綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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再び現地現場主義

庶民のふりはしているが、庶民の気持ちなどからっきし分かっていない政治家がいないか。国民・市民のニ-ズが分かっていないために、あらゆる問題に対して適格なる解決策が打ち出せない政治家がいる。政治家が国民・市民に共感出来ていない場面がありはしないか。このような政治家はえてして官僚・大学教授からの情報だけを頼りにしている。審議会には偉い先生方がずらりと並んでいるがそのような情報などとんと役に立たぬ。
 ふんぞり返って運転手付きの車に乗っているようでは、いきた情報など入ってこない。夕クシ-に乗って渋滞に巻き込まれた場面で運転手にこの道が混まないためにはどうすればいいんだろうね-と言えば、左折信号ひとつつけてくれれば一発ですけどね。という話はいくらでも出てくる。現場に足を踏み入れて、国民・市民の声を聞くことが・いな、政治家は、現地現場主義に徹することによって、生きた情報がえられ政策立案に役立つ事を知るべきである。いや、何も政治家に限らず、官僚や地方の役人もすべからく現場に足をふみいれて庶民の声をしっかりと聞く姿勢が求められている。地方の役人が現場に足を運び現地の人と接して、意見をお聞きいただくことで、共感していただく場面に出くわした。役人といわれるお偉方のみなさん役所で、ふんぞり返っていないで現場に足を運び庶民の生の声を聞く必要性を実感してください。

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by ayabemorinaga | 2016-04-26 12:51 | Comments(0)

無党派層とは

無党派層は、細川護煕の日本新党が生まれたときから意識し始められたが、無党派層が最も象徴的に現れたのは、、1995年の東京都都知事選の時だ。石原信雄内閣官房副長官(当時)が五党相乗りで立候補し、それに対してアンチ官僚で青木幸男氏が立って170万票得票して当選する。そこで政党が否定されたことで無党派層が話題となる。あたかも無党派層が実態としてあるかのように報道されたが、実際はグル-プとして実態はあるわけでなく、何かあるとグル—プになるる人達だ。つまり個がない分グル—プ心理に乗ってしまう。政党も昔はそれぞれ主張がはっきりとしていたが今は、某政党以外は無党派層の存在を意識して政策がフアジ-になってきた。ところが、無党派層の人達は結局その場その場の雰囲気で動くわけだから、目立つた個性があったり、自分を押し通す人に惹かれる。無党派層ははっきりとした政策を持っている方に付く。ところが政党側は、無党派層ははっきりとした政治主張を持たない人と思っている様だ。右とか左とかを鮮明にしたら無党派層に逃げられると勘違いをしている。右か左かはっきりと言った方が無党派層を取り込みやすい。やっかいなのは、右と言った方が受けるか、左都言った方が支持されるかは、そのときそのときの雰囲気で変わってくるから分からない。たとえば、どちらかと言えば左派的な青島幸男氏が知事になったかと思えば、完璧右派の石原慎太郎が都知事になる。と言う具合に。とにかく主張がはっきりした人の方が支持を集めやすいことを知るべきだ。無党派に対しては曖昧な政策とか、左でもない右でないという姿勢は、決して有効には働かない。無党派層の人達は、右か左かはっきりしてくれと言う二分思考の人達である事を知っておくべきだ。さて、来る参議院選挙に於いて無党派層はいかなる政策を支持するだろうか。興味津々  無党派層を取り込むには、各党とも世論を畏れず堂々と大胆な政策で無党派層の心をがっちりとつかむことだ。

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by ayabemorinaga | 2016-04-23 07:35 | Comments(0)

近未来の政治家像

現代社会が直面している高齢化社会と消費不況とい場面からいまだ完全にぬけだせないでいる。高齢化社会に関して先進国のスウェ-デンをお手本にすることは出来ぬ。日本がスウェ-デンより高齢者の割合が高くなっている。消費不況も前例がない。供給が足りないでつぶれた国はあるだろう。されど、消費が足りないで不況にあえいでいる国の前例もない。生産が余って消費が足りないという消費不況と高齢者が増えて若者がすくないという高齢社会問題は今後世界の諸外国の課題になっていくことだろう。これまで日本はアメリカを見本として真似をしておれば良かった。が現在は真似るべき見本がない状況に直面している。これからの政治家は外国に見本のない少子高齢化・消費不況をいかに克服していくかが政治手腕として問われる事になる。小泉元宰相の口癖であった【やってみな分からない】失敗するか成功するかやってみな分からない。結果を畏れず、とにかくやってみる。思い切った事を断行する決断力と実行力が備わった人が求められる。失敗すれば責任を取るだけの度量の持ち主でなければならぬ。
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by ayabemorinaga | 2016-04-21 11:52 | Comments(0)
昨日は大槻元筆頭総代のご尽力により寺総代0B会が行われた。平成13年4月より平成19年3月まで、二期6年間努めた4人が久しぶりに満福寺で一同に会し、住職夫婦も参加していただき会食をした。まずは、思いで話に花が咲く。総代就任最初の仕事は、高野山大学に在学中の俊裕僧に出逢って満福寺の住職を継いでいただく意志確認に、高野山へ妙俊住職と総代四人が自家用車で行った。高速で入り口を間違えて随分南下して後戻りをしやっとの思いで高野山にたどり着いた。俊裕僧の気持ちを聞かせてもらいほっと一安心した事も遠いい昔の思いでだ。俊裕僧の高野山高校大学の学費は檀家に頼られることはなく、妙俊住職が負担された。俊裕僧は平成18年に満福寺に帰っていただいた。本堂玄関口の改修や、檀家の篤志家から50万円のご寄進をいただき本堂周りをすべてサッシ戸に取り替えた。本堂屋根のトタン葺きの劣化が激しくなったので銅板葺きかえを檀家の了解を得て行うことと成った。その費用は1000万である。酸性雨の影響がどの程度あるのか懸念材料もあったが思い切って銅板葺きにした。さらに浄化槽設置の為に300万円を支出した。また、妙俊住職のたっての願いで有る俊裕僧の新居の建設については、檀家の了解を得てまず建設資金として月々2000円の積み立て始めた。出来るだけ多くの方に総代をやっていただくことも必要であろうという考えに基づき、私達は、新居の建設は後継総代にお任せすることにして、新居建設資金2000万円を引き継ぎした。寺総代の仕事は、新年、お盆、節分、大師請等の準備並び世話である。環境整備の為に寺周辺の草刈りも総代就任後4年間は総代で行ったが、急斜面等があり足場悪いところがあるので、森林組合に委託する事にした。総代旅行を2回行った。北陸旅行の時は、老舗旅館花紫に、山陰旅行の時に宿泊した旅館の名前がどうしても思い出せない。唯、足立美術館で横山大観の絵画を鑑賞したことは憶えている。いろいろと自慢げに総代当時の業績をあげつらっているとお考えかも知れぬが、これらの業績は、大槻筆頭総代の満福寺の護持運営こそ、総代に課せられた責務であるという方針に従い、総代3人が一致協力をした賜ものである。と、我ひとり自負している。
 私も総代を辞めてから久しぶりに満福寺に訪れたが、環境整備はじつに素晴らしい。後継総代のご努力に改めて感謝申し上げる。

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by ayabemorinaga | 2016-04-19 13:18 | 教育・学校 | Comments(0)

組織とは、

組織とは、リ—ダ—の力量を超えることが出来ぬ。正に箴言だといえるように見える。組織が組織をフル回転して、目的を達成するにはリ-ダ-の力量次第だ。故に組織のトップの力量に応じた力しか組織は発揮することが出来ない。選挙でトップを選ぶときは国民はしっかりと此の事を肝に銘じて選ぶ責任がある。トップの力量次第で組織はいかなる力でも発揮できる。無能なトップを選べば組織は弱体化する。
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by ayabemorinaga | 2016-04-17 12:47 | 教育・学校 | Comments(0)

教育政策の喪失

冷戦構造が崩壊して以来。世界中の国て政治が内政問題にに変わってきている。アメリカの大統領選挙や外国の選挙を見れば景気対策と医療福祉と教育が政策の中心を占めている。アメリカの大統領選挙では、州知事出身の候補者は外交が゜出来ないと斥けられてきたレ-ガンはカリホォルニァの洲知事クリントンがア-カンソ-洲知事ブッシュ・ジュニアがテキサス州知事と洲知事出身者で占められている。クリントンの洲知事としての実績とは何かと言えば、教育、しかも学力向上という意味での教育である。ブッシュジュニア-も教育で実績を上げた。イギリスのブレア宰相も教育に重点をおいた施策を行っている。我が国でも首長で教育政策で実績を上げた人が国会議員になり、宰相になるというシステムの構築が必要ではないか。顧みて戦後日本の宰相で教育重視の政策を行った宰相はごく一握りである 。田中角栄宰相・森宰相・安倍宰相 ぐらいではないか。
教育は国家百年の大計と言われているが、国家を背負って立つ人材の育成にいかほどの努力が傾注されたことか。敗戦後のアメリカの占領政策の最重点課題として教育による国民の洗脳の徹底を図った。国旗国歌・道徳・歴史・地理教育・国家意識の否定等等 アメリカは日本国民の軍国主義復活を排除するためには教育がいかに重要であるかを知っていた。
 その結果、学校行事である入学式で国旗の掲揚・国歌斉唱は皆無であり、近年になってからこれらの見直しが始まって20年にもならぬ。つい最近まで国旗国歌を否定する入学式が挙行されていた。この間も高校の入学式に参列したが国歌斉唱の時、大きな声で口をあけ国歌をうたう生徒は見られぬ。歌っていない人がほとんどではなかったか。中学校での国歌の指導がしっかりと行われているのかと疑問を感じた。愛国心などと言う言葉は左翼の人達からは極端にきらわれていた。愛国心なんて口走れば右翼の最たるものと毛嫌いされた。さほどアメリカの占領教育政策徹底していた。 医療・教育という本当にやってもらわなければ困ることを出来る人が政治家に成っていない現実がある。医療や教育の専門家が政治家になる土壌がない。学習指導要領という学校教育に関する国の基本方針を官僚が作るシステムに問題がある。しかし、そのような教育の学習方針をかってに作っては困ると異議を唱えた国会議員はいまだ聞かない。東京の官僚が東京の発想で作る政策はには、やはり地方との乖離が生じるゆえ、地元のことに精通している地方選出議員がその乖離を埋め合わせる責任があるのではないのか。
  首長選挙においても教育政策を全面に掲げてたたかうと言った事はほとんど見かけられない。教育問題は票につながらないと考えている人が多いからではないか。たとえ選挙公約に教育問題を掲げても当選すれば知らぬ顔を決め込む人達ばかりだ。
日本の国は教育問題でもまだまだ普通の国にっていないと思う。その感覚が国民には感じられないが。 恥を知らぬ指導者・道徳心のかけらも持たぬ指導者・偽善者・責任感を喪失した指導者・奉仕の精神を忘れた指導者 等等これらの人達を世に送り出した戦後教育 
国家百年の大計は教育にあり、為政者はそのことの自覚がありやなしや、教育政策の喪失を憂う。

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by ayabemorinaga | 2016-04-17 10:07 | Comments(0)

襟を正す

失礼を顧みず国会議員に襟を正すと言う言葉をご存じかとお尋ねしたい。 なぜなら、政治と金問題が頻繁に報道されている。最近も、週刊新潮が山尾民進党政調会長の支部長を務める愛知県内の政党支部の平成24年度分収支報告書で約230万円分のガソリン代計上していることを指摘した。一年間に地球5周分のガソリン代が果たして必要であったのか。と言う疑問だ。たとえ燃費の悪い外車を使用していたとしてもだ。その報道に対して山尾氏は、記者会見で大半は公設秘書が私的に使用していた可能性が高いと説明した。山尾氏は監督が至らなかったとも述べた。不都合な事が起こると秘書に責任転嫁をする議員これまでも何人もいた。中には自殺に追い込まれた秘書もいた。自分の責任は棚に上げ秘書に責任転嫁をする議員に私は失礼な言辞で申し訳ないが、政治家たるもの襟を正せと申し上げたい。政治とかねと言えば、政治資金規正法が取り上げられて記載の不備が問題化する。 政治資金規正法は入る金については厳しい規制をしているが、出る金即ち使う金については制限がない。なぜ使う金についても規制をしないのか。議員がしっかりとチェックすれば問題がないという議員の認識なのか。ならばしっかりと議員がチェックすればいいのだが出来ていないではないか。誰か議員立法で政治資金改正法案を提出する人はいないのか。指摘されるたびに記載ミスという釈明を聞かされる国民はうんざりだ。
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by ayabemorinaga | 2016-04-17 10:00 | Comments(0)

 唯6(シックス)

この数字は何だ。この数字は校長から聞いたのではない、綾部高校の将来と地域の発展は人材にあり、その根幹を占める教育施策の重要性に取り組む四方府議から聞いた。今年度の我が母校綾部高校の国公立大学合格者の実績だ。このところ数年にわたって二桁代を推移していたがついに一桁に、尤も危惧していたことが現実になった。数年にわたって綾部市内の中学校卒業生が綾部高校では自己の進路実現困難であると感じ始めて福知山高校・西舞鶴高校へと進学を始めたという実態をしり、私は、地域の有志と綾部高校活性化推進会議を立ち上げて綾部高校が中学生の期待に応える唯一の道は、綾部高校に小中一貫校設置をする事であるという確信のもと、その実現に向けて地道なカッドウを行ってきた。されど綾部高校に小中一貫校をと言う我らの願いはかなえられず、福知山高校に設置された。とき、我々の何の権限もない非力をまざまざと実感した。
 高校進学を目指す中学生の親たちは、綾部高校に進学せず福知山高校・西舞鶴高校に進学させる事によって、経済的負担・時間的ロスを知りながらも、我が子の進路実現ため文句の一言も言わずにしたがっておられる。従順な市民なのだ。この先に見えてくるのは、子供を持つ親たちは、綾部市から福知山市へと住居を変えていくことになろう。そこまで行かなくても、ユウ-タ-ンを考えている若者は教育が充実している福知山に住居を構える。となれば、綾部市の衰退は現実味を帯びてくる。これは私の取り越し苦労か。
 綾部高校の事については、何回もこのブログで取り上げてきた。しかし、いま、目前に国公立大学合格者6という厳しい現実に唖然とする。このていたらくでは、国公立大学を目指す綾部市内の中学生の親など、綾部高校など見向きもしまい。お隣の府立工業高校は実学を目指す職業高校であるが、国公立大学合格者数は12名である。それにくらべて進学を目指す生徒が大半を占める綾部高校普通科、なんとお粗末なことか。この現実を綾部市民の皆様はどのように考えられるのか。いや市教委はどのようにご覧になるのか。この流れが加速すれば、ますます中丹通学圏(福知山・舞鶴・綾部)での学校間格差が拡大して、学校の序列化が進んでいく事は明らかだ。中丹通学圏のなかには、福知山高校・西舞鶴高校・府立工業高校・綾部高校・東舞鶴高校・大江高校・そのほかに私学高校が三校ある。ナンバ-スク-ルの復活か。綾部のこどもが綾部高校で学んで自分が目指す進路実現(国公立大学への入学等等)が達成できない現況に目をつぶって黙認することがいいとお考えですか。綾部市民の皆様
 批判は簡単である。批判だけでなく、綾部高校再生に向けて、分相応の努力は今後もやっていくつもりである。
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by ayabemorinaga | 2016-04-06 06:34 | 教育・学校 | Comments(0)

敬心

不如意というタイトルで書くつもりであったが,今日テレビで日曜討論を見ていて驚いたことがあったのでそのことについての意見を記そう。
 安全保障関連廃止法案についての討論で、自民党高村副総裁が私が廃止法案の審議はどうなっているのかと尋ねたところ自民党国対から聞いたところに依ると,共産党以外は廃止法案について積極的に審議をする姿勢がみられないと言う事であった。この発言に民進党の岡田代表が激昂されて、発言を取り消せと迫られる場面があった。いやしくも、公党の代表が公共の電波の前で罵声を浴びせられたのにはびっくりした。
 もう少し冷静な対応が出来なかったのか。高村副総裁は岡田民進党代表よりもすべての面で先輩である。自分としては、廃止法案の審議を求めていたそれが、高村発言で否定されかねない状況に腹が立ったのかも知れぬ。としても、民進党の代表である。先輩に対して言葉が過激であり失礼ではないのか。売り言葉に買い言葉と言われるとおりお互いが激昂して言い合いをする事はある。が、高村副総裁はあくまで冷静を失ってはおられなかった。淡々と自民党国対から聞いた話だ。と述べられていた。
 安保廃止法案について、新聞紙上では、自公では審議見送りを決定し、そのことに関して、民進党山尾政調会長が、対案を出せと言っておきた政権が審議をしないのは残念だ。不満を表明。民進党は衆議院議員運営委員会では審議入りを求めていた。岡田代表は予算が終われば法案の取り扱いを決めて取りかかってもらいたい。と述べるにとどめた。おおさか維新の会馬場幹事長は民進党から審議入りについて正式な要請は無いと説明。他の法案は審議してほしいと積極的な働きかけがあった。岡田代表は自分としては審議をしてほしいと言ってきた。そのことが否定されかねない発言に代表としての矜持が許さなかったのか。それにしても、非礼ではないかと指摘したい。だが、見方を変えれば案外正直な人なのか。いや、まてよ。菅さんと同じく瞬間湯沸かし的な素質を持っておられるのかな。(安全保障関連廃止法案に対して一部民進党の議員が審議しないでくれと言ってきた。民進党は表向き審議入りを強く求めているが、党内には共産党など他の野党との安保政策の不一致が審議を通じて露呈しかねないことを懸念するむきもある。高村氏に急所を突かれた岡田氏は、何を根拠に言っているのか。そんな失礼な話はない。取り消せと声を荒げた。それでも高村氏は自民党国対から聞いたことは事実だ。おおさか維新ノ会の片山虎之助共同代表が与野党とも審議をやりたくないと聞いている。と口を挟むと岡田氏は根拠のないことを言っちゃダメだと気色ばんだ。今日の新聞紙上から補足しておく)
 かっては、私も敬のかけらも持ち合わせぬ非礼きわまりない教育長に出逢った。私が議長就任挨拶に教育庁に趨いたところ、会議を理由に門前払いを食らった経験がある。世の中には、敬の心を見失った人が案外多くいるのかも知れぬ。
   この件は後日詳細に記して皆様の批判仰ぎたい。
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by ayabemorinaga | 2016-04-03 11:59 | 教育・学校 | Comments(0)

さくら

時は巡りて、桜花爛漫の季節が訪れてきました。さくらは,人達の屈折した思いなど知らぬげに,今年も多くの人達を花見へとかりたてることでしょう。
   さまざまなこと思い出す桜かな
 さくらの花が咲く頃になると思い出すことがある。それは遙か昔私が小学校に入学したときのことです。校門の桜がみごとでした。入学式を終えて家にかえり、さくらの塗り絵をクレヨンをつかってしたことです。なぜかは知らぬが,そのことが強烈に残っているのです。それ以外のことはすっぽりと記憶から抜け落ちています。
 小学校勤務で一年生を担任したとき,生徒を送るために校門をでかけたとき、校庭にの満開の桜がやわらかい日差しをあび、かすかな風に誘われるがごとくひらひらと舞い散ったとき,花の命はじかくてーー実感したな。
 桜の花の美しさを実感したのは,綾部高校時代に毎年恒例の歓送迎会が紫水閣(現在のあやべホテル)でおこなわれ,帰り際にしだれ桜をみたときだ。それまでは桜を愛でる心のゆとりなどなかったのかも知れぬ。
 綾部高等学校の校務分掌を決めるのは昭和の時代は,教員から選出された校務分掌委員が教員の希望に基づき決めた。但し、生徒指導部長・同和加配担当は教職員全員の選挙に依って選出された。私は,昭和47年から4年間同和加配を担当した。昭和50年に同和研修のため一年間府教育研究所に内地留学をした。昭和52年内地留学から帰ったとき学校長は是非本校で同和加配を継続してほしいと頼まれたが,勤労学徒の為とあえて、定時制勤務を申し出た。
 定時制から本校に帰り,三年を担任して卒業させた後、同僚からすすめられて、再び同和加配を担当することになった。引き続き同和加配をするつもりでいたが,府高同研・中丹同和研究会の方針に逆らったために,分会左派の人達が画策して中立派の人を擁立したため、私は37・43という六票差で負けた。
 校長室に伺うと校長は困惑の表情をうかべ残念がられたが,校長先生仕方ないですよ選挙ですから--私の同和教育の力量が教職員の皆さんに認められなかったと言うことですよ。
 私はこの年全・定を通じて20年間努めた綾部高校から転出する事になったのでそれで良かったのかも知れぬ。私は,選挙が終わった後私の代わり同和加配に選出された人に,一つだけ聞かせて欲しいことがある。
 あなた事前に分会左派の人からあなたを同和加配に擁立すると聞いていなかったのか正直に話して欲しい。と尋ねたら聞いていないと言う事であった。なぜ私が尋ねたかというと職員会議の席で選挙されたので結果が発表されたとき,本当に聞いていないのであれば、びっくり仰天して辞退されるのが普通の人の感覚であろう。だが、泰然自若辞退されるそぶりさえなかった。教頭先生には擁立の話があるとつたえていたらしい。
 此の事を後から聞いて、信用出来ル人かどうかを見極めるのは難しいな。嘘をつく。ばれるような嘘なら最初からつくな。
 さくらは,こような過ぎし昔の事柄をまさまざと思い出させてくれる。楽しいのか。苦しいのか。 
  さくら、さくら弥生の空に見渡すがりーー童謡を誰かさんが歌っている聞こえる様な,聞こえないような声で--
 追記 いわずものがなのこと,あえて言っておく。彼は,その後、後任校長の息子を担任して,校長からの信頼はぜっだいで有り、中央研修もうけることができたが、なぜか,中央研修を受けた教員は一ヶ月に及ぶ海外研修にいけるのであるが,彼は行くことがなかった。ようやく、管理職についたのは,58歳で教頭で退任した。
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by ayabemorinaga | 2016-04-01 14:18 | 教育・学校 | Comments(0)