綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

あんなことこんなこと

あんなことこんなことあったでしょう。保育園で卒園式に子供達が歌っている。長い人生では、あんなことこんなこと、つらいこと、くるしいこと、かなしいこと、たのしいこと様々な事を経験しながら終活へとたどり着き棺を覆ったとき人の評価がさだまると云われている。思い起こせば、我々の管理職時代は教職員組合との交渉が頻繁に行われた。革新府政の時は、職員会議が最高議決機関で、学校運営のすべてが職員会議の決定を経なければ成らなかった。だから校長は責任を取ること皆無だ。学校運営についてすべての責任をおうのは職員会議だ。当時の校長は呑気なとうさんの見本だ。こんな気楽な稼業はないといえよう。学校管理運営規則がなかったために、校務分掌は選挙で選出された校務分掌委員会が本人の希望を聞きながら最終決定した。民主主義のてっていといえはぜきれいに聞こえるが大衆迎合主義の見本みたいな物だ。学校運営規則が制定され校務分掌の決定権は校長の専権事項となった。校長の専権事項を乱発して教職員の意向を無視する馬鹿校長が現れたことがある。校長は教職員のやる気をおこす校務分掌決定に最善の努力を傾注することだ。独断専行は禁物だ。春期討論会の廃止‥学校管理運営規則の制定等、教職員組合側からみれば気色の悪い代物ばかりだ。当然校長との交渉事項となり学校現場では頻繁に交渉が行われた。校長受難の時代だ。私などは教職員人事で組合からダッカのごとく毛嫌いされた見本だだ。人事で組合の街宣車が私宅まで押しかけてがなり立てられた。そのような校長は、私以外に自慢じゃないが誰もいないだろう。退職後9年の歳月が過ぎたとき、俺はそんなに世間で評判が悪いのか、信を問うためメンツをかなぐり捨てて市会議員に立候補した。その節には、西坂町のみなさんには言葉で言い尽くせぬほどお世話になった。感謝感激だ。落選すれば評判どおりだと反省し今後の生き方を考えようと思った。されど世間は私を見捨てていなかった。一期目は22人中11番めで当選した。二期目は議員定数22人から18人に減らしての選挙となり、あわや落選かと思ったがビリから二番でようやく当選した。世評ではもっぱら老齢議員候補者二人が落選候補とはやし立てられていたそうな。選挙は水物と言われるとおり、市議6期のベテラン議員が落選の憂き目を見た。ああ無常 峻烈極まる判断が下された。あな恐ろしや-世間とは。我が人生に未来はない。故にあんなことこんなことあったでしょうを、回想する日々だ。

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by ayabemorinaga | 2018-10-15 09:00 | Comments(0)