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綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

西坂歴史の会

昨日は西坂歴史の会があり出席した。西坂の歴史をひもとき未来志向のあるべき町存続について話し合った。西坂は東西四キロに聚落が百軒ばかり点在している。以前は西ノ保村と赤目坂村に別れていた。赤目坂は藤懸藩の所領地であった。人口は分家によって増加していく。さけど分家にも限界があるほとんどが百姓であるから生計を維持していくための田畑の増加が望めない。当時一町歩も持っておれば何とか生計は維持出来た。が、六反百姓では副収入を考えない限り難しい。副収入を得るために‥養蚕業を営み冬場は出稼ぎとして、酒造りの杜氏や寒天屋に働きに出た。また、冬場の仕事としては一年間はくための草履作りに精を出した。さらに、安定した収入を得るためには、教師・郵便局勤務か村役場に勤める事で有った。今後30年の間には後期高齢者ばかりが住む町となり、やがては限界集落になり、挙げ句の果てに<消滅聚落に転落することは必修だ。起死回生の施策は何か。行政は人口減少に歯止めが掛けられる施策はあるのか。

# by ayabemorinaga | 2019-06-13 21:16 | Comments(0)

遙かなる幾山川

麦秋の候、麦の収穫と蛍が飛び交う季節が再びやってきた。蛍を追いかけて泥田に足を突っ込んだ昔を懐かしむ。そう、桑の実もおいしい頃だ。桑畑に入って唇をまっ青にしながら桑の実をほおばった頃が思い出される。昔は農家の副業として蚕を飼った。いや、本業であったかも知れぬ。戦時中は桑の皮むきに小学生が動員されて加わった物だ。桑の皮の繊維を服に仕立てるのだ。ごわごわして肌触りは最悪だ。戦時中はすべてのものが逼迫していた。酒もタバコも配給制だ。日常の履き物は草履だ。祖母は家の周りを常に裸足で歩いていた。戦後はナイロンの普及によりきぬ織物は衰退した。その結果養蚕業も衰退した。六反百姓農家は米作り以外の経済的収入を得るため土建従事者として働き生業を維持した。戦後の一時期は食糧難のため農家は何を作っても飛ぶように売れた為生計は豊であった。政府の農業政策も行き当たりばったりで確立した施策を打ち出すことは出来ていなかった。戦後は金肥肥料によって反収は極端に増加した。戦中一反あたり二石しかとれなかった米が四石もとれるようになり米あまり現象が起こり減反政策を政府は導入した。佐のごとく行き当たりばつ足りのその場その場の対応で未来志向の政策は皆無であった。農業機械の発展により農家の栽培面積は拡大していった。私が暮らす町は水田面積が60町歩であり農家一軒あたり6町耕作すれば10軒の農家で出来る。今後を見据えてみると限界集落になり自治会が崩壊する危機に直面することになるかも知れぬ。限界集落を救済する施策の確立が喫緊の課題だ。評論家のようなことをつぶやいているがあんた議員の時限界集落救済の議員政策提案をしたのか馬鹿者が--と言う声が聞かれそうだ。
# by ayabemorinaga | 2019-06-11 10:31 | Comments(0)

散歩

健康維持のために毎朝夕散歩を始めた。一人散歩するのも味気ないので柴犬を連れて行っている。一日壱万歩を目標にしているがなかなか到達できぬ。平均8000歩止まりだ。昨今は田植えが終わった稲田の緑がまばゆい。稲田の農道を散歩する。ゆっくりと歩こうとするが柴犬が元気で引きずられているような状態だ。のんびりと農道を散歩するのも気分爽快だ。友人の塩尻君は何十年とやっているが、私はまだ始めたばかりだ。いつまで続けられるか未来の予測は不可能だ。昨今何のために生かされているのかと哲学的思考をしている。天は我に何をさせようとしているのかと考えてみるが分からない。老後何の不安もなく生活出来るのも年金のおかげだ。国に感謝だ。智に働けば角が立つとかくこの世は住みにくい。何で高尚な考えは我が頭には浮かばぬ。
# by ayabemorinaga | 2019-05-24 13:49 | Comments(0)

春秋会

退職市会議員の会合が現長で開催されたので参加した。33人のうち16人が参加した。さっと半数である。春の叙勲の栄誉を受けられた方が2人おられた。佐佐木‥白波瀬元議員のお二人である。今日府庁公館で伝達式があるそうだ。いずれも24年間議員として綾部市の発展に貢献された人だ。私なんか二期八年のひょこだ。でも年齢は最年長である。1933年五月22日生まれである。今日で満86才になった。おかげさまで今日まで大病をすることもなく元気に生きてきた。今は亡き両親に感謝だ。山崎副市長‥高橋儀長が来賓として参加された。会が終わり始めたときに動議が出され春秋会だから秋も開催することになる。酒を酌み交わし親交を深める絶好の機会だ。年を重ねるにつれて世間に疎くなるが、ソノ埋め合わせをするにはまたとない機会である。健康な限り出席をしていろんなご意見を聞かせてもらうつもりだ。されど潮時という事もある老醜をさらけ出すのもほどほどに引け時を見失ってはならぬと思っている。
# by ayabemorinaga | 2019-05-22 11:15 | Comments(0)

毎日が日曜日

毎日が日曜日といった生活になってから、行く年過ぎたことか。昨今はあさ目覚めれば犬のさんぽから一日が始まる。わずかな畑での菜園作りが日課である。楽しみと云えば、友人とグランドゴルフに行くぐらいだ。旅行に行こうと家内を誘ってみるが断られる。温泉につかってくつろげば気分転換になると思うが、乗り気がしないようだ。新聞も斜め読み何が書かれているか頭に入らぬ。政権打倒を目指す新聞記事も迫力がない。昨今電力株が震わない。株にリスクはつきものソノ覚悟なくして株など買えぬ。じっと塩付けにして反転上昇を期待している。私の株の購入は配当目当てであり、売買利益を期待する物ではない。それにしても今の電力株は底値もいいとこだ。まだ下がれば悲鳴を上げたくなるな。誰が儲けて誰かが損失を被る。それもいいではないかと開き直る。
# by ayabemorinaga | 2019-05-17 10:56 | Comments(0)

麦秋

五月が過ぎて六月になれば麦刈りの到来だ‥我が幼少の頃は、養蚕業が盛んで蚕の食材の桑の実が食べられる。唇を紫色にしながら甘酢つぱい桑の実をほおばったものだ。麦刈りをして脱穀するのであるが麦のいがいがが身体に付着してかゆいことこの上なかった。小麦を栽培してそれを粉にしてうどんを作るのだ。ご飯が足りなければうどんをつくりたべたものだ。麦秋とは麦の収穫期の事をさす。蛍が飛び交うのもこの時期である。源氏蛍は少なくぬか蛍がたくさん飛び交っていた。蛍を追っかけて上ばかり見ているから田んぼのなかに滑に込むこともしばしばあった。麦の収穫が終われば田んぼに水を張り田植えの準備だ。農家では猫の手も借りたいと云われる忙しい時期である。養蚕は農家の副業だ六反百姓では生計が立たぬ。養蚕は年に少なくても四回繭を収穫出来る‥家全体を養蚕のため使うため、人間の寝るとこは板の間だ。養蚕も戦後ナイロンの出回り衰退した。農家の忙しさを助けるために共同炊事がされ昼のおかずが供給された。キャベツの油炒めがおいしかったな。昔を振り返る麦秋がやってきた。

# by ayabemorinaga | 2019-05-16 09:39 | Comments(0)

草苅

昨日は老人会で公民館の草苅が実施されたので参加した。平素老人会の行事への不参加の埋め合わせのつもりだ。昨日は真夏日のようなアッさである。草苅を一時間継続すれば身体が悲鳴を上げる。寄る年波には勝てぬと実感する。水分補給も必要だ。飲み物は老人会で調達してくれる。ぼちぼち草苅も辞退をせざるを得なくなるようだ。無理に参加する事もあるまい。自分の身体相談することだ。しかし、私よりも年配の人が矍鑠として参加されている。立派なことだ。気持ちとしては、身体が健康である限り参加刷るべきであると自覚する。背負いの草苅機の重さをずっしりと感じるようになった。年は取りたくないものだ。こんな身体の調子だと家庭菜園もいい加減な事になりそうだ。当分は、犬と散歩して足腰を鍛えていこうと思っている。

# by ayabemorinaga | 2019-05-14 08:49 | Comments(0)

昨日の事

昨日は京都で退職教員の集いがあったので参加した。参加者は130名だ。年々参加者が増える様だ。顔なじみがすくなくなり見知らぬ後輩が増えていく。我々は年配者の参加が少なくなっていく寂しいがぎりだ。でも、是がこの世の掟なんだと思う。91才で矍鑠として参加されている先輩もいた。見習いたい物よ。かっての同僚が元気に参加されているのをみるにつけ嬉しい限りだ。話の内容が何であったかとんと思い出せぬ。脳の劣化が始まりだした。認知症に成ったら大変だ。気を付けなければと思うが、はてさて何に気をつければいいのか分からぬ。認知症になれば人間の本性が如実に表れるとか。はて私はどのような本性が表れるのか気が気でない。人間の本性とは、色気が食いけのどちらかだと云われている。私は自分では食い気だと思っているがそれは分からぬ。京都駅で帰りしなに会う事になっていたのにすっかり忘れて電車にのり、電車に乗ってから娘に慌てて電話をして謝る事になる。荷物を持って京都駅で電話を待っていたらしい。その荷物が今日宅急便で届いた。前の晩に娘から帰り際に電話をして-とシッヵり云われていたのに忘れている。友人と一緒であったのでうっかり忘れをしたのかも知れぬ。と自分では思いたい。認知症の前段症状だとは思いたくないよ。年を取るにつれて全身の機能が劣化するのは避けられぬ。是も自然の法則だ。




  

# by ayabemorinaga | 2019-05-12 14:11 | Comments(0)

昨今感じることは

この年に成ると健康のありがたさが身にしみる。健康は親からの贈り物と言われる。健康な身体こそ、健全な精神が維持出来る。病の辛さは人には分からぬ。痛いのを我慢できるのには限界がある。煩っているとちょっとした他人の言葉に酷く傷つくことがある。病人には優しく接することが何にもまして求められる。誰もがぴんぴんころりを願望すれど、神は人間の勝手な願いなど聞いてくれぬ。脳梗塞で寝たきりになり家族に迷惑をかけることは最悪だ。ろうそくの火が消えるがごとくすーっと息が引き取れればいいのだが、願いは叶わぬだろう。健康で老後を送れてこそ後期高齢者の生きる喜びであろう。寿命は何歳かは知らぬが健康で過ごしたいと思う昨今だ。



# by ayabemorinaga | 2019-04-17 09:25 | Comments(0)

昨今感じることは

この年に成ると健康のありがたさが身にしみる。健康は親からの贈り物と言われる。健康な身体こそ、健全な精神が維持出来る。病の辛さは人には分からぬ。痛いのを我慢できるのには限界がある。煩っているとちょっとした他人の言葉に酷く傷つくことがある。病人には優しく接することが何にもまして求められる。誰もがぴんぴんころりを願望すれど、神は人間の勝手な願いなど聞いてくれぬ。脳梗塞で寝たきりになり家族に迷惑をかけることは最悪だ。ろうそくの火が消えるがごとくすーっと息が引き取れればいいのだが、願いは叶わぬだろう。健康で老後を送れてこそ後期高齢者の生きる喜びであろう。寿命は何歳かは知らぬが健康で過ごしたいと思う昨今だ。



# by ayabemorinaga | 2019-04-17 09:25 | Comments(0)

礼節

礼節を重んずる人は素晴らしい。今頃の若者は礼節などケツ食らえと無礼な態度をする人も居る。礼節を重んじ無い人は人間失格だ。人間失格を思わせる人もわんさといる。異動のむ季節はお世話になった人への挨拶は欠かせない。お世話にならなくても関わりのあった人への挨拶は常識の範囲だ。しかし、それがなかなか出来ない人間も増えてきた。すくなくとも人を教える教師は礼節を何より重んずべきだ。それがなかなか出来ていない。しかし、礼節を重んじる人が皆無ではない。特に管理職は礼節を格段重んじるべきだ。綾部高校には礼節を重んじる素晴らしい管理職がおられる。老醜をさらけ出して生き延びている、我が家にわざわざ転勤のご挨拶をいただいた。我々の時は転勤赴任の時には夕クシ―で挨拶回りをした。そのような習慣も昨今は廃れ果てた。ぎすぎすとした世の中になりかけたのか。
# by ayabemorinaga | 2019-03-29 14:10 | Comments(0)

異動の季節

花便り聞かれる頃は、異動の季節の到来だ。悲喜こもごもの思いに駆られるのもこの頃だ。思わぬ異動に仰天する人も居れば、してやったりとにんまりする人も居る。桜花を見て哀しむ人も居れば、得意満面の人も居る。人事異動は人人にいろんな思いをさせる。公務員であれ会社員であれ宮仕えする人達には避けて通れる道よ。人事異動でやる気を起こす人も居れば、意気消沈する人も居る。勤務評定は人のすること完璧ではない。欠点ばかり目について、その人の長所が見つからぬ。ずけずけと物言いする人を、上司は毛嫌いする。かといって、おべんちゃらも度が過ぎれば厭がられるが、そこの所を上手にすれば、上司にかわいがられる。部下から見れば上司にも嫌みな奴がいる。上司もいろいろ直言を嫌う人も居ればよろこぶ人も居る。人様々だ。とかくこの世は住みにくい情にさおさせば流される理に働けば角が立つのとおり人の世は息苦しい。息苦しい世の中を無難に生きる知恵を出すのが人間さ。上手に世渡りする人のまねでもすることだ。出来ないならばいかようにあしらわれようと泰然自若意地を貫き通して生きようぜ-
# by ayabemorinaga | 2019-03-28 14:58 | Comments(0)

あわやー締め出し

昨晩四方府議の総決起集会が市民センタ-で開催されたので参加した。伊藤事務長にお願いして駐車綾部高校東分校にさせてもらうことにした。校内には女性の見知らぬ方がおられた。集会が終わって帰ろうと思って東分校に行くと門塀が閉ざされていた。どうやら鍵かかっているらしい。杉垣の塀をくぐり抜けて校内に入り、施錠されているのを解錠しょうとするのだが慌ていているのでらちがあかぬ。あかなければタクシ一帰るより方法がない。何とか解錠が出来た。正にーあわやー締め出しとはかくのごとき事かと肝に銘じた。由良川の河川敷に駐車するのがまともな人のすることだ。と反省した。

# by ayabemorinaga | 2019-03-25 14:47 | Comments(0)

私の上司その2

昭和38年高校生急増期に、綾部高校定時制へ転出した。そのとき面接を受けたのは、笹田得治校長であった。定時制ですか、一度市村上教育長と相談しますと言って、渋っていたら今度来る先生は難しい人ばかりだ。勤労学徒の為に教えることは素晴らしいことではないのか。と一喝された。出来るだけ早く全日制に変えて欲しいとお願いした。定時制1年6ヶ月で全日制に変わった。商業科の先生が現職死亡された。現在綾部高校東分校に校長官舎が在りそこに住まわれていた。夕方には事務室で新聞を読まれていた。あるとき定時制の懇親会があり一杯機嫌の先生が大きな声で、校長の悪口を言いながら帰ってこられた。事務室で校長の姿を見られた先生は慌てふためきその場を脱兎のごとく去られたことがある。滑稽とはそのことかと思った。校長先生はおそらく顔を見られたと思うが、悪口をほざいていた先生を希望どおり全日制へ転勤させられた。包容力があるというのか懐が深いというのか私ではまねの出来ない態度であった。享年63才であった。校長としての気苦労が寿命を縮めたのか知るよしもない。合掌
# by ayabemorinaga | 2019-03-16 12:45 | Comments(0)

私の上司その1

中上林小学校の上司は故坂田安雄校長であった。朝の職員朝礼で生意気な言辞を弄する私を温かく見守っていただいた。その上私の仲人までしていただいた恩人である。今でもよく思い出すやンちゅぼうずのうえ、礼儀知らず、世間知らず傲慢な態度を示す私をご指導していただいた。坂田校長には包容力があった。酒席で節度を越すような振る舞い、たとえば酒席で葬式ごっこをやって戒名に、アリナミン院文芸春秋居士とづけてたり、なぜ、アリナミンなのか、それは常にアリナミンを買って飲まれていたし、文芸春秋が愛読書であったからだ。悪ふざけも徹底していた。それをじっと我慢の包容力驚嘆すべし。息子の真ちゃんが、東京暮らしをしているために、墓まで東京に移したので墓参りもママならぬ。私は坂田校長に管理職のあり方をそれとなく教わったような気がする。坂田校長が気配りされていたのは教職員の和であった。坂田校長はお酒が好きでいろんな口実を設けては酒席を設定された。当時は学校でお酒を飲んでも何ら差し障りはなかったので礼法室の畳のまで教職員が酒を飲んだ。お酒の勢いで軽トラの荷台に幌をかぶせて、乗り合わせあやべの月見町のいずもまで繰り込んだものだ。ソノ席へは必ず故村上教育長が臨席された。私が高校転出の希望を出したとき、坂田校長は私も今回山家小学校に転勤することになった。一緒に山家小学校に来ないか、中丹局の指導主事に推薦すると云われた。それほどまでに私をかわいがっていただいた。あの世にいけば真っ先に坂田校長にお会いしたい。そこで改めて感謝の気持ちを伝えたい。今は唯御霊のやすらかな安寧を祈るばかりだ。



# by ayabemorinaga | 2019-03-15 09:31 | Comments(0)

雪降り

朝目覚めると雪が降っている。三月半ばの雪は珍しい。私の記憶の中では、三月二十日過ぎにゆきがふったことがある。湯村温泉に行く途中の春木峠で雪が降り始め驚いたことがる。降り続けば雪対応タイャを装着していないので不安であった。幸い翌日は好天にめぐまれて不安は解消された。この雪は異常気象と云えばいいのかわからぬ。冬の雪は土中の害虫を除去してくれる。自然の摂理だ。我々は自然の摂理に支配されて生きている。いやー生かされてるのかも知れぬ。冬が寒ければ寒いほど春の訪れが待たれる。毎日が日曜日の日が続き始めてから幾星霜、朝目覚めてもすることがない。いやー写経を始めると云ったばかりだ。忘れてはいないがものぐさで三日坊主だ。全くだらしないしゃきっとしない毎日だ。人の為世のためと言ってもこの年では身体が云うことを聞かない。雪降りの寒さが我の身体にむち打ってくれるのか。
# by ayabemorinaga | 2019-03-14 09:46 | Comments(0)

遍歴

遍歴って、なんの遍歴なのーそれが新聞の遍歴なのー私が学生の頃から我が家では朝日新聞であった。新聞小説で獅子ぶんろくや、林ふみ子のめしは絶筆にったが-石坂洋二郎の青い山脈は忘れなれぬ。その後どのような小説が連載されたかは記憶にない。つい最近まで、産経新聞を購読していた。産経は政権擁立の立場の論調が目立つ。産経に洗脳されてはと気づき京都新聞に変えたが、消化不良に陥り私の性に合わないことが分かり朝日新聞に変えた。朝日は読み応えがある。しかし時の政権には批判的だ。我が国を貶めるような記事を書き世界に広める事もある。慰安婦問題はその代表ではなかろうか。新聞は社会の木鐸と言われている。社会を指導する立場にある。偏らない立場を堅持して正論を書く使命がある。自分に合った新聞を読めばいいので人様からつべこべ言われる筋合いではない。誰もどのような新聞を読もうがつべこべ言う人などおらぬよ・そうだな。これからしばらく朝日新聞と付き合う事とする。

# by ayabemorinaga | 2019-03-12 09:38 | Comments(0)

寄せ書き

昨今は、寄せ書きの常套句は、楽しみのある人生をーで゛ある。若かりし頃は、敬天愛人であった。卒業生に贈る言葉も敬天愛人で一貫していた。楽しみのある人生はそれぞれであろう。さて、私の楽しみのある人生とは何であろうか。と、考えた。人生より余生かも知れぬ。余生とは何‥生き残りの余った人生か。馬鹿いえ。昨今もある会合で、69才で市会議員に立候補。一体全体なんと考えて立候補したのか。と冷やかされた。人生二度ないならば、出来るだけいろんな経験をすることも意義がある。と考えた。教育の世界から政治の世界へと視界を広げてみた。君は教育委員もしていたのだから、教育一筋と思っていたがなぜ政治の世界を君の考えは分からぬ。とも云われている。選挙力-に乗って窓から手を振ってみたかったのか。と義兄に笑われた。話しが脱線した。そうそう楽しみのある人生とは、健康で趣味三昧に暮らすことか。温泉で湯につかりのんびり過ごす事か。楽しみも苦しみの心の持ち方一つだ。心凍らせてではダメだ。心頭滅却すれば火もなお涼し。と言う心の持ち方が大切だ‥何事も否定的な考えから脱却しなければ、楽しみのある人生経験は不可能かな。楽しみある人生を満喫している人は幸いなり--


# by ayabemorinaga | 2019-02-16 10:52 | Comments(0)

三つ子の魂

今日はめらし朝からく雪降りだ。昨今は暖冬というのか雪が降る日はめっきり少ない。小学校に勤務し始めた頃は、雪の朝は身体がしゃきっとしてたものだ。雪の降りしきる道を歩くのはすがすがしく感じた。心が凍るのではなく心弾む思いであった。ところが、昨今は雪降りは心身が凍り付く。いや、寒さで震えるのだ。私は幼少の頃祖母に育てられたので、風邪をひかせぬ様にと、祖母が厚着をさせたらしい。結果、極端な寒がりになった。在職中は11月になると事務長が気を利かせて、おきス-ト-ブを出してくれた。保育園で冬でもランニングで登園させているところがあるが、寒さに耐える身体作りには効果的だろう。身体は幼少期から鍛錬することが大切な事だ。三つ子のたましいならぬ三つ子の身体をしっかりと鍛えて健康な身体作りこそそれそれの人生をより豊に意義のある物にすることだろう。左様なことをぼんやりと考えながら雪空を眺めている。雪の降る町をーとくちづさみながら-
# by ayabemorinaga | 2019-02-11 09:14 | Comments(0)

写経

余輩七十にして、お経をそらんじ、八十には写経の日々を過ごす。今から写経一千巻を目指して完成すれば高野山に奉納する。遠大なる構想を持ってじっげんを目指す。出来るかな、出来ないかなと迷えばおしまいよ。やれるやれると気合いを入れて実践すれば悲願は達成する。人生なんて、そのようなものよ。がんばろうのかけ声勇ましく実行しょうと思う。何事にも動じない不動の精神力発揮して、八十半ばで立志とはこれいかにーー毎日写経をして三年で一千巻ゎ到達できる。おもいたったがきちじつとやらーきょうから-ゆうばっかりで実行出来ぬ政治家がいるが、そんな人にはなりたくないからな。
# by ayabemorinaga | 2019-02-05 12:41 | Comments(0)