綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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時事通論

異議あり--おおまた何事に異議ありなのーー昨日の新聞に,京都3区の宮崎議員辞職にともなう補選に,自民党本部は党本部公認の候補者擁立を断念する方針を西田京都府連会長にしたと報道せり-西田府連会長は候補者探しを続ける意向を示したが,党執行部は公認申請をしても認めない考えだ。府議からは、不戦敗という選択肢はないと、公認候補擁立を求める声が続出した。と。政党に属する組織人としては、最終的には,党決定に従わざるを得ないだろう。
  されど、自民党史を振り返れば,東京都知事選の時、東京自民党都連は,あくまで鈴木俊一知事を推薦を決定し,党執行部は磯村氏を強引に党公認として擁立して対立した過去がある。結果は,鈴木俊一氏が当選し磯村氏は落選した。その責任を取って時の幹事長小沢氏は辞任した。
  自民党を見限って新党を作った桝添要一氏が東京都知事に立候補したとき,自民党は彼を推薦をした。その状況を見て,小泉進一郎氏が自民党を出て行った人を推薦すること,また、その自民党推薦を受ける桝添氏もいかがなものか。小泉氏は、桝添氏を応援する大義がないと喝破した。どちらも,あまりにも無節操と言いたかったのか。自民党も融通無碍というか、柔軟性のある政党だ。考え方も右から左へと幅広い人達が構成員として所属している。その自民党も政策全般にわたって、議論はするが決定すれば、その決定には、一致して従う政党である。と言われているが--
  少し話がそれたが,自民党が政権の座を民主党に譲り渡し野党になったのが,平成21年9月だ。政権奪還を目指して政権構想会議を立ち上げて,そのときに,衆参国会議員の銓衡のあり方を検討し結果、公募方式が導入された。それに基づき京都では,2,3,4,6区の選挙区支部長を公募で決定した。私は,今もって摩訶不思議に思うのは,自民党所属の地元市、府会議員がなぜ手を上げなかったのか。落下傘部隊を唯々諾々と承認して選挙の手伝いをしたのか。地元で日常生活する府市会議員なら、有権者は人物・素行についてはしっかりと把握している。今更そのような愚痴を言っても始まらぬが、 
 私は,自民党執行部も地元京都府連の意向を尊重して,府連に候補者擁立を一任して欲しかった。なぜなら,西田府連会長は、京都市長選挙のとき,獅子奮迅の働きで,個人演説会は最低でも100人動員という強い引き締めをして,もっとも多い個人演説会場は500人を超えたとか。その結果、左翼政党候補者にダブルスコで圧勝したという。その力量を京都3区の補選でも遺憾なく発揮していただき、たとえ厳しい選挙結果になろうとも,有権者に選択の機会を与えることによって,来るべき衆議院議員選挙への確固たる足場を作れる絶好の機会ではなかったのか。自民党の寛大な精神が今回はなぜ否定されたのか。故に一党員として異議あり*と小さい人に聞こえないぐらいの叫び声を上げた。
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by ayabemorinaga | 2016-02-29 15:19 | 政治・議会 | Comments(0)

人の長所

人を見るときには、そのひとの優れたところを見るべきで,短所をみてはいけない。と言われるが哀しいかな人の長所より短所ばかりがやたらと目につくのさ。短所を見れば彼より我は優れてると思い驕りの心が生じ、自分の為にならない。ところが、彼の長所を見れば,彼が我より勝っている事が分かり,啓発され発憤するから自分の利益になる。人の長所を見いだして,彼に負けじと自己の研鑽に励めば人は成功する。人の短所しか見いだせない人は,やがて傲慢という恐ろしい病にかかり滅びる。(裸の王様になり,人は誰も付いてきてくれない)
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by ayabemorinaga | 2016-02-27 15:10 | 教育・学校 | Comments(0)

交友録(追悼№2)

彼(故谷口忠夫君)との思いでを書き記す。彼と私は小学校から同級生である。終戦の年小学校(国民学校)を卒業すると同時に、城丹実業学校に入学した。爾来6年間、綾部高等学校を卒業するまで15キロの道のりを雨の日も風の日も休むことなく自転車通学をした仲である。卒業時には,彼は優等生であった。特に数学が得意であった。彼は高等学校を卒業すると同時に,お父さんの後をついで農業に励み、山を開墾して果樹園を経営していた。彼は一時期村役場に勤めていたことがあったが,一貫して農業の道を捨てることはなかった。彼とは同じ故里に住みながら,一時疎遠なことがあったが,私が自治会長に就任したとき,わざわざ私の家まで来てくれ,【森永君自治会長として,いろんな非難をされないように,同級生として,君を全面的に支援したい。】と言って励ましてくれた。その言葉どおり、彼は自治会幹事として,私を助けてくれた。特に公民館周辺の環境整備には、先頭に立って努力をしてくれた。そう,組長旅行で道後温泉に行ったとき,おい森永君ちょっと土産物を買いたいので,君も一緒に選んでくれないかと言うので、なんやいな急に改まって,どないしたんや,と言ったら彼はにこにこしながら,旅行に行くと言ったら娘が小遣いをくれたんや,といって土産物を選んでいた。また、ボ‐ナスをもらうと必ず小遣いをくれるんやと喜んでいた事が思い出される。
 ときには,丹精こめて作った野菜を、おい茄子あるか,白菜あるか,トマトあるか,スイカあるかと,家まで何回も持ってきてくれた。ときたま彼の家に依れば,畑までいって里芋を掘り出し持って帰れや,惜しげもなくくれた。
 私にとっては,かけがえのない心友であった。その彼が自治会役員任期が正に終わろうとする直前に急逝した。彼が亡くなる当日私は自治会規約の改正について、最終打ち合わせをして,この案で総会に提案しよう。といった,その日の夜半に急逝した。知らせをいただいたときは,我が耳を疑った、なぜだ,何がおきたのか頭が混乱の極限状態となり,冷静さを失った。あの哀しみは今も忘れない。
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by ayabemorinaga | 2016-02-25 10:55 | 教育・学校 | Comments(0)

交友録(追悼№1)

彼(由良聡君)の事について,思い出すままに書く。彼とは,綾部高校で30代前半に教員として始めて出逢った。彼は私より一つ上である。彼は,物部小学校を卒業すると,福知山中学校へ進学した秀才だ。戦後の学制改革で綾部高等学校が発足すると,福知山から綾部高校に帰ってきたが卒業と同時に、和歌山大学経済学部に進学した。大学を卒業すると同時に結婚をし奥様は,司法書士として活躍された。彼は、昼間は司法書士の手伝いをしながら,夜間定時制で教鞭を執った。父君がなくなられたので,母親の手だけの為、和歌山から実家の新庄町に帰り,夜久野中学校へ転職し,夜久野中学校から、綾部高校へ商業科の教員として勤務をしているときに出逢った。爾来同じ商業科の教員として,綾部高校で二十年にわたってのつきあいであった。商業科の時間数が減少すると同時為に,彼は,仏教大学の通信教育で社会科の免許を取得する事となる。彼が敬虔なクリスチャンである事はしばらく知らなかった。彼とは,家族ぐるみのつきあいをして,神戸六甲山、三宮動物園に行ったり,箱根へ旅行したりして,親交を深めていった。彼は痳雀が大好きで同僚と一緒に,彼の家では何回も麻雀をした事がある。彼とお酒を飲んだときは,いつも奥さんに車で送ってもらったことか。彼は私とは大違いで,性格は温厚実直で怒った顔を一度も見たことがなかった。私は勤務の傍ら6反ばかりの稲作をしていたが,彼は一町歩の稲作をしていた。その間をぬって友達から麻雀を誘われると必ず出席をしていた。しんどくないかと彼に尋ねたことがあるが、彼はストレス解消だょ。と笑っていた。私は、50台前半で稲作に見切りをつけて止めたが,彼は最後まで稲作にこだわった。あるとき、彼が君が稲作を止めたとき,私も止めれば良かった。失敗したと嘆いたことがある。私が,石原高校の時、彼に是非石原高校に来て私を助けてくれないかと頼んだ事があった。彼は快諾をしてくれたが,諸般の事情で叶わなかったが。残念なことであった。彼とは肝胆相照らすなかで,何でも話す事が出来た。余人を持って代え難い心友であった。彼は,定年退職後2年目に肺がんを患い逝去した。弔辞を読んだが万感胸に迫り来る悔しさに涙頰をつたい声はうわずり聞くに堪えない弔辞になった。彼の実家も引き続いてお母さんが亡くなり,奥さんは,家を売り払い京都に住む娘さんのところへ行かれた。諸行無常、彼のようないい人が早く亡くなり,私のような無粋な嫌われ者が世に残るとは。
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by ayabemorinaga | 2016-02-24 11:01 | 教育・学校 | Comments(0)
昨日は,松本元副市長・木下元市会議長の合同叙勲祝賀貝会が京あやべホテルで、四方八洲男元市長が発起人で開催されたのでお祝に参加した。ホテルロビ-元府教育長武田盛冶先生に久しぶりに出逢った。安場で週3日百姓をし後4日は京都で生活をしていると言う近況聞いた。安原道夫元教育長が昨年11月になくなられたと言う事もお聞きした。安原元教育長が現職の時、森永さんが昵懇におつきあいしていられる校長先生と一献傾けましょうと、お誘いを受けて,有志5/6人と丸太町界隈の隠れ家で団らんしたことを思い出し,先生の安らかなご冥福を遅まきながらお祈りした。
 
ホテル二階に上がると受付は混雑を極めている。総勢約200名の参加者であるから大変だ。受付を済ませて、ロビ-いると,渡辺博幸君に出逢った。私が議長当時の。事務局長だ。渡辺君から退職まで事務局長で過ごしたい言うことであったが、どうしても,総務部長へとの理事者の強い要請で渋々承諾をしたことが蘇る。
 樋口市立病院事務局長にも出逢ったが,現在青野に家を構えて住んでいるが,役職から解放されて,ほっとしているとのことであった。久しぶりに,元気はつらつとした市役所OBの顔を見る事が出来た。角山・渡辺明夫君の顔を見なかったのは,少し寂しい気がした。 
  
祝賀会で私の横が,議員の大先輩である平田喜久夫元市会議員であった。平田さんがおっしゃるには,私は42歳で市会議員になり61歳で議員を辞めました。現在91歳ですが,畑事を少しばかりと,庭の草引きをしていると言うことであった。ボケ防止の意味で出来ル限り人中に出るよう心がけているというお話には、全く同感である。
 平田さんが、私が市会議員をしている時には、議長になれば,綾部市在住の元議長副議長経験者の所へ就任のご挨拶にお伺いした。という話を聞いて,私が石原高校長に就任したとき,事務長の配慮により,近隣にお住まいのもと石原高校長宅へタクシ-を借り上げて挨拶お伺いしたことを思い出した。そのような絆を深める風習は時の流れに従って日に日に薄れていくが,時たま思い出したように,絆・絆と言われるが,言葉ばかりが一人歩きをして中身の伴わぬ陳腐な言葉となりつつある。
                                                                     宴会の席でご一緒する機会は少なくなったが,昨年の物部五叉路完成祝賀会の時、今回と山崎市長自ら先にご挨拶をいただき恐縮した。今回山崎市長とお話をしていると、どこからともなく山崎先生(山崎市長の御尊父であり、私の高校時代の恩師)が,森永はん,ブログに義理だ,人情だと、したり顔して口幅ったい事を臆面もなく書いているが,私の仏前に今以て一度も参りにも来ないではないか。そんな偉そうな事が言えるんかいな。と言う声を聞いたような気がしたので,近々お参りをする約束をした。
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by ayabemorinaga | 2016-02-21 12:28 | 教育・学校 | Comments(0)

風の行くへ(2/17)

今日は,隠居のつぶやき,ため息に追記を書きました。是非ご一読を
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by ayabemorinaga | 2016-02-17 09:30 | その他 | Comments(0)

警鐘

人間をつくる,自己をつくる,事が教育の根本的な意義であります。その学問教育が形だけ栄えて内容は空疎になっていないか。自然科学、社会科学は急速な発展をしているが。今日教育といえば学校教育になって,自己教育、家庭教育は廃れてしまった。故に、人間の魂がふれあって火花を散らすような個人教育・人間教育は忘れ去られ,何千人何万人という膨大な学生を収容する大組織の大学が出現し,まるで大工場で物品の粗製濫造をやっているような教育になっている。こんな教育では,物品のような人間はたくさんできるが,人物と言われる人を養成することは出来ぬ。卒業式に,国歌斉唱・国旗の掲揚をしていない学校がいまだに存在している。蛍の光・仰げば尊し我が師の恩などをうたうことなど、ナンセンスと切って捨てる。昔は親の言うことは聞かなくても師の言うことは聞いた。そのぐらい先生も怖かった。かっては、怖いどころか卒業式のいきがけの駄賃先生を殴ってしまう不心得の者がいた。このような教育を受けた人達が世の中に出てそれぞれの職業・地位に就いたらどうなるのか。と心配した人がいた。今は国民の運命を尤も直接にかつ強力に支配する者は政治である。これまで文明が進歩したのだから政治家も進歩されたのかとおもったら,実に目に余るような頽廃・無能ぶりを見る事がある。昔は政治家になれば,私生活゛犠牲にする事になり,ひとたび政界に乗り出したら最後は家も蔵もなくなり井戸と塀しか残らなかったそうだ。このことは国民の常識であり、それ故、政治家は国民から尊敬されたのだそうだ。そのような話は夢物語となり,選挙に負けたときに多少金銭的逼迫感を感じるぐらいのことで、内容は似ても似つかぬ事になっているそうな。私は井戸塀政治家になれとはもうしません。そのことが立派な事とも思わない。人生の苦しみや人の情けが分かる政治家になって欲しい。政治家が国民から尊敬されず信頼をされなくなったら、文明は栄えながら、民族は衰亡へと転落の道をたどり始めるのではないかと。、それは取り越し苦労か。なにいってんのー日本民族はたくましいよ。復元力がある故え心配ご無用。
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by ayabemorinaga | 2016-02-16 11:30 | 教育・学校 | Comments(0)

風の行くへ(木鶏会)

昨日は,亀甲屋で木鶏会の解散会が行われた。木鶏会は,平成3年会員10名で発足した。その後会員が増加し続けて会員総数53人にまで膨らんだ。出席者は多いときで25人常時最低15名は出席して,新年の始めに木鶏会を開催して爾来25年が経過した。一昨年頃から出席者が10名程度になりはじめた。会を継続しても出席者は減少傾向をたどるだけだ。今が潮時と解散に踏み切った。
 昨日の出席者は15人その内訳は、0B校長4人、事務長3人、現職校長3人、副校長3人、事務長1人教諭1人である。私は,挨拶の中で,持論である今は希薄になってしまった義理人情について,さらに人脈づくりの大切さを強調し,平均寿命が80年になった現在、定年退職後の生き方について,私のことを例にたとえて話すつもりでいたが、家を出がけに家内から、【偉そうな事は言わない】と釘を刺されたので止めにしたが,話の途中で、万感胸に迫るものがあり,声がうわずり涙声になってしまった。
 まず最初に、0Bから近況報告があった。老人会会長、自民党支部長をされている方、妻には酷なおもいをさせながら、こめつくり,野菜作りに励んでいると話される方、人事異動で思いも寄らぬ所に配置換えを告げられ,腹が立ち辞令交付式に教育長の前で辞令を破り捨てようかと思った。当時振り返って話されたときには,私も思わず、びっくりぽんだと叫びそうになった。人事異動はときには、人人に過酷な思いをさせるものなのかと,惨めな思いに浸ってしまった。家庭菜園を楽しんでいる方、大阪に移住して,都会はいろんな活動の場提供されているので毎日充実した日々を過ごせると話される方、初任研指導をされている方、土地をかりて友達と野菜作りを始められた方等々 私も今は百姓三昧の生活ですと報告した。
 現職校長、副校長からは学校の現況についての報告、事務長は退職した後じっくりと考えたいと。教諭からは、校務分掌についての話等々 雑談・談笑の中で、 私が校長先生達と意気投合したのは,市内の状況を勘案して郡部状況(距離・交通、経済的負担)にたいする配慮を考えないで,定員割れを恐れて一類二類を廃止する事は行政の怠慢である。その結果学校の序列化が始まり、学校間格差が拡大して,学校運営がを混乱しいてると言う事について一同同感ーー此の事については反論があればお聞きしたい。謙虚に承る。
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by ayabemorinaga | 2016-02-15 11:47 | 教育・学校 | Comments(0)

ため息

政治は最高道徳(政治はひとびとに道徳の手本を示す最高の舞台)・信なくんば立たず。この言葉がむなしくこだまする昨今の政界。金銭疑惑・不倫疑惑立て続けに報道されている。
 昭和60年に衆参両議院で議決された政治倫理綱領の全文に【国民から国政に関する権能を信託された代表であることを自覚し,政治家の良心と自覚感をもって政治活動を行い,いやしくも国民の信頼にもとることがないよう努めなければならない。】の全文すら空疎に響く議員自らこの原点に立ち返り国民の信頼に応える努力をしていただきたい。政治家が小粒になった。議員の劣化が著しい。批判は簡単にできるが,そのような議員を誰が選んだのだ。と言われれば,返す言葉すら見つからない。
  花田氏が週間誌ウオッチングで宮崎謙介議員の育休不倫については、ただただ呆れるのみ,こんなのが議員かい。の一言、辞職して当然。と手厳しい。さらに宮崎議員が辞職会見で,自分が主張してきたことと,軽率な行動のつじつまがあわないことを深く反省すると神妙に語った。だが,意地悪な見方をすれば,甚だしい言行不一致は,こんな神妙さも,台詞もその場しのぎの演技とうつる。と新聞紙上で批判されている。多くの国会議員にとっては,倫理感の欠落いや,低落・矜持の減退など無縁であると信じたい。
 だが,一部議員の恥も外聞もおかまいなく,色欲と金銭欲の誘惑に倫理感が麻痺してしまう議員の存在にによって,あたかも、国会議員全員が国民から疑惑のまなざしで見られ、信頼を失う結果になる事は残念だ。
 宮崎議員は,公募により京都3区から選出された議員である。なぜかくなる議員が京都3区選出議員候補になったのか、その経緯が明らかではないが,宮崎議員は週間誌報道によると,加藤紘一元衆議院議員の娘と結婚していながら不倫を重ねて、加藤紘一氏の逆鱗に触れて離婚させられた。
 議員立候補者銓衡過程で,宮崎議員の離婚問題はプライバシイ問題であるとして,考慮がなされなかったのか。理解に苦しむところだ。育休発言も誰に相談することもなく発言されていたとか。さらに、自身の進退も京都府連会長西田議員に相談もしていない。私から言えば,およそ常識のかけらも持ち合わせていない欠陥議員だと面罵したい気持ちだ。
 宮崎議員の辞職により、京都3区では4月に補欠選挙が実施されるらしい。民主党・おおさか維新の党からの立候補が取りざたされているが,この際、自民党も非常に厳しい選挙情勢であるが、候補者を立てて断固たたかってほしい。かりそめにも、世論を恐れて候補者を擁立しないことがないように願う。宮崎議員を推薦した自民党は結果責任を痛切に感じて,責任倫理にしたがって行動すること、即ち、信頼回復の為には,人格高潔な責任感のある地元候補者を擁立してたたかうこと,【我が党としてはこうするより他に道なし。我が党は,ここに踏みとどまって頑張る。】と言う不倶戴天の決意を見せることが有権者への責任を果たす唯一の道だ。
 

【追記】 反論を聞きたい故あえて申し上げる。,政治は結果責任と言われるが,昨今は結果責任を誰もが負わない傾向が顕著である。宮崎前議員を擁立公認した責任者は誰か。まず責任者の弁明を聞きたい。経歴を中心に銓衡したと言うだろうな。まして人格を見定めることは困難であったと。しかし,彼は一度結婚し不倫を働き離婚させられている。そこは,見落としていた。理由はいくらでもつけられるだろう。今日の新聞を見ると,京都3区の補選は見送りに傾いているとか。京都府連の西田会長は,国民に選択肢を示さなければ,与党の責任放棄になる。とあくまで独自候補の擁立に固執している。当然のことだ。安倍総理、分かった、西田会長に一任すると是非ご英断を-京都3区の自民党支持者に対して候補擁立を見送ればいかなる弁明をするのか。自民党幹部は,京都で敗北すれば同時に行う北海道補選で勝利しても一勝一負の図式になり参議院選に良い流れを作れない、と懸念しているとか。また,今回の辞任が世論の批判を受けやすい不倫であったことも擁立見送りに傾いている。とか。ならば不倫議員を擁立して辞任という醜態をさらした結果責任を問う。どなたが、どのように責任を取られるのか。この際きっりとお手本を示していただきい。と思うのは私だけだろうか。
 おっと,くどいようだが仮に、京都3区で候補者擁立を断念したとき,京都地方区の参議院選挙に影響はないか。心配だ。
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by ayabemorinaga | 2016-02-14 09:13 | 政治・議会 | Comments(0)

ひとりごと

名古屋駅から豊田市への道筋をパソコンで調べるために操作をしていたら,操作を間違えたらしく、変な画面が出てきて元に戻らなくなってしまった。ブログの立ち上げは,四方府議に丸投げしてお願いした。パソコンのメンテナンスは,大島先生に一任だ。パソコンが動かなくなるとすぐに大島先生に修復を依頼する。それにしても反省するのは,府立工業の時に,時間はいくらでもあった。パソコンの講習会も市民に公開していた。なぜ、そのときに,パソコン講座を受けなかったのか悔やまれるが,すでに時遅し,何かにつけて、私の生涯はそのような反省の繰り返しだ。今回もどうにもヤフ-画面に戻らない。大島先生に頼むが,今回は、パスワ-ドは何ですかと聞かれたが,さっぱり分からない。四方府議に聞くしかないと考えて,府議事務所に電話したら,秘書にブログに人の陰口や悪口を書かれるからパソコンが言うことを聞かなくなったんじやないですか。と冷やかされた。ブログで人様の悪口を書くことの口実を与えていただいたと感謝し、後日、ある人物を辛口・辛辣に批判してみようと思う。
 題名は,君の名はーー戦後間もない頃、君の名はと言う、菊田一夫原作のラジオドラマが一世を風靡した。君の名は-の放送時間帯は,銭湯の女湯が空になったと言われるぐらいの超人気ラジオドラマであった。それに、あやかってーー【君の名は】と尋ね人有りーその人の名はーー長幼の序も、常識のかけらも持ち合わせない、ちょっととしてたことを根に持ち、非情きわまりない仕返しをする人であると、私の強烈な個性と独断・偏見で考えているが,皆さんは如何に考えられるかは,まず私のブログを読んでから判断してください。そのような事を書いて何になる。ごまめの歯ぎしりせんないことよと、人様に笑われるだけ-独り言ー独り言 老人の嫌らしさ丸出しーーわびしいのか,哀しいのか。
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by ayabemorinaga | 2016-02-12 10:38 | Comments(0)