綾部市の将来の夢を託すことかできる見識・識見、胆識を兼ね備えた人物である。  
 四方府議か゛決意表明の中で話されたことであるが、脳梗塞患者を注射で後遺症が出ずに治せることが出来る迄に医学が進歩してきている。注射は、なにも医者でなくても、看護士もできる。ただ脳梗塞患者の様態を、専門医に聞かなければならぬ?そのためには、情報通信網の整備が喫緊の課題であるらしい。また、通信網整備費用が1000万円掛かるらしい。綾部市立病院でこの通信網整備がされれば、脳外科のある東舞鶴病院まで行かなくても済む。是非市長と共に整備についてご尽力をいただきたい。この一つをとっても、議員としての着眼点が素晴らしい。これらは、親譲りの持って生まれた天性と言うか素質であろう。
 かくなる、逸材を育て上げるのは、勿論後援会長鹿子木氏を中心にした綾部市民の責務である。と言えば言い過ぎか。ではないと私は確信している。
  
 
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by ayabemorinaga | 2015-03-17 10:27 | 政治・議会 | Comments(0)

もう君には頼まない

大阪府教委、中原教育長に続き,蔭山教育委員長が辞任する意向を固めた。と、産経新聞が報じている。松井知事から、府教委を先頭に立って引っ張るよう要請されたが,手に負える代物ではない。蔭山氏が辞意をつたえたと言われているが、知事にすれば,これ幸い4月から新体制に移行するので,身を引くべきだと引導をわたされ承知したとか。松井知事にすれば,【,もう君には頼まない】と言うのが本音であろう。校長中心の学校運営とするための取り組みを期待していたが、遅々としてすすまない現況に業を煮やされていたのではないか。影山氏も往生際が悪くはないか。文部科学省の調査で、,いまだに,教職員の選挙で校内人事(校務分掌の決定)を行っていた学校が大阪がトップであったと報道された時点で,自己の行政手腕の限界を知って、潔く辞任すべきではなかったか。出所進退は難しいものだ。【もう君には頼まない】任命権者にそのような,思いを抱かていると言う事が当事者はなかなか分からないのもなさけない。教育行政にたずさわる者としての哲学があったのかとあえて尋ねたいよ。まあ-評論は勝手気ままにできるが、--                                     【 もう君には頼まない】とは、城山三郎氏の小説の題名だ。故経団連会長石坂泰三氏が経団連ビルを新築するために国有地の払い下げを国に申請したけれども,大蔵省の返事が煮え切らなくて、業を煮やした石坂氏が、当時の水田三喜男大蔵大臣に、もう君には頼まないと言ったと云われている逸話が取られた。とか、
   世の中で、もう君には頼まないと啖呵を切りたいことはいくらでもある。されど、そのような啖呵をきれる地位も権力もないものが、いくら-大声でわめいても、虚無感にさい悩まされるのがオチだ。

追記 おっと忘れかけていた。たいせつな(選挙権という)、貧者の一灯ならぬ弱者の一票がある。
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by ayabemorinaga | 2015-03-14 11:11 | 教育・学校 | Comments(0)

懲りない人達

世の中には,その地位に就いてはならない人が,地位に就き多くの人に不幸をもたらすことがある。この人などは,人に不幸をもたらすといったたぐいではなく,正に、国益を損なうような行動が目につくこまった人達と言えるだろう。その人の名は、云わずと知れた民主党政権時代に総理にまで上り詰めた人だ。鳩山・管氏のご両人である。事の善し悪しは別として,従来自民党では、派閥の長として,帝王学を学び総理を目指して日夜研鑚された人達が総理という地位を得た。ところが、民主党政権は,自民党の政権運営の失敗によって誕生した。そのためか,総理としての心構えがしっかりと自覚できていない人が総理なった。国民の不幸と言わざるを得ない。此のご両人、かたや,国会で民主党賛成の原発輸出を国会で批判をして造反をする?鳩山氏は,日本政府は,ロシアによる一方的な編入を国際法違反として認めておらず訪問を断念するように,働き掛けていたにもかかわらず、そのような働きを無視して入国し,クリミアでの住民投票は合憲である。日本政府を批判している?このような人人を懲りない面面というのだろう。この件では,民主党の枝野幹事長が,民主党は一切関知しない。軽率とのそりを免れ得ない。と言っている。此のご両人日本国に生まれて良かったね。と皮肉の一つも云いたいよ。
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by ayabemorinaga | 2015-03-12 08:00 | 政治・議会 | Comments(0)

地方議会

今、都道府県市町村では議会が開会中である。本来議会は、執行機関を監視する機関で、議会と長とはほどよい対立、緊張感があふれている。ことが絶対に欠かせない条件である。地方議会では国会のような議会内閣制ではないので、与党、野党という言葉は通用しないはずだ。なぜなら、首長も議員も直接住民の選挙で選出され、共に住民に責任を負う仕組みの二元代表制となっていて、そこに与野党の理念は成立しない。議員が首長を支持し、これを擁護する姿勢は、全く無用の長物で、すべて議員は、住民代表として市民党、住民党となって市政,町政を批判監視しなければならない。議員は政治家となった以上奉仕の観念に徹底し,首長から二歩も三歩も離れて,冷静な第三者として行動する態度を堅持しなければならぬ。さらには,住民福祉を説き・一歩一歩、改革…改善の道を選んで住民に奉仕する責任を自覚すべきである。
公権力を持った首長に就任すると【,人が変わった,おきく見える,口の効き方も違う】と言われる事がある。人間権力を手中に収めると,権力欲がつぎから次えと重なって加速する。最後には権力は堕落して滅びる。ことは,東西の歴史がおしえている。だから,民主社会て゜は、権限のある者に対して,批判する人が絶対に必要である。批判をして反省させ,時にはほめ言葉で激励し公正な行政を維持しなければならぬ。是が議会の唯一の任務、使命であり、それゆえ,執行機関と議会という両機関の対立対等の理論がうまれ、牽制均衡の原則が生きる事になる。議員は,議会に提案されるすべての案件に対して是是非非の立場を堅持することが、議員本来の任務である。あなたも,終われば好き勝手が言えていい身分ですね。だから言論の自由が保障されている、民主主義社会はいいんだよ。みんなの高笑いが聞こえる。
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by ayabemorinaga | 2015-03-11 11:26 | 政治・議会 | Comments(0)

恐ろしき世相

地震・雷・火事…親父…世の中に存在する怖いもの--戦後怖いものから、親父が消えてから70年の歳月が流れ去った。戦前は親父以外にも、怖いものが存在していた。学校の先生、巡査さんなど、私は、学校の近くに髭虎はんと言われる長い髭を伸ばした怖いおじいさんがいたことを覚えている。凶悪な少年犯罪が新聞紙上を賑わせている。青少年が簡単に人を殺傷する。そのことについて、罪悪感など持ち合わせていないような振る舞いに、戦後教育における道徳教育のゆがみを垣間見るようだ。そのような評論など簡単にできるが、何の役にも立たない。むなしい言いぐさである。私自身最初の赴任校である中上林小学校では、昭和32年に文部省の指定を受けて道徳教育の実践研究を行っていた。教師をやってきて、命を大切にすることの指導に努力を重ねてきたが、結果は無残なものだ。しかし、私自身が教師ずらして本物出ない自分に対して云わなければならぬ事を、他人に対して言い続けてきただけだ。道徳教育については、自分にその資格なしと知ることが基本です。が、自分も不完全な人間であるが教師なのだやれるという傲慢な態度を児童はすっかりと見透かして、何偉そうなこと云っているのと、せせら笑われていただけのようだ。教育問題は一義的には、自分の求道の問題であると言う事を忘れていた。教師失格である。青少年の問題がおきれば、関係機関との協力により、問題解決に取り組みたい。など云われているが、生徒指導上の問題が起きても、学校と警察の連携が、かっては円滑ではなかった。学校は生徒指導に関して、警察との連携を拒否するし、警察は警察で、警察が知り得た非行少年の事案は知らせてくれない。そのような関係が、私が高校教師時代は、当たり前のこととして教師が共有していた。警察などは、国家権力を行使して、犯罪が勃発すれば人を物理的に拘束する事が出来る。世の中で唯一怖い存在である。世の中にこわいものか存在する事を児童生徒にどのように教えるかが喫緊の課題である。戦後は、戦前の反省からか、教師は児童と対等平等で尊敬される存在は無視してきた。警察は民衆と共に親しまれる警察を標榜してきた。そのような姿勢を貫徹する事を現代も要請しているのか。さて、このような考えが多くの方々に理解していただけるか。私の戯言かな--
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by ayabemorinaga | 2015-03-10 11:32 | 教育・学校 | Comments(0)

政治と金

政治資金規正法は昭和23年に制定されている。このようなザル法とも言える法律が改正されることもなく連綿と放置されていたことも議員の責任ではないか。前国会でも政治と金問題が予算委員会で取り上げられて議論されていた。なんとかバアーへの支出の不適切を指摘されていた閣僚いた。わたくしは、この法律は、収入面が厳しく規制されていていると思っていたが、とんだ食わせ物だ。政治資金規正法では、企業に対して国から補助金交付の通知を受けてから一年間は、政治活動に関する寄付を禁止している。議員が補助金交付を省庁にはたらきかけ、リべ-トとして献金を受け取る行為は許されない。寄付をする企業はそのような見返りを期待していないだろうか。この法律には、いくつかの抜け穴がある。たとえば議員側が交付の事実を知らなかった場合は、違法とならない。世の中では、特に大人の世界では知らなかった。ではすまない事柄がほとんどである。国会議員は例外だでは済まされないのが理の当然である。でも例外らしい。知らなかったで済まされる法律が現存する。今国会でも予算委員会で政治と金問題で議論がされているが、この法律がそのような抜け穴だらけの法律であることを、知りながら放置していたことこそ問題ではないのか。なぜ早急に法律改正が提案されなかったのか。議員の怠慢としか云いようがない。国会こそ立法府ではないか。そのようなザル法は早急に廃案として必要ならば新法を制定されたい。戦後の混乱期に制定された法律が現在の社会にマッチしているとは考えがたい。予算案を審議する委員会で政治と金問題が取り上げられるような状況を一日も早くなくして、国民生活に密着した予算案並びに重要法案の内容に付いての審議が粛々とされる国会に成ることを--ただひたすら願う。
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by ayabemorinaga | 2015-03-06 08:37 | 政治・議会 | Comments(0)