綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

寛容

「小さい過失はとがめない。隠し事は暴かない。古傷は忘れてやる。他人に対してこの三つを心がければ、人の怨みを買うこともない」また、「世渡りでは、余り潔癖すぎてはならない。汚れは、すべて腹に収めて行くだけの度量を持ちたい。人間関係では、好き嫌いの感情を表に出しすぎてはいけない。どんなタイプの相手も、受け入れるだけの包容力を持ちたい」寛容であれというのは、むろん他人にたいしてであって自分に対してて゛はない。
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# by ayabemorinaga | 2008-10-08 15:13 | その他 | Comments(0)

人間関係

「智に働けば角が立つ.情に棹させば流される意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい」。これは人間社会を活きることの難しさを嘆いた夏目漱石の草枕の冒頭の文ですが、この嘆きはすべての人間に共通する。何時の時代でも人間関係というのは難しい。円満な人間関係を築くには「失敗の責任は共有すべきであるが、成功の報酬は人に譲った方がよい。それまで共有しようとすれば、必ず仲違いが生じる。苦しみは共有すべきであるが楽しみは人に譲った方がよい。それまで共有しょうとすれば憎しみ合うことになる」人に譲ると言う精神をもって何事も実践すれば人間関係がスム-ズに行くのですが、私など、頭の中では理解しているのですが、これが実践できずに、トラブルばかりの繰り返して恥ずかしい次第である。
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# by ayabemorinaga | 2008-10-08 15:00 | その他 | Comments(0)

不如意

おおきなことを成し遂げるために、力を与えてほしいと、神にもとめたのに、<謙遜を学ぶようにと、弱さを授かった> より偉大なことが出きるようにと、健康を求めたのに、<より良きことができるようにと病弱を与えられた> 幸せになろうとして富をもとめたのに、<賢明であるようにと、貧困を授かった> 世の人々の賞賛を得ようとして、成功をもとめたのに、<得意にならないようにと、失敗を授かった> 人生を享楽しようと、あらゆるものを求めたのに、<あらゆる事を喜べるようにと、生命を授かった> 求めたものはひとつとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた。人生不如意。
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# by ayabemorinaga | 2008-10-05 16:12 | その他 | Comments(0)

アリとキリギリス

「夏の間怠けていたキリギリスが、冬になって食えなくなったので、アリのところに金を借りに行きました。ところが、アリは夏の間の働き過ぎが原因で死んでいました。そこでキリギリスはアリの遺産を全部相続して、生涯働かずに優雅に暮らすことができました。そんなことがまかり通る世の中にはなってほしくないですね。
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# by ayabemorinaga | 2008-10-05 12:53 | その他 | Comments(0)

評価

人が自分をどう評価しているか気になるということは、残念ながら人間の常である。ストレスやノイロ-ゼ-もそこから来るとはわかっているが、人間は他人の評価からなかなか自由になれない。それに対して超然とすることができれば御の字だ。それは、「たとえ人にわかってもらえなくても、天が私を評価してくれる」と思うことではないでしょうか。そのような考えを持ちたいと思うけれども、なかなかもてないのが人の常である。悲しいことだ。
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# by ayabemorinaga | 2008-10-04 13:23 | Comments(0)

澄心

澄心好きな言葉である。真民さんにこんな詩があ。狭くてもいい,一すじであれ、どこまでも、掘りさげてゆけ、いつも澄んで、天の一角を、みつめろ、いじけるな、あるがままに、おのれの道を、素直に,一途に、歩け。心を澄まして己の道をしっかりと、まようことなく深く深く掘り下げて歩め、素直に一途に。こんな境地でいつもいたいものだ。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-30 08:07 | その他 | Comments(0)

人間の本質的要素とは

人間の本質的要素とはなんだろうか。それは徳とか徳性である。゛具体的には、人が人を愛するとか、人のために尽くすとか、人に報いる、あるいは清潔、真面目、質実と言ったようなことだ。そうしたものがなくなったとき、人間が人間たり得るかと言うことを考えてみれば、それは理解できるだろう。人を愛さない、人のために尽くすことができない。人から何をされても報いることを知らない、不潔である。不真面目であると言うことになると、是はもう人間とは言えない。これにたいして知識や技術というのは有れば有るほど結構なのだが、なかったとしても人間として存在することに差し支えはない。では、そのような徳性をどこで養うのか。学校教育か、社会に出てからそれぞれの属する組織のなかでか。やはり鐵は熱い内に打てと言われるように、幼少期からしっかりと教えるべきではないか。学校教育の中でしっかりと徳性を育てられなかった人々が政治を行っているとすれば、目先の権力闘争と党利党略に専念して、口先ばかり人当たりの言い事を言って、国民を拐かしている事をしっかりと見つめ、来るべき選挙にはマスコミに踊らされることなく、自らの判断(国民生活の安全安心国民に希望と夢のある社会の実現等々)で清き一票を投ずべきではなかろうか。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-29 08:01 | その他 | Comments(0)

お金

お金の使い方で、その人間がわかるものだ。お金にケチな人は守成はできるが創業はできない。代々創業の主と称される人々は例外なしに金ばなれよく、お金に執着ない。お金を蓄えるべき人間と蓄えてはいけない人間がいる。言うまでもないことであるが、政治家や事業者は後者にぞくする。政治家や事業者が小金を蓄えるようになったら、それは彼ら自身の堕落であり、飛躍的業績など望むべくもない。物やお金沢山持っている人ほど沢山失う心配や苦労があるものだ。また、何事も利益だけ考えて行うと、知らぬ間に人の怨みをかったりするものである。毎日の生活にことたりる程度のお金でいいのではなかろうか。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-28 09:22 | その他 | Comments(0)

不昧因果

この読みはフマイインガと読み、ソノ意味は因果をくらまさずと言うことです。つまり善因善果・悪因悪果、よいことをすれば必ずそれが原因で良い結果が得られるし、悪いことをすれば必ず悪い結果を得ると言うことです。世の中に奇跡というものはない。奇跡などという物は、研究不足、勉強不足の者の言葉で、原因・結果は常にはっきりしている。わるいことをすると いつかは悪い結果が現われ、良いことをすれば良い結果が現われるのは、厳粛な自然の法則だ。このことをしっかりと自覚して何事も行うべきであります。悪いことをしてもわからないだろうと思っていても、必ず天が罰を与えることを忘れないでほしい。このことは法則なのです。法則とは必然で必ず起こる事を言います。そんなことは、あんたに言われなくても知っていますと言われそうですが、ジャ-みなさんは日常生活の中で実践されていますか。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-26 08:40 | その他 | Comments(1)

快事は人に譲り

私たちは目先の利益にとらわれて、自分は優しい仕事を取り、人に面倒な仕事をまわしがちである。それが一般的な人間の、ごくふつうの行動パタ-ンである。しかし、相手と自分の関係という面からみると、信頼や尊敬の気持ちは消えていき、ビジネスライクな関係だけになっていく。普通の人間関係でいいならそれでもいいのだが、それを一歩超えて「あの人は信じられる」と言われるようになるには、相手の信頼を得る行為をしなければならない。自分が先にあせを流し、血を流すようなことをして初めて、人は信用するようになる。是は人間関係を築いていく際の基本である。困難なことしんどいことを自ら率先して行うこと、言うは易しされど行うは難しい、なれど、信頼関係を強固にするためにはやるしかない。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-25 08:06 | その他 | Comments(0)

形而上学

およそ学問には二つある。一つは存在する事物の理を明らかにする学問である。数学や物理,化学などはその範疇にある。宋学では形而下学という。もう一つは聖賢の書を通して宇宙の真理に目覚め、自立自尊の人格を陶冶する学問である。宋学では形而上学という。いわば今日の哲学である。残念ながら、太平洋戦争に対する感情的反動から、戦後、学校現場から、後者の人格形成の学問が消えてしまった。その結果、個人が世俗的な処世術ばかり身つけ、さらには個人の利益ばかりを追求し、人として守らなければならない規範(道徳)さえも失い、現在新聞紙上をにぎわしている汚染米騒動、官僚の怠慢、等々情けない現実は目を覆いたくなるばかりである。今からでも遅くない国家百年の計として形而上学をしっかり身につける教育を行えと警鐘を乱打する。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-23 18:33 | その他 | Comments(0)

仕事は祈り

誠心誠意の仕事には、相手から必ず「ありがとうございます。助かりました」という言葉が返ってくる。その言葉に誰よりも励まされるのは私たち自身だ。「もっといい仕事をしょう」と一所懸命になり、益々いい仕事ができるようになる。「仕事は祈りだ」そう思って取り組む人は、自ら光り輝く存在になるのではなかろうか。記憶が定かではないのですが、平沢京都大学総長が、京都大学病院の青柳先生は、外科手術の世界的な権威者でありながら、手術をする前には、患者のために手術の安全を期して、神の前にひれふして、手術の成功を祈られる姿をみられ、そのことを敷衍して仕事は祈りであるいっておられるが、正に「仕事は祈り」であるという気概をもって、何事にも真摯に取り組まなければならない。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-23 08:30 | その他 | Comments(0)

信念

折々に濁るも水の習いぞと思い流して月は澄むらん。これは新渡戸稲造が,一高校長時代、生徒に講話をするとき良く用いた和歌だそうです。人間の毀誉褒貶にいちいち左右されていたら、いい仕事はできない。人の口はいろいろ言うだろうけれども、それはそれに任せて、自分はこれと決めた事に打ち込んでいくだけだ。そういう人でなければ後世にまで残る仕事はできない。でも、しっかりとした信念を持っていないと、とかく人の口や世間の評判が気になるものです。確固とした信念に基づき、やるときはやると言う気迫と実践力が大事ですね。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-22 08:23 | その他 | Comments(0)

トップリ-ダ-の心得

トップり-ダ-の仕事は、目的に向かって組織の人々を一致団結させること、これに尽きる。では、どのようにしたら組織人を一致団結させることができるのか.信賞必罰だけでは本当に人は動かないことを肝に銘ずるべきである。そうではなくて、もっと根源的な何か、つまり、組織は何のために存在するのか。この組織は何をしょうとしているのか、そもそも働くということはどういうことなのか、といったことを組織の人々が深く共感しないとベクトルはそろうものではない。故にトップリ-ダ-は常に目標をしっかりと掲げて、組織の人人を一致団結させることに専念することが大切である。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-21 09:34 | その他 | Comments(0)

思いやり

心はどうしたら大きくなるのでしょうか。体はごはんを食べれば大きく成るんですが、心の食べ物って何でしょう。そうです。<思いやり>です。他の人を思いやる心で良いことをすれば、感謝されますね。すると、心は大きく成るのです。「長生きしょうと思っても、自分で寿命はのばせませんね。でもね思いやりの心を持てばどんどん広がっていきます。みなさんが算数の時間に習ったように、面積はタテXヨコで決まるでしょう。人生の面積も同じ事が言えるのです。寿命というヨコ軸は延ばせなくても、思いやりというタテ軸を延ばせば、面積はイクラでも広がっていくのです。イクラでも人生は大きく豊になっていくのです。だからみなさんは思いやりの心をもっともっと延ばしていきましょう。小学校の道徳の時間にこのようなお話をしていただきたいものである。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-20 09:46 | Comments(0)

生涯学習

人間の一生は生涯学習だと言われる。生涯学習というのは、学問だけを勉強するのではなく、人間を勉強すると言うことであろう。そして、「人間に完全と言うことはあり得ない」と言うことをしっかりと自覚して少しでも自分を高めようとする努力の連続が生涯学習である。そのためには本を読んで知識を得ることも必要であるが、それ以上に広く人々と交流して、自分より優れた人から何かを学び取る態度が大切だ。そう考えると、生涯学習というのは、o優れた人から学ぶる。oいい友達と語り合う。oいい後輩に学ばせる。ということになるのではなかろうか。したがって、そのためには世の中から、学べる人、語れる人、学ばせる人を発見し続けると言うことになる。そして、さらに、「自分は、何のためにこの世に生まれてきたのか」「自分は何のためにこの世の中で生きているのか」と言うことを自覚し、「自分は何をすべきか」ということをきちんとふまえることによって、その人の一生が豊になったり、貧しくなったりするとか、人は言う。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-19 07:12 | その他 | Comments(0)

毒気に当てられる

私たちのはいている息をマイナス212度の冷却装置に吹き込むと、息が変化して滓ができるそうだ。その滓は精神状態が正常で有れば無色なのだが、そうでないと様々な色が付くという。たとえば、非情に悲しんでいるときは灰白色、恐怖におびえているときは青、恥ずかしいときは桃色、怒っているときは褐色になるとのことである。そのうち最も怖いのは、人を恨んで殺し、興奮の極致にある人間の息で、それをこの冷却装置に吹き込むと、なんと毒々しい栗色に変わるそうだ。しかも、それをモルモットになめさせたところ、モルモットは異常に興奮して頓死してしまったという。また、アメリカの科学者が,凶悪犯罪の犯人の息の滓を調べたところ、どの薬局にあるどんな劇薬よりも強烈な猛毒が生成されていたという報告が有るそうだ。「毒気に当てられる」という言葉があるが、それは本当で、悪いことをしてる人というのは、やはりそうした息を吐き出している者なのだ。それが近くの人に何らかの影響を与えるのは当然かもしれない。故に私たちも普段から自分の感情をコントロ-ルできるように心がけないと人様に迷惑をかけることになる。心すべきか。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-18 10:23 | その他 | Comments(1)

参る

仰ぎ観るということを知らない人間、恥じることをわきまえない人間は非人間的である。従って、なるべく純粋な、いたいけな子供の時代に、まず、与えなければならないのは、敬するということ、そして恥じるという徳を身につける事だ。だから、何かいけないことが目についたとき、バカヤロ-と罵ったりするのは禁物だ。それは純粋な子供の精神を傷つけることになってしまうからだ。「そんなことをしたら恥ずかしいではないか」と言えば子供は本能ですぐにわかるものだ。「立派な人はそんなことはしませんよ」と言えば、子供の敬の心に訴えることになる。そして少しづつでも恥ることを知り、または、敬の心に近づこうとする。参るというのは、どこそこに参ります。行って参ります。神社にお参りするなど、今でもこの言葉は使われている。この参ると言う言葉は本来、敬するものに近づくことを意味している。剣道で負けたとき参りました。と言うが相手にたいして尊敬の意味を込めていることなのかも。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-18 09:28 | その他 | Comments(0)

ナンバ-2の生き方

英雄というものは、誠に身勝手である。用事のある間は、その人間を大切にするが,功業成って収穫期にいると、かっては下へも置かぬほど大事にした功臣を次々と粛清してしまう.越王勾踐然り漢の高祖然り。日本でも源頼朝織田信長みな然りである。英雄はみな独裁者である。独裁者は、すべての政治的批判や造反を容赦なく弾圧する事によって権力を保つ。しかし、弾圧が昻じてくると、独裁者に反感をもつ連中がナンバ-2つまり将来の独裁者になるはずの人間のもとに集まってくる。その動きを独裁者がキャツチすると、直ちにナンバ-2をチェクし、時には消してしまう。誠にナンバ-2の生き方は難しいとか。
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# by ayabemorinaga | 2008-09-13 06:34 | その他 | Comments(0)

使命成就

どうもがいても、駄目なときがある。手を合わせるしか、方法がないときがある。本当の目が開くのは、そのときである。これは相田みつおさんの詩である。自分の目が開かれ、本当のものが見えるようになっていくのは、苦境の時だ。---相田さんは自分の人生でそう確信したのだ。そのような考えに立つと、世の中には怖いことも不都合なこともないことになる。私たちの身の上に起きることは、全部必要な事なのだ。私たちが一皮もふた皮も剥けて、立派な人間に成るよう天がはからって下さっていることなのだ。そのように感じたとき人間は何事にも動じなくなる。目の前にどういう状況が有ろうとも、それに心を奪われることなく、使命成就にむけて、寝ても覚めてもという闘いができるのだ。そのような胆力の座った人間にできればなりたいものだ。(古希をすぎてもふらふらしているようでは情けないから)
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# by ayabemorinaga | 2008-09-06 09:26 | その他 | Comments(0)