綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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健忘症

昨今とみに物忘れが酷い。年賀状の返事を出したと思っていたら手元に残っていた。随分失礼なことだが、いかんとも仕方がない。年のせいにして許しをこいねがうことは出来まい。年賀状をどこにおきわすれたか思い出せぬ。一事が万事日常生活でこのような調子だ。老いは人をみにくく年取らせさらに、健忘症ならぬ認知症の前段症状へと、移行していくのか。世にもみすぼらしい姿よ。と己の老いにおどろくなり。精神の劣化も著しい。判断力。位置感覚しかりだ。未来志向など夢の又夢よ。などぼやいていても無益な事よ。聴覚視覚はすごい馬力で劣化し続ける。頭の体操が必修条件になる。元気で過ごすには-あたまも身体鍛えなくては健康では過ごせぬ。と思うが怠けている。自覚をしている間は健忘症にならぬかな。
by ayabemorinaga | 2019-01-23 11:39 | Comments(0)

目に見えぬ物

我々の目には実態を見るとが出来ない物がある。即ち、心‥命・神などがその例だ。言葉存在するが実態を把握する事は出来ぬ。生きる力など云われるが、生きる力の実像は何か。唯物論。観念論を言うつもりはない。されど観念論で論ずるしか方法は無い。と思うが間違いか。これらを哲学的志向考えることも無駄なことだ。西田哲学の根幹は愛だ。信仰心も目に見えぬ。故に尊いか。いやいや神は川・山・岩・がご神体のことがある。人間の視覚など薄ペラらな物だ。昨今は時々変な思考に悩まされる・
by ayabemorinaga | 2019-01-20 11:16 | Comments(0)

再会への誘い

年賀状は毎年やりとりしているが、大徳寺聚光院で下宿していた旧制赤松君現在安部君から、一度出逢いたいとの誘いを受けた。お互い大学卒業後60数年あっていない。京都で出逢うとすれば、顔を見分けることが出来るかすこぶる不安である。幸い西宮の安倍君のお寺で出逢うことになった。大徳寺聚光院にはもう一人吉沢君がいた。吉沢君は当時お寺に手伝いに来ていた美子さんと結婚した。が、二人とも亡くなったらしい。安倍君は学生時代大変女性に持てていた。彼女が次から次へと出来ていた。あるとき、赤松君が私に別れた彼女から安宅の関所で勧進帳を読む弁慶の人形をもらったが、何を意味しているのかな。と言ったので、私は、あなたの心にもない、出鱈目なお口に私はすっかり騙されました。私が馬鹿でした。と言う意味ではないか。と言って二人で大笑いをしたこともある。お正月に家族団らんの時、大徳寺聚光院での下宿の話しが出たとか。さて、再会すればどのような話で盛り上がるか楽しみだ。されどあまり人聞きの悪い話は心得ねばならぬ。家族がおられるからーー口慎めば命長ながけれ--のたとえの通り-
by ayabemorinaga | 2019-01-17 10:20 | Comments(0)

人生の最後

人生の最後は癌で死ぬか、認知症で死ぬかと云われたら、癌で死にたい。なぜならば、認知症ではあまりにも哀れでないか末路が。癌で死にたいと云われた方が、認知症で亡くなられた。人生不如意とはかくのごとき事か。人生が不如意でこそありがたい、あなたみたいな人が人生如意で過ごされるのはそら恐ろしいことだ。と笑われた。俺はさほどひとびとに嫌われているのか。それではろくな死に方はせぬぞよ。と言われているみたいだ。いかなる人も人生の終末を避けることは出来ぬ。最後まで意識はしっかりともっていることを誰もが願うが、その通りにならぬのも又人生なり。で、何とか認知症に成るのは避けたい。されどこればかりは神のみぞ知る。未知の世界だ。中天に輝く三日月に向かって、願わくば、びんびんころりで人生の最後を、と、願掛けをするか。神が、己の身がってな願いを聞き届けてくださるだろうか。我は世のため人の為に、自分が出来ル限りの努力をしてきましたから、せめてささやかな私の願いをお聞き届けいただきたい。-それは己の自惚れよ。めを覚ませ馬鹿もん。と神はお叱りになるだろうが。いかなる最後を神が下されようとも、従順な心で厳粛に受け止めたい。み魂は黄金の光に誘われて宇宙の果てまで上りぬ。昨今のブログ夢も希望もなく暗ね。生き甲斐を持たないと心が萎えるね。こんなご託を並べていますが、いまだに終活さえ出来ておりませぬ>
by ayabemorinaga | 2019-01-15 11:30 | Comments(0)

君、君 大丈夫か。

昨日は、互助組合で入場券を購入して、京都劇場へ前進座の裏長屋騒動記を観劇に行った。あさ八時弐拾五分にJΑ河北支店から貸し切りバスで京都駅八条口のポルタ横の駐車場で゜下車して、ガイドの案内で地下道を通って京都劇場に向かった。観劇を楽しく過ごしてポルタバス停に集合することになっていた。ガイドさんがスカ-レ夕一下で旗を持って待っていてくれたのであるが、私が便所に行ったためにはぐれてしまった。是まで京都駅には、何回もきていたので位置情報は理解しているはずであった。ところが、京都劇場からの出口を間違えたて、反対側に下りてしまった。バス時間が迫っているので気が気でないが、ポルタバス停に行く方角が全く分からない。急いで携帯を取り出し緊急時の連絡をした。互助組合のガイドさんにつながったが、私の居場所を尋ねられるがはっきりと答えられない。お互いに電話を切らずに話しをしながら、やっとの事でガイドさんに出逢うことが出来た。ガイドさんの案内でバス停にたどり着くことが出来た。バスを待たせるのも気の毒なので汽車で帰りますからと言ったが、ガイドさんは探しますからバスで帰ってくださいと親切に云われる言葉がずしんと身に滲みた。おいおい認知症の前段症状と違うかと思わず窺った。老いは、無残にも方向感覚の劣化を加速させる。ああ、無常
嘆かわしきかな。

by ayabemorinaga | 2019-01-14 12:30 | Comments(0)

美田を残さず

子孫に美田を残さずとは、西郷の言葉だ。財産を残せば骨肉の争いが必ず起こる。財産は生存中にすっかりと使うことだ。財産がなければ争いは起きない。されどわずかばかりではあるが子ども達のために残してやりたいと思う親心はある。私の父親は何も残してくれなかった。しかし、勉強がしたければどんな無理をしてでも学資は調達する。と言ってくれた。父親のおかげで現在の暮らしがあると感謝している。親孝行したいときには綾は亡し。正にその通りだ。後悔しても悔やんでも親には通じない。親のお墓の前に布団を着せるわけにも行かぬ。現代の子ども達は親孝行の何にたるやも知るまい。自己中心の子どもがあまりにも多くいないか。いや、損得勘定でしか物事が考えられぬ子どももたくさんいる。教育現場の先生は勇気を持って親孝行とはなにか。シッヵりと教えなさい。
by ayabemorinaga | 2019-01-06 08:48 | Comments(0)

正月雑感

年賀状は本年で今後は失礼します。と言うのがかなり増えた。寄る年波は何事も億劫になりがちだ。あちこちと近所付け合いも礼を失することが多くなった。されど我らは社会生活を営んでいる。仙人でない限り最小限の人つきあいも必要だ。その最小限が分からなくなる。完璧主義であった人がぼろぼろになっている昔の面影もない。老いは人を限りなくだらしなくさせる。適当も度を超しているが本人にその自覚はない。この一年を如何に過ごすかの自覚もなくぼんやりとしてその日暮らしだ。終活の為の断捨離も必要だが実行すら出来ずにいる。何を考えて生きているのかも分からぬ。平和平和と唱えておれば平和な世の中が続くのか。信じている人は幸いなり。戦後70数年平和な世の中が続き我々の生活も驚くほど豊になった。便利な世の中が続いている。このような平和で豊かな世のが永久に続くことを願っている。
by ayabemorinaga | 2019-01-04 16:12 | Comments(0)

謹賀新年

皆さん明けましておめでとうございます。今年も皆様がには、幸多き年である事を御祈念申し上げ新年のご挨拶とします。今年のお正月は近年まれに見る快晴です。今年もこの青空のごとく晴れ渡った真心をもってお過ごしください。びっくりするような福があなたに訪れます。
by ayabemorinaga | 2019-01-01 12:05 | Comments(0)

気候と性格

気候が人格形成に影響するだろうか。ふとそのような思いに駆られる。別段理由はない。私が生活の根拠にしている山陰地方は弁当忘れても傘忘れるな。といわれるとおり秋口から初冬にかけてはよく時雨れる。瀬戸内地方は山陰に比べて穏やかにな小春日和がつづく。瀬戸内に住みたいと何度おもったことか。甲斐性がないため移住する勇気もない。山陰地方の人は気候が影響して粘り強くないか。いや-やや陰気くさいところが在りはしないか。あっけらかんとしたところがない。ねちねちとしつこいところがある。と考えるのは偏見か。されど何となく気候が人格形成に影響を及ぼしていると思われる節がある。どんなところかか、と聞かれても返答しょうがない。漠然とおもうだけ-しかし、間違っていないと確信している。気候と人格形成に関する本が出版されていたと思うのだが-これとて思い違いか。昨日から雪が降っている。寒い。寒さに抵抗力がない私はひときわ寒気が身にしむ。青壮年の時は雪降りは寒さで身体がしゃきっとしたが、昨今では骨身にしみる。
by ayabemorinaga | 2018-12-29 09:19 | Comments(0)

追悼

教職に携わった同級生五人のうちの一人岩上君の訃報を聞いた。彼に出逢ったのは7月頃市立病院であった。奥さんは協立病院にいき自分市立に娘の運転できた。と云っていた。病名は聞かなかったが元気そうであった。足が痛いのか杖はついていた。高校‥大学も一緒だ。彼は器械体操が得意であった。体育の教師として勤務した。退職後は果樹の栽培に精魂を傾けていたと聞いている。同窓会の理事をしていたので時たま出逢うこともあった。とにかく器用な人であった。トップ車を運転していて操作を誤り畑でひっくの反った事もあると聞いた。この年になると友の訃報を聞いても不思議ではないが、なぜか無性に悲しくなる。そう慌ててあの世に趨かなくても思うのだが-世の中の無常かひときわ身にしみる。諸行無常の世の中であることは知っているがー現実に出逢うと哀惜の念が心を揺さぶる。一人また一人とこの世から去っていくのを見聞きするのはほんとうに辛い。彼の御霊のとこしえに安らかならんことを祈る。合掌。

by ayabemorinaga | 2018-12-28 09:12 | Comments(0)