綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

回想教育雑感その1

教職で一番やりがいのあるのは小学校教師だ。いろんな教育実践を試みることが出来ル。私が最初に赴任してのが中上林小学校であった。昭和32年には道徳教育の実践校として研究されていた。当時は、徳目主義か学校教育全体の中から道徳指導に結びつける課題を拾い上げて実践する。二つの方法があった。研究成果を冊子に記載するとき私は席替えというクラスの課題を取り上げた。ある児童と一緒の席は嫌いだ。と言って拒否する児童がいた。相手の立場にたって考えるという児童を育成する為だ。しかしこの実践は見事に失敗した。あえて失敗事例として記載した。小学校は実践課題がたくさんある。研究課題の宝庫は小学校だ。真摯に研究課題にとり組む事が出来る小学校こそ教師冥利に尽きるといえる。指導力のある教師には児童がシッヵりと応えて持てる能力を遺憾なく発揮する。

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-12-15 14:02 | Comments(0)

自省の念

昨今国会中継をテレビで、野党の挑発に乗ってしまう安倍総理を見ていて、私も石原高校で職員会議の時に教職員の挑発にむきになって反論したことがあった。教職員の挑発など無視すれば済むものをついついかっとなって反論する。教職員はおもしろがってよってたかって挑発してくる。革新蜷川府政の時は、職員会議は最高の議決機関であった。生徒指導その他いろんな問題が勃発しても管理職は責任を問われることはなかった。教職員の総意である職員会議がその責任を負う事となった。学校管理規則が制定されてからは、職員会議は校長の諮問機関であり、すべての責任は管理職が負う事になる。校務分掌も校長の裁量となる。故に校長権限を振りかざして暴走する勇ましい管理職も存在した。教職員の意向を無視して校務分掌を押しつける暴走校長も存在した。さしたる校長は退職後直ちにお釈迦様がお迎えに見えてあの世へと旅だった。ついつい脱線しかけたな。そう管理職は教職員の挑発になどそしらぬ顔で無視すればいいのだ。と気付くのが遅かった。じっくりと教職員の意見を聞く耳をもっことは大切な事である。管理職は教職員を各校の教育目標に向けてベクトルをそろえてとり組む学校運営をすることだ。我は失敗の連続で教職員からはダッカのごとく嫌われていた。そのような思いに駆られる今日この頃だ。

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-12-08 13:13 | Comments(0)

黒昼夢

白昼夢があるなら、黒昼夢もあるだろう。私の黒昼夢は、高等学校から小中学校に転出する夢を昨今よく見るのだ。フロイトは夢は潜在意識の表れであるという。私は小学校から高校に転出した。昭和38年高校生急増期のときである。綾部高校定時制へ転出した。綾部高校に昼間定時制があることは知っていたが夜間定時制の存在は知らなかった。私の認識はこの程度の浅薄である。東分校定時制夜間で2ヶ年勤務して本校に変わった。爾来20年間勤務した。その間定時制に8年勤務した。その後東舞鶴高校浮島分校に管理職として勤務した。東舞鶴高校へ変わり2年後石原高校に勤務する。石原高校学科改編にとり組む事になる。如何に強気の私も白髪三千丈ならぬ見事な白髪になる。学科改編をへて府立工業高校と校名を変更する。当時府教育委員であった藤田一先生からは、学科改編が終了するまでは転勤はさせぬ。と引導を渡された。まあ何とか学科改編をして再び、東舞鶴高校に転勤して私の教職生活が終る。高校から小中学校に転出して再び帰りたいと行っても帰れない夢を見る。今頃になってもそのような夢を見るのは私の潜在意識の中に何が存在するのか。私はそれを黒昼夢と命名している。追記 故藤田一先生とは、先生の息子二人を私が綾部高校で担任した。長男は歯科医師となり大学で教鞭を執っていた。次男はどこに行ったか忘れた。故藤田一先生とはそのような縁があった、

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-12-07 09:55 | Comments(0)

数字あそび

0840 何と読みますか。おはよう。1234578 何と読みますか。ろくでなし。6と9がないからね。産経新聞に掲載されていた。たくさん数字遊びを考えてください。私には、考える能力も気力もありません。耄碌しましたよ。近頃しゃきっと身体がしないんですよ。どことなく、だるんとしんどいかんじかするのです。是も寄る年波のなせるわざかな。ふと思ってみたり。お釈迦様がいらっしゃい。と手招きされているのか。もう十分生きたでしょう。このよにみれんはないでしょうが-とおっしゃっているのかな‥ぴんぴんころりが一番いいのですが。贅沢いいなさんな。しかし、あんたは人の為世のためにいかなる努力をされましたかな。それ如何によってはあなたの願いを叶えてあげることもできるがね。自分では分かりませんよ。それは人様が評価されることですから-お釈迦様は、私の諸行をどう見られましたかと尋ねようと思ったが、畏れ多くなり口をつぐんだ。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-12-06 09:02 | Comments(0)

高橋輝議長就任祝賀会

一昨日は高橋儀長就任祝賀会があやべホテルで開催されたので参加した。このような機会がなければ知人に会うこともなくなった。高橋儀長は40代半ば歴代議長の中では最年少の議長ではないか。故民内清道氏が何歳で議長になられたかは存ぜぬが40代半ば手ではなかったと思う。これからの綾部市を担う若手のホ-ブだ。これからの手腕に期待したい。彼は選挙にはめっぽう強い。常に1000票台を維持している。彼は古和田幸雄議員の後継者だ。彼が選挙に強いのは、気さくな人柄で腰が低く誰とでも気楽に付き合う天性の才能を持ち合わせている。さらに義理堅いところがある。彼の義理人情に通じた人つきあいは人のまねの出来ぬ所だ。議員のなかには利用価値がなくなれば素知らぬ顔をする薄情な人も居るが彼は違う。恩義を大切にせぬ議員は選挙民が鋭く見抜き見捨てられ票を極端に減らすことになる。人としての情と言うか情緒をひときわ大切にする人だ。彼の今後の益益のご活躍とご健勝を御祈念申し上げる。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-12-04 14:35 | Comments(0)

管理職受難時代に

京都府では、蜷川革新府政が27年間の長きにわたって続いた。昭和53年に林田保守府政が誕生した。まず、府教委の教育長の人選が喫緊の課題であった。教育関係では公立高校から国公立大学への入学が最悪の状態であった。当時の府会議員が福岡県まで視察に行った。最終的には校長〇Β吉本先生ではなく府教委からの昇任となった。二代目は西野是先生である。最初の取り組みは普通科の学科改編で普通科の中に類類型が導入された。次が、職業学科の改編であった。職業学科の改編に私は、石原高校で携わった。石原高校の職員は学科改編は、教職員の総意で決定すべきである。と一歩も引かぬ姿勢である。私は学科改編の責任者として教頭先生に依頼した。教頭先生は各学科から教職員を専任してとり組む事とした。なにを勘違いしたのか教頭先生は、メンバ-との懇談のなかで、俺に着いてこい。校長の云うことなど聞く必要は無い。私には強力なバックがあると自負していたそうな。春期討論集会の廃止にともにい職員との話し合い、校務分掌は選挙で在り開票は校長が教職員立ち会いの下で開票した。選挙の結果を尊重しての任命となつた。学校管理規則の制定に対する教職員の反発。石原高校学科改編以外にも難しい問題が山積みの状態であった。まず教頭先生の転出を諮った。校長に批判的では何事もすすまぬ。苦渋の決断であったが府教委はしっかりと支えてくれ教頭先生は岩滝中学校の校長に転出した。今思えばよくもやりきったなと身震いするよ。本当にー   むちゃくちゃーつぱしったというとこか。我々は今でも管理職受難時代にいきてきたという思いは失せぬ。管理職受難時代を切り抜けてきた多くの先輩がいたから、現在の学校があることを自覚されよ。

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-12-02 10:06 | Comments(0)

余生

余生とはなんぞや-毎日が日曜日朝目覚めて、今日は何をすべきかとふと思い悩む。そのような毎日が続く昨今。冬場は菜園つくりもない。散歩も一人で歩くのは妙がないと思い犬を飼った。後先考えずに飼ったがいぬの世話も大変だ。朝晩の散歩も思ってたより世話が焼ける。生後6ヶ月の柴犬なので人の気持ちを察する事は無理だ。自分の思い通りに歩こうとする。きにいらないと動かず固まっている。躾も大変根気がいる。気長にしつけないとダメだが。気短な私には性にあわぬ。大きな声で叱責をすると犬はおびえてうろうろする。理想的な余生の過ごし方はあるのかな-人それぞれで考えが異なるし余生の過ごし方も異なるだろう。毎日健康で暮らせたら神に感謝しなければ成らぬ。不足など言える場合か。志も希望もないただただ無為に日を過ごす毎日だ。ぼや-として生きるのも一苦労だ。余生を如何に生きるかもう一度考え直すか。本を読む気力もうせた。新聞も拾い読み程度だ。青春時代新聞を隅々まで読んだのが嘘の様だ。齢をかさねるにつれて気力の喪失は著しい。やると思えばどこまでやるさ-何事も経験だと意気込んだ昔が懐かしい。ぼや-賭していきているんじゃねえや-とチコちゃんに怒鳴られそうだ-追記 今私に残されているのは食い気-と温泉だ。旅行も行く気がしない。カラオケ、ボウリング グランドゴルフ三昧で過ごすか。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-28 10:16 | Comments(0)

eg.



[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-28 09:55 | Comments(0)

教育随想

今教育を受けている児童生徒に、教えなければならぬ喫緊の課題とは何か。洪水のように氾濫する情報を取捨選択する能力を身につけさせることに尽きる。その情報は真実か事実かをしっかりと識別することだ。と私は考える。いかなる学習をすべきか。具体的例題を示して学習を展開するしか方法は見当たらぬ。それじゃ具体的例題を示して学習する方法を教えてよ。テレビの宣伝を例題に取り上げて学習する方法もある。教育現場で教師が指導方法を研鑚することに尽きる。辛坊治郎氏が講演されたことをふと思い出した。

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-27 11:54 | Comments(0)

遙かなる過去の記憶

時あたかも民主党政権下で府会議員しかり。自民党綾部支部長の就任の要請を古和田議員・鹿子木自民党幹事長・四方市長から受けて、渦中の栗を拾うような思いで受諾した。幹事長は安藤和明氏副支部長は河北淳氏の陣営であったと記憶している。市民新聞で老壮青のバランスとれた陣営だと評論された。喫緊の課題は自民党綾部支部の体制の確立と府会議員の奪還であった。最初の仕事は、西田昌司参議院議員の選挙であった。マスコミの記者から西田氏の情勢について聞かれたことがある。お父さんが参議院議員であったから、知名度はあると答えたことがある。看板を持って立っていたら革新政党の議員に注意されて事務所にすごすご帰ってくる党員もいた。選挙戦術ではビラ配り等あったが、何より優先したことは電話戦術を徹底することに徹した。電話戦術は塩見議員が担当した。結果はあやべの得票は7000票にわずかに届かない結果となったが、西田氏は当選された。もう一人の当選者は福山哲朗氏であったがやはり選挙には強い。あやべでの得票数は西田氏を上回っていた。来年は、西田氏三期目の挑戦となる。是までの選挙で7000票の壁をぶちやぶる事が出来ていないが、来年の参議院選挙では、なんとしても7000票を突破してほしい。私の後継に川北氏を推薦したが辞退されたので高倉議員にお願いすることにした。爾来自民党の相談役をしているが、ぼちぼち卒業の時期を迎えたと痛感している。老いは記憶を曖昧にする事実誤認があるやかもしれぬ。我に未来はないあるとすれば、お釈迦様からのお誘いのみだ。昨日はお釈迦様からのお誘いがあったが鄭重にお断りをしたらお聞きいただいた。これからいつ何時お釈迦様からのお誘いがあるかも知れぬ。あんたみたいな悪をお釈迦様がお誘いになるか。せいぜい閻魔大王が地獄で待っているよ。有無-なるほど左様か さもありなん-われも悪よのう-
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-25 09:28 | Comments(0)

老兵は静かに消えるのみ

八十路の立志とは、趣味に生きることだ。カラオケ三昧か、グランドゴルフか、ボウリングか 麻雀か ゴルフか ゲ-トボウルか。いずれかに没頭して生き甲斐が感じられればいいだろう。いずれかに生き甲斐を見いだしたい。我を振り返れば、定年退職後3年間は初任研指導に携わり、定年直後から市教育委員に谷口市長の推薦でなった。谷口市長とは私が綾部高校でPTΑ担当しているとき副会長をされていたので昵懇になった。教育委員が七年経過してたときに、69才にして何を血迷ったか市会議員に立候補した。二期八年の政治の世界を経験した。二期目は一期だけと言っていたと非難中傷された。森永株の人で誰か立候補をあきらめるように説得出来ないかとも云われていたらしい。そのような噂も聞き流して二期目も敢然と立候補した。私の我がままで西坂町の皆さんには大変ご迷惑をかけたことには今も心が痛む。西坂町での決起集会にはそれぞれのおうちが空屋になるような状況で公民館に参集していただいた。故森永正木幹事長の動員の差配も素晴らしかったのだ。本当に多大なお世話になった事は終生忘れぬ。立候補したい人がおるなら出ればいい。されど志賀郷では2人立候補して共倒れになった例がある。市会議員引退に際して強引に後継候補を擁立した。背水の陣とはこのような状況かと身震いした。何が何でも当選させなければ成らぬ。二人の立候補となったが幸いなことに二人とも当選する事となった。なぜ強引なまでに後継候補を擁立したかと云えば、民主系府会議員からの我が陣営の府会議員への奪還である。物部での市会議員の勝敗が府会議員奪還の命運を握る鍵となるのだ。何が何でも勝たねば成らぬ歯を食いしばって必死の選挙戦と成った。選挙参謀にタマちゃんがやってきてくれた。素晴らしい指揮を展開して陣営を固めてくれた。勝利はタマちゃんのおかげだ。心をきりきりときりでもまれる緊張感は切ない。後継候補は一期で引退したが、次なる後継を擁立して当選させることが出来た。もうぼちぼち政治之世界から足を洗い静かな老後を過ごそうと思う。されど、もう一度府会議員の選挙に微力ながらも支援をして老兵は静かにさろう。早く消え失せろ目障りだ。との大合唱が聞こえてくる。さもありなん-身の程わきまえろ-了解。

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-24 09:46 | Comments(0)

立志

立志とは
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-23 09:27 | Comments(0)

真心

人と交際するときに、心得なければならぬことは、真心を持って接すると云うことだ。今更あんたに説教がましく言われなくても分かっている。ほんとに分かっているか。分かっていない人が多数いるから云っておるのだ。それじや--お聞きするが真心を持っていない人とはどのような人だ。ぺらぺらとかんなくずをはき出すようにおべんちゃらを言う人だ。心にもないことを云っておると人様に見透かされる人のことだ。そんなの-居るでしょう皆さんの回りにわんさと。真心を持っている人は言葉の端々に暖かみが感じられるでしょうが-真心を持って人様にいたわりの声かけが出来る人になりたい。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-22 14:04 | Comments(0)

健康とは

私の友人が、健康は親からの贈り物と云ったがまさに名言なり。健全な身体にこそ健全な心が宿る。その通りなり。健康こそこの世で唯一の宝物なり。八十路半ばまで幸いなことに大病をしたことがなかった。私の両親は父が60才で心筋梗塞でなくなった。祖父も心臓の病で60才で亡く成っている。母親は91才で天寿を全うして亡くなった。父親の遺伝子は妹二人がうけついだのであろう60半ば70才未満で亡くなっている私はどうやら母親の遺伝子を受けついだのか、八十路半ばまで生きながらえてきた。過日一晩頭痛と嘔吐に悩まされ救急車にお世話になる羽目になった。健康のありがたみを痛いほど感じた。幸か不幸か診察の結果入院治療をする必要が無く即日家に帰った。健康こそ何物にも代え難き宝ものと実感する。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-21 14:12 | Comments(0)

誰もが住みたくなる町

誰もが住みたくなるまちづくり、すんで良かった町づくり、が、綾部市市是であるならば、誰もが住みたくなる町づくりの具体的な理想像が示されるべきだ。その理想像のじつげんにむけた具体的施策をさくていく〔あなたに言われなくてもやっている]ことになる。この町作りについて議会で具体的な論戦がされたか。とんと耳にせぬのは私だけかな。少子化と高齢者社会が急速に進み人口減少に歯止めがかからない。誰もが住みたくなるまちづくり-いいス□-ガンだ。いや-市是だ。市民が願う住みたくなる町とは何か。行政はしっかりと把握されているか。市内あちこちに限界集落が激増するどろこか集落が消滅する状況が予見される。安全安心して過ごせる町、地域コミニティの住民がお互いに支え合い助け合う地域社会、これらの構築を如何に具現すべきか12月市議会で論戦してもらいたい。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-20 08:26 | Comments(0)

女餓鬼

お釈迦様が極楽の蓮池の回りを散策されているときことでございます。三途の川から蓮池に女餓鬼が一匹流れ込んできました。三途の川で閻魔大王が地獄ゆき‥極楽ゆきと仕分けをする立場におりながら、何を間違ったのか極楽へ通ずる蓮池に女餓鬼を送り込んだ。たぶん女餓鬼は閻魔大王など恐れることなくぺらぺらと嘘八百の生前の善行を並べ立てたために閻魔大王がうかつにも女餓鬼の言行を信じ込み蓮池に送り込んだのだ。この女餓鬼生前中はありとあらゆる自慢はするわ、嘘をつくわ、悪知慧は働くわ、常識のかけらも持ち合わせぬ女餓鬼ですから、当然奈落の地獄に落ちて、悪餓鬼達から舌を抜かれて喋れなくなる報いを受けなければ成りません。蓮池に流れ込んだ女餓鬼を一目見てお釈迦様は、けげんなお顔を成されました。その様子を弟子が素早く見て取り、蓮池に落ち込んだ女餓鬼を拾い上げ地獄の血の池に投げ込みました。地獄の血の池で、女餓鬼が来るのを待っていた悪餓鬼達が、よってたかって女餓鬼をいたぶりました。女餓鬼は悲鳴を上げて許しを請いました。生前中に、さんざん人を苦しめ、人の中をさいたり、ある事ないこと嘘八百を言い続けてきた、罰当たりの女餓鬼を懲らしめなければと、大勢の餓鬼達がよってたかって、鞭でたたき続けました。女餓鬼七転八倒の苦しみを味わい許してくれと哀願し続けました。その様子をご覧になったお釈迦様はぷいっと横を向かれました。なぜか充分苦しんでいる様子だから許してやったらどうかと、おっしゃりませんでした。珍しくもう少し苦しみを与えなければ、おの女餓鬼の根性は治らないとお思いになったに違いありません。この女餓鬼案外近くにいそうです。

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-19 11:17 | Comments(0)

他人の不幸は密の味

八十路乃半ばを越えてから、はじめて緊急車に世話になった。一晩中頭痛になやまされ、静かに寝ておれば治ると思ったが間違いだった。翌日の昼を過ぎても痛みが消えない。二時前に食事を取ったがすぐ戻した。歩こうとするが足がふらつく。救急車を頼めば隣近所に知れ渡ることを躊躇としたが、左様な世間体をおもんぱかる状況ではなかった。午後四時前に救急車を頼むことにした。救急車迄台車で運ばれたが台車がタイャであれば振動が少なくて済むが、がたたがたと運ばれると、頭の芯まで響くのでつらい思いをした。救急車に乗せられてから消防士にいろいろ聞かれるが、お答えするのも億劫でしんどかった。市立病院で診察を受けたが、病名がはっきりと掴めない様だ。一晩経過観察をしてもらうために入院したかったが、満床で家で静養することになり自宅に帰った。親切に自宅まで問いに見える人もあれば、素知らぬ顔をして問いにもこない人も居る。偉そうなことをほざいている私も過去には、近所に救急車がきたとき、駆けつけたことはあるが、後で問いに行かなかったことを後悔する。体験をする中で過去の自己の行為の愚かさを反省する。健康な後期高齢者が率先して、隣近所で共助、声かけを心がけるべきだ。されど、現在世の中を見渡せば、自己中心主義が蔓延しつつある。自己中心主義が徹底し蔓延すれば、住みたくなる町づくり、すんで良かった町づくりなど、どこかに吹っ飛んでしまう。住みたくなる町作りの施策は何か。まず住民の意識改革なくして、住みたくなる町作りじっげんは不可能だ。意識改革とは何か。お互い助け合い精神の涵養と親切心の培養か。田舎で自己中心主義が蔓延しかけたのは、一度ブログに書いたが、大槻先輩が、田舎で共助の精神・連帯感が喪失し自己中心主義が闊歩し始めたのは、葬儀を業者に頼むようになったからだ。と喝破されていたが正論だ。他人の不幸は密の味とほほえんでいる人間失格の人も存在する。人の心の中には漆黒の闇の中に恐ろしい形相をした鬼が住み着いておにが傍若無人に暴れている鬼を制御することが出来ぬ人間が増殖した。人としての道を忘れた餓鬼がこれ以上増殖せぬよう願いたい。それと他人の不幸は密の味とほほえむ人が存在しない世の中でありたい。いや-他人の不幸は密の味などと、ほほえむ不謹慎な高齢者は誰もおらぬ。あなたの邪推だ。であれば幸いなり。されど私は、今回そのような人の存在を実感したぞ。人の真意は何か。それは態度行動そのものだ。親切心があるなら行為で示すことだ。ブログでぼやくことしか出来ぬ我の無能と実行力の欠落を哀しむ。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-18 11:44 | Comments(0)

泥棒がいる世の中

世に泥棒の種はつきまじ--とは、大泥棒石川五右衛門が釜ゆでの獄門にあったときの言葉よ。昨日の会合の時に聞いた話だが-由良川堤防の周囲の畑で野菜を栽培しているが、ある日ごっそり野菜が盗難に遭った。疑いたくもないが、堤防を散歩している人でないと場所が分からないから、おそらく堤防を散歩している人であろう。と考えるが軽々に判断すべことではない。堤防を散策している人は皆泥棒かと勘ぐられては大変だ。いや-迷惑この上ないことだ。推測で判断すべきことではなく事実をつかむことが最優先だ。ここは慎重な表現が求められることは理解している。
精魂を傾けて栽培した野菜を盗むとは、お金を出せば何でも手に入る便利な世の中だ。人の栽培した野菜を盗まなければ生活が出来ないとは考えられぬ。現代の世の中は人の栽培した野菜を盗まなければ成らぬほど貧困な生活をしている人が居るとは到底考えられぬのだが-人に見つからぬかどきどきしながら周囲を丹念に見渡して野菜を盗むスリルがたまらないのか。人の心は巣くう窃盗という屈折した精神が存在する事が哀れ。人の心は本来、善なのか悪なのか。性善説‥性悪説があるが、いや、善と悪とが共存していが、悪への誘惑に流される人たちが多いのだろう。泥棒が存在せぬ世の中がやってくるのか。いや-五右衛門ではないが、世に泥棒の種は尽きまじを信じて用心することに尽きるのか-
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-12 08:36 | Comments(0)

石原高校教職員0Β会

昨日は石原高校教職員0B会が福知山万助荘で開催されたので参加した。毎年連綿と継続されている。幹事の高橋智夫先生が緻密な計画なり資料作りをしている。彼は大坂にに住居を構えているが、わざわざ福知山まできて世話をしてくれている。私は昨年から参加し始めた。今年で二年目である。教職員0B会東舞鶴高校が毎年4月29日に開催されている。石原高校教職員0Βも毎年11月の第2土曜日と日が設定されている。綾部高校教職員0Β会に三年に一回開催される。東舞鶴高校教職員0B会もほとんど欠席ばかりしている。しかし、命ある限り出来るだけ体調が良ければ出席をして皆さんの元気な顔がみたいと思う昨今だ。石原高校で私の前任の管理職であった出手先生が92才に成られているが矍鑠として出席されていた。吉田一二三雄先生も92才で悪いところはどこもないをおっしゃっていた。現職校長の大島先生も特別会員として参加された。参加者は30名とかなり少ないが継続は力なりの精神を発揮して年々参加者が増加することを期待したい。石原高校から府立工業高校への学科改編は現状維持を死守する教職員との間で随分葛藤があった。改革思想の持ち主とも思えぬ現状維持を死守する教職員は、技術革新が日進月歩の企業の現況をおいつけ追い越せと生徒に技能を身に付けさせることによって、生徒個々の進路を開拓出来る喫緊の課題である事を、理解していない集団であると思ったこともたびたびだ。学科改編が教職員の意向で挫折しておれば現在の府立工業が存在していただろうか。旧態依然の石原校校では生徒募集に四苦八苦。父兄も生徒も敬遠する学校となり、存立すら危ぶまれる高校になっていなかったか。しかし、今は左様な感情はさらりと水にながして、昔激しく対立した教員0Βとも、和気藹々と歓談するのが人間として取るべき寛容な態度であると自覚する。とおい昔の様々な事柄がまざまざと蘇る会であった。追記 工業科教員は員数合わせに採用するのでなく能力のない教員は採用すべきではなく、あくまで日々研鑚研修に適応できる能力のある教員を採用すべきである。急いで能力もない教員を員数合わせに採用すれば末代まで禍根を残すのみだ。現に左様な教員が存在していることを憂う。

[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-11-11 09:19 | Comments(0)

鬼パパァ-

田舎暮らしでは、隣は何をする人ぞというわけには行かぬ。自慢話ばかりをするかと思えば、嘘もつく困った年寄りはばあ-だ。おつむの程度はよわいとお見受けするが、本人は左様な意識は皆無だ。欲張りなこと人一倍で悪知慧は働くからやっかいな事この上なし。そのよなはばあ-とも付き合わなければならぬから迷惑この上なし。お手上げとはこのようなことか。親父は、そのはばあ-乃言いなりだから話に成らぬ。さらに自己顕示欲は恐ろしいほど強い。人を区別して話すらから、初対面の人は丸めこめられる。集会などの時は、一人喋っている。相手の話を遮って人の輪の中に入ってくる。私は、鬼ばばはあ-という尊称をたてまっつている。そのように状況を仏教では怨憎会苦と言うらしい。世の中とは左様と心得られよ。と言われればさいざんすか-ととぼけざるを得ない。
[PR]
# by ayabemorinaga | 2018-10-24 10:23 | Comments(0)