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綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

カテゴリ:未分類( 425 )

遙かなる昔

私が小学校二年生の時大東亜戦争が始まり、6年生の夏敗戦を迎えました。ソノ当時は小学校年と云わず国民学校と言っていました。当時は集団登下校でしたから、小学校の門前のまえから歩調とれの号令のもと校内へ週番長に対して全員敬礼をし、さらに、奉安殿に向かって最敬礼をしました。奉安殿には、ご真影がありました。教育勅語も保管されていました。式典の時は、奉安殿から教育勅語を携えて式場に向かいます。真偽の程は分かりませんが、教育勅語を逆さまにして校長に手渡したため校長は教育勅語が読めずに自害されたとか聞きました。軍国主義一色に日本の学校が汚染されていたのです。戦争に負けるとは夢夢思ったこともありませんでした。敗戦のショックは強烈でした。敗戦の混乱もすごい食糧難に遭遇し農家の生産物は高値で飛ぶように売れました。物々交換で衣類と米が取引されたのです。都会の人が衣類を持参して米と引き替えに渡していました。農家の黄金期とも言える状態がしばらく続きました。給料取りを止めて百姓をしょうかと迷われた方もたくさんありました。朝鮮戦争の勃発によって憲法第九条で戦争行為が禁じられていましたが、自衛権行使の目的で連合軍によって保安隊が創設されたと思っています。そのような混乱の時期を乗り越えて平和な日本国があります。次は、惻隠の情について私見を述べたいと思っています。
by ayabemorinaga | 2019-09-20 08:10 | Comments(0)

犬の散歩

我が家には、昨年の八月頃から、ここと名づけた雌犬がいる。番犬にむかない。人が来ればしっぽをふって喜んでいる。隣近所では、さくら、ろっき- ぴ-すとなずけた犬が飼われている。散歩を一人でするのも趣がないと思って飼った。犬の値段は16万円血統書付きであるが。ソノ値段には驚いた。高くて10万かとおもっていたから-しかし、動物を飼うと云うことは、大変な事だと思った。朝夕必ず散歩に連れて行かなければ成らぬ。是が億劫になってきた。後先を考えもせず思いつきで飼うのは失敗の元だ。この年になっても熟慮という事が出来ない恥ずかしい限りであるが是は終生なおらない。犬のおかげで毎日朝夕で3000歩くことが出来る‥昨今犬などつれずに一人で散歩する方が勝手が良くなってきた。首輪が外れて脱走したことが二回ある。ほっとけば帰るノかも知れぬが必死で追いかけて捕まえる。躾が出来ていないので、呼んで知らぬ顔で遁走する。呼べば来ればかわいげもあるがダメだ。今日も、そんなあんなで日が暮れる。日ぐれて道遠しという人生の旅が 当分続きそうだ。 






by ayabemorinaga | 2019-09-19 08:46 | Comments(0)

昨今欲夢を見る。その夢が支離滅裂の夢だ。フロイトの夢判断でも解明できないような夢である。また、時には、亡くなった人の夢を見る。夢にて来る亡くなった人は決して話さない。理由は不明だ。夢を見ると云うことは、熟睡していない眠りが浅いと云うことだ。年を経るに従って熟睡をすると言う事はなくなった。熟睡をすれば目覚めは爽快だ。左様な爽快感も味わうことが無くなった。身体疲れていないから熟睡が出来ないのか。無理して身体を動かしすぎると今度は眠れなくなる。散歩を一日10000歩すべくガンバ去っているが到底達成できぬ。せいぜい3000歩程度だ。年を取るとろくなことはない。是も宿命かも知れぬ。この文章を読んで笑っている人もやがては身に降りかかってくることを知っておくことだ。先生先生とい張るな先生、先生生徒のなれの果てみたいにな。

by ayabemorinaga | 2019-09-18 08:02 | Comments(0)

毎日が日曜日3

毎日が日曜日の日がつづく、朝起きて、さて今日は何をすべきかと思案する。菜園の種まきか、今頃は、大根‥カブラの播種時期だ。黄金の波うつ稲田は収穫が終わった。まず犬の散歩は日課であるが、それも体力的に限界が来たようだ。何をしてもすぐ疲れる。退屈な日が流れる。生き甲斐とは何かなんてたいそれたことも考えたくない。時の流れに身をまかせとぼとぼと人生の旅をつづける。果てしなくつつく人生の道を1歩1歩転ばぬように踏みしめてあゆもうか 。幾山川はてなん故里ぞ今日も旅ゆく。かえりみちのない旅を世間の目を逃れて静かに歩もう。

by ayabemorinaga | 2019-09-17 08:38 | Comments(0)

居場所はどこだ。

雀のお宿はどこだという言葉があるが八十路半ばの老人の居場所はどこだろうか。いくつになっても居場所はあって欲しいよ。昨今は居場所捜しにうろうろしている。若者から見ればやっかいな老人はごめんだうしな。意固地な老人などみむきもしたくないだろう。そのような老人に限って若者にちょっかいをかけてくる。老若男女がわいわい談笑出来る場所があるといいがな。老人が歓談できる施設はある。そこまで出て行くのが億劫だ。身近な所にばしょがあればいい。家で家内と暑い日だな。ほんとに暑いね。の会話ではものたりぬ。年を取れば取るほど外に出かけて行ってて会話をしないと認知症になりそうだ。みなさんは素晴らしい居場所をお持ちですか。ささやかな居場所といえるのは、月一回開催される西坂歴史の会で大槻先輩と談笑するときだ‥居場所はどこだとぼやく前に自ら探すことだ。
by ayabemorinaga | 2019-09-16 08:26 | Comments(0)

回顧録

参議院選挙が終わり、京都選挙区から西田議員が三選されました。おめでとうございます。今後益益のご活躍を期待しています。さて、今を遡る12年前自民党は下野して民主党政権であり、府会議員も民主党に奪還されていた厳しい環境の中で西田議員が立候補された。私も新聞社の取材を受けて、西田議員の当選の可能性について聞かれた。私はそのとき、西田議員のお父さんも参議院議員をされていたので知名度はある。と応えたことを思い出す。私はそのとき綾部自民党の支部長を身の程も考えずしていた。さて、綾部で選挙戦術を如何に展開するか。安藤議員と試案投げ首考えついたのが電話戦術の徹底であった。電話戦術の要員確保に四苦八苦、元木下議員に電話戦術の要員確保お願いして、ある宗教団体に依頼していただき選挙事務所で継続的に電話戦術を展開することが出来た。綾部での西田議員の得票数は約6900票であったと記憶している。懐かしい思いでである。

by ayabemorinaga | 2019-07-22 09:49 | Comments(0)

西坂歴史の会

昨日は西坂歴史の会があり出席した。西坂の歴史をひもとき未来志向のあるべき町存続について話し合った。西坂は東西四キロに聚落が百軒ばかり点在している。以前は西ノ保村と赤目坂村に別れていた。赤目坂は藤懸藩の所領地であった。人口は分家によって増加していく。さけど分家にも限界があるほとんどが百姓であるから生計を維持していくための田畑の増加が望めない。当時一町歩も持っておれば何とか生計は維持出来た。が、六反百姓では副収入を考えない限り難しい。副収入を得るために‥養蚕業を営み冬場は出稼ぎとして、酒造りの杜氏や寒天屋に働きに出た。また、冬場の仕事としては一年間はくための草履作りに精を出した。さらに、安定した収入を得るためには、教師・郵便局勤務か村役場に勤める事で有った。今後30年の間には後期高齢者ばかりが住む町となり、やがては限界集落になり、挙げ句の果てに<消滅聚落に転落することは必修だ。起死回生の施策は何か。行政は人口減少に歯止めが掛けられる施策はあるのか。

by ayabemorinaga | 2019-06-13 21:16 | Comments(0)

遙かなる幾山川

麦秋の候、麦の収穫と蛍が飛び交う季節が再びやってきた。蛍を追いかけて泥田に足を突っ込んだ昔を懐かしむ。そう、桑の実もおいしい頃だ。桑畑に入って唇をまっ青にしながら桑の実をほおばった頃が思い出される。昔は農家の副業として蚕を飼った。いや、本業であったかも知れぬ。戦時中は桑の皮むきに小学生が動員されて加わった物だ。桑の皮の繊維を服に仕立てるのだ。ごわごわして肌触りは最悪だ。戦時中はすべてのものが逼迫していた。酒もタバコも配給制だ。日常の履き物は草履だ。祖母は家の周りを常に裸足で歩いていた。戦後はナイロンの普及によりきぬ織物は衰退した。その結果養蚕業も衰退した。六反百姓農家は米作り以外の経済的収入を得るため土建従事者として働き生業を維持した。戦後の一時期は食糧難のため農家は何を作っても飛ぶように売れた為生計は豊であった。政府の農業政策も行き当たりばったりで確立した施策を打ち出すことは出来ていなかった。戦後は金肥肥料によって反収は極端に増加した。戦中一反あたり二石しかとれなかった米が四石もとれるようになり米あまり現象が起こり減反政策を政府は導入した。佐のごとく行き当たりばつ足りのその場その場の対応で未来志向の政策は皆無であった。農業機械の発展により農家の栽培面積は拡大していった。私が暮らす町は水田面積が60町歩であり農家一軒あたり6町耕作すれば10軒の農家で出来る。今後を見据えてみると限界集落になり自治会が崩壊する危機に直面することになるかも知れぬ。限界集落を救済する施策の確立が喫緊の課題だ。評論家のようなことをつぶやいているがあんた議員の時限界集落救済の議員政策提案をしたのか馬鹿者が--と言う声が聞かれそうだ。
by ayabemorinaga | 2019-06-11 10:31 | Comments(0)

散歩

健康維持のために毎朝夕散歩を始めた。一人散歩するのも味気ないので柴犬を連れて行っている。一日壱万歩を目標にしているがなかなか到達できぬ。平均8000歩止まりだ。昨今は田植えが終わった稲田の緑がまばゆい。稲田の農道を散歩する。ゆっくりと歩こうとするが柴犬が元気で引きずられているような状態だ。のんびりと農道を散歩するのも気分爽快だ。友人の塩尻君は何十年とやっているが、私はまだ始めたばかりだ。いつまで続けられるか未来の予測は不可能だ。昨今何のために生かされているのかと哲学的思考をしている。天は我に何をさせようとしているのかと考えてみるが分からない。老後何の不安もなく生活出来るのも年金のおかげだ。国に感謝だ。智に働けば角が立つとかくこの世は住みにくい。何で高尚な考えは我が頭には浮かばぬ。
by ayabemorinaga | 2019-05-24 13:49 | Comments(0)

春秋会

退職市会議員の会合が現長で開催されたので参加した。33人のうち16人が参加した。さっと半数である。春の叙勲の栄誉を受けられた方が2人おられた。佐佐木‥白波瀬元議員のお二人である。今日府庁公館で伝達式があるそうだ。いずれも24年間議員として綾部市の発展に貢献された人だ。私なんか二期八年のひょこだ。でも年齢は最年長である。1933年五月22日生まれである。今日で満86才になった。おかげさまで今日まで大病をすることもなく元気に生きてきた。今は亡き両親に感謝だ。山崎副市長‥高橋儀長が来賓として参加された。会が終わり始めたときに動議が出され春秋会だから秋も開催することになる。酒を酌み交わし親交を深める絶好の機会だ。年を重ねるにつれて世間に疎くなるが、ソノ埋め合わせをするにはまたとない機会である。健康な限り出席をしていろんなご意見を聞かせてもらうつもりだ。されど潮時という事もある老醜をさらけ出すのもほどほどに引け時を見失ってはならぬと思っている。
by ayabemorinaga | 2019-05-22 11:15 | Comments(0)