綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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反面教師

自民党若手有志の勉強会で、安全保障関連法案に批判的な報道機関に広告収入などで圧力をかけるべきだという意見が相次いだという。報道言論の自由は民主主義の根幹をなす原則である。重要法案への報道姿勢が気にくわないなら、いやしくも言論の府一員である議員は、堂々と言論でもって対峙すべきである。このような原理原則も理解できない議員が与党議員の中にいるとは恐れ入った。とゆうより、議員の質が劣化したのか。しかも自分たちの発言がどのような影響をあたえるのかさえ分かっていない。民主党政権時代に、産経新聞記者が圧力をかけられたという。民主党のある議員から、議員会館の自室に来るように言われた。そして、政治面の記事が事実と異なる。と抗議を受けて、謝罪をした。訂正文の掲載を要求されると思っていたら、記事を書いた記者をはずせ。と命令口調だ。最初は冗談かと思ったが、某議員の表情が本気だと知り、それは筋が違うと反論した。前原誠司政調会長のことを【言うだけ番長】と書いたら、記者会見から産経新聞記者が排除された。さらに、管直人首相の記者会見で挙手しても挙手しても無視され質問の機会を与えられなかった。また、いまの、発言はオフレコです。いいですか、皆さん書いたらその社は終わりだから-と恫喝した議員もいた。岡田克也代表が記者会見で、驕りでしょうね。自分たちに権力があると、メデイアを自由に左右出来るというそういう驕り結果の発言でしょうね。自民党若手議員の発言を批判されている。民主党も政権担当時代にも随分驕りと傲慢な態度の議員が多くいなかったか。そして気に入らぬ記事を書く記者を排除た。その結果が政権与党からみるみるうちに転落し、議員の三分の二が議席を失った。この民主党の姿勢を、今回政権与党の自民党若手議員も反面教師として、しっかり見習らべき時である。驕ればたちまち政権与党から転落して今民主党が味わっている悲哀をかみしめなければならぬ羽目になりることを。
 追記 マスコミも言論の自由だと言っておごってはならぬ。そこには、守るべき報道倫理規定があってしかるべきだ。それを逸脱するようなことがあってはならない。自由の自由などあり得ない、規制の中での自由だ。批判されている与党議員先生の気持ちも分からぬではないが、そこはじっとこらえて大人の対応が必要だ。かっては、マスコミが政権交代をじっげんしてみせると豪語していた某編集長もいたからな。これらも驕りの最たるものだ。マスコミも権力批判はあってしかるべきであるが、外国からつけいられるような記事をかいたり、どこの国のマスコミかと見まがうような記事を書くマスコミもあるから、国民もマスコミに対して批判力を養わねばならぬだろう。
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by ayabemorinaga | 2015-06-30 15:05 | 政治・議会 | Comments(0)

風の行くへ(6月28日)

昨日は、中丹府立学校校長0B会が福知山市内の旅館であったが、当日声楽家の姪が市民交流プラザふくちやまで、宇治市木幡駅前で和菓子の満月堂代表取締役磯野ご夫妻が主宰される、クラリネット・マリンバ、ピアノ・声楽コンサ-卜開催されて、それを聞きに行くことになり、急遽欠席する事になった。昨年に続き連続で府立校長会0B会を欠席する事になった。昨年は、き義兄が芦田記念館で、芦田均内閣総理大臣の思いでと題して講演を聴くために欠席した。
  ところで、音楽会であるが、磯野ご夫人のお母さんが元気なうちに、私たちのこコンサ-ト聞いてほしいという長年の夢を実現されたと言うことらしい。そこで、声楽家である姪が独唱するのを、久しぶりで聞く事が出来た。そういえば聞くのは、息子の結婚式以来である。曲目は、作詞作曲本川恵子・まほろば(老いた母の情景)  歌詞 夕暮れに杖突き立ち止まり  見上げる母の姿今 何想う  昨日のこと 今日はまぼろしか 今日の出来事 明日は夢の中   春の日に野辺を歩くあなたの  想いははるか昔幼き姿  流れ行く川のせせらぎに  ひらひらと舞い落ちるの  あの花びらが  落ち葉踏む老いた母の姿  ベンチに座るあなたは今 何想う まほろばの天使の想いが ふりそそぐの あなたの心の中にア一
 面影(認知症の母を思う娘心)作詞作曲 本川恵子  私を誰かとわからぬ母が  幼な人形の唇に乳首ふくませ 私の名をよぶ 愛しい微笑みよ ルル・・・・・  独り寝をする人形が  寂しそうだ添い寝して 頭をそっとなでるその手は  母のぬくもりよ  ル・・・・・・・   おなかすいたのって人形に  ごはんをあげるその姿は  遠い昔の幼い日々の  母の面影よ ル・・・・・・それを聞き、我が身の行く末を案じ、突き上げる感情移入にほんろうされ、慟哭の涙頬だする  我も老いたか-- 
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by ayabemorinaga | 2015-06-29 15:48 | 教育・学校 | Comments(0)

続腐ったリンゴ

腐ったリンゴが三個あるとたちまち箱全体の林檎がもののみごとに腐敗して、てがつけられない。そのようなお話をいたしましょう。もう随分昔の事で記憶が定かでないところもありますが、少しずつ思い出して書かれたのだそうです。之は、ある定時制夜間部の事だそうです。そこには腐りきった林檎の様な教師が三人長年勤めていたそうです。そして、学校の運営を一切取り仕切っていました。なにせ、赴任してくる教頭ことごとく全日制経験しか無いために、あまり口出しせずに、平穏無事に勤めて、出来うる限り早く転出が出来る様にひたすら隠忍自重をして、三人組に丸投げをしていたそうな。ところが、たまたま、夜間定時制経験の教頭が赴任してきてからは、少し事情が変わり始めました。之までは出張があれば、勤務時間内に会議が終わっても、学校に帰ることがありませんでしたが、教頭は学校に帰って勤務するように命じたそうな。ある教師にタイプを打つように頼んだら、本務でないから、タイプを打った時間の賃金を払ってほしいと事務官に要求してきたそうな。事務官がこまって教頭に相談すると、教頭は即座に勤務時間中である故支払う必要は認めないと言下に拒否をしたらしい。誰がそのような事を扇動しているのかと尋ねると、三人組の教師だという。三人組は教頭の発言には悉く反対する。午後から勤務するように教頭が言っても、無視する。夜間定時制には、生徒にパンと牛乳の簡易給食が支給されるが、食べない生徒がおり、毎回20個あまりが残り、教師がもらって帰る慣習になっていた。教頭が、幾ばくかの金銭を支払うべきであると提案したら、教師達が要らないと言ってきた。ならば、残った給食は、残飯処理として教頭が処分した。三人組の教師は、しまいには教頭が音を上げると思ったが、そのような目算は当てが外れた。給食の残飯処理が十日あまり続いたら、教師達がネオあげて幾ばくかの金銭を支払うからと提案してきた。こんな事もあった。男生徒数人が放課後に女生徒に卑猥な行為に及ぼうとしたことがあった。担任は、放課後であるから、私が関わることではないと言って知らん顔である。仕方なく教頭が女生徒の家へ訪問して謝罪に赴いた。女生徒の親は、学校が責任を持って安全安心な学習環境を整えてくれるまで、生徒は学校に登校させない。確約できるのか、返答をいただきたい。と学校不信の態度ありありだ。職員会議では、三人組を中心に、首謀者を退学にすべしとの大合唱である。首謀者生徒は父子家庭の子供である。教頭は学校長に詳細を報告して、経済的家庭的不遇な生徒こそ学校でしっかりと指導してやるのが、定時制教育のあり方ではないのか。その信念に基づき、教職員の意向に反して、引き続き学校で指導する事にした。教師達は、建前はきれいごとを言うが、本心は、やっかいな生徒は御免だという姿勢が見え見えである。さて、こんな事例はどうだ。PTA会長の息子が、交通事故により出席時間数が足りないために、卒業出来ない状況になったとき、職員会議では、補習時間確保が難しいし、この際卒業を認めてやるべしとの意見ばかりで、卒業延期の意見は皆無である。時間補習をして卒業させるのが本来の手段であるが、教師は補習時間に関わるのが面倒であると考えていたのか。これらはすべて三人組のさくぼうである。腐った三人組が学校運営をひん曲げてしまうという、おぞましい数々の出来事があったそうなーー教職員も長年同一校に勤務すれば、腐っていくのかな---いやさー常識と非常識の区分が見えなくなるのさ。
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by ayabemorinaga | 2015-06-19 10:55 | 教育・学校 | Comments(0)

腐ったリンゴ

腐ったリンゴを一つ入れておくと、あっという間に周りのリンゴも腐り始めると言われる。組織の中に、腐ったリンゴのような人がいると、周りの人達も感化されて、組織全体が腐り始める。素早く腐ったリンゴを取り除かなければ成らないが。是がなかなか出来ないものなのだ。たとえば消えた年金問題が政変にまで発展した。保険庁の人達ーー私にもほろ苦い経験がある。家内の年金手続きに、舞鶴の出先機関まで出向いたが、その職員達の高慢な態度には驚かされた。あなた、この書類は何のために持ってきたのか、分かっていますか。もう一度、市役所に出向いて、この書類が必要かどうか確認してくださいよ。市役所の窓口で年金手続きに必要な書類をしっかりと教えてもらって来てください。けんもほろろな応対に憤りさえ覚えたが、ここは我慢のしどころだ。年金手続きがはかどらなくてはこまるという、弱みがあったから引き下がった事がある。しかし、いまだにおの高慢な態度は忘れることが出来ぬ。職員の勤務状態も二十分間タイプを打てば二十分間休憩を取る。闇専従問題等考えられないような勤務実態が明らかになった事があるが、組織全体が腐ったリンゴ状態に成っていたのではないか。組織改編されて、日本年金機構となったが、またぞろ名簿の流出問題が発生している。保険庁から日本年金機構に組織変更されたとき、腐ったリンゴの様な職員を排除できなかったのか。
 腐ったリンゴのような職員がおれば民間組織では比較的排除する事が出来やすいが、公務員組織の中では、身分保障の厚い壁に守られているから、簡単ではない。公務員組織の中では、腐ったリンゴのような職員は、徹底して鍛え直すことであるが、直接指導する管理職がびびっている。いや付かず離れずの煮え切らない態度でしかせっしていないことがおおいい。やっかいものに関わりたくないという姿勢が見える。人間かなしいかなーあまり人から憎まれたくないという心情がはたらくのですな。正義のためにはいかなる困難も身を挺して事に当たらんという気概のある管理職がすくななった。みんな紳士を気取ったいいひとばかりがやたらに増える。
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by ayabemorinaga | 2015-06-14 12:43 | 教育・学校 | Comments(0)

対人関係の基本

私は、今まで確固とした対人関係の基本姿勢を持っていただろうか。とふと考えることが昨今しばしばある。しっかりとした基本姿勢をも持ち合わせず、その場その場で当面の対応を考えていただけだ。是々非々と言えば格好がいいが、所詮苦し紛れのいいわけにしか聞こえない。
 【人の慶びごとは特に励ましてやる必要は無い、本人が幸せなのだから。むしろ、苦境、哀しみのさなかにあるとき、力になってやるべき。】この言葉は、田中元総理の対人関係の基本姿勢であった。といわれている。
 人間とは、しょせん弱い動物である。人情の機微にふれあうことで、一気に過去のわだかまり忘れるどうぶつでもある。また、人の慶びに拍手を送ることは、誰でも出来る。一方で失意の人の中に飛び込むのは、なかなか勇気のいることである。しかし、ことリ-ダ-たる人物が、こうした、余計なお荷物を背負うのはまっぴら御免と逃げたのでは、人の支持は薄い。失意の人ほど、さしのべられた時の手の暖かみ覚えていてくれる人はいない。人間万事塞翁が馬、運命の変転はだれにも分からない。権力を手中におさめ権勢を謳歌していても、いつ何時、奈落のどん底に転落するか知れたものではない。そのような逆境の時、人ひどは手をさしのべてくれるのか、それとも、それ視たことかと冷笑と侮蔑のまなざしてみながら、素知らぬ顔で見過ごされることに成るだろう。人それぞれであるが、自己の信念に基づく対人関係の姿勢をしっかりと持っていることが、大切だな---【逆境の人に手をさしのべれる、優しさを持ち合わせてこそ、人の道である。】あんた時にはいいことを言うなあーデモ、そのような姿勢で多くの人に接しているのーー実行もせず口先だけの人を口舌の徒というのよーーリップサ-ビスって言うこともあるよ。ぐちやぐちやー言わずに良いことだと思えば、実行あるのみ--
 人間すべて、羽振りのいいときは、人は付いてくるが、一旦落ち目になれば、誰も相手にしなくなる。そのような非情さを持っているのもまた、人間なのさ。
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by ayabemorinaga | 2015-06-12 09:52 | 教育・学校 | Comments(0)

茶坊主側近

出来ル敵を取り込めるか。言うことは、たやすいが、実際にやるとすればしんどいことである。私が、新卒の頃は、校長さんに随分たてついたものだ。教頭が、かってに職員の席を決めたのはけしからんと言って、教頭が決め席から、わざわざ机を以前の位置にかえて座ったのものだ。教頭が苦虫をかみつぶしたような、仏頂面をしていた。職員朝礼の時は 必ずと言ってよいほど文句か自分の意見を主張する。。学校長は黙って聞き流していた。そのような、やンちゅゃ坊主の私の面倒を懲りもせずよく見てくれた。私が高校へ転出したいと言えば、森永君私もこの四月に山家小学校に転出が決まったから、私と一緒に山家小学校に行かないか。君を将来中丹局の指導主事に推薦するからーー高校転出は思いとどまらないか。声かけをしてくれる優しさがあった。本来なら是幸いと放り出したいやっかいな男であるのに--もし他の校長に仕えていたらーとっくの昔に放り出されていただろう。度量と器量を兼ね備えた校長に仕えて本当に良かったなーー当時を振り返るたびに、としみじみと感謝の念がこころのそこからわき起こる。(管理職に対する反抗的な行為をわかさの至りで臆面もなくやった事で、私が管理職にったとき、教職員から、反抗的な、手厳しい批判の洪水に悩まされた。あまりな事ををすれば、必ずいつかは自分に返ってくるから、何事もほどほどに-そのような考えでは、成すべき事は成せないだろう。やるときめたらどこまでやるさという度胸も時には必要だ)
 話を変えて、人の集まらない人物には、トップりの資格はないが、集まる人の種類もまた問題である。人間本来抵抗感のあるものは避けたがる。あたりの柔らかいものを、そばに置きたがる。是は至極当然なことで、面倒は御免こうむるというのは、人情だ。しかし、小さなお山の大将で結構というならべっであるが、しかるべきトップに成るには、是ではつとまらぬ。身耳障りのいいことしか言わぬ、茶坊主はかりを側近としておけば、裸の王様に成り下がり、やがてはにっちもしゃっちもいかなくなることは、目に見えている。そのことは過去の歴史が示している。むしろ敵ながらあっぱれといえる人材を取り込めるだけの度量のあるトップが世の中に何人居ることか。見渡す限り茶坊主の花盛りだ。(そこまで言って委員会かってですか。ええー少し口慎めば命なが---)
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by ayabemorinaga | 2015-06-09 11:02 | 教育・学校 | Comments(0)

議員の政治観

議員はそれぞれしっかりとした政治観をもって活動されていることだろう。政治は、如何に現実を変えていくか、そうしたイデオロギ—や技術の総体だ。妙な駆け引きや腹の探り合いじゃない。政治は、富の分配であるとか、利害調整の場であるとかいろいろ言われるが、政治とは、自分たちが飯が食えない、子供を大学にやれない状態から抜け出すことを最優先に考えなければ成らぬ。理想よりも現実だ。政治とは何か生活であるという政治観をもって活躍した人が、田中角栄元総理である。私もその考えに賛同する者である。以前引用したと思うが、憲法第25条に国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すると定めている。此の事は国家がこのような生活を国民のすべてが営むことが出来るように積極的に努力する義務を負うと言う事を定めている。と理解すべきであり、国会議員を始めすべて議員と名の付く人達は、憲法第25条を遵守する姿勢を貫いていただきたい。国会議員とも成れば、国の舵取りを任されているのだから、国民の生活を保障できるか、戦火に巻き込まれることはないか。国益を守ると言った姿勢が要求されて当然だ。くだくだ書きましたが、結論は、政治とは生活だーと言う政治観をもって、議員活動をお願いしたいということ。
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by ayabemorinaga | 2015-06-07 11:33 | 政治・議会 | Comments(0)

泥をかぶると言うこと

私はかって現職時代に、副校長としては、どろをかぶる覚悟のない者は失格だ。と副校長会の場で発言を求められるといったものだ。副校長が外部からのクレムを一切校長に押しつけて逃げまくっている学校があった。校長が、外部に向かって発言すれば、学校としての最終意志決定である。その意志決定の判断が誤りなきように、しっかりと支えてホロウーするのが副校長の任務である。是は教職の世界だけでなく、政治の世界にも当てはまる。真の側近、腹心のいないリ-ダ—の基盤脆いものである。逆に強力な側近、腹心のいるり-ダ—の基盤は盤石である。但しこの場合、単なるリ-ダ-に知慧を授けるだけでなく全責任を持って泥をかぶれる事が要求される。リーダ-は側近腹心から守られてこそ、その座を全うできる。泥をかぶれる人物を側近腹心に持ち得なかった橋本龍太郎元総理の基盤は脆かったと言われている。
 話を教職に戻そう。ある学校で、校長が外部からの要請に応えるために、のこのこと、ある場所に出向き、保護者に非行処分内容を漏らした。また、その懲戒処分の内容が間違っていると言う事もあり、生徒指導部長が、校長に、こんな事ではやっておれん辞任する。すごんだらしい。校長から事の次第を遅まきながら聞かされた副校長は、それは校長さんが自分の独断で成されたことで、私はあずかり知らぬ事故、校長が責任を持って解決をお願いします。と逃げるのか。ここは副校長が一切の責任をかぶって善処するのか。泥をかぶるのか。それとも責任のなすりつけて逃げるのか。副校長の力量のもんだいである。是まで経緯を知らされた副校長は、泥をかぶる決断をして、とにかく私に一任願います。といったものだ。早速、担任同伴で保護者宅へいき、過日の校長発言は処分内容が学校の決定事項と違っているので、ご理解願いたいと頼んでも、校長の発言は学校の最終決定事項ではないのか。それを、副校長が取り消すとは、何事だ。お宅の学校の校長発言はそのように軽いものなのか。話にならん校長が来てしっかりと説明して欲しいの一点張りでらちがあかない。何日も担任と保護者宅へ日参すれど、はなから受け付けてもらえず、しまいには、訪問を拒絶される始末、挙げ句の果てに担任まで悲鳴を上げだした。万策尽きた副校長は、温存していた最後の切り札と考えた話をもって保護者宅を訪れ、ようやく理解を得ることが出来た。此の事を校長に報告すると、お互い、校長・副校長の間は、弁慶と牛若丸の関係でやりましょうなどと、のんきな事をおっしゃつたらしい。このような牛若丸校長に仕えなければ成らぬ弁慶副校長はなんかい勧進帳を読まされる羽目になるか。このような校長を上司として仕えなければ成らぬ副校長も災難であるが--泥をかぶると言う事は腹が据わっていなければ、できるものではない。
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by ayabemorinaga | 2015-06-04 11:41 | 政治・議会 | Comments(0)

悪口

私が議員の時、地元の会合で、会場の雰囲気をなごませようと思って、ツイツイ、人の悪口を言うのは、皆さん大好きですね。とやってしまった。後で手厳しい批判を頂戴した。苦い想い出がある。
 【人の悪口を言わない。】此の事は男を磨く上で、また、絶対的な信用をつけるうえで、欠くべからざる名言と言っていい。一人の悪口を言えば十人の敵を作ると言われる。信用している相手に、おまえだけに云うが、アレ--とやればすぐに近所中に知れ渡る。どうしても悪口を言いたければ、一人便所の中で言え-とも言われている。私などは、どうせ私のことだ、あちらこちらで、悪口を言われていることは分かっているから、言わなければ、言われ損だと考えてさんざん言いふらしてきた。〔自分では適格な人物評をしているつもりであるが-〕そのために多くの敵を作り、選挙では四苦八苦とも言える苦戦を強いられてきた。自分では悪口でなく冗談めかしておもしろおかしく適格な人物評であると思っているのだが人様はそのようには受け取ってくれなかった。辛辣な悪口で゛あると感じたようだ。
 一人の悪口は、十人の敵を作る--人の口には、戸はたてられぬ。滅多なことでは、人の悪口は飲み込んだ方が得策だ。そのようなことは、誰でも分かっていることであるが---私は、人の悪口を言っているのでなく人物評をしているのだと言っても、誰も信用してくれ無かった。されど、私は、【根拠もなく言葉によって人の名誉を傷つける行為】は断じてやっていない。と自分では思っているのだが--さて--
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by ayabemorinaga | 2015-06-03 09:35 | 教育・学校 | Comments(0)