綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga
昨日は,綾部高校同窓会主催で、田中監督の映画【海難】が中丹文化会館で上映され綾部高校生全員が鑑賞した。海難のあらすじは、以前にこのブログで書いたので省略する。この映画が終了したとき拍手がどこからともなく起こった。これには、私もぶったまげた。まさか、生徒諸君がこのような反応を示してくれるとは想定外だ。私も現職の時、生徒に演劇鑑賞やら映画鑑賞が数多くあったが生徒が観劇・映画上映終了後に拍手をしたのは今回が初めて経験だ。生徒の心に訴えるものがあり、若いみずみずしい感性が共感を示したのであろう。素晴らしい芸術作品に触れれば、人の魂が感動を揺り起こし見事なまでに感応することを改めて知ってた瞬間である。我々はこのような感動を呼び起こす作品を生徒に鑑賞させてきただろうか。過去を振り返り忸怩たる思いがする。戦後日本人が忘れかけていた報恩感謝の心が海難を鑑賞して蘇った。田中監督は,映画上映の後の生徒達への講演で報恩感謝と言うより,目の前で困っている人がいたら助ける。即ち真心がこの映画テ-マであると訴えておられた。目の前で困っている人がいたら現代人は助けるための手をさしのべるだろうか。引用が些細な事例で申し訳がないが,駅でみるからにやくざぽい人に、言いがかりをつけられて困っている人をみて仲裁に入るだろうか。みんな見て見ぬふりをして通りすごそうとすることがおおいだろう。
 この映画の構想を持ち始めて苦節10年様々な困難な状況を克服して映画完成にこぎ着けることが出来た。映画制作の動員数は壱万人スタッフ250人一年の歳月を重ねて完成した。此の映画の主人公は,和歌山県の島の人々達であり、トルコの民衆である。成功する為には運が大切である運は努力の積み重ねである。目標を定めればそれに向かって様々なアクションを起こすことである。さすれば運が付いてくる。そして決してあきらめないことである。と田中監督は強調されていた。生徒諸君は映画を鑑賞しさらに,田中監督のこの言葉をどのように聞いたか。願わくば、生徒諸君がそれぞれすすむべき進路目標を掲げて,進路実現に向けて,いかなる困難な状況に突き当たっても、あきらめずに行動を起こし運を呼び込み進路実現を完成させる成功者に成られることを。母校綾部高校の様々な条件整備は出来うる限り、四方府議に今後さらなる、ご尽力をいただきたい。と感慨無量半日であった。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-23 10:21 | Comments(0)

愚痴

今私は、わが寺院満福寺の晋山式庫裡落慶法要の檀家集合写真を見ている。人の振り見てわがふり直せと言う事があるが,そのことと真逆の事を考えている。いやー自分のやってることを、人様がどのようにおもっているか、とんと分からぬが、人様のやっていることはよく分かるのよ。ところで、写真を眺めて何が分かったのさ。気配りさ。どんなーこれまで,寺院の護持運営に当たられてきた総代全員前列に座っておられないのよ。現職総代も後の方で写真におさまっておられる。左様なことなど些細な事ではないか。そういったことをいちいち気にすることが問題だよ。と思われる方もおられるでしよう。で゛すが,これまで,庫裡建設資金・晋山式資金の積み立て等等に、尽力された総代の方々に対してのせめてもの心配りとして、現職総代があらかじめ、前列への座席指定をされてもよかったのではーーそうおっしゃるならーあなたならそれらの気配りを出来ましたか。と問われれば,返事に窮するがね。そんなの気配りというのかえーーと言われれば、これも返事に困るが-だから、自分の行為を人様がどのように感じられているかは分からぬが,人様の行為はよく分かるのよ。と断ったがね。気配り、目配り簡単に言うができないことのおおかりき。そのときの状況に応じて、目配り気配りがしっかりと過不足なく出来てこそ。り-ダだなと改めて感じる次第なり--
些細なことを愚痴るあんたの嫌みな男ぶりにも、ますます磨きがかかったのう。と言われれば、さようかと思わず苦笑い。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-22 09:46 | Comments(0)

無題

四十代が忙しければ,君の人生に意義がある。    五十代で仕事が追っかけてくるなら,成功者だ。
  六十代で人と話しが集まって来ればスタ-だ。  七十代でも意欲とパヮ-を保って輝いていれば,英雄だ。   八十代になっても影響力を持ち続けていたならば、世間は妖怪と呼ぶに違いない。
  ワンマンの英雄がでないことと,妖怪が跋扈する世の中にならない事をひたすら祈る。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-20 12:45 | Comments(0)

笑っちゃう。

人事評価を意欲と能力の両面から見て最も要職につける人物は,能力があって意欲の乏しい者、次が意欲も能力もない者、さらに,能力も意欲もある者、そして、絶対要職に就けてはならない者は,能力が無くて意欲のある者らしい。能力も意欲もある者が三番目とは,普通の評定者は,この人物をまず一番最初に要職に就けるだろう。こんな連中を要職に就けるとまず人の意見は無視する。天上天下唯我独尊の振る舞いをして,人を小馬鹿にする傾向がある。また,人がいろんな提言をしても聞いたふりをするが真摯に取り上げることはない。おまえらは,その程度の提言しか出来ないのか。といってね。能力が無くて意欲のある者は絶対に要職に就けてはいけない事は,理解できる。が、おうおうにして、こんなのが要職に就いているから笑っちゃう。人事権者の皆さんの参考になって言えば、ははと鼻で笑っているだろう。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-19 15:26 | Comments(1)

トップダゥ-ン

穴がみるみる広がり,信号機までまで飲み込まれる映像には,度肝を抜かれたが、JR博多駅前の道路で8朝起きた陥没の規模は、30メ-トル四方深さ15メ-トルに及んだ。それが一週間で元通りになるとは。奇跡とは呼べないまでも驚きの突貫工事である。そこには,突発事故に対する市長の適格なる判断と指示があった。まさに、トップダゥンによる結果である。突発事故に対して,市長が小田原こ評定をやるようではトップ失格である。往々にしてこのような場合責任回避をするために,担当部局を集めて評定する事が多いい。
市長の英断が迅速なる復旧を完成させた。さらに、幸いなことに,地下鉄工事を請け負っていた大成建設の全面的な協力の賜でもある。なんとしても,市長の適格なる指示があればこそだ。通常の場合はボトムアップを尊重する事も必要である。何でもかんでも口出しをして,自分の意向どおりにならないとむくれるトップもいるが。そのようなトップでは部下が意欲を喪失する。緊急事態にこそトップ資質が問われるのだ。素晴らしい市長でよかったですね。博多の皆さん。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-18 10:41 | Comments(0)

まあ呑めよ

皆さんは酒席で、まあ呑めよと言ってお酒を勧められた事はありませんか。このような事を言われるのはたいて酒席で侃々諤々の議論をしているときに,横から割って入って言われることがある。今おまえの喋っていることは聞きたくもないし,おもしろくもない。と言うときが多いい。時には酒席で口論のあげくつかみ合いのけんかになるのを止めるための場合もある。まあまあーこの辺で議論は辞めましょう。と言った場合が多いい。でもー先輩から酒席でまあ呑めよと言って酒を勧められるのも何となく気分が悪い。その感情が爆発して取っ組み合いになる事もしばしばだ。こうなれば,親睦を兼ねた宴席もぶちこわした゜。人とのつきあいの中にはお互いの気質知ることも大事だしそこから醸し出される情緒を味わうことも大切だ。その意味でなら酒を飲みながらお互いが趣味や娯楽のことを語り合うつきあいも必要だ。最初から親睦と社交を目的とした会合なら,まあ呑めよと言う事は必要がない。まあ呑めよと言われる酒席は今では皆無であるが,現役時代には先輩から時々聞かされたことがある。まあ呑めよ。あまりスキな言葉ではない。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-17 13:48 | Comments(0)

時事評論

北陸新幹線で未着工にっている福井県敦賀以西の3ル‐ト案をめぐり国交省は11日、同県小浜から南下し京都経由で新大阪に至る小浜京都ル-トと,滋賀県米原で東海道新幹線につなぐ米原ル-トが投資に見合う効果が見込めるという試算を公表した。税金を投入する整備新幹線の着工は之まで費用対効果が1を上回る事が条件の一つとされてきた。我が地元が熱望している小浜舞鶴ル-トは0,7で投資に見合わないとした。これに対して京都府の山田知事は【いつまでも太平洋側の植民地の日本海側なのか,太平洋側都向かい合って新時代を築くのか。いずれかの選択の問題だ】と厳しい言葉で国交省の試算結果を批判した。さらに、山田知事は、【現状を前提に費用対効果で出されると太平洋側に効果があるのは当たり前だ。将来の日本をどうするのか,将来の発展可能性を含めた費用対効果を考えなければならない】全くその通りで有る格差是正の観点から政治判断されるべきで,国交省の試算は是までの参考であるべきだ。小浜舞鶴ル-ルは格差解消のための施策の一貫でなければならぬ。故元首相田中角栄氏は,三国峠吹き飛ばしはしなかったが,谷川連峰の下をぶち抜く世界最大の山岳トンネル・大清水トンネルを貫通させ,上越新幹線を建設して日本海側と太平洋側時間的距離を大幅に縮めた。そして,新潟と東京の格差解消に政治的手腕を遺憾なく発揮された。上越新幹線の建設で費用対効果が検討されたのか。費用対効果謎当時は在りはしなかっただろう。新幹線誘致合戦に対して理由付けのために官僚が考えた悪知慧だろう。このようなときこそ政治主導を発揮すべきだ。官僚主導に付き合う必要は無い。彼らは頭脳優秀だから言いくるめることなど簡単な事だ。あくまで、地方の経済活動を活発にして所得の差を埋めていくという発想で考えるべきだ。そのことが地方創生に役立つのではないのか。日本列島改造論も地域間格差の解消が目的であった。本来なら、乾坤一擲政治手腕の発揮すべき絶好の機会である地元選出の谷垣衆議院議員の出番であるが闘病中であるためいかんともしがたい。ここは京都選出の衆参議員が一体となって与党整備新幹線建設推進プロジェクトチ-ムに対して強力な働き掛けに期待するのみだ。追記、ああーため息が出る。ついに官僚主導じみた結果となった。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-14 17:08 | Comments(0)

風の行くへ(同級会)

昨日は、昭和20年度卒業の物部小学校同級会を萬屋で行った。幹事は、本田君、上原君と私が務めた。昭和50年に岸本宗夫君が寄せ書きをするために、各地に散らばっている同級生のところに出向きサインをもらっている。それを発端にして同級会が始まったと記憶している。毎年ではなく、折々の機会を捉えて幹事が計画をすると言うスタイルである。私達は、大東亜戦争の為に修学旅行が出来なかった。遅まきの修学旅行として、お伊勢参りを計画し男子14名女子13名が参加して一泊の同級会を行ったこともあり、さらに、湯村温泉一泊・京都で一泊、計三回一泊泊まりの同級会を行った。今回は八十路の坂を越えたので、最終回と銘打って計画をしたが参加者は14名であった。若い時とは違って、当日になって体調をくずして欠席をする人もいるかも知れないと言う思いはあったが、案の定当日になり無断欠席をした人がいた。男子6人女子は8人である。それぞれ自己紹介をし近況を報告してもらった。野菜作りをしている人や、俳句を趣味にしている人、パステル画を書いている人。もっぱら病院がよいの人,舞踊を習っている人それぞれ生き甲斐を見いだして人生を楽しんでいる。今回をもって最終回にするのではなく、傘寿の年齢になったときもう一度開催しては、との提案があり,やることになったが,果たして傘寿で参加する人は何人居るか。でも、傘寿まで生きようと目標が出来たと喜んでいる人もいた。
追記 当日大坂に住んでいる高橋君が俳句を見せてくれた。俳句の一端を紹介しておく。
  父在せば丹波のくりの届く頃  特養の母の傍ら林檎剝く  遠き日や松茸狩lし里の山
 さらに多くの作品を見たい方は,パソコンで高橋泉也を検索されると見る事が出来ます>
追記 高橋泉也君からご指摘をいただき訂正しました。喜寿と傘寿を間違えた。お粗末きわまりなき次第なり。男女の出席者人数も違っていた。いよいよ認知症の初期かとおどけなければならぬとは哀れ。しっかりチェクして書かなければ,老いて恥じかくことになる。

   
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# by ayabemorinaga | 2016-11-12 11:03 | Comments(0)

挫折

人間として向上するには、挫折を体験することが事が不可欠です。何度もスランプを乗り越えることが向上につながるわけで、それが人間としての厚みを生み出す。現代日本は豊になったために、苦しさを体験する機会が無くなった。そこで厚みのない他人に対する理解の欠如した人間ばかりが多くなっている。学校で教師が、他人に対する思いやりを持ちなさいといい、生徒がはいそうですか。と応えているようでは本当のものにはならない。人生多くの挫折を経験してこそ他人に対するおもいやりも本物になる。されど挫折に負けない気力が無ければ挫折に振り回されて人生を棒に振る事にもなる。挫折経験のない人の話はうすっぺらだ。聞くものの心に響かない。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-11 16:28 | Comments(0)

歴史への証言

日本が75年前に米英を相手に戦争をしましたが、その戦争呼び名は、大東亜戦争・太平洋戦争・第二次世界大戦・植民地解放戦争・などと言われていますが、日本が公式につけた名前は昭和16年12月12日に内閣が閣議決定した名称は、大東亜戦争です。太平洋戦争・植民地解放戦争というのは、東京裁判でつけられた名前です。大東亜戦争というのが正式名称である。
 なぜ大東亜戦争というのかと言えば、この戦争目的は、戦後いろいろ言われていますが、自存自衛の為の受動的な戦争であったとも言われている。昭和16年7月に日本の在外資産は全面凍結されて、石油が一滴も入らなくなり近代国家として動けなくなった。日本は、絹産業以外には、固有の産物は何も無いのです。綿がない、羊毛がない石油の産出がない、錫がないゴムがないそのたおおくの原料が欠如している。それらの一切のものは、アジア海域に存在していた。これらの原料の供給を絶ちきられたら壱千万人からの失業者が発生する事を恐れて、戦争での局面を打開するほかに道がなかった。いや、外交交渉を粘り強くするべきであった。手前勝手な評論はいくらでも出来る。日本が戦争に踏み切ったのは、あくまで安全保障の必要に迫られたからである。これらの見解は、マッカ‐サ-がアメリカ上院軍事外交合同委員会での証言である。日本が開戦に踏み切ったのは、日本の安全保障のためだ。と言っている。東京裁判は、大東亜戦争は侵略戦争であり計画戦争であったととらえています。しかし、マッ力—サ-は日本の安全保障の戦争であった。はっきり証言している。歴史の真実を理解することは、大事なことであることを考えさせられた。閣議決定のとおり大東亜戦争と認識するか、東京裁判のとおり太平洋戦争と認識するかは、それぞれ個人の判断であろう。されど、日本が閣議決定で大東亜戦争と位置づけている事実を理解した上で判断する事が大事だ。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-09 14:56 | Comments(0)

人間とはなんぞや

人間とは、なんぞや。自分とは何だ。周囲の目を気にして心に服を着て暮らしていないか。世間体をいやと言うほど気にして生きていないか。一日の労働のノルマが厳しく、満足に食べ物もない環境に放り込まれたら、人間否応なく、何もかもかなぐりすててとにかく生き延びようとする。そのような環境の中で人が病気になればパンを病人に与える人も居れば、病人のパンを取り上げて食べる人も居る。そのような人間の本姓をしるにつけて、人間とはなんぞやー人間にとって一番尊いものは何なのか。このような環境の中では学歴のある人ほどエゴイストである。本来の人間性が露骨に現れる。さて、私が、極寒のシベリアで捕虜として、空腹を抱えながら、毎日のきつい労働に従事しなければ成らない立場に立たされたら、病気になった人のパンを奪い食べるだろうか。さらに病気の人のノルマを代わりにするだろうか。人間て何なんだ。自分って何なんだ。自分を客観的に見る事が出来ない。いつまでたっても自分中心にした考え方でしか行動が出来ない。俺って何者だ。自分は何のために生かされているのか。人間は生かされている環境によって善人にも成れば悪人にも成るのだろうか。やはり究極の心のよりどころは信仰心か。心頭を滅却すれば火もなおすずし。人間とはなんぞや-人間信仰心がありやなしや。さて、信仰心があればいかなる環境でも善人で生きていけるか。そんなの体験しなければ分かりっこないさ。この文少しおかしくない。書いている本人も分からなくなっている。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-08 10:32 | Comments(0)

宗教って

この頃時々パソコンがストを起こして動かなくなることがある。パソコンが私に警告を与えているのかも知れぬ。どんなーーそろそろブログを書くのをやめにしたらーーこの頃のブログの文章はひどいよ。何言っているのかさっぱりわからぬ。うむ。馬鹿丸出しでボケ始めたのか認知症にかかり始めたのか。と皆さんにおもられるぞ。やめとけ、辞めとけ--とパソコンが知らせてくれているのかもな。ぼちぼち店じまいをする頃になってきたかな。と思ったり--ところで今日は、宗教とは、理論的には知らなくても、自分の精神が不安定なってきたら、それを鎮めるのは宗教である。酷寒の地、捕虜となり、独房に放り込まれたら、如何に強靱な精神の持ち主であっても、精神が不安定になるだろう。その不安定な精神を救ってくれるのが宗教である。困ったときの神頼み、,願いが叶わなければすぐに、神も仏もあるものか。なんて、ほざくのは、薄っぺらな人間はすぐにさじを投げるが、そんなのは、宗教の真髄を知らぬ人間の言うことだ。本当に困ったとき、何にすがれば救われるのか。何かにすがらなくては人は生きていけぬ。それは、生きるか死ぬかの苦しみを体験すれば精神は極度に不安感にさいなまされるだろう。そのときに、すがるのは、宗教である。そのために宗教は存在すると言えば、あまりにも身勝手な発想か。そのような精神的不安を経験することもなく、生きられるのは、何よりの幸せな人生ですよ。御仏に感謝を。

追記 日本人は孤独に耐えることが出来ないが、西洋人は孤独に耐える事が出来る。なぜか。彼らには信仰がある。神様は自分を見捨てない。と言う信仰があるから孤独に耐えられる。日本人は集団のなかで生きているから孤独になると絶望する。信仰があれば孤独に耐え絶望することもない。現代日本人は毎日が空腹状態で、一日の労働がきついと言った環境を体験してたことがない幸せを満喫している。
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# by ayabemorinaga | 2016-11-07 14:13 | Comments(0)

拝啓 都知事殿

今、都知事のやり方を見ていて、ふと、昔のことを思い出した。府立石原高校の学科改編のときのことである。体育館を建て替える約束をしていた管理課長が替わり、新たに就任した管理課長が、体育館の立て替え
をする必要がないという発言をした。それを聞いて、私は、行政の継続性を否定するのか。そんな馬鹿なことがまかり通るのかと、激昂した。府教委に行くたび管理課長に要望した事があった。(体育館の建て替えは実行された)当然のことである。それとは比較にならないが、前任者がすすめようとしていたことを、すべて、安全性、経費の問題を提起してひっくり返す。私が言うより都知事は充分承知のはずだ。行政の継続性が必要な事は。豊洲市場の移転問題、オリンピックの会場問題等、豊洲市場の安全性に問題があるなら、都民の安全に対する不安の無くするために、豊洲市場の安全のため、きっちりとした対策をまず取るべきではないのか。それが知事に就任した責任というものだ。盛り土がなかったと犯人捜しをするような事は、マスコミは飛びつくかも知れぬが、都政を信託された責任書の取るべき方法か。また、市場長を責任を取らせて更迭をする。役人をしっかりと使いこなしてこそ、都知事の手腕ではないのか。そのような姑息な事をすれば、仕事に対してばりばりやれる課長級の役人は面従腹背たかだか8年、長くて10年辛抱すれば知事は替わると思ってサボタ-ジュをするだけだ。豊洲市場の移転にかかわって利権があるなら、それはしっかりと解明されることに異論はない。経費問題にしても、無駄を省くことは必要であるが、3兆円かけて、30兆円の経済効果があると言われている。都民の税金ダらか無駄遣いすべきでないが、いい加減な施設では、世界に恥をさらすことになる。選手達から素晴らしい施設で競技がで゜来たと賞賛されなくて、何が、東京オリンピックだ。マスコミがちやほや褒め立てるからと言って、パフォ-マンスにうつつをめかしていると、高転びをしかねないと私は危惧する。職員に信頼され、都議会との緊張感のある関係を維持して、前任の知事も都民が選挙で選んだ人だ。前任者の目が届かなかったところがあるならば、知事に就任したからには、知事が責任をもって、諸々の問題を処理すること。ではないでしょうか。
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# by ayabemorinaga | 2016-10-29 16:32 | Comments(0)

情と理

政界の切れ者と言われた後藤田正晴氏の回顧録が情と理と言うタイトルで出版されている。それにあやかって情と理について私見を書くことにする。理詰で物事をすすめようとしても、組織では人は動かぬ。人間は感情というやっかいなものを持っている。されど、政を感情で判断すれば間違う。政の判断は理が働かなければ正確な判断が出来ぬ。毛利の外交僧安国寺恵瓊は、織田信長は、高転びする。と言っていたが、その通り信長は明知光秀に謀反を起こされて滅びた。安国寺は透徹した理をもって人物を評価していたから、先が見通せたのだ。しかし、秀吉に厚遇されたために、感情が入って、秀頼の世が続くと判断して、関ヶ原の戦いでは秀賴側について滅びた。とかく、感情で人物評価をしたり、物事を判断すれば、見事に判断が狂うのだ。されど人間いかなる宿痾を背負っているのか感情に左右されて人物を評価したり、物事の全体を把握して判断をする事が有りはしないか。情と理を上手に使い分けれるとが出来なければ、世の中を上手に渡ることは難しい。
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# by ayabemorinaga | 2016-10-28 14:02 | Comments(0)

政治って何だ。

政治とは、富みの分配である。なんて、理想論やなど空疎な観念で政治を語っても意味はない。政治とは、何か。田中角栄氏は、生活である。と言っている。平和で、庶民が生活の不安もなく、三度の飯が食べられ、希望を与えることが出来なければ、政治ではない。誰にも理解される具体的な提示である。政治家は、地元の庶民の生活の実態をしっかりと把握して、政治に反映できてこそ。本物政治がだ。時には、地元の要望ばかりを主張すると、大衆迎合と言われる事があるかも知れぬが、民主主義は、とはそのようなものよ。庶民の不安をなくして、平和に暮らすことが出来る世の中の実現こそ、政治家の使命だ。そのような政治家を育てるのも地域社会の責務である。出来もしない理想論で大衆に迎合するのは、愚の骨頂である。あくまで主体となるのは国民の生活であり政治はそれを支える脇役に過ぎない。国民が気持ちよく日々を暮らす為の手助けをするという気構えを持つ事が必要だ。言わなければ成らぬ時に口を閉じ、言わなくてもいいときに口を出す。なんて最低よ。庶民の嘆きを把握して、政治に生かす。政治とは、生活であるを基本に据えて--
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# by ayabemorinaga | 2016-10-26 10:25 | Comments(0)

世の中は

理屈どおりに事が運ぶなら、この世は人間の国ではなく、神の国になってしまう。感情が介入するから、この世は、おかしく、かなしく、はらただしく、ばからしく、にくらしく、いらだたしく、くやしく、--つまり人間の世界になる。理屈であいてを言い負かしたり、理詰めで法律を駆使して相手に打ち負かしても、人間は感情に支配される動物である、理屈にとらわれていたのでは、相手を説得も納得させる事は出来ぬ。情であいてを納得させなければ、相手は意地を張ってめらめらと憤怒の情念を燃やし続けるだけである。世の中、理屈で支配をしょうと試みても窮屈なだけである。選挙は候補者の感情のぶつけ合いみたいなものだ。有権者の感情を読み取れなくては勝利は出来ぬ。有権者を感情で引きつけることが出来るかが勝負の分かれ目だ。票がよめぬのは有権者の感情が読めぬからだ。でも、人間が感情の動物であるから世の中おもしろいのかも知れぬ。
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# by ayabemorinaga | 2016-10-23 08:52 | Comments(0)

お互い様

この頃政界では、相手の弱点を見つけ正義をかざして攻撃するが、すぐさま返り血をあびて撃ち方中止となっている。具体的な例を挙げれば、自民党が、蓮舫民進党代表の二重国籍を問題視していたが、自民党にも二重国籍の議員がいた。こういった現象をなんと言うのでしょうかね。さらに、共産党の小池議員が、稲田朋美防衛大臣に対して自筆の領収書を取り上げて、こんな領収書をかいて、何が民主主義か、と鋭い質問をされていたが、その舌の根も乾かぬうちに、大坂の共産党府議であり幹事長でもある朽原議員が政務活動費として支出した領収書のうち、同じ筆跡で金額が書かれた領収書があり、朽原議員は、産経新聞の取材に対して、領収書は自分でかいたことを認めた。と報じていた。いきおいに任せて鬼の首でも取ったような正義感を振り回して見ても、身内からぼろが出れば万事休す。ですね。こんなのをお互い様で済ませていいのでしょうか。
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# by ayabemorinaga | 2016-10-20 13:25 | Comments(0)

居場所はどこだ

年を経るに従って少しずつ少しずつ居場所が失われていく。したきり雀ではないが、お宿はどこだ。ならぬ、居場所はどこだ。と探しあぐねればならぬとは、これ如何に、寂しい限りだ。誰もが、そのような思いを抱いて老いていくのかは知らねど。いつまで出しゃばっているのだ。と人人に侮蔑のまなざしで見られているのも知らずにかおを出す。まあそのようなまなざしで見ないでくださいよ。いずれ皆様方も老いを経るにつけて少なからず体験されることですから-あなたの居場所はそこですか。と、ほんのすこしでかまわないから、理解を示してくださいよ。いつまで役職にしがみついているのか。みっともないぞ。恥ずかしくないのか。などと殺生な事はいわないでくれ。そここそが唯一無二の居場所なのかも知れないのだから--でも、出席が叶わなくなったらすぐ辞任をするだけの考えは持っている。居場所があれば出かけることが出来もするが、居場所がないと出かけることもママならぬ。そうー邪見にあしらわずに、優しさのあるまなざしで見てくれよ。
あんた。野菜作りという素晴らしい居場所があるではないのー百姓仕事は無心なれると、おっしやってていますが-でもさーたまには人中にでで、いろんなお話をききたくなるのよ-いろんなお話とおっしゃいますが、今は、昔と違って、テレビ・新聞、雑誌等から情報をわんさと知ることが出来るよ。人様の迷惑にならぬように心がけて、居場所は自分でしっヵりと探せよ。いくらでもあるではないか。年寄りには人様とのふれあいと言う事も大事なのさ。分かってくれる。
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# by ayabemorinaga | 2016-10-18 10:20 | Comments(0)

風談義

私がブログで風のゆくへというタイトルで日記を書いていますが、これは、雑誌致知に、小島直記氏が風の行方というタイトルで日記を記されている事に触発されて、風のいくへと題して日記を書いているのです。
 さて、風には、いろんな風がありますね。たとえば、【薫風とは】、新緑の頃、そよそよと吹き、さわやかな薫るような風、【春一番】 春になって始めて吹く強い南風のことで春の嵐 〔凱風】 和らいで吹く風で主に南風のこと。【木の芽流し】 木の芽の出る頃に吹く湿った南 !【台風】 【野分】 野を吹き分ける風台風などに伴う秋の暴風雨 【雁渡し】 晩秋の雁が渡ってて来る頃に吹く北風 【木枯らし】 初冬に吹く木の葉を吹き落として枯れ葉のようにしてしまう冷たい強い風 【空っ風】 冬型の気圧配置が強いときに、山を越えて吹き下りてくる冷たい乾いた風 【東風】 東風は春を告げる風 【追い風 】風が後から吹き、帆に当たり船を動かす 【出風】 船を出すのに都合の良い、陸から海に吹く風 【涅槃西風 】陰暦二月弐拾五日は、釈迦に入滅の日とされていて寺院で涅槃会が営まれる、この涅槃会の前後に吹く強い西風のこと。浄土からの迎えの風ともいわれる。【疾風】 急に激しく吹き込む風 【旋風 】渦のように巻いている風 道路や運動場で埃や塵を巻き上げる風【 青嵐 】青々とした草木や野原を吹き渡っていく風 【流し】 梅雨の前後に吹く湿った南風 【山背】 山を吹き超えてくる夏の東風 【陸風】 夜間陸地が海より早く冷えるため、陸から海に向かって吹く風 【嵐】 山から吹き下りてくる強い風  【虎落笛】 冬の季節風が竹垣や棚に激しく吹き付け笛のような音を立てる風のこと。【烈風】 海上で山のような大波が立ち、小さな船は波の影に隠される風【粋なことばの教科書より抜粋】風ではないが、浮き世の風は、思うようにならないこの世の風潮 風光る うらうらと晴れた春の日は、光が満ちて光っているように感じられるその様子。風を読む。等比喩的な表現にも用いられる。【風を吹かせる。】教職の時、校務分掌を選挙で選ぶ時代があったとき、同和加配・校務分掌委員・生活指導主任には、誰々を入れてくれと風を吹かして、迷惑な風を吹かしてくれるなと同僚からよく批判された事があった。
 でも、吹かしたとおりの人が必ず当選したから愉快だったよ。
 
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# by ayabemorinaga | 2016-10-16 10:08 | Comments(0)
一昨日は、あやべホテルにて源太郎しんぶんの集いがあり参加した。毎月発行の源太郎しんぶんの発行が、まもなく100号を超えるらしい。毎月8年間欠かさず発行する。まさに継続は力なりの実践である。現在6000部発行されている。げんたろう新聞を配布されている皆さんのつどいである。ホテルの座席が満員の盛況であった。このような夜の会合には、種清議員の奥さんに送迎をしてもらっている。夜の自動車の運転を家内が必要以上に心配する。老いてくると心配性になるものだ。
 谷垣議員の地元秘書の村上さんが出席されており、相席であり懇談する機会があった。復帰のめどはまだはっきりとしていないが、回復に向かっている。とのことであった。自転車事故は今回で3回目らしい。地元福知山でも事故られたことがあったらしい。自転車はペタルに足が固定されて、斜めにひねると足がぺタルから外れる。また、急ブレ—キを掛けると身体を後ろにしっかりと、そらしていないと前にひっくり返るらしい。そのような特殊にな自転車であるので、充分気をつけていないと怪我をするそうだ。
 また、知人に出逢ったので、綾部市の中学生が海外体験をする為の資金を全額(15名分・5ヶ年分・3500万円)拠出されたのですね。匿名を条件として、なぜ匿名なのですか。と聞いたが私の希望である。と言う返事であった。また、綾部高校にも特進コ-スの生徒の為の民間業者による補講の為の資金として50万円を拠出していただいている。来春の結果によっては、3ヶ年資金拠出を惜しまないと言うことであった。綾部には、教育に対して、支援をおしまないという土壌が存在する。かっては、綾部高校に勤務されていた亀井多喜雄先生が亡くなられたとき、遺族から、匿名を条件に15000万円が市教委に寄付された。
お隣の福知山は教育の町づくりを標榜されているが、綾部も教育まちづくりを掲げて、人材育成法人を立ち上げて、人材育成にとり組めば、隠れた篤志家が応援してくれるのではなかろうか。
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# by ayabemorinaga | 2016-10-14 12:28 | Comments(0)