綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

寂しき追憶

昨今は,何かにつけて悲観的な考えしか浮かばぬ。それを歳の性にしたくはないが、やはり年齢が影響している.この年になって生き甲斐を持つ事すらない.されど、何か生きる目標がなければやりきれぬ。野菜作りが当面の生き甲斐か.追肥、消毒、水やりと結構手間がかかる.畑の周囲の草苅もしんどくなってきた.無理をするとからだがきしむ。一晩寝ても疲労回復が出来ぬ.考えられないほどの身体の劣化だ.運動代わりに散歩を日課としているが、ちょいちょいサボりたくなる.継続は力なりノ言葉がむなしく響く.天候によって気分が左右される.私が田舎に帰ったのは30才の時だ.父親が60才でみまかり,私が一家を支えなければ成らなくなった。高校三年の弟、グンゼ柳瀬に勤務する妹、それに母と祖母がいた.農業と勤務の二足わらじを履いて必死になって働いた.よく頑張ったものだと今更ながら驚いている.父の一生もくろうの連続であったと考える.昭和9年に火災に遭い,川筋から当時の金で1000円で今の家を購入したてた.当時グンゼの株を売却して400円の資金を調達したと聞いている.家の経済を支えるために父は冬働き即ち寒天屋に12月中頃から2月の中頃まで毎年働きに出かけた.私も大学生の時父の働いている現場に行ったことがある.私の学費はわずかばかりの山林の立木を売却して調達してくれた.私が学校に勤務し始めた頃父は私に始めて弱音をはいた.少しばかりお金を家に入れてくれぬか.ニッチもしゃっちも行かぬようになった。と苦しい家の経済を話してくれた.私は,無慈悲にもいや恩知らず罵られても弁解の余地がない言葉を父に投げかけた.親父さんお金に苦労するのも長生きの秘訣だぜ-と。父に親孝行もすることもなく父は旅立っていった.親孝行したいときには,親は亡くを実感する。今の生活が出来るのは父のおかげだ.されど親孝行の為に墓に布団をかぶせるわけには行かぬ。神の前で懺悔をして親不孝を許してもらうわけには行かぬか 罪深き行為に神はお怒りになり決して私の親不孝をお許しになる事はあるまい.悲しいことだけれど---


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by ayabemorinaga | 2018-05-01 10:56 | Comments(0)