綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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報道しない自由

過日参議院で自民党青山繁晴氏が質問されているのをテレビ中継で見た,さすが、ジャ-ナリスト出身質問が適格だ。当日の証人は,前川・加戸氏であった。加戸氏は前川氏の先輩で愛媛県知事をつとめ今治に獣医学部設置に尽力された。前川・加戸氏の答弁はどちらが正当かは、国民が判断する事である。
 ところが翌日の新聞には加戸氏の答弁は掲載しないで,自分たちの主張に沿った前川氏答弁だけを掲載し加戸氏の答弁は掲載していなかったのが,朝日・毎日新聞である。 政党新聞ならいざ知らず新聞は社会の木鐸といわれ,公平・公正・不偏不党の立場を堅持すべきだ。
 加戸氏の証言は,愛媛県にとっては,12年間加計ありきだった。今更1/2年間の加計ありきではない。10年間、我慢させられてきた岩盤規制にドリルで穴を開けていただいた。ゆがめられてきた行政が正された。と言うのが正しい発言ではないか。
 朝日・毎日の報道姿勢はは,報道しない自由の極端な事例ではないか。報道しない自由そのような事が存在するのか。事件が勃発するとジヤ-ナリストが殺到して傍若無人な質問を浴びせる。第三の権力か,第四の権力か知らぬが,そのたいどたるや,横柄そのものだ。そして、その報道内容たるや、新聞社の思いのままにカットされて報道される・
 若者の活字離れがすすんでいる。さもありなん、このような報道姿勢では,若者は新聞報道を信用しなくなり,新聞社自ら墓穴を掘る羽目になると断言したい。
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by ayabemorinaga | 2017-07-17 10:52 | Comments(0)
昨日は綾部高校同窓会会報編集会議に出た。同窓会には、総務・会計・企画・渉外・広報の5っつの委員会がある。本来は,それら各部が計画立案して同窓会が運営するのが建前であるが形骸化して・正副会長中心の運営になっている。過日の広報部会も井関委員長以外に部員が参加していなかった。その事について、追追口出しをしてきつい口調で苦情を言ってしまった。ついつい私の悪い癖が出る。いくつになって治らぬ。井関委員長には不愉快な思いをさせてしまった。
 要らぬ口出しは厳に慎まなければ成らぬ。一生懸命やっておられる人達の足引っ張りだ。会議早めに終わったので,久しぶりに岸田校長と話す機会があった。トップが代われば学校が代わる。といわれたものだが,ここ数年間綾部高校のトップが代わっても,なにも代わらぬ状況が続いたが,今回は違う。学校案内を見せていただいたが,昨年度の学校案内はごちゃごちゃと読みづらく見る気もし無かったが,今回はずば抜けてすっきりとしている。トップが代わればこのように代わるのか。 
 学校長の話を聞いているといろんな改革改善の思いがあるようだ。校長の思いを具現化するのは副校長の腕の見せ所だ。いい格好をするでない。泥を被る覚悟必要だ。改革改善をするときは必ず抵抗勢力が存在する。抵抗勢力にどのように思われようが,ここは,副校長の出番だ。批判を恐れることなくとり組め。
 綾部高校の進路指導は,校長の意向を副校長がどのように具現化し教職員のベクトルを如何にそろえるかにかかっている。府教委も副校長の力量を見極めるいい機会だ。副校長さん,泥を被る覚悟で真剣に取り組んでください。校長のスペアーはないが副校長のスペアーいくらでもある。
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by ayabemorinaga | 2017-07-13 15:35 | Comments(0)

官僚の矜持とは、

官僚の矜持とは,在任中は面従服背を徹底すること。退任すれば,在任中の不合理な事柄を徹底してマスコミに流し正義漢を気取ること。そのような皮肉の一言も言いたくなるような前川氏の言動には失望する。
 男ならとは云わないが,官僚のトップなら、在任中になぜ行政がまげられていると大臣に抗議が出来なかったのか。御身大切が至上命題か。官僚のトップなら公の為に志に殉ずるだけの気概はなかったのか。
 確かに頭脳明晰答弁に齟齬はない。完璧だ。前川氏に一読をお勧めする。城山三郎氏の官僚たちの夏・佐高信氏の官僚たちの志と死。
 官僚たちの夏のモデルとなった通産省事務次官佐橋滋氏は,筋の通らないことは断じて許せない。どちらが正しいかマスコミに訴えるぐらい開き直れ,自信を持って--
 小説k中では,俺たちは国家に雇われている,大臣に雇われているのではないのだ。  
 官僚の皆さんの頭脳明晰は誰もが認める。されど、国家のために働く為には,志のためには命を捨てるだけの胆識が無ければならぬ。前川氏には胆識のかけらも残念ながら見受けられぬ。官僚としては、国家のために働くには,志のためには命を捨てる覚悟と胆識が合わせ備わっていていなければならぬ。これこそが本来官僚に要求される官僚の矜持だ。大多数の官僚の皆さん方は,国家のために働くには,志のため命を捨てる覚悟で仕事をされていると推察する。前川氏は異色官僚の矜持はかくあるべき模範生なのかも知れぬ。
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by ayabemorinaga | 2017-07-11 09:24 | Comments(0)

風の行くへ〈祝賀会)

昨日は,ホテルロイヤルヒル福知山で、前福知山市長松山正冶氏の叙勲祝賀会が行われ参加した。総勢192名が参加されていた。吉川先生・土田先生・近本先生・友繁先生・斉藤先生・南田先生達が参加されていた。お互い元気な顔を見受けるとほっと安堵をする。なぜか,つきあいの良い荒川先生の顔は見えなかった。蘆田平発起人代表の挨拶から始まり,京都府知事代理山内副知事。橋本府教育長の挨拶は高校改革改編のとき,松山指導主事と一緒に仕事をしたときの印象を話されていたが、着想というかアイデァマンである。大橋福知山市長は,松山市長時代の功績をたたえて話された。松山氏がお礼の挨拶をされたが,三期目は、本日ご出席いただいている大橋市長には負けましたがと参加者を笑わせながら、簡潔明瞭・きっちりとしまりのある挨拶を五分間でされた。彼は市長を経験して随分演説が上達されたと感服した。祝辞祝電が披露されたが,司会者が何回も同じ名前が繰り返されていたのには,ちょっ違和感があった。原稿をチェックすべきではなかったかなと。
 木村繁雄京都府新政会会長の乾杯で祝宴が始まった。座席表に井上重典府会議員の名前がないので不思議に思っていたら,ちょっと手違いがあったらしく参加されて挨拶をされていた。谷垣衆議院議員は,祝電のみで,秘書の出席もなかった。
 我々の席はC席で,斉藤・土田・南田先生と同席なので退屈することなく、和気藹々と話しが弾んだ。私の隣に,友繁宏先生の奥さん友繁和代{市民参加の会元会長)がおられたので,旦那の昔話始めて聞く話などを聞く事が出来た。奥さんにも私にも上手に嘘をついていたことがばれた。後で後悔したのだが,市長選の苦労話を是非聞いておくべきであったと。
 幸い、橋本教育長と出逢う事が出来たので、,綾部高校校長岸田先生のことについて、しっかりとやっていただいているとつたえると同時に,綾部高校同窓会懇親会で、岸田校長。四方同窓会会長が意気投合され囲碁をされて一勝一敗であったと云ったら,そのことは聞いていなかったとか。
 祝賀会は九時に終了し,私は自家用車で家路に向かったが夜の道は走りづらい通りなれた道でも夜になると視界が狭まり昼のように全体把握が出来ないために方向感覚がずれることがしばしばある。このところで回るのだと早とちりして道に迷っうと,どこを走っているのか理解できない。力-ナビに頼るしかないが、私の軽自家用車には力一ナビが設置されていない。年は取りたくないものだ。(ご心配なく自家用車なので最初から酒は飲まずもっぱら烏うろん茶ですか-)
追記 誰かの祝辞の中で福知山高校に中高一貫校へ尽力されたと話された方がいられた。松山氏の母校綾部高校へのご尽力がなぜ無かったのか。府教委への忖度を最優先されたのか。それとも知事への忖度か。何時の日かお出会いする機会があれば、聞きたいものだ。
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by ayabemorinaga | 2017-07-09 09:29 | Comments(0)

人生哲学

人は大人になれば、この世に永遠なものはひとつもない。と言う無常感に突き当たる。大自然の営みには必ず終わりがある。人の命も例外ではない。人生を突き詰めれば,別れ、や 死と向き合わざるを得ない。どう生きて,については自分なりに生きてきた。どうせ人生は一度だけだ。出来るなら多くの経験をしたいという思いで生きてきた。どう死ぬか,私が市の教育委員をしていた時のことですが,同僚のS女史と,死ぬときに,ガン、と認知症にかかって死ぬのとどちらが良いかと言う話で、S女史はガンが良いなぜなら、認知症になって,あんたはどちらさんでなど,惨めすぎる。ガンであれば最後まで意識がはっきりしており醜態をさらすこともない。と、S女史自分の意思に反して認知症で亡くなられた。死も選択は出来ない御仏の意思に従順に従うのみか。この年にして、いまだに人生哲学を極める事が出来ず、あたふたと心穏やか成らずに生きている。
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by ayabemorinaga | 2017-07-06 14:53 | Comments(0)

猪戦線異状なし

ささやかな菜園作りが,老後の私の唯一の趣味である。と言うより,それしか能がない。日がな一日なにもすることが無く過ごす事はなど、到底私には出来ぬ事だ。頭がおかしくなる。幼少からずぅっとー農業に関わってきた。教職時代も,農業を手放すことはなかった。近所の人に,先生はいいね。夏休みがあるから農業も出来てーと皮肉混じりに云われたこともある。それにも屈せず農業をやり続けた。
 そんなこんなで,今もわずかな菜園で野菜作りをしている。が以前とは想定外とも云える事態が数十年にわたって発生した。猪・鹿・熊の出没による。いわゆる鳥獣被害である。稲作りも周囲を電気柵で囲わなければ猪・鹿に荒らされる。どえらい世の中になったものだ。野菜作りも周囲を電気柵で囲うか。メッシュで周囲を囲わなければ,見事に猪に荒らされてしまう。
 私は、メッシュで周囲を囲っている。ここ五年近くは猪に完敗だ。今年は猪の習性をつかみ丁寧に柵を補強した。猪に一度進入されると,如何に補強しても猪は必ず進入する。どこか柵の弱いところを探して進入する。なかなか賢い動物だ。今のところ猪に進入された気配はない。今年こそスイカ・マクワウリ・カボチャ・トウモロコシ等が収穫できると期待しているが,果たしてどうなるか。猪にはたまた進入されて敗北するか。
 今のところ、猪戦線に異常なしと言えそうだ。メッシュ柵より電気柵が有効である。が私はあえてメッシュ柵に拘泥している頑固者と世間の人に嘲笑されながら--
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by ayabemorinaga | 2017-07-05 09:50 | Comments(0)

随想(自民党都議団惨敗)

東京都都議会議員の結果はマスコミの予想どおり都民ファ―ストの会の一人勝ち、自民党都議会議員は見るも無惨な惨敗だ。祇園精舎の鐘の音に諸行無常の響あり,おごれる者は久しからずを実践するかのごとく、自民党都議団の慢心と傲慢に都民の容赦のない鉄槌が下された。(私が傲慢と感じたのは,小池氏が知事に就任し挨拶に行かれたときの応対握手はしない小池氏が議長に一緒に写真を撮ろうと誘われても拒否する。少なくとも応対事例たとえ意に沿わなくても誘いに応ずるのが議長としての最低の礼儀だろう)議員団諸氏ここは正念場一念奮起いや臥薪嘗胆今後四年後の都議選に向けて真摯に唯ひたむきに都民のニ-ズをしっかりとつかみ,その実現に努力する事により都民の信頼を回復する以外に道はない。小池知事誕生以後の都議団行動に慢心はなかったか。猛省すべき時だ。折も折、自民党国会議員の失言や,愚行が報道され,悪い流れに追い打ちをかけられた気の毒な面もある。されど今回は都民からきついお灸を据えられた。議長・幹事長が落選では救いようがない惨敗だ。落選議員は慢心を戒め、傲慢を猛省して再起に備えられたい。
 反省は誰でも出来る。さるでも反省はする。議員活動・是までの自己の行動が都民の信頼を勝ち取ることが出来なかったのか。都民が付和雷同勝ち馬に乗ったのか。それとも自民党に対する痛烈な批判なのか。
 日本人の悪い癖付和雷同・大衆迎合に躍らされたのか。とにかく諸々のことをしっかりと反省総括されたい。再起を願う自民党都議会候補者は,今から四年後を見据えて都民のニ-ズ応えるカッドウを始める事だ。
 戦いすんで日が暮れて諸行無常の風に殲滅すれば、ひときわわびしさと無念さがこみ上げて,自分の愚かさをかみしめることになった。でもこのような状況を身から出たさびと一刀両断するには忍びない。
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by ayabemorinaga | 2017-07-03 10:42 | Comments(0)

世間話の中身は

陰口、むだぐち,差し出口---じかくのない世間話は恐ろしい。これが世間話の正体だ。と,兼好法師は云う。のべつまくなし語られる話は,人の噂と批判であって無駄話に過ぎずくだらないと切り捨てる。
 本当かな。中にはほほえましい話だつてある。しかし,悲しいかな世間話の大半はやはり陰口むだぐち・差し出口だ。我々俗世の中で生きている。人と話をせずに生活できるわけがないし,高尚な話ばかりでは息苦しい。無駄と思えるものにも効用があるわけで・世間話の一切を否定したら,人間関係がぎくしゃくする。
  愚痴なら許そう,陰口は許さない,この境目を心得ていることだ。陰口が始まれば,いない人の話は止めようよ。といえる勇気を持ちたい。
 でもさ,他人の不幸は蜜の味といって人間というものは,なぜか人の悪評を聞くと心地の良い気分になるらしい。つい好奇心をむき出して、へぃ-そうなのといっただけで,後日あの人もそういっていたと陰口の共犯者にされる。そういう意味では世間は怖い。 
 やめよう。といっても止めてくれなければ,その場を立ち去ることだ。
 自分が話す側にいる場合でも,どの人なら安心か。相手を見極めて話すことが大事だ。口が堅い信頼できる人でないなら,うかつに悩み事など云うべきでない。自分は愚痴のつもりでも,伝言ゲ-ムに見られるとおり多くの人の口を経ると陰口や誹謗中傷に化ける場合がある。後でそのようなつもりでなかったと言ってみても言われた方の不快感は消えない。世間話はせいぜい愚痴を云う程度にとどめておくのが賢明か。
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by ayabemorinaga | 2017-07-01 15:13 | Comments(0)