綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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岡目三目

岡目八目とは、囲碁から出た言葉で、碁を脇から見ていると、実際に打っている人よりも八目先まで手を見越すという意から、当事者よりも第三者の方が情勢や利害得失などを但し判断出来る。今回、岡目八目ならぬ岡目三目で都知事選を見てみようか。岡田民進党代表が、都知事選最終日の30日に記者会見して、民進党代表戦に出馬しない決断をされたそうだ。都知事選には、連合東京などの異論を押し切り鳥越俊太郎氏を推薦した。が、鳥越氏のスキャンダルが週刊誌で報道された結果かどうかは分からないが、どうやら当選は不可能になったという判断から、党内の批判を封印する為に先手を打つての決断か。増田氏を推薦する都連会長石原氏が選挙演説で【出たい人より、出したい人】と対立候補を当てこすっておられたが、【党利党略で出したい人より都民の心で出したい人】と言って欲しかったな。都民の心で出したい人は桜井氏だったのでしょうが。--
 さて、都知事選であるが、ドングリころころドングリコ小池にはまってさあー大変ー都連会長の石原氏の願いむなしく小池氏の地滑り的大勝か。
因果応報とはよく言ったものですな。 石原氏もかって、党内で謀反を起こされたことがありましたな。因果は巡りて今度は、党内から謀反を起こされた始末・これをなんというのか。おきのどくよのおーとお慰めしたい。

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by ayabemorinaga | 2016-07-31 08:42 | Comments(0)

人生は心一つの

【人生はこころ一つのおきどころ】と言われているのは、中村天風氏である。どういうことか。毎度政治家の例で恐縮だが---
 故吉田茂元総理の話。吉田氏が外交官試験に受かってアメリカ首都ワシントンで仕事をするのですが、仕事の内容は東京から来る電信を電信室のドアのところで待ち受け、電信を受け取り大使に渡すことであった。まさに単純きわまりない誰にでも出来る仕事の内容だ。【私のような有能な人間をこんな使い方しかしない。絶望した。私はもう外交官を辞める。是非お許しをいただきたい。】と彼の義理の父親である牧野伸顕氏に手紙を送った。牧野氏から返事がきた。曰く【おまえは何という大馬鹿者だ。今、日本とアメリカは大事な関係にある。そのアメリカ大使館に日本政府が、いろいろな指示を打電する。おまえはそれを受け取り、大使より先にその電文を読む事が出来る立場にある。その電文を見て私ならどうするということを考えないのか。後で大使の行動を見て、自分の思っていることと違ったら、それはなぜかと考えてみる。そうやって勉強する。思っていたとおりだったら自分は大使なみだと喜べばいいではないか。このような恵まれた立場にいながら、絶望したとは何事だ】そこで、彼はパット目が覚めた。彼が誰も相談する人がいなくて、辞めていたら彼のその後の人生はどうなっていたか。人生すへからく心の問題である。直面する問題をいかに考えるべきか。考え方一つで人生は花開くこともあれば、奈落の底に滑り落ちることもある。人間困難にぶっかったり、悩み事を抱えたときに、相談の出来る人をみじかに持っていることが何より大切である。人生の岐路に立ちすくんだとき、適格な回答が得られる師【友】を持つが、人生を大きく左右する事になる。未来を切り開いていく諸君。素晴らしい友・人生の師と巡り合うことを祈る。

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by ayabemorinaga | 2016-07-30 06:36 | Comments(0)

情のある政治家

今角栄ブ-ムだ。書店の本棚には角栄本が並んでいる。石原慎太郎著【天才・石原氏が角栄に成り代わって一人称で書いた小説】が100万部に届こうとしている。その角栄氏の話。天敵福田赳夫さんの子分で同じ選挙区の国会議員が病気になった時、忙しい合間を縫って、大きな花束をもって、病院に見舞いに来たそうです。帰りがけに寄ったよ。急に病気にって何かと不自由だろうと。お見舞いといっては、何だけど、気持ちで置いていくからと。角栄氏が帰った後ペットの下を見たら、なんと百万円置いてあったそうな。金銭的にも大変なときであり病気で気持ちが揺れているとき、さりげなく見舞いに行き人の機微(情)をわしづかみにする。人垂らしの天才は秀吉より上を行くか
 その二、岸信介氏の話。岸信介氏も角栄に劣らぬ金集めの天才であったとか。戦犯であったのに総理になったりして妖怪などと呼ばれていました。イメ-ジは悪かったんですが、岸氏が総理の時、赤坂の深い仲の芸者が亡くなり、知らせる迷惑がかかるかすらと内緒にしていたら、葬儀の日に岸氏がたまたま聞きつけ、その日の約束をすべてキャンセルして、赤坂に飛んでいったと言います。亡くなった芸者の遺骨を胸に抱いて黙々と列の先頭を歩いたんですね。これには、赤坂どころか東京中の芸者が人目ぼれ。名誉・地位・世間体それらすべてのものを、かなぐり捨てて胸に抱いて歩いた。度胸がある言うのか、腹が据わっていると言ったらいいのかとにかく、泣かせるね。人気はあっても人望のない政治家はわんさといるが、この二人(角栄・信介)は人望があるね。善悪は抜きにして。

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by ayabemorinaga | 2016-07-29 13:34 | Comments(0)

西の文科省

蜷川府政の時、京都府教委は西の文科省と言われた。その理由は二つ。学校管理運営規則と教員の勤務評定がない。高校三原則の堅持(総合制・男女共学・小学区制)。蜷川知事の名言。十五の春は泣かせない。峠の向こうに春がある。いかなる制度も長きにわたると制度疲労を起こす。十八の春に泣かされ。峠の向こうは冬だった。府立高校から国公立大学入学が激減する。生徒指導件数の増加。【お子様を浪人させずに国立大や有名私学にいれたいですか。】【そんなの当たり前ですがな】【ほんなら高校は私立か付属にしなはれ】京都の教育制度は、6・3・3・1・4である。1は、予備校である。塾も大繁盛。塾がよいをしている生徒の保護者は、皮肉にも、教師・医者である。
 府立鴨沂高校の卒業式で、【教師に情熱がない。組合闘争の姿には感動したが、この情熱を学習の場でも示せ】と生徒が捨て台詞をはいて卒業したそうな。昭和53年蜷川革新府政は終焉を迎え、保守が推薦した林田府政に転換した。府民の信託に応えるために(府立高校からの大学進学率の向上)高校の制度改革が実施された。普通科に類・類型制度が導入された。二類には文系・理系の大学進学コ-スが設置。このときの特徴は、学校間格差を引き起こさないために、府立学校全校【平等】に二類が設置されたことである。当時の校長達に課せられた課題は【国公立大学の進学率の向上・原留中退・生徒指導の限りなく0を目指すこと。】この制度によって、府立学校から国公立大・有名私大への進学率が飛躍的に向上し府民の信託に応えることと成った。さらに、職業学科改編、即ち・工業・水産学科の改革が実施された。類・類型制度も長年に成れば制度疲労が顕著になってきたのか、類類型制度を全廃した。その理由がふるっている。類・類型で定員割れが生じてきたからだど言う。交通の利便性のある都市部では知らぬが郡部では問題だ。類類型で定員割れを防ぐには、募集定員を減らせばよい。類類型を全廃することによって、郡部では学校間格差が【現世利益である大学進学率】生じ自己進路実現のために、民族大移動ならぬ、生徒の大移動が起こっている。教育行政から平等の視点がすっぽりと抜け落ちてはいないか。平等には、結果の平等・機会の平等がある。私は高校間の大学進学を【結果の平等】という視点から論じている。

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by ayabemorinaga | 2016-07-27 11:25 | Comments(0)

意地悪

相手が発した言葉を意地悪ととらえるかどうかは、相手の問題でなく自分の問題です。ちなみに、仏教では非難を受けたらその相手を師匠とみなせと教えています。教育者も非難された相手を師匠と心得て感謝する態度を示しなさい。相手に非難されて、反省もなくあいてが悪いと思ってあっちこっちに告げ口をするような、小心者の教師のはしくれは相手にしないことに限る。
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by ayabemorinaga | 2016-07-26 14:12 | Comments(0)

嫌われる勇気

仏教では、人生は苦である。と喝破している。とかくこの世は住みにくい。智に働ければ角が立つ、情にさおさせばながされる。草枕の冒頭の一節だ。この世での人間の悩みは、すべからく対人関係の悩みである。人間は可哀想ほど、人から嫌われることをおそれている。人から嫌われたくないのは人情だ。人に好意を持ってもらいたいと、心ならず追従、おべんちゃら-を言っている人達。ときには、嫌われる勇気を持ってみようではないか。対人関係の悩みから脱却するカギは自分にある。人は変われる。自分が変わればいいのだ。かって、某党首であった人が【自分が変わる】といっていたことがありましたな。少しも変わらなかったけれども。そのためかどうかは存ぜぬが、今では、存続があやぶまれる政党の代表になっていますな。
 すべての悩みは対人関係の悩みである。仕事の悩みと言ったって根本は対人関係が関わっている。褒め言葉があるが、褒め言葉とは、能力のある者が能力のない者に下す評価の言葉だ。限り無く非礼な言葉なのです。褒めるといった他者からの承認が無ければ自信などもてない。その自信は偽物です。なぜだ。では、いかなる言葉をかけるのか。
 簡単なことだ。感謝と尊敬をつたえるのよ。誰かに評価されるのではなく、自分は誰かの役に立っている。と思わせることだな。仕事である場合は、その業績に対して評価は当然です。人間は対等であり上下関係でない。横の関係がだいじである。褒めたり叱ったりする行為は無意識のうちに縦の関係をきずいている。対人関係のトラブルは他人の領域に介入したとき、また、自分の領域に介入されたとき発生します。他人の領域に介入しないと言う事が、トラブルを回避する事になる。しかし、そのような呑気な事を言っておれないこともあります。さらに、いかなる独裁者であっても尊敬は強要できない。小馬鹿にしている部下を尊敬せよとは。いや、その人の長所を認める事です。どんな部下でも長所は持っていますよ。認めたくないから短所ばかりみてあげつらっているに過ぎないのです。対人関係を構築して行くには、まず自分が変わる。自分が変わらなくて、ひとに変われと強要することは出来ぬ。これまでの自分を反省して自分が変われば対人関係の悩みは解決する。

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by ayabemorinaga | 2016-07-25 16:53 | 教育・学校 | Comments(0)

肩談義

【肩が凝る】と言う事をよく聞きますな。身体の言葉、身体語は、他に、肩で風切る。肩肘を張る。肩代わりする。肩書といって、名刺の肩のところに、00大学教授、0〇会社部長と書いてある。肩が大切なのですね。このように、肩にいろんなものが集中するので、【肩が凝る】肩が凝るとは、おもしろい言葉だ。凝るというのは物事に熱中する事、熱中すれば、肩にぐっと力が入って固くなるから、肩が凝るとか。でもね。私達は会話の中で、あまり肩の凝らない話をしょう、とか、それではちょっと肩が凝るよとか言いますから、必ずしも生理的に肩が痛くなっているとは限らない。身体の部位で言いますと、日本人は肩意識は強いが足意識は希薄だ。足が付く、足が出る足が付いた言葉でいいものは一つもない。とろが、ヨ-口ツパでは足非常に大切にします。女性は曲線美をはじめ足を重視します。バレエでは足をすごくきれいに使う。クラシックバレ-正に足の芸術です。日本舞踊は手の動きを大切にします。さて、手を出す。現ナマに手を出す。サラ金に手を出す。これもいい意味に使われていない。手を出すでおもしろい小咄を一つ。三遊亭金馬師匠が子供の頃師匠から落語を教わっているとき、〔おまえの熱いと言う表現は、ちっとも熱がっていないではないか。ちょっと手を貸しな〕と言うから手を出したら、師匠がその手をつかんで火鉢の中に突っこんだ。そのとき、〔熱い〕ではなく〔あっち--〕つて叫んだら師匠が〔それだよおまえ〕と言ったという。

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by ayabemorinaga | 2016-07-20 12:39 | Comments(0)

一口メモ

私が生活している処は、綾部市西坂町である。綾部市に合併するまでは、京都府何鹿郡物部村字西坂小字堂の岡41番地であった。何鹿郡一町12ヶ村が一次二次の合併をへて現在の綾部市になった。
 それはさておき、西坂町の坂であるが、坂・阪どちらも地面が傾いているところ意味しているが【坂】がただの傾斜地を指すのに対して【阪】の方は、人家などがある村里が傾斜地にある場合を言います。西坂は東西約4Kmあり傾斜地に人家が建ち並んでいる。故に【阪】の字がぴったりと思うのだがーー西阪町如何かな。大阪のことを昔は大坂と書いていましたが、、火事が多くて、土に反るというのは縁起が良くないと言うことで大阪と書くようになったとか。西坂町も残念なことですが火災が多くて火事と言えば西坂という不名誉なことを言われた時期もありました。ゆえに、大坂に見習って西阪と言う事には今更無理でしょうな。以上、隠居の一口メモ   

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by ayabemorinaga | 2016-07-19 13:22 | Comments(0)

七つの子

今このことを口にしたら、相手がどんなに喜ぶか。いまこのことをしたら、相手がどんなに傷つくか。こちらがこれから起こす行動によって、相手の心の中に様々な感情が生じる。その感情をあらかじめ読んで、こちらの行動をコン卜-ルする。これこそ気配りの最たるものだ。こんな人達が世の中にあふれかえっていたら、毎日を心豊かに平穏に暮らすことが出来る。ところが、人が三人寄れば、陰口の大合唱とは、情け無い話だ。陰口に理にかなったものがあるかどうかは知らぬ。
 さてと、森繁久弥さんが、目の不自由なことも達を慰問して、楽しいおしゃべりのあと、【七つの子】を歌った。[カラスなぜ泣くの--]。二番の歌手に移った。[山の古巣へ行ってみてごらん]ここで歌をバッタと止めた。周りはドツキとした。一呼吸おいて歌を続けた。[まるい顔したいい子だよ。]もちろん正しくは[まある目をした]目の不自由な子供の前で、だれが、[まあるい目をしたいい子だよ]等歌えるか。一瞬相手を思いやって歌詞を変えた。このやさしさ、この心配り そうそう誰にでも出来る者ではないが、常にそうありたい。このことが平素言行不一致の実践者である私の反省だ。                                              

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by ayabemorinaga | 2016-07-17 08:40 | 教育・学校 | Comments(0)

ピグマリオン効果

家庭教育で子供に接するとき心がけるべき事は、愛・信頼・激励であり、子供を叱る時は、嘘・盗み・暴力(言葉の暴力もふくむ)等の行いをしたときは間髪を入れず叱る事だ。此の事は、ブログで以前にも書いている。今日のテ-マはピグリマリオン効果についてである。P効果とは、相手に【そうなってほしい、そうなってほしい】と願うと、【そうなってくれること】を心理学ではP(ピグマリオン)効果という。家庭教育での信頼とは、親が心の中でこの子は何をしでかすか知れないと思っていると、期待に違わずとんでもないことを起こす。反対に、この子はしっかりしている間違ったことは決してしないと思っていると、過ちを犯すようなことはしない。親が子供を信頼する。此の事が大事な事だ。将棋界の鬼才と言われた升田幸三氏は母親から【おまえは将来大物になる。大将になる】と何度も何度も言い聞かされていた。後年升田さんは【あれだけ何回も繰り返し聞かされると、将棋界に入っても名人になれると思っていた。】と述懐されたそうだ。たとえ学習嫌いな子供を持っていたとしても、あんたはやれば出来る能力がある。と何回も激励すれば、子供も最初は半信半疑で聞いていたとしても、【おれはやれば出来るんだ。】と思い始め抜群の能力を発揮する。夏季休暇が始まろうとしている、子供が通信簿をもらってくる頃だ。親が評価2(あひるの行列)ばかり通信簿を見て、あんた誰に似たのかしら、あんた最低の馬鹿ね。と言われれば子供は浮かばれまい。P効果を信じて励ますに限る。P効果は、一人でも出来る。年配の女性が朝鏡に向かって化粧をするとき、私は若い、私は若いと呪文のように言って化粧をすれば若くなること請け合いだ。ビジネスマンが朝起きて洗面所で鏡に向かい【私は出来る。私は出来る】と唱えて出勤すれば、職場で何事もスム—ズに運ぶ。年齢も七掛け人生50歳でも35歳若い若いと思って活動するに限る。念ずれば、花開くではないが、P効果を信じて実践すれば、人生は大きく転換すると言う事よ。

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by ayabemorinaga | 2016-07-15 10:03 | Comments(0)