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綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

昨今感じることは

この年に成ると健康のありがたさが身にしみる。健康は親からの贈り物と言われる。健康な身体こそ、健全な精神が維持出来る。病の辛さは人には分からぬ。痛いのを我慢できるのには限界がある。煩っているとちょっとした他人の言葉に酷く傷つくことがある。病人には優しく接することが何にもまして求められる。誰もがぴんぴんころりを願望すれど、神は人間の勝手な願いなど聞いてくれぬ。脳梗塞で寝たきりになり家族に迷惑をかけることは最悪だ。ろうそくの火が消えるがごとくすーっと息が引き取れればいいのだが、願いは叶わぬだろう。健康で老後を送れてこそ後期高齢者の生きる喜びであろう。寿命は何歳かは知らぬが健康で過ごしたいと思う昨今だ。



# by ayabemorinaga | 2019-04-17 09:25 | Comments(0)

昨今感じることは

この年に成ると健康のありがたさが身にしみる。健康は親からの贈り物と言われる。健康な身体こそ、健全な精神が維持出来る。病の辛さは人には分からぬ。痛いのを我慢できるのには限界がある。煩っているとちょっとした他人の言葉に酷く傷つくことがある。病人には優しく接することが何にもまして求められる。誰もがぴんぴんころりを願望すれど、神は人間の勝手な願いなど聞いてくれぬ。脳梗塞で寝たきりになり家族に迷惑をかけることは最悪だ。ろうそくの火が消えるがごとくすーっと息が引き取れればいいのだが、願いは叶わぬだろう。健康で老後を送れてこそ後期高齢者の生きる喜びであろう。寿命は何歳かは知らぬが健康で過ごしたいと思う昨今だ。



# by ayabemorinaga | 2019-04-17 09:25 | Comments(0)

礼節

礼節を重んずる人は素晴らしい。今頃の若者は礼節などケツ食らえと無礼な態度をする人も居る。礼節を重んじ無い人は人間失格だ。人間失格を思わせる人もわんさといる。異動のむ季節はお世話になった人への挨拶は欠かせない。お世話にならなくても関わりのあった人への挨拶は常識の範囲だ。しかし、それがなかなか出来ない人間も増えてきた。すくなくとも人を教える教師は礼節を何より重んずべきだ。それがなかなか出来ていない。しかし、礼節を重んじる人が皆無ではない。特に管理職は礼節を格段重んじるべきだ。綾部高校には礼節を重んじる素晴らしい管理職がおられる。老醜をさらけ出して生き延びている、我が家にわざわざ転勤のご挨拶をいただいた。我々の時は転勤赴任の時には夕クシ―で挨拶回りをした。そのような習慣も昨今は廃れ果てた。ぎすぎすとした世の中になりかけたのか。
# by ayabemorinaga | 2019-03-29 14:10 | Comments(0)

異動の季節

花便り聞かれる頃は、異動の季節の到来だ。悲喜こもごもの思いに駆られるのもこの頃だ。思わぬ異動に仰天する人も居れば、してやったりとにんまりする人も居る。桜花を見て哀しむ人も居れば、得意満面の人も居る。人事異動は人人にいろんな思いをさせる。公務員であれ会社員であれ宮仕えする人達には避けて通れる道よ。人事異動でやる気を起こす人も居れば、意気消沈する人も居る。勤務評定は人のすること完璧ではない。欠点ばかり目について、その人の長所が見つからぬ。ずけずけと物言いする人を、上司は毛嫌いする。かといって、おべんちゃらも度が過ぎれば厭がられるが、そこの所を上手にすれば、上司にかわいがられる。部下から見れば上司にも嫌みな奴がいる。上司もいろいろ直言を嫌う人も居ればよろこぶ人も居る。人様々だ。とかくこの世は住みにくい情にさおさせば流される理に働けば角が立つのとおり人の世は息苦しい。息苦しい世の中を無難に生きる知恵を出すのが人間さ。上手に世渡りする人のまねでもすることだ。出来ないならばいかようにあしらわれようと泰然自若意地を貫き通して生きようぜ-
# by ayabemorinaga | 2019-03-28 14:58 | Comments(0)

あわやー締め出し

昨晩四方府議の総決起集会が市民センタ-で開催されたので参加した。伊藤事務長にお願いして駐車綾部高校東分校にさせてもらうことにした。校内には女性の見知らぬ方がおられた。集会が終わって帰ろうと思って東分校に行くと門塀が閉ざされていた。どうやら鍵かかっているらしい。杉垣の塀をくぐり抜けて校内に入り、施錠されているのを解錠しょうとするのだが慌ていているのでらちがあかぬ。あかなければタクシ一帰るより方法がない。何とか解錠が出来た。正にーあわやー締め出しとはかくのごとき事かと肝に銘じた。由良川の河川敷に駐車するのがまともな人のすることだ。と反省した。

# by ayabemorinaga | 2019-03-25 14:47 | Comments(0)

私の上司その2

昭和38年高校生急増期に、綾部高校定時制へ転出した。そのとき面接を受けたのは、笹田得治校長であった。定時制ですか、一度市村上教育長と相談しますと言って、渋っていたら今度来る先生は難しい人ばかりだ。勤労学徒の為に教えることは素晴らしいことではないのか。と一喝された。出来るだけ早く全日制に変えて欲しいとお願いした。定時制1年6ヶ月で全日制に変わった。商業科の先生が現職死亡された。現在綾部高校東分校に校長官舎が在りそこに住まわれていた。夕方には事務室で新聞を読まれていた。あるとき定時制の懇親会があり一杯機嫌の先生が大きな声で、校長の悪口を言いながら帰ってこられた。事務室で校長の姿を見られた先生は慌てふためきその場を脱兎のごとく去られたことがある。滑稽とはそのことかと思った。校長先生はおそらく顔を見られたと思うが、悪口をほざいていた先生を希望どおり全日制へ転勤させられた。包容力があるというのか懐が深いというのか私ではまねの出来ない態度であった。享年63才であった。校長としての気苦労が寿命を縮めたのか知るよしもない。合掌
# by ayabemorinaga | 2019-03-16 12:45 | Comments(0)

私の上司その1

中上林小学校の上司は故坂田安雄校長であった。朝の職員朝礼で生意気な言辞を弄する私を温かく見守っていただいた。その上私の仲人までしていただいた恩人である。今でもよく思い出すやンちゅぼうずのうえ、礼儀知らず、世間知らず傲慢な態度を示す私をご指導していただいた。坂田校長には包容力があった。酒席で節度を越すような振る舞い、たとえば酒席で葬式ごっこをやって戒名に、アリナミン院文芸春秋居士とづけてたり、なぜ、アリナミンなのか、それは常にアリナミンを買って飲まれていたし、文芸春秋が愛読書であったからだ。悪ふざけも徹底していた。それをじっと我慢の包容力驚嘆すべし。息子の真ちゃんが、東京暮らしをしているために、墓まで東京に移したので墓参りもママならぬ。私は坂田校長に管理職のあり方をそれとなく教わったような気がする。坂田校長が気配りされていたのは教職員の和であった。坂田校長はお酒が好きでいろんな口実を設けては酒席を設定された。当時は学校でお酒を飲んでも何ら差し障りはなかったので礼法室の畳のまで教職員が酒を飲んだ。お酒の勢いで軽トラの荷台に幌をかぶせて、乗り合わせあやべの月見町のいずもまで繰り込んだものだ。ソノ席へは必ず故村上教育長が臨席された。私が高校転出の希望を出したとき、坂田校長は私も今回山家小学校に転勤することになった。一緒に山家小学校に来ないか、中丹局の指導主事に推薦すると云われた。それほどまでに私をかわいがっていただいた。あの世にいけば真っ先に坂田校長にお会いしたい。そこで改めて感謝の気持ちを伝えたい。今は唯御霊のやすらかな安寧を祈るばかりだ。



# by ayabemorinaga | 2019-03-15 09:31 | Comments(0)

雪降り

朝目覚めると雪が降っている。三月半ばの雪は珍しい。私の記憶の中では、三月二十日過ぎにゆきがふったことがある。湯村温泉に行く途中の春木峠で雪が降り始め驚いたことがる。降り続けば雪対応タイャを装着していないので不安であった。幸い翌日は好天にめぐまれて不安は解消された。この雪は異常気象と云えばいいのかわからぬ。冬の雪は土中の害虫を除去してくれる。自然の摂理だ。我々は自然の摂理に支配されて生きている。いやー生かされてるのかも知れぬ。冬が寒ければ寒いほど春の訪れが待たれる。毎日が日曜日の日が続き始めてから幾星霜、朝目覚めてもすることがない。いやー写経を始めると云ったばかりだ。忘れてはいないがものぐさで三日坊主だ。全くだらしないしゃきっとしない毎日だ。人の為世のためと言ってもこの年では身体が云うことを聞かない。雪降りの寒さが我の身体にむち打ってくれるのか。
# by ayabemorinaga | 2019-03-14 09:46 | Comments(0)

遍歴

遍歴って、なんの遍歴なのーそれが新聞の遍歴なのー私が学生の頃から我が家では朝日新聞であった。新聞小説で獅子ぶんろくや、林ふみ子のめしは絶筆にったが-石坂洋二郎の青い山脈は忘れなれぬ。その後どのような小説が連載されたかは記憶にない。つい最近まで、産経新聞を購読していた。産経は政権擁立の立場の論調が目立つ。産経に洗脳されてはと気づき京都新聞に変えたが、消化不良に陥り私の性に合わないことが分かり朝日新聞に変えた。朝日は読み応えがある。しかし時の政権には批判的だ。我が国を貶めるような記事を書き世界に広める事もある。慰安婦問題はその代表ではなかろうか。新聞は社会の木鐸と言われている。社会を指導する立場にある。偏らない立場を堅持して正論を書く使命がある。自分に合った新聞を読めばいいので人様からつべこべ言われる筋合いではない。誰もどのような新聞を読もうがつべこべ言う人などおらぬよ・そうだな。これからしばらく朝日新聞と付き合う事とする。

# by ayabemorinaga | 2019-03-12 09:38 | Comments(0)

寄せ書き

昨今は、寄せ書きの常套句は、楽しみのある人生をーで゛ある。若かりし頃は、敬天愛人であった。卒業生に贈る言葉も敬天愛人で一貫していた。楽しみのある人生はそれぞれであろう。さて、私の楽しみのある人生とは何であろうか。と、考えた。人生より余生かも知れぬ。余生とは何‥生き残りの余った人生か。馬鹿いえ。昨今もある会合で、69才で市会議員に立候補。一体全体なんと考えて立候補したのか。と冷やかされた。人生二度ないならば、出来るだけいろんな経験をすることも意義がある。と考えた。教育の世界から政治の世界へと視界を広げてみた。君は教育委員もしていたのだから、教育一筋と思っていたがなぜ政治の世界を君の考えは分からぬ。とも云われている。選挙力-に乗って窓から手を振ってみたかったのか。と義兄に笑われた。話しが脱線した。そうそう楽しみのある人生とは、健康で趣味三昧に暮らすことか。温泉で湯につかりのんびり過ごす事か。楽しみも苦しみの心の持ち方一つだ。心凍らせてではダメだ。心頭滅却すれば火もなお涼し。と言う心の持ち方が大切だ‥何事も否定的な考えから脱却しなければ、楽しみのある人生経験は不可能かな。楽しみある人生を満喫している人は幸いなり--


# by ayabemorinaga | 2019-02-16 10:52 | Comments(0)

三つ子の魂

今日はめらし朝からく雪降りだ。昨今は暖冬というのか雪が降る日はめっきり少ない。小学校に勤務し始めた頃は、雪の朝は身体がしゃきっとしてたものだ。雪の降りしきる道を歩くのはすがすがしく感じた。心が凍るのではなく心弾む思いであった。ところが、昨今は雪降りは心身が凍り付く。いや、寒さで震えるのだ。私は幼少の頃祖母に育てられたので、風邪をひかせぬ様にと、祖母が厚着をさせたらしい。結果、極端な寒がりになった。在職中は11月になると事務長が気を利かせて、おきス-ト-ブを出してくれた。保育園で冬でもランニングで登園させているところがあるが、寒さに耐える身体作りには効果的だろう。身体は幼少期から鍛錬することが大切な事だ。三つ子のたましいならぬ三つ子の身体をしっかりと鍛えて健康な身体作りこそそれそれの人生をより豊に意義のある物にすることだろう。左様なことをぼんやりと考えながら雪空を眺めている。雪の降る町をーとくちづさみながら-
# by ayabemorinaga | 2019-02-11 09:14 | Comments(0)

写経

余輩七十にして、お経をそらんじ、八十には写経の日々を過ごす。今から写経一千巻を目指して完成すれば高野山に奉納する。遠大なる構想を持ってじっげんを目指す。出来るかな、出来ないかなと迷えばおしまいよ。やれるやれると気合いを入れて実践すれば悲願は達成する。人生なんて、そのようなものよ。がんばろうのかけ声勇ましく実行しょうと思う。何事にも動じない不動の精神力発揮して、八十半ばで立志とはこれいかにーー毎日写経をして三年で一千巻ゎ到達できる。おもいたったがきちじつとやらーきょうから-ゆうばっかりで実行出来ぬ政治家がいるが、そんな人にはなりたくないからな。
# by ayabemorinaga | 2019-02-05 12:41 | Comments(0)

遙かなる野望

出来るか出来ないかは知らぬしかし、一度たてた野望を捨てるわけには行かぬ。身の程知らずは承知の上、野望達成に向けて出来ル限りの努力を惜しまぬ。ところで、あなたの抱く野望とは何ですか。府教育委員に教師0Bを登用していただきたいのだ。推薦すべき人はわが胸にありー過去には、林田知事、野中副知事の時、府立高0Bと中学校0B賀就任されたことがあった。現場経験者はそれ以来就任されていない。国会議員、府会議員の先生にお願いして、身の程知らぬ野望を達成したい。教育施策を立案こするときには、現場経験者の意見を参考にすれば、よりよい施策の実現か可能だ。是は一人よがりの戯言かとお笑いなさるな。真剣考えてのことよ。冥土の土産に何が何でもたっせいしたいがーー出来るかな、できないかな-
# by ayabemorinaga | 2019-01-26 13:37 | Comments(0)

健忘症

昨今とみに物忘れが酷い。年賀状の返事を出したと思っていたら手元に残っていた。随分失礼なことだが、いかんとも仕方がない。年のせいにして許しをこいねがうことは出来まい。年賀状をどこにおきわすれたか思い出せぬ。一事が万事日常生活でこのような調子だ。老いは人をみにくく年取らせさらに、健忘症ならぬ認知症の前段症状へと、移行していくのか。世にもみすぼらしい姿よ。と己の老いにおどろくなり。精神の劣化も著しい。判断力。位置感覚しかりだ。未来志向など夢の又夢よ。などぼやいていても無益な事よ。聴覚視覚はすごい馬力で劣化し続ける。頭の体操が必修条件になる。元気で過ごすには-あたまも身体鍛えなくては健康では過ごせぬ。と思うが怠けている。自覚をしている間は健忘症にならぬかな。
# by ayabemorinaga | 2019-01-23 11:39 | Comments(0)

目に見えぬ物

我々の目には実態を見るとが出来ない物がある。即ち、心‥命・神などがその例だ。言葉存在するが実態を把握する事は出来ぬ。生きる力など云われるが、生きる力の実像は何か。唯物論。観念論を言うつもりはない。されど観念論で論ずるしか方法は無い。と思うが間違いか。これらを哲学的志向考えることも無駄なことだ。西田哲学の根幹は愛だ。信仰心も目に見えぬ。故に尊いか。いやいや神は川・山・岩・がご神体のことがある。人間の視覚など薄ペラらな物だ。昨今は時々変な思考に悩まされる・
# by ayabemorinaga | 2019-01-20 11:16 | Comments(0)

再会への誘い

年賀状は毎年やりとりしているが、大徳寺聚光院で下宿していた旧制赤松君現在安部君から、一度出逢いたいとの誘いを受けた。お互い大学卒業後60数年あっていない。京都で出逢うとすれば、顔を見分けることが出来るかすこぶる不安である。幸い西宮の安倍君のお寺で出逢うことになった。大徳寺聚光院にはもう一人吉沢君がいた。吉沢君は当時お寺に手伝いに来ていた美子さんと結婚した。が、二人とも亡くなったらしい。安倍君は学生時代大変女性に持てていた。彼女が次から次へと出来ていた。あるとき、赤松君が私に別れた彼女から安宅の関所で勧進帳を読む弁慶の人形をもらったが、何を意味しているのかな。と言ったので、私は、あなたの心にもない、出鱈目なお口に私はすっかり騙されました。私が馬鹿でした。と言う意味ではないか。と言って二人で大笑いをしたこともある。お正月に家族団らんの時、大徳寺聚光院での下宿の話しが出たとか。さて、再会すればどのような話で盛り上がるか楽しみだ。されどあまり人聞きの悪い話は心得ねばならぬ。家族がおられるからーー口慎めば命長ながけれ--のたとえの通り-
# by ayabemorinaga | 2019-01-17 10:20 | Comments(0)

人生の最後

人生の最後は癌で死ぬか、認知症で死ぬかと云われたら、癌で死にたい。なぜならば、認知症ではあまりにも哀れでないか末路が。癌で死にたいと云われた方が、認知症で亡くなられた。人生不如意とはかくのごとき事か。人生が不如意でこそありがたい、あなたみたいな人が人生如意で過ごされるのはそら恐ろしいことだ。と笑われた。俺はさほどひとびとに嫌われているのか。それではろくな死に方はせぬぞよ。と言われているみたいだ。いかなる人も人生の終末を避けることは出来ぬ。最後まで意識はしっかりともっていることを誰もが願うが、その通りにならぬのも又人生なり。で、何とか認知症に成るのは避けたい。されどこればかりは神のみぞ知る。未知の世界だ。中天に輝く三日月に向かって、願わくば、びんびんころりで人生の最後を、と、願掛けをするか。神が、己の身がってな願いを聞き届けてくださるだろうか。我は世のため人の為に、自分が出来ル限りの努力をしてきましたから、せめてささやかな私の願いをお聞き届けいただきたい。-それは己の自惚れよ。めを覚ませ馬鹿もん。と神はお叱りになるだろうが。いかなる最後を神が下されようとも、従順な心で厳粛に受け止めたい。み魂は黄金の光に誘われて宇宙の果てまで上りぬ。昨今のブログ夢も希望もなく暗ね。生き甲斐を持たないと心が萎えるね。こんなご託を並べていますが、いまだに終活さえ出来ておりませぬ>
# by ayabemorinaga | 2019-01-15 11:30 | Comments(0)

君、君 大丈夫か。

昨日は、互助組合で入場券を購入して、京都劇場へ前進座の裏長屋騒動記を観劇に行った。あさ八時弐拾五分にJΑ河北支店から貸し切りバスで京都駅八条口のポルタ横の駐車場で゜下車して、ガイドの案内で地下道を通って京都劇場に向かった。観劇を楽しく過ごしてポルタバス停に集合することになっていた。ガイドさんがスカ-レ夕一下で旗を持って待っていてくれたのであるが、私が便所に行ったためにはぐれてしまった。是まで京都駅には、何回もきていたので位置情報は理解しているはずであった。ところが、京都劇場からの出口を間違えたて、反対側に下りてしまった。バス時間が迫っているので気が気でないが、ポルタバス停に行く方角が全く分からない。急いで携帯を取り出し緊急時の連絡をした。互助組合のガイドさんにつながったが、私の居場所を尋ねられるがはっきりと答えられない。お互いに電話を切らずに話しをしながら、やっとの事でガイドさんに出逢うことが出来た。ガイドさんの案内でバス停にたどり着くことが出来た。バスを待たせるのも気の毒なので汽車で帰りますからと言ったが、ガイドさんは探しますからバスで帰ってくださいと親切に云われる言葉がずしんと身に滲みた。おいおい認知症の前段症状と違うかと思わず窺った。老いは、無残にも方向感覚の劣化を加速させる。ああ、無常
嘆かわしきかな。

# by ayabemorinaga | 2019-01-14 12:30 | Comments(0)

美田を残さず

子孫に美田を残さずとは、西郷の言葉だ。財産を残せば骨肉の争いが必ず起こる。財産は生存中にすっかりと使うことだ。財産がなければ争いは起きない。されどわずかばかりではあるが子ども達のために残してやりたいと思う親心はある。私の父親は何も残してくれなかった。しかし、勉強がしたければどんな無理をしてでも学資は調達する。と言ってくれた。父親のおかげで現在の暮らしがあると感謝している。親孝行したいときには綾は亡し。正にその通りだ。後悔しても悔やんでも親には通じない。親のお墓の前に布団を着せるわけにも行かぬ。現代の子ども達は親孝行の何にたるやも知るまい。自己中心の子どもがあまりにも多くいないか。いや、損得勘定でしか物事が考えられぬ子どももたくさんいる。教育現場の先生は勇気を持って親孝行とはなにか。シッヵりと教えなさい。
# by ayabemorinaga | 2019-01-06 08:48 | Comments(0)

正月雑感

年賀状は本年で今後は失礼します。と言うのがかなり増えた。寄る年波は何事も億劫になりがちだ。あちこちと近所付け合いも礼を失することが多くなった。されど我らは社会生活を営んでいる。仙人でない限り最小限の人つきあいも必要だ。その最小限が分からなくなる。完璧主義であった人がぼろぼろになっている昔の面影もない。老いは人を限りなくだらしなくさせる。適当も度を超しているが本人にその自覚はない。この一年を如何に過ごすかの自覚もなくぼんやりとしてその日暮らしだ。終活の為の断捨離も必要だが実行すら出来ずにいる。何を考えて生きているのかも分からぬ。平和平和と唱えておれば平和な世の中が続くのか。信じている人は幸いなり。戦後70数年平和な世の中が続き我々の生活も驚くほど豊になった。便利な世の中が続いている。このような平和で豊かな世のが永久に続くことを願っている。
# by ayabemorinaga | 2019-01-04 16:12 | Comments(0)