綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

写経

後期高齢者となり菜園仕事を唯一の楽しみとしていたが、億劫になり始めたので止めた。、今更反省しても無駄なことだが、自分なりの趣味を持つべきであった。俳句‥短歌‥囲碁 写真。グランドゴルフ‥ゴルフ‥等賀あるのだからいずれか一つを習得しておくべきであった。いずれも無能な我が最後にたどり着いたのが写経だ。何枚の写経が出来るか。1000枚出来たときに高野山に参拝して納めることとするか。思いつきじゃダメだろう。一心不乱に写経に打ち込むこととする。‥
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# by ayabemorinaga | 2018-10-23 12:27 | Comments(0)

毎日が

毎日が日曜日の生活が続く、朝起きて朝食を取れば犬の散歩・犬に引っ張られながらよたよたとついて行く。案外臆病な犬だ。自分の思う方向に行かしてくれないと、お座りをして動かない。飼い主の意向など完全無視だ。飼い主の気持ちが理解するようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。散歩は朝と夕方の二回だ。歩数は3200歩だ。我々の年齢になれば、一日何千歩が健康維持に適当なのかは理解していない。体力に応じた歩数で決して無理をしないことだ。元気で散歩が出来るのも後何年か。

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# by ayabemorinaga | 2018-10-22 13:22 | Comments(0)

毎日が

毎日が日曜日の生活が続く、朝起きて朝食を取れば犬の散歩・犬に引っ張られながらよたよたとついて行く。案外臆病な犬だ。自分の思う方向に行かしてくれないと、お座りをして動かない。飼い主の意向など完全無視だ。飼い主の気持ちが理解するようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。散歩は朝と夕方の二回だ。歩数は3200歩だ。我々の年齢になれば、一日何千歩が健康維持に適当なのかは理解していない。体力に応じた歩数で決して無理をしないことだ。元気で散歩が出来るのも後何年か。

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# by ayabemorinaga | 2018-10-22 13:22 | Comments(0)

毎日が

毎日が日曜日の生活が続く、朝起きて朝食を取れば犬の散歩・犬に引っ張られながらよたよたとついて行く。案外臆病な犬だ。自分の思う方向に行かしてくれないと、お座りをして動かない。飼い主の意向など完全無視だ。飼い主の気持ちが理解するようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。散歩は朝と夕方の二回だ。歩数は3200歩だ。我々の年齢になれば、一日何千歩が健康維持に適当なのかは理解していない。体力に応じた歩数で決して無理をしないことだ。元気で散歩が出来るのも後何年か。

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# by ayabemorinaga | 2018-10-22 13:22 | Comments(0)

生き甲斐とは。

命、心は存在すれども目に見えぬ物なり。いや存在するのか。観念論では説明できるか。唯物論での説明は不可能か。いやいや、生き甲斐とは何か。この年で生き甲斐など亡いわ。と開き直る。そりや*-あんたの勝手だぜ-好きにしいや-とはね飛ばされる。意地になってあんたは生き甲斐があるのか-とたずねたらあるさ。どのような生き甲斐か-と尋ねても返事はない。菜園作りが生き甲斐かと思ったが昨今は菜園作りもしんどいばかりで、天候不順のため立派な果実は望めない。苗を買い肥料を買い田畑を耕耘する手間がいる。買った方が断然お得だ。しんどい思いをして田畑を耕作する気力も失せた。気力の喪失が生き甲斐を奪う。何度も書くが我に未来はない。我の未来はお迎えだけだ。左様なことに心を奪われていると心を病むよ。そりや-分かっているさ。隣人も自己中心人ばかりで当てにならぬ。いや-ダンス‥カラオケ‥ボ―リング・雀荘三昧と生き甲斐をもって遊んでいる人を見るとうらやましい。お酒を唯一の友としてほろ酔い眼で世の中を睥睨している人も居る。お酒が生き甲斐とはご立派なことで。-人なかにでて話を聞けば気分をはれよう-。そのために、老人会があるではないか。老人会に参加する気力も持ち合わせていない。老妻相手に家の中に引きこもっておればダメよ。話し相手を求めて市中を俳諧すれば、だれかに出逢うだろう。その人を友として交わりを深めルることよ。--了解。どうですか。提案だが温泉巡りの旅に出られては。いいね。思い立ったが吉日早速旅行業者に頼むとするか。それも生き甲斐の一つか。明るく生きよう。楽しみを求めて--なんだかんだと、ご託を並べていないで健康であることを神に感謝したまへ-といわれそうだ。健康一番この健康を維持するために、神仏に感謝を捧げて暮らすべしか。

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# by ayabemorinaga | 2018-10-19 10:50 | Comments(0)

謹啓 西脇知事

西脇知事の御尊父を私は存じ上げている。義兄が国会議員に出馬するとき西脇知事の御尊父西脇庄一府議が選対本部で中心になって熱心にご活動いただいた。そのお姿は今も我が脳裡に彷彿とうかびあがる。それはさておき、京都府教育委員会の教育委員に是非高校教諭‥小中教諭からそれぞれご推薦いただきたいと思っている。かって、林田知事当時副知事であった野中副知事は、高校から故藤田一先生、中学から西田先生を推挙された。それは革新府政からの保守府政に転換したので過信教育委員会の体質改革が必要であったことも影響している。革新府政の教育施策が染みついている教育現場の意識改革を推進する施策の立案には教育現場経験者の意見を聞くひっようがあったかも知れぬ。私は、教育現場の経験者が教育委員であれば、具体的な施策の提言が出来るからである。教育委員会が行政経験者ばかりであると施策が抽象化する恐れがある。教育委員会は、施策を推進するときは検討委員会を設置してその中に教育現場経験者も入れていると反論するだろう。水産高校・石原高校の学科改編の時は産業教育委員会の検討を経て改革施策を実践したと云われるだろう。それは当然の手続きである。私は教育委員には、二人ぐらい教育現場の経験者がいることが施策の活性化を推進するときの審議が具現化することは間違いないと思っている。故に、教育委員に現場経験者を任命していただきたいと思う。
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# by ayabemorinaga | 2018-10-18 11:51 | Comments(0)

我が輩は犬

我が輩は犬である。天然記念物の柴犬だ。戸籍上は凜であるが、気むずかしい飼い主の奥さんが[ここ]と呼んでいる。我が輩の父親の名は都乃紅龍号で母親は絆乃凜号だ。本籍地は、高砂市阿弥陀町長尾431-30番地だ。父親は平成24年の秋京都展で成犬優良一席日保本部賞をもらっている。生まれは、2018年5月18日である。生後三ヶ月で気むずかしい飼い主の所に着た。気むずかしい飼い主と同じ部屋でゲ-ジの中で暮らしている。ゲ一ジの中は窮屈でたまらないので外に出して欲しいのだが、気むずかしい飼い主は、我が輩の気持ちなど考えず散歩の時以外は外に出してくれない。外に出して欲しくなりクンクンなくと大きな声で叱責される。我が輩が飼われたのは気むずかしい飼い主の散歩のお供だったらしい。朝晩散歩に連れ出してくれるが、我が輩が走り出そうとすると飼い主はよたよたしてリ一ドを強く手元にたぐり寄せるから首が締まってたまらない。我が輩と競争するぐらいな元気はつらつとした飼い主であればどれほど幸せかと思う。よたよたじいさんの元に飼われたのも我が輩が持って生まれた宿命かとも思う。これから何年よたよたじいさんの散歩の相手をしなければならないノだろうか、気が滅入ることこの上ない思いだ。最近になって動物を飼うと如何に世話が大変かが分かってきたようだ。我が輩の排泄物の始末をぶつくさいいながら行っている、気の毒なよたよたじいさんだ。

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# by ayabemorinaga | 2018-10-17 10:34 | Comments(0)

あんなことこんなこと

あんなことこんなことあったでしょう。保育園で卒園式に子供達が歌っている。長い人生では、あんなことこんなこと、つらいこと、くるしいこと、かなしいこと、たのしいこと様々な事を経験しながら終活へとたどり着き棺を覆ったとき人の評価がさだまると云われている。思い起こせば、我々の管理職時代は教職員組合との交渉が頻繁に行われた。革新府政の時は、職員会議が最高議決機関で、学校運営のすべてが職員会議の決定を経なければ成らなかった。だから校長は責任を取ること皆無だ。学校運営についてすべての責任をおうのは職員会議だ。当時の校長は呑気なとうさんの見本だ。こんな気楽な稼業はないといえよう。学校管理運営規則がなかったために、校務分掌は選挙で選出された校務分掌委員会が本人の希望を聞きながら最終決定した。民主主義のてっていといえはぜきれいに聞こえるが大衆迎合主義の見本みたいな物だ。学校運営規則が制定され校務分掌の決定権は校長の専権事項となった。校長の専権事項を乱発して教職員の意向を無視する馬鹿校長が現れたことがある。校長は教職員のやる気をおこす校務分掌決定に最善の努力を傾注することだ。独断専行は禁物だ。春期討論会の廃止‥学校管理運営規則の制定等、教職員組合側からみれば気色の悪い代物ばかりだ。当然校長との交渉事項となり学校現場では頻繁に交渉が行われた。校長受難の時代だ。私などは教職員人事で組合からダッカのごとく毛嫌いされた見本だだ。人事で組合の街宣車が私宅まで押しかけてがなり立てられた。そのような校長は、私以外に自慢じゃないが誰もいないだろう。退職後9年の歳月が過ぎたとき、俺はそんなに世間で評判が悪いのか、信を問うためメンツをかなぐり捨てて市会議員に立候補した。その節には、西坂町のみなさんには言葉で言い尽くせぬほどお世話になった。感謝感激だ。落選すれば評判どおりだと反省し今後の生き方を考えようと思った。されど世間は私を見捨てていなかった。一期目は22人中11番めで当選した。二期目は議員定数22人から18人に減らしての選挙となり、あわや落選かと思ったがビリから二番でようやく当選した。世評ではもっぱら老齢議員候補者二人が落選候補とはやし立てられていたそうな。選挙は水物と言われるとおり、市議6期のベテラン議員が落選の憂き目を見た。ああ無常 峻烈極まる判断が下された。あな恐ろしや-世間とは。我が人生に未来はない。故にあんなことこんなことあったでしょうを、回想する日々だ。

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# by ayabemorinaga | 2018-10-15 09:00 | Comments(0)

祭礼

今日は好天に恵まれ西坂町の祭礼が行われている。私が居住する西坂は東西約4キロに田園が広がり山間に住宅が点在する。西坂を超えれば丹後の国大江町へと続く。西を望めば大江山の峰が眺められる。西坂の奥赤目坂を起点して川が流れる犀川へつながる。戸数およそ100戸人口約280名ぐらいだ。田園は60町歩専業農家10軒で耕作可能だ。そう祭礼の話だ。西坂には、神社が3社鎮座成される。高蔵神社‥諏訪神社‥九社神社である。御輿が高蔵神社を出発して諏訪神社‥九社神社を巡り高蔵神社に帰還される。私の幼少の頃は、新嘗祭に合わせて10月17日と決まっていた。昨今は御輿を担ぐ人手を確保するために10月半ばの日曜日となった。一聚落に神社が三社あるのも珍しいのではないか。高蔵神社のご神体は武内宿禰であり戦の神と思っている。私も市議選に臨むに当たり必勝を期して告示当日参拝したものだ。昔を思い、村の鎮守の神様の今日はめでたい村祭りどんどんひゃららどんひゃらら-と口ずさんでみた。台風被害による土砂災害も少なく平穏な日々を過ごせることを感謝して御輿が巡行される事を願う。高齢者ばかりになり、御輿の担ぎ手もない村に成ることだけはなんとしても避けて欲しいものだ。どうすればいいのか-それは政に携わる人たちの喫緊の課題だ。
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# by ayabemorinaga | 2018-10-14 10:11 | Comments(0)

白昼夢か

私が学生の時、大徳寺聚光院に下宿をしたときでございます。東寺で修行中の僧侶が聚光院にきて私と話しているとき、突然に、反対語のない言葉は何ですかな。と尋ねてきた。私は、とっさに空でしょうな。としたり顔で答えたものだ。僧侶もなるほどと思ったらしかったが、黙っていた。空って何だ。心って、命って言葉は存在すれど、実態は見えない。心凍らせて、命が縮むってどんな状態か。びっくりして腰を抜かすことはあれど、心を凍らせた状態とは身体がどうなるのか。体験したことはいまだない。心を凍らせた人間も見たことがない。いや内面のことだから外部からは見えないのかも知れぬ。心や命をつかむことが出来るのか。命や心をつかみ手玉に取ってみたいが無理だ。いや不可能だ。恋い心ってなんだ。相手の心をわしづかみと言う言葉があるが、つかめるか。心はどこに宿るのか。心理学で心の実態を解明できるか。昨今そのようなことが胸中にさんざめく。白昼夢か。
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# by ayabemorinaga | 2018-10-13 10:14 | Comments(0)

おや-と思ったこと

最近、おや-と思ったことと云えば、ある議会の議席のことだ。当選五回の議員が最前列とは、これいかに-私が議員の時は当選回数が多い議員が最後列であった。昨今は、当選回数が多い義員が最前列となったのかは存ぜぬ。常識的な観点から考えれば、議席は当選回数に準じて前列から後列へ-だろう。議席配列が会派の話し合いで決められるならば一人会派では決められたとおりに従うしかない。しかし、会派の幹事長が、惻隠の情を考慮すべきではないのか。私は特定の議員を擁護しようとは考えていないが。ごくごく常識的な考えに基づいていると思っているが、私の考えは非常識か。昨今は従来の頑固さに輪を掛けたような頑固が心にへばりついた。私の考えが間違っていれば是非反論をしてください。当選五回の議員が最前列であることを、私は議場に出向いて確認していない、ただ新聞報道で知っただけだ。私の新聞の読み違えもあるから絶対とは申し上げないつもりだ。ただただ市民目線でみれば-摩訶不思議ではないだろうか。いやさ-市民はさほど関心がないかも知れぬ。あんたが一人先輩面をしてこだわっているだけさ-と笑われるだけかもな-
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# by ayabemorinaga | 2018-10-12 09:42 | Comments(0)

ブログ三度

ようやくブログを書き綴ることが可能になりました。これからは心に浮かぶよしなしごとをそこはかとなく書き綴りたい。これから何を書き綴ることになる事やら-あまり期待しないでお読みください。
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# by ayabemorinaga | 2018-10-11 18:59 | Comments(0)

ああ無常

随分昔の事であるそうな。惻隠の情のかけらもない校長がいたそうな。校長が校務分掌で、ある教師に、指導部を担当して欲しいとお願いしたと云ったら、即座に出来ないと断ったそうな。その腹いせしらぬが校長は今度は、視聴覚部長に任命した。教師がそれも断ったら、視聴覚部員に降格し、視聴覚部員のなかから部長を任命すると言う嫌がらせをしたそうな。むかっ腹をたてた教師は堪忍袋の緒が切れて親に相談したそうな。無鉄砲な親は、すぐさま校長に出逢って抗議したそうな。校長さんよあんたの子供がこんなめにあったらあんたどうする黙っているかと-校長はしかめ面をして黙っていたそうな。学校管理規則の施行により、従来は教職員が選挙で校務分掌委員を選び校務分掌委員会が教員の校務分掌の決定に当たっていたが、校長の専権事項になった。人の心が理解できぬ哀れな校長は、校長権限を遺憾なく発揮して自己満足をしていたのだろうか。惻隠の情のかけらもない校長は、定年退職後まもなく亡くなったそうな。多くの教師の怨念がわざわいしたのだろうか、知るよしもない。合掌
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# by ayabemorinaga | 2018-09-30 12:01 | Comments(0)

ものぐさ日記

毎日が日曜日が何年続いていることか。朝起きて新聞を読む。拾い読みダ。丹念に隅すら隅まで読んだ受験期もあった。遠い遠い過去のことだ。60才で定年を迎えてから25年の歳月が過ぎた。定年後3年間は初任研指導にに関わった。10年間初任研指導に関わった同僚もいた。なぜ俺は三年なんかと思ったが、府教委が不適格と判断したのだろう。同僚からなぜ文句を言わないのか君らしくないと云われたが沈黙した。当面菜園作りに邁進した。野菜づくりは人間とは異なり煩わしさがない。世話をすればするだけいい果実となって答えてくれる。60年代は、寺総代や自治会役員として携わった。69才で、一念発起して、市会議員に立候補した。市会議員を二期八年やり後進に道をゆずり引退した。なせ今になって市会議員に立候補するのかと笑われた。議員には立候補するにはプライドを捨てなければやってられぬ。市民に審判を仰ぐことになるのだから-落選を恐れていては立候補は出来ぬ。立候補すれば、どこからともなく悪口が聞こえている。たとえ当選してもどんビリだとか云われていた。それが株内から聞こえてくるのだからたまらない。人間としての至らなさを痛感した。さような、うわさを聞けば聞くほど、やるぞ見ておれ男じゃないかと闘志が湧く。左様な元気があった。今は左様な元気のかけらもない。心も体もどのようにかれていくのかしるよすがもない。毎日が平穏無事に過ごせることを願うのみの昨今だ。
 追記出逢う人ごとにブログが書かれていませんがなぜの質問をいただいた。つまらぬブログでも読んでいただく人がおられることに感謝して書くことにした。

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# by ayabemorinaga | 2018-09-23 10:31 | Comments(0)

夕立3日

昨日、干天の慈雨とも云うべき夕立が来た。暑さで息絶え絶えの作物が生き返ったようだ。豪雨も困るが日照り続きも困る。適当に雨が降らないと大変だ。昔は雨乞いに山の頂上で火を焚いたそうだ。昨今の気象状況は異常としか云いようがない。災害列島日本で生活する我々は常に危険と背中合わせの状況だ。豪雨による土砂災害の恐ろしさを目の当たりに見た。安全安心のために身を守るには我々自身の行動でしか身を守ることは出来ぬ。さらに隣組同士の人たちが自助共助の精神を持って連帯して助け合うことだ。田舎でも以前は地域の連帯感が逢ったが昨今は自己中心主義が徹底している。自分が良ければそれで由とはこれ如何に。田舎の連帯感の喪失は何に由来する物なのか。さらに田舎の連帯感を維持する方策はあるのか無いのか。安全安心の町作りに欠かせないのは、それぞれの人たちの連帯感なくして成り立たぬ。行政の声かけだけでは達成できぬ。しかし消防団という強い味方もある。消防団に入ることを忌諱する人が居るのかいないのか。若者に世のため人の為に何かを成そうという気概はあるのか。安全安心は若者達の心志如何にかかっている。話しが横道にそれた。夕立三日と言われているとおり今日も夕立が来るのか否か。夕立を心待ちしたい。
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# by ayabemorinaga | 2018-08-30 09:18 | Comments(0)

戦いすんで日暮れて

我が町の市会議議員選挙が酷暑のなか執行され、昨晩市民の審判が下された。ここで隠居の独断と偏見に満ちた意見を述べることにする。新人はさすがに強い。いずれも上位当選を果たす。有権者の新人に対する未知の期待感があるのだろう。されど、なかには毎回上位当選する人もいる。その人の人柄はさわやかでありリップサ-ビスは抜群で謙虚さを失わない。少しでも傲慢さの片鱗でも見せれば、たちまち有権者はそっぽを向く。議員たるものは、常に有権者に対して謙虚な姿勢を接しなければ成らぬ。謙虚さを失えば有権者は離れていくことを如実に示されたのが、今回の選挙結果である。本人は傲慢な態度であるとは意識していないだろうが、有権者の眼をごまかすことは出来ぬ。なかには、謙虚を装っているずる賢い議員もいるから注意しなればならぬが-有権者も馬鹿ではないしっかりと見ている。されど仮面を装ったリップサ-ビスを見抜くことが出来なかった有権者のおろそかな一面もあったことは否定できない。それともう一つ付け加えるとすれば、義理人情を大切にすることだ。義理人情と言えば、やくざの世界かと軽蔑されたり、革新的な人たちからは毛嫌いされるが、それを失っちゃ-おしまいよ。と言っておく。先々を見据えて恩義のある人を見捨てていく政治家の風上にも置けぬ輩がいる事も事実だ。今回当選の栄を勝ち取られた議員諸氏は、世のため人の為に謙虚な姿勢を四年間堅持し市民の負託に応えるために、真摯な議員カッドウを期待する。議員カッドウの中心は政策提言がしっかりとできるか否かである。議員である限り政策提言が出来うる議員を目指して努力されたい。本来は首長が政策提言をする野ではなく議員がするのが正統なのだが、中央官僚が議員は政策提言が出来ぬと見くびって首長にも政策提言権を与えたのだ。中央官僚を見返すためにも政策提言がしっかりとできる議員を目指して普段の努力と研鑚を積まれたい。巧言令色少なし仁という言葉があるゆえ、過剰なリップサ一ビスもほどほどに
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# by ayabemorinaga | 2018-08-27 08:46 | Comments(0)

市民の選択基準とは

四年に一度の市会議員選挙が執行されている。議員は長きを持って由とするものではない。議員在職中に政策提言を何回行ったか。さらに市条例を議員提案出来たか。等で評価し有権者の選択基準にすべきだ。それでは新人に何を基準にすべきか。公約のなかに政策提言があるかどうかで判断すればよい。議会は公正な行政を確保するための監視力が無ければ成らぬ。されど現行の議員選挙を見ていると適格な監視が出来るかうかがわしいじたいが存在している。そこのところを議員はしっかりと自覚しているのか。それは充分承知の上でやっていると言われても、市民にはその証拠が見えぬ。監視批判は当主権者‥納税者の立場で成されなければ成らぬ。現行監査委員制度は、議会の監査権の延長として議員のなかから監査委員を選出するなど議会とは不離一体の関係に在りながら、議会の監査請求を行った事例は皆無ではないか。之は議会議員の怠慢ではないのか。少なくと年二回上期と下期について事務事業が適正に行われているか等の諸問題について請求する慣行を築き上げる必要は無いか。議会政治の要諦は監視なくんば立たずと理解をされたい。政策提言‥政策市条例を議員提案出来る議員こそ議員の資格在りと考える。異常気象に対応して安全安心の町作り条例を是非政策提案される九月議会である事を願う。それじゃ-お聞きしますがあなたはどのような議員でしたか。と尋ねられれば反論が出来ぬ。

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# by ayabemorinaga | 2018-08-23 10:56 | Comments(0)

生きる

人の為世のために尽くす。気概も失せ、ましてや、立志之なりの生き方は遙か彼方に消え失せた。魂の抜け落ちたような後期高齢者の生活を過ごす。俺何のために生きているのか。反問すれど答えは見つからぬ。隠居贅沢なこと言ってはおしまいよ。健康で生きられる我が身を先祖感謝せなならぬだろう。健康は親からの贈り物と言われている。父親、祖父は60才で心筋梗塞で亡くなった。私も父親の遺伝子を受け継いで60才で亡くなるかと思ったが、母親の遺伝子を受け継いで生きながらえている。母親は91才で亡くなった。妹たち二人は父親の遺伝子を受け継ぎすでに鬼籍に入っている。昨日弟が倉敷から墓参りにやってきた。弟曰く、この頃物忘れが酷く困っている。弟は私と年齢が15才離れている。いま70才だ。今年が墓参りも最後かえってこれぬかも知れぬと、いつになく弱気なことを云う。10月頃に母親の17回忌の法要を営む予定だと言ったが、かえってこれぬかも知れぬ。と再び弱き気な言辞。兄貴は元気だなと言う。空元気だ。でも気持ちの持ち方も大切だぜ-と説教くさいことを云う。健康で生きいられることを幸せと感じ神仏に感謝せにゃ-ならぬ。罰当たりな考えはやめろ-と言われそうだ。
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# by ayabemorinaga | 2018-08-15 08:24 | Comments(0)

回想

今日は、私が選挙で大変お世話になった後援会幹部のお墓参りに行った。一期目の選挙でお世話になった役員の人達は、ほとんど鬼籍に入られた。選挙に出馬するけついを固めて、長老に相談をしたら、まずしっかりと株を固めよ‥そして次は組、さらには最寄りを固めて自治会の推薦をもらうことだ。自治会長に推薦依頼をしたが、どうもはっきりとした返事がない。しびれを切らした古老が厳しい叱責をした。とたん手のひらを返したように、推薦を承諾した。さらにある古老は君が自分から立候補したのか、それとも誰かの推薦があったのかと尋ねてきた。どうでもいいようなことをぐだぐだきくのも村の悪しき風習だ。さらに陰では悪口雑言を言われる覚悟が必要だ。家では家内の説得も一苦労だ。断固反対されるからね。驚きは、株のひとが、まあせいぜいビリかブビ―で当選出来たらいいほうだと臍いていたという。人心は恐るべしを実感す。選挙こそ、人を信じなければやっていけないが、人の心の恐ろしさを垣間見ることが出来ルのも選挙である。人の心が手に取るようにわかるのもまた、選挙である。いろんな困難を承知で後援会役員を世話になった人たちへの感謝の念は終生忘れることなく過ごしたい。いろんな思いがこみ上げてくる墓参である。

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# by ayabemorinaga | 2018-08-14 07:19 | Comments(0)

隠居の屁理屈

暑い。とにかく暑い。灼熱地獄の底に放り投げ入れられている様だ。灼熱地獄の底から這いだそうともがいている昨今だ。こう暑くては、後期高齢者には堪える。身の置き所がないとは、かような様を言うのか。されど夕方になれば、一陣の風が吹くことがある。思わず、極楽極楽とつぶやきたくなる。昔ク-ラ-の無き頃は、夕方になると縁側に縁台を持ち出し夕涼みをしたものよ。本題に入ろう。お盆には、13日には夕方迎え火を焚いてて先祖を家にお迎えする。ところが先祖様が家の仏壇におわすのに、墓参りをして拝んでいる。何のための墓参りだ。よく分からない。ご隠居屁理屈など言わずに。昔から行われてきた風習に盲目的に従えばいいのよ。そうだろうか。そうよ。16日に送り火を焚いて先祖をお墓に送ってから墓参をするのが当然ではないか。ご隠居頭は正常に働いているかね。あつくて正常化どうかも分からぬ。
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# by ayabemorinaga | 2018-08-13 11:50 | Comments(0)