綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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苦言

自分事は分からないが,人のことはよく目に付く。仕事中で迷惑であると思いながら,ときおり,学校に電話をする事がある。ところが、事務からしっかりと電話があったことを、つたえていないのかどうかは,はっきりと分からないが,なしのつぶてだ。こちらは,名前をつたえているのであるから,当然何らかの返事があるものと思っている。これらの事を一つとっても、教師の世界は非常識と言われるゆえんである。このような非常識な教師が道徳科をしっかと教えることが出来るのか。はなはだ心許ない限りだ。一概に教師がすべが非常識の人ばかりであるとは断言はしない。すくなとも教師の指導的立場にある管理職がこのような事を行っていれば,言語道断である。と、指摘しておきたい。あんたはどうか。と、詰問されれば,私もこの頃携帯電話をあちこちに置いていて不携帯が為に,相手の人に対して,失礼なことをしている。が、しかし、遅まきなながら、返信はしっかりとしている。電話があれば,少なくとも返信をするのが,人として最低の常識である。(こちらから電話をいたしましょうかと言われて結構ですといっていない限りは)私も新任教師時代に,先輩が,陰口をささやかれていると聞いて,憤慨した者だ。そのとき私は,先輩ら対して,私の行動に非常識な振る舞いがあるならば,陰口など云わずにしっかりと注意して欲しい。と言った事がある。私も随分人様から見れば,非常識の振る舞いがあったことは認める。注意をされて,依怙地になるのでなく,素直に聞ける姿勢こそ,人物としての器が備わってくる。学校管理職で、この苦言に心当たりがあるなら,反省され謙虚に苦言を受け入れられることだ。なんて相変わらず憎まれ口をたたいています。憎まれっ子世にはばかるとか--長生きが出来るかな--苦笑せざるをえない。
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by ayabemorinaga | 2015-02-06 10:37 | 教育・学校 | Comments(0)

読書で学べ

読書尚友。本を読むことによって,自己の生き方を反省し,古人、いや,先賢の生き方に共感を覚える。共感を覚えるだけ-実践はどうなるの--なんていやな質問は勘弁願いたい。
 読書のススメ-教職関係者には、是非、葉室麟の【柚子の花咲く】を一読していただきたい。人をじっくりと育てない現代教育へのアンチテ-ゼにも成っている。恭平の師。梶与五郎の口癖である[桃栗三年、柿八年、柚子は九年で花が咲く]の言葉に象徴されているが,教育の意義について深く考えさせられる。昨今、国内では教育の荒廃に関する事件が頻発している。いじめによる自殺。十代の少女少年が,同世代の少年少女らにリンチされ殺害し,山中に捨てられる残虐な事件が起きている。どうして、彼ら,彼女らは,人の心や身体の痛みに共感出来なくなってしまったのか。それは,彼女や彼らに真剣に向き会ってくれる教師に出逢うことがなかったからではないか。他人と共感しつつ,真剣に生きるとを学ばなかったことの結果である。学校現場が人間としての生き方(徳育)をおざなりに、放棄してきた事に原因がある。かって私も市教委の教育委員をしていた時、道徳教育の指定校をつくり,徳育の徹底を図ることが必要である。と主張したことがあった。徳育の指定校を小・中につくった。研究発表も有り学校現場に視察にいったこともある。しかし,そのことは継承されなかった苦い経験がある。
学校現場で此の事は,何も彼らや彼女たちばかりの責任ではない。教師の側にも責任がある。たとえばいじめが起きたとき,教師は気がつかなかったと釈明する。本当だろうか。教師は少年少女達の実態に気づこうという努力を放棄している。関わりたくない,責任を取りたくないからだ。こんな責任回避の教師が教育現場にいては、陰険な、いや,凄惨な事件が勃発することは目に見えている。
教師は,やはり聖職でなければならぬというと言えば,時代錯誤も甚だしいと非難されるだろうか。やはり,教師は,少なくとも子供達から尊敬を集める人物になるような努力惜しまない人であって欲しい。と-江上剛氏が解説で述べられている。全く同感で有り私自身も我が身を振り返り反省することしきりなり。今更いかんともいたしがたい故、教職に携わる皆様方に是非この本を読んでいただき,教師としての心構えをしっかりと持っていただきたい。いまの私に言えることは,残念ながらこの程度だ。
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by ayabemorinaga | 2015-02-04 09:30 | 教育・学校 | Comments(0)

学校正常化

このブログでも一度、学校の校務分掌(教務主任、生徒指導部長、進路部長、学年主任等)を教職員の投票により選挙で決める事について,京都府でも今から27年前に学校管理規則を制定して,さらに校務分掌も学校長が作成しするとともに,校内人事は学校長の選任事項になった。取り組みの経過を書いたことがある。昨日もいまだに校内人事を選挙で決定している学校が,全国で262校あったと新聞が報道している。中でも大阪府市が突出している事が鮮明になった。いまだにこのような慣例が依然として存在していることは,いろんな事情があるにせよ驚きだ。大阪府市教委が真剣に取り組んだのか疑問だ。実施状況の聞き取り調査に校長が実態とかけ離れた報告をする事も異常である。府教委は学校現場に指導主事を派遣して実態把握に真剣に取り組んだのか疑問である。まあまあ主義が府教委の中に蔓延していなかったか検証すべきだろう。管理職としては、なるべく教職員との間で波風は起こしたくないというのも人情だ。校長も府教委の強力なバックアップがなければやりきる自信が薄れる。京都府の場合は,教委のしっかりとした支援があり,校長は自信を持ってとり組む事が出来た。府教委へ校長が虚偽の報告をすると言ったことが許されるのか。我が身かわいさにどちらにもいい顔をする管理職では実行する事は最初から困難であることは自明である?そのような管理職を任命した教委の任命責任が追及されて当然だ。大阪市長の橋下市長が,大阪府教委の蔭山教育委員長は,大失態の責任取って辞任すべきであると言っている。正に正論である。任命権者の発言であることを重く受け止めて、さわやかに退任されることが責任のとりかたであり男の美学と心得られたい。影山氏は兵庫県山口小学校で,百マス計算を実践して生徒の学力をたかめたという実績があり,その後、岡山市の公募校長として小学校の校長になり,さらに立命館大学教授兼付属小学校校長に就任し、大阪府教育員に就任されたという経歴がある。されど、公立学校での行政経験の未熟さから,今回の失態ににつながったのだ。と云えば酷か。私は,京都府で学校教育正常化に取り組まれた,経験豊富な西野元教育長を大阪府が,教育委員会顧問に任命され学校正常化に向けて、大胆かつ果敢にとり組まれることをお勧めいたしますが、松井大阪府知事如何でしょうか。
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by ayabemorinaga | 2015-02-03 14:52 | 教育・学校 | Comments(0)

将の将たる人とは

民主党代表選挙の結果岡田氏が細野氏を押さえて,代表に選出された。党の代表は,将来内閣総理大臣候補者でもある。そのような自覚があったのかどうかは知らぬが,代表選挙のさなかに,岡田氏は細野氏が野党再編を維新との間ですすめていたと暴露した。後日維新顧問の松井大阪府知事は,水面下の話し合いをオ-プンにして選挙の道具にする人達と話し合いは出来ない。と言った。水面下の話を自分の選挙を有利にするために,暴露する。そのような行為が果たして政治家として賢明な判断だと考えられたのか。岡田氏は割り勘主義、臆病、石部金吉、機転の利かない原理主義者と週間新潮が揶揄している。しかし、彼の経歴は素晴らしい。頭脳明晰だけで果たして政治が行えるのか。将の将たる人となるためには、人格、品位が徳がなければ人は付いてこない。選挙のために、秘密をばらすようでは,まだまだ人間が出来ていないと云えば失礼か?いやしくも野党第一党の民主党代表である。将の将たる人を目指して,自ら研鑚される事を願う。将の将たる人とは、中国古典より引用する。その意味するところを理解されたい方は,自ら調べられるがよい。インタ-ネッ卜簡単に調べられます。
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by ayabemorinaga | 2015-02-02 08:10 | 政治・議会 | Comments(0)

読書尚友

葉室麟の銀漢の賦(NHKで風の峠の題名で木曜日に放映している)を一気に読んだ。読後感は,さわやかという言葉に尽きる。文体が清冽である。人間の心の悩みや苦しみさえも、高雅で、さわやかな文章ですくい上げている。小説のテ-マは将監・源吾・十蔵の友情である。大人の時代小説であり、遠くない未来に現代の古典になる。と島内景二(文芸評論家・国文学者)が絶讃している。

文中で,源吾が,花というものは自然に咲いておってもきれいなものだと思いますが、やはり葉をきらねばならぬものなのですか、と,千鶴に聞いている。源吾殿は、人は皆、生まれたままの美しい心を持っているとお思いですか。  人も花も同じです。うまれもったものは尊いものでしょうが、それを美しくするためには、自ずと切らなければものがあります。花ははさみを入れますが,人は勉学や武術で鍛錬して自分の心を美しくするのです。花の美しさは形にありますが、人の美しさは-----ではないでしょうか。
江戸時代に政に携わる武士として生きていくためには,汚れ役や憎まれ役を自ら買ってでる覚悟が必要とされた。悪が、輝かしいのではない。自ら悪と言われようとも、動じない堅固な心が美しいのだ。ならば、現代、政に携わる人人には,何が求められているのか。少なくとも口先で人を操る口舌の徒であってはならないだろう。愚直なのか、至誠なのか。政に、携わる人達の覚悟の問題である。とにかく葉室麟の小説にはまっている。ゆずの花咲く--峠しぐれ--蜩ノ記等等がある。是非一読をお勧めする。読み応えのある小説であることは間違いないと思う。友情とは,優しくもあり、美しくもあり,哀しくもあり,いかなる友情が現代社会では求められているのか。人の道としての友情とは-----深く考えてみようではないか。
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by ayabemorinaga | 2015-02-01 11:25 | 教育・学校 | Comments(0)