綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

交友録(追悼№3)

彼(西山保君)と最後の言葉を交わしたのは,下市自治会総会で懇親会があり、退席の折に,彼にお先に失礼します。と挨拶をすると,僕はもう少しこの席で話して帰るつもりだ。と珍しく上機嫌であった。
 その夜に知人から,西山君が公民館の階段から転落して緊急入院したという知らせであった。翌日友人と二人病院に見舞に伺ったが,家族の方がおっしゃるには、もって一週間です。という哀しい言葉であった。
 彼は,物部小学校の同級生である。小学校四年生の体育の時間に、,跳び箱で転倒して大腿骨骨折という大けがをした。半年間療養の為学校を休んだ。生来まじめであった彼は,真剣に跳び箱に挑んでいた姿、担任先生の驚きの様子、両親に背負われて通学をしていた様子は,75年を過ぎたいまでも,私の脳裏に強烈な印象として残っている。彼は,担任の先生が一生懸命教えてくれて、進級できたと担任の先生に感謝をしていた。彼は,人に対して寛大でおおらかで人の過ちを受け止める優しい心を持っていた。また,人の世話をするのが好きで,同級会の幹事を率先して引き受けたり,綾部市身体障害者協会会長を二期八年、ものべ老人会会長等奉仕の精神を身を以て実践した。
 私が彼と昵懇にお付き合いをするようになったのは,私が市会議員に立候補する為に,下市地区幹事をお願いしたときからである。二期目の立候補を決意したときは,一期目にお世話になった後援会役員がほとんど高齢の為辞任され、後援会本部役員の再編成を余儀なくされた。当時の状況は,市会議員定数を22人から4人減らして,18人定員となった。立候補予定者は20人の少数激戦が予想された。地元物部で立候補をされる人があるという噂も広がっていた。森永株で誰か立候補を思いとどまらせる者はいないのか,と言う声も聞こえてくる。
 そのような厳しい選挙情勢のなか,彼に後援会会長を無理にお願いした。彼も万が一をおもんばかって心中穏やかでなかったであろうが,本部役員が全員一体となって協力をしてくれるならといって引き受けてくれた。
 会長を承諾してくれてからは,彼は歩行が不自由な身体にむち打って,後援会員の勧誘に懸命の努力を傾けてくれた。その献身的な行動に本部役員は触発されて彼を懸命に支えてくれた。本部役員の連帯をたかめ全員一致の行動力へと駆り立てるのも彼の人徳である。
   神は敬虔なクリスチャンである彼をはやばやと天国に招いてしまった。彼をこれ以上苦労させまいとの御心か。                                                                    彼の元気な姿・声を永久に見る事も聞くことも出来なくなった。諸行無常・合掌
 
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by ayabemorinaga | 2016-03-15 10:13 | 教育・学校 | Comments(0)