綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

意見(説教)

人に意見をするのは難しい。たとえばこんな例はどうだろう。良寛の生家の相続人、馬之助が放蕩に身を持ち崩したために、その母に泣きつかれて、意見をしに出かけた。良寛は三日三晩逗留したが、いっこうにお説教をしない。とうとう、そのまま、いとまをつげることになってしまった。そのたちぎわに良寛は馬之助をよんで「すまぬが、わらじの紐を結んでたもれ」といった。母親は〃きっとここで厳しく訓戒してくださるだろう〃と大いにきたいして、衝立のかげから様子をうかがっていた。また、馬之助は馬之助で〃今日にかぎって妙なことを仰せられる〃と思ったが、とにかく、言いつけられたとおり、わらじの紐を結んでさしあげた。すると、その襟元に冷たいものがポトリと落ちた。馬之助がびっくりして見上げると良寛が目しばたいてみつめている.馬之助はハッと感じ入った。良寛はやおら身を起こすと、無言のまま立ち去った。人間のはかなさ、弱さに徹しきった良寛の無我の愛が、私たちの胸の奥底に響くのである。仏教ではそれを慈悲と言う。
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# by ayabemorinaga | 2008-08-07 06:37 | その他 | Comments(0)

男の意気

「人生、意気に感ず。功名、誰か復た論ぜん」大丈夫たるもの、ひとたび、この世に生まれいでては、地位とか、金とか、名誉とか、そういう片々たる名聞利達でなく、男が男の意気に感じて行動を選ぶのだ。このことを、土井晩翠が次の如く言っている。功名何か、夢のあと、消えざるものはただ誠、人生、意気に感じては、成否を誰かあげつらう。男が男の意気に感じて行動をし誠を貫くすばらしいことではないか。
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# by ayabemorinaga | 2008-08-06 06:12 | その他 | Comments(0)

陽転の発想

どんな悪い状況に立たされても、そこに埋没してしまわない。こんな悪い状況に立たされているのだから、もう、これ以上悪くなりようがない。後は良くなるばかりだ。こんなふうにいつも前向きに物事をとらえていく。陰陽の陽、つまりプラス思考をすることである。でもどん底の苦しみの中ではなかなかそのような考えになれずに、悲観的に考えてしまうが、そのときのプラス思考こそ成功への道なのだ。人の一生はいくつもの失敗をやっている。もう、立ち直れないのではないかと思えるほどの、挫折を味わったことも、一度や二度ではないはずである。が「失敗をしたところでやめるから失敗になるので、成功するまでやり抜いたら、失敗は失敗でなくなる」苦しい状況に立たされているときこそ、しっかりとプラス思考を持っていたいものである。
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# by ayabemorinaga | 2008-08-02 07:11 | その他 | Comments(0)

嫉妬

人を感動させる。これは別の言い方をすれば、人を認めると言うことである。認められる喜び、それが感動である。人を認めることは簡単なようで難しい。たとえば、自分以外の人が異動で昇進したとしょう。その人と面と向かえば、誰でも「おめでとう」とお祝いの言葉を述べる。だが、自分の胸の内では、その人の昇進を素直に祝福していないことに気づくであろう。その人に嫉妬している自分に気づくはずである。それが人情というものだ。人は嫉妬にとらわれやすい。これを克服するには自分に謙虚になることだ。そして冷静に自分を眺めることだ。どんな才能に恵まれた人でも、自分ひとりの持っている能力は何ほどのものでもないことに気づくはずである。(たまには、その事に気づかない不幸なひともいるが、)己の分をしる。謙虚さをもって人と交わるとともに、自分に足りないものを備えている人を認めるという姿勢を常に持っていたい。
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# by ayabemorinaga | 2008-08-01 06:31 | その他 | Comments(0)

リ-ダ-シップ

非情な人が非情な決断をすれば、それはただ恐れられるだけである。非情な人が温情のある行為をしても、薄気味が悪いだけである。温情の人が温情を示すだけでは、甘くみられ足元を見透かされるばかりである。けじめは失われ、規律は乱れ、やがて怠惰に蝕まれることになるだろう。温情の人が、ここという時にはきっぱりと非情な決断をする。そういう人は愛されつつ恐れられる。畏敬の念というやっである。いざという時に、きっぱり示す非情が、この人はただの温情だけではない、やるときには決然としてやる人なのだというおそれの念を部下に抱かせる。それがリ-ダ-シップになるのである。失敗も一二度は許されると思っていたがそうでもなさそうだ。年寄りの気ままが許されなくなったとおもったら、さっさと引退するべきか。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-31 13:12 | その他 | Comments(0)

好印象

相手にしっかりと自分を印象づけをする為には、ポイントがある。最終段階、終わり、締めくくり、フィニッシュ、これを手を抜かず、何事につけても、しっかりやることである。それが、インパクトとなって相手に伝わっていくものである。「出迎え三歩、身送り七歩」と言う言葉がある。相手を出迎えるには三歩すすみ出る。身送りはこれよりも重要で七歩すすみでなければならない、と言うのである。だからこそ見送りを身送りという字を当てているのである。たとえば旅館に泊まったとしましょう。正にサ-ビス満点で言いようのないスバラシイ旅館であった。帰るとき玄関先に従業員が並んで見送りする。「どうもありがとうございました」の声に送られて車に乗り込む。車が動き出した。と、玄関を見るとそこで見送っていた従業員の姿がかき消す如くいなくなっていたらどうでしょう。なんだか急にしらけた気分になり、もう二度と来るかと言う気持ちになるのではないでしょうか。故に、見送りであってはいけない.身送りでなれればならない。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-30 06:33 | その他 | Comments(0)

人生(人間とは)

人生は千変万化、いろいろさまざまであるが、自分がこれらの問題をテキパキと処理できる理由は、人生のいかなる変化も、突き詰めれば、喜怒哀楽の四つを出ないことを知っているからだ。よく考えてみれば、いかに喜び、いかに怒り、いかに哀しみ、いかに楽しむか、と言うことが人生のすべてである。世の中には、道徳というと、一切、喜怒哀楽を表面に出さない、感情に動かされない事だなと゛とかたくなに信じている向きもあるがとんでもない誤解である。人生とは、いかに喜び、いかに哀しみ、いかに怒り、いかに楽しむということ、つまり、いかに生きるかと言うことに、正しい自律をたてること、原理原則を持つことである。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-29 07:10 | その他 | Comments(0)

衆生本来佛なり

お釈迦様は悩みに悩んだ末、人間誰しも、皆、生まれながらにして智恵や徳相を持っている。と言うこと、つまり、有名な衆生本来佛なりと言う悟りを開いたのです。しかし、道元は、衆生本来佛なりとすれば、何故、人間は血みどろの修業が必要なのか疑問を抱くのです。いろいろ聞いて回るのですが、誰も答えられない。そんな最中、建仁寺にいた栄西が明快に答えてくれたのです。確かに人は生まれたときは誰しも無垢の佛だが歳をとるに従って、諸々の欲がでてくる。その欲が本来の佛を覆ってしまう。自分の心にこの欲があることを自覚したとき、その人は欲をなくしたのと同じである。そして、その欲を取り去ったときに本質である佛が現れるのだ。しかも、それは自分の努力でしか引き出すことができない。だから修業するのです。修業には卒業ということがない。現代社会は、私たちに、どのような修業を求めているのか。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-28 08:11 | その他 | Comments(0)

中傷

人不知而不慍。論語の冒頭に出てくる文句で「人知ラズシテ慍ラス゜」と訓む。「人生は坦々たる順路のみでない。たとえ、自分が立派であっても、世間が全部、これを認めてくれるとは限らない。時にはかえって誤解し、曲解する事もある。しかし、そうであってもムットした顔をしないで天を恨まず、人に求めず、信ずるところに向かって行動するのが人の道である。」と言う意味だそうです。が言い換えれば、他人の中傷にどこまで弁解セズにおれるか。それを試してみるのも人間修練の一つの方法かもしれない。この人間修練はなかなか難しい。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-27 06:16 | その他 | Comments(0)

人事

國に功労のある人には賞を与えよ。功労があったからといって地位を与えてはいけない。地位を与えるには、自ずとその地位にふさわしい見識がなければならない。そこの所を間違えて、功労に報いる為に見識なき者に地位を与えると国家崩壊の原因になる。と西郷南州翁遺訓にかかれている。いかに仕事がきれても、いかに能力があっても、だからといって地位を与えて人を支配させてはならない人間がいる。もし、そのような人を上のポストにつけると必ずと言っていいほどトラブルを起こす。一方第一線にいるときは、これと言った派手な存在ではないが、その地位に据えると自ずとその部署が治まってしまう人がいる。言うなれば才の人と徳の人をどのように見極め賞を与えるのか、地位を与えるのかを考えなければならないと言うことに尽きる。さらに一言加えるとすればさらりといつでも地位を退く心構えのある人を用いることでは。では、あなたは現職時代どのような管理職人事をされましたか、と尋ねられれば、ウ-ムと言ってことばが出ない。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-26 08:03 | その他 | Comments(0)

春風秋霜

春風の和やかさをもって人に接し、秋霜の厳しさをもって自分の身を慎む。言志後録の有名な語句である。「イソップ物語」の北風と太陽の「ひとは北風より太陽に心を開くものだ・」という話にも通じるものである。仕事の遂行を先に考えればじれったくて実行できないが、「人を生かす」ことに何よりも価値をおけば、怒りたい自分を抑え、まず、相手のペ-スにあわせる事ができる。そのようにして、人の信頼を勝ち得たほうが、結局仕事がはかどるのだ。「やさしいママにあいたいの」二歳の男子の言葉だという。これを見てもわかるように、人間は基本的に変わっていない。暖かい春風にはなびき、冷たい秋霜には背を向ける。その性情を理解せずに、いたずらに厳しく接しても人は逃げて行くばかりである。「夏休みセミよりうるさい母の声」ついつい笑ってしまう。こういうことは職場の中にもある。「セミよりうるさい」人といわれないためにも、心得るべきことである。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-25 07:32 | その他 | Comments(0)

奮起

行きたくない所に行くかされたとき、どうするか。実はこれが組織人としては一番大切なことです。のびる人間とのびない人間はそこで分かれてくるといっても過言ではありません。不遇の時、逆鏡のときこそ、何か学ぶべき事があるのです。人間悲しいかな、だいたい行きたくない部署に廻されると、ぞんざいな仕事になりがちですが、その部署はよくみると、改善しなければならないことがたくさんあるものです。だからくさらず積極的に仕事をするべきです。常に課題を持つて仕事をすることによって、多くのことが見えてくるのです。漫然と過ごしたら自分がなまくらになります。「智者は惑わず」の心を失わないことです。口では簡単に言えますが当事者は苦しいですね。本当は。奮起。奮起。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-24 07:11 | その他 | Comments(0)

別離

蘇東坡に「人生、別離無クンバ、誰カ恩愛ノ重キヲ知ランヤ」とある。人生に別離はつきものだ。「逢うは別れのはじめ」とさえいわれる。そして、人はこの別離の情をしることによって、人生が一層深くなる。というのは、最も痛切な面にふれることによって、はじめて「もののあわれ」を知り、人間の心に対して微妙であるように訓練されるからだ。そこに、初めて人間と人間との心のふれあいが生まれるし、「恩愛の重さ」が分かるようになるのだ。私なと年をとるにつれて、人と人との関わりあいの深さ、不思議さを身をもて痛感しています。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-23 07:02 | その他 | Comments(0)

ロマン

人間誰しも詩心は持っている。川のせせらぎにも、風のささやきにも、雲のたたずまいにも,日の輝きにも、人生の感激にも、やるせない苦悩のなかにも、不思議な韻律と言うものがある。人はその韻律を感ずると、言葉にしたくて仕様がない衝動に駆られ、それが溢れ出たものが詩である。だから、明の李夢陽は、詩は情の自鳴で有ると言うことを言っている。于武陵の勧酒、君ニ勧ム、金屈巵。この盃をうけてくれ。満酌、辞スルヲ須イザレ、どうぞなみなみとつがしておくれ、花発ケドモ、雨風多シ、花に嵐のたとえもあるぞ、人生、別離ニ足ル、さよならだけが人生だ。うたごころを持った生活をしたいものだ。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-22 06:25 | その他 | Comments(0)

性格

人間の面白みはどこにあるのか。それは性格である。性格によって言葉つきも違えば、考え方も違う。主義、主張は、それを信じているときは、きわめて強いものように思われるが,一朝にして変わってしまう危険性もある。従って、主義主張で友人になると、それが一変したら最後、仇敵になってしまう。「運命は偶然より必然である。『運命は性格の中に有る』と言う言葉は等閑には生まれるものではない」と芥川龍之介がいい、「何事かを成し遂げるのは、その人の才能ではなく性格である。」と司馬遼太郎も指摘している。言い換えれば性格がその人の運命である。とすれば、どのような性格が成功するのか、人間観察の一つの視点に性格を見ていくのもおもしろいのでは。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-21 07:40 | その他 | Comments(0)

不良老年の生き方

私はこのブログで美しく老いる事は難しい、さらに、老計があるとかきましたが、野ざらし紀行の冒頭に、こんな文句がかかれています。僧に似て塵あり、俗に似て髪なし。旅をしている時、芭蕉はお坊さんの格好をしています。おくの細道では宿の主人からお坊さんですね、大変なご修行をなさっていますね、と、言われている。だから自分では、お坊さんの格好をして歩いていると芭蕉は自覚しています。しかし、塵ありなのです。塵とはちりあくたのちり、で煩悩と言う意味です。芭蕉はお坊さんの格好はしているけれども、心の中は煩悩だらけだと言っているわけです。それならば純粋の俗人かというとそうではない。俗に似て髪なしです。自分の心は俗人みたいに汚れているけれども、少なくとも髪だけは剃っている。そこには、僧の世界と俗人の世界を行ったりきたり来たりしている芭蕉の境涯が実によく表れています。聖なる世界と俗なる世界を言ったり来たりして、過ごす老後の生き方を不良老年の生き方と言われていますが、退職後そんな生き方も美しく老いる生き方ではないでしょうか。私などは世俗にどっぷりと浸かってあがいている、不良老年の生き方とは、遙かにかけ離れた生き方しかできていません。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-20 05:51 | その他 | Comments(0)

空亡

人生には潮の満ち引きがある。人生の潮が引いている時期の事を空亡と言うが、そういうときにはそれなりの過ごし方がある。つまり、左遷させられたり、病気で長く入院する事を余儀なくされたときは、絶好の充電期間ととらえたほうが賢明なのである。逆境こそチャンスというふうに考えるのだ。この空亡を転機として再出発するとその人の生涯は大いに充実し輝いてくる。そうだと頭では理解できても、悲しいかな心の中では迷いに迷って時にはとんでもない行動をとったりするものだ。そういったときこそ精神の鍛錬が必要だ。花の咲かない冬の日は下へ下へと根を下ろせ、と言った言葉口ずさみじっと我慢をするべきだ。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-19 07:24 | 物部 | Comments(0)

老婆心

頭がいい、才覚があると言っても、それは第一義ではない。人間には老婆心がなければならない、。この場合老婆心とは、うるさがられるほど世話を焼く、面倒を見ることを言う。官僚はあたまがいいだけでもかまわないが、少なくとも政治家は、われを忘れて世に尽くす、國を愛する老婆心がないとダメである。江戸時代の陽明学の大家・佐藤一斉も、政をなすの着眼は情の一字にあり、情に従って以て情を治むと書き残している。情の情たる所以は、思いやり(愛)ゆるす(恕)と言うことにある。何か起こったとき、すぐさま「大丈夫ですか」という言葉が口について出てくるような心がけを持っていなければならない。地方に携わる政治家といえども。言うは易し、されど実践は難しい。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-18 07:18 | その他 | Comments(0)

人生五計

第一に生計。我、いかに生くべきか。普通生計と言えば暮らしの意味だが、ここでは、モット本質的問題と考えたい。第二身計。いかに身をたてるか。自分の社会生活のあり方。第三家計。家庭をいかに営み、維持していくか。第四老計。いかにうまく年齢をとるか。第五死計。いかに死すべきか。死を見ること帰するが如しと言うところまで行けば死計は確立されたとか。事実私ぐらいの年齢になれば、人に会うときは、必ずあとこうして何回ぐらいあえるだろうかと言う思いが胸中をよぎります。そして、一期一会の言葉の重みをかみしめています。ぶきょうな私ですが、今後はさらに人と人とのつきあいを何よりも大切に生きていきたい。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-17 06:25 | その他 | Comments(0)

友人(親友、心友)とは

昔の都都逸に、酒の相手に、話し相手、苦労しとげて、茶の相手、さらに、司馬温公の詩に、清茶淡話友ニ逢イ難シ、濁酒狂歌朋ヲ得易シ、と言うのがある。濁り酒にごれるのみて、呂律の回らぬ舌で、わけもわからぬことをわめき散らす友はいくらでもできるが、そんなのは何人いても本当の友人、心友ではない。トイツの諺にも、酒の作り出した友情は酒のように一晩しかきかない。と有るが、一緒に酒を飲みあったり、麻雀を楽しむだけで親友と考えるのは、如何でしょうか。そんな友達も必要かもしれませんが。本当の友人とは清茶淡話できる人ではないでしょうか。清茶淡話とは、教養も積み、いろいろな経験もして、酸いも甘いもかみわけられる境地に達したとき、初めて行うことができる芸当なでしょう。清茶淡話できる友を持っている人は幸せか。
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# by ayabemorinaga | 2008-07-16 06:31 | その他 | Comments(0)