綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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行政手腕とは

昨日は,我が町の市長選挙の個人演説会があった。大雪が降るなか会場には五十数名の聴衆があつまった。保守革新の一騎打ちの戦いだ。陣営幹部は1200票の獲得目標を目指しているとか.我が町の選挙は,市長選が一月の真冬のど真ん中・市会議員選挙が夏の暑いど真ん中、暑さ寒さに負けない頑強な体力の持ち主でなければ,選挙戦は勝ち抜けぬ.選挙戦で候補者が二期目三期目を目指すとき有権者に訴えるのは,過去の実績だ。これは常套手段といえよう.私が,今回の市長選挙で過去の実績として多大なる評価をしたいのは,現市政になった途端、我がもの部地区住民の長年にわたる悲願とも言える五叉路問題が七億円かけて解決したことだ。その行政手腕には賛辞を惜しまぬ。五叉路とは,変則五叉路ともいわれ,我が国では豊岡市・我が物部町にしか存在しない道路である。その五叉路で人身事故も起こっている。私も住民代表として当時知事に陳情にいったことがある。この五叉路問題解の決為に政治活動の必要性を痛感して市議立候補した経緯がある。しかし,残念なことに市議会で五叉路解決の必要性を強く懇願しても解決の道筋は見えなかった.私は土地収用法の適用を訴えたがそれもかなえることなく市議を引退した。五叉路問題解決のネックは所有者の土地提供の理解が得られないことである。土地所有者に対して、地域住民の生活権侵害ともとらえ兼ねられない行為にたいする、反発と意地ではなかったかと私は推測する。この難問が現市政で敏速に解決された。
この行政手腕を遺憾なく発揮されて,みんなが住みたくなる,住みよい町づくりを目指して当選の暁には精進される事をねがう。

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by ayabemorinaga | 2018-01-26 09:56 | Comments(0)

自助公助精神の欠落

久しぶりにユキに見舞われた.あちこち大雪の便りが報道されているが,我がまちにもユキが降った.若き頃は雪道を歩きながら勤務先の学校に向かうのだが,何かしゃきっとした感覚が忘れられぬ.気持ちが引き立ったと云えばいいのだろうか。私は極端な寒がりだ.祖母が幼い頃風邪をひかせまいと厚着をさせたからだ。三つ子の魂ならぬ厚着は生涯寒がりを背負い込む.昔は雪が降れば村中総出で雪朝早くからかきをしたものだ。小学生の通学路の除雪である.自助・公序の精神が生きていた。現在は府道は業者が除雪をしている.問題は市道だ。市からは若干の除雪費用が出るが住民の自助精神に頼っている。小学生が通学するには,府道に歩道が整備されていない為に,市道から通学している.その市道の除雪は住民の自助に頼っているが,完璧ではない。今は小学生もいるが,やがて小学生もいなくなり,老人ばかりがひっそりと肩寄せ合って生きていく町になるだろう。廃村に向かって刻一刻と歩み続けているようだ.明るい未来は見いだせぬ。
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by ayabemorinaga | 2018-01-25 10:41 | Comments(0)

鬼パパァ-

仏前にお茶を供え般若心経を一巻となえて一日が始まる。冬場は畑仕事もない。ハウス栽培をすれば仕事は冬場でもある。まだ、般若心経を写経する気分にもなれぬ。写経をすれば心は静謐を保つことが出来る。心穏やかに過ごすには写経が一番だ。そのことは理解している。だが、心が動かぬ。私の趣向は,新冶製菓舗の笑鬼という饅頭と、割烹さとうのどぶろく鬼ババ7-を少したしなむことだ。このどぶろくは第12回どぶろくコンテストで最優秀賞を獲得している。まろやかというのか,のどごしがよいと言えばいいのか、何とも言えぬ味わいがある。このどぶろくを昼間からたしなみテレビをぼんやり見て過ごす日々である。
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by ayabemorinaga | 2018-01-24 08:46 | Comments(0)

回想録その1

それはそれは、随分昔の話です。何年ぐらいかって-六十数年前でしょうか。それゆえ記憶が途切れているところもありますが、記憶を頼りに書いてみましょう。私の名前は,竹ノ内喜代二と申します。私は学生時代に,大徳寺聚光院に下宿していました。私の他に赤松・吉沢君が下宿していました。赤松君は学大・吉沢君は工芸繊維大の学生です
。私は本堂ノ片隅の八丈の部屋です。玄関からは長い長い廊下を通って行かなければなりません。その廊下を毎日ぞうきん掛けをすると言う事が条件でした。冬の凍てつくような寒い朝などは、廊下を拭くとうっすらと薄氷が出来ました。長い廊下ってどのくらい。そう.三十メ—トルはあったでしょうか。四年間の下宿生活の間毎日ぞうきん掛けをしました。自分でも驚くぐらいまじめでした.私は北大路に学舎がある学大に通っていました。下宿から歩いて15分の距離です。そうそう申し遅れましたが、自炊をしていましたので,昼になると必ず下宿先に帰って昼食を取っていました。自炊生活は,米は田舎から送ってきました,コンロで炭火で焚くのです.おかずは,味噌汁だけの貧しい食事でした。勿論味噌も田舎から送ってきたものです。味噌汁の具も田舎からの送ってきた野菜です。住職の奥さんが私が帰ると,ああ-竹ノ内がかえらはった、もう十二時なんですね。と感心されていました。そう時計より正確なんですよ。12時にはぴったし下宿に帰っていました。だからなんでしょうか。それとも,まれに見る堅物と思われていたのか、住職の奥さんには絶対的な信頼をされていました。私が下宿をし始めて2年目でしょうか。奥さんの姪に当たる方が,行儀見習いに東京からやってきました。大柄な眼のくりっとした丸顔の娘でした。名前は美子でしたね。美子さんが、久しぶりに京都見物に行くことになり,私がそのお供をする事になりました。私なら安心して任せることが出来たのでしょう。二人連れだって、聚光院をでて北大路の電車の停留所に行くと,吉沢君が待っていました。いつの間に仲良くなったのかは知らないが,爺分親密な間がら様子です。私の顔を見るなり吉沢君が,申し訳ないが,6時に河原町の喫茶店で待っていてくれないか。と言ってきました。私はついて行くわけにも行かず,分かった。と諒承しました。さてどうして一日すごそうかと考えたが,ちょうど四条高島屋の映画館でエデンの東~を上映していたのでそれを見て過ごす事にしました。喫茶店で落ち合い夕食を食べて下宿に帰ったら,奥さんに竹ノ内はんえらく遅かったね。若い娘と一緒なのでもう少し早く帰らないと。と叱責をされました。吉沢君は少し遅れて帰ってきて,私が奥さんに叱責されているのを聞いている様子でした。吉沢君は大学を卒業すると同時に美子さんと結婚したようでした。赤松君から年賀の便りに美子さんが亡くなり吉沢も寂しい思いをしているだろう。と書かれていました。赤松君は,丹後の寺の子で大学を出た後は西宮で僧侶をしている。赤松君の回りには,付け合っている彼女がたくさんいた。別れた彼女から勧進帳の弁慶の人形をもらいこれ何の意味をしているのだろうと試案投げ首をしていたことがある。一度三人で出逢って吉沢君から二人のなりそめをききたいものだが,所詮叶わぬ夢物語でしょう。さような,遠い遠い昔の記憶がなぜ今頃鮮明に蘇るのでしょうか。
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by ayabemorinaga | 2018-01-23 09:29 | Comments(0)
綾部市も限界集落問題に先進的取り組み水源の里条例を制定し、全国組織を立ち上げて活動を推進してきた。が,その条例対策では解決出来なくなってきた。綾部市周辺の集落がつぎつぎと限界集落へ転落していく現況だ.過去の綾部市の水源の里条例に基づく限界集落の取り組みは,市営住宅を建築して市外からの移住者を促進することだ。この対策では現在の限界集落への対応が難しくなっている。いかなる施策によつて限界集落を食い止めるのか.政治家の力量が問われる事になる.過去の統計に基づけば毎年500人の人口減少が続くことになるが、この人口減少傾向は収束すると言われている。少子高齢化問題が政治課題になってから幾年になろうか。根本的な解決策は見いだせぬ。が,ここが政治家の腕の見せ所だ。【陽は東から上って西に沈む明日も明後日も変わらないことを誰も疑わない.安心安全もそれとおなじである.市民に何の疑いももたれずに,明日も明後日も安心安全な生活が送れると信じてもらう,それが政治家のつとめである。】と,故大平元総理の慧眼だ。筋を通して生きなければならないのが政治家の道よ。政治家は市民が安全安心して暮らせる社会構築を目指して日々研鑚を怠るな。ならば。限界集落に暮らす市民の安全安心を如何にして維持するか,限界集落に住む人人の願いを真摯に聞き取れそして、願い、思いのを実現する為の具体的施策を市民に語れ.それが政治家の宿命だ。さらに付け加えるならば,経済的・社会的弱者に細心の気配りを忘れず安心安全な暮らしを保障する具体的施策をかたれ。綾部市の明るい未来を語ってくれ。生活が第一と云った高名な政治家がいる.後顧の憂いなく安全・安心な生活を保障する。生活第一主義万歳だ。ならば、具体的施策を聞きたいものだ。
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by ayabemorinaga | 2018-01-21 10:07 | Comments(0)
昨日ブログに西坂聚落が消滅聚落になるのではないか.誰か世の賢者を出てくれと書いた。いやはや何とも恥ずかしい限りだ。この状況を解決するのが政治家だ.かって私が市会議員の時、民政会に所属しいたが,民政会の理念は,現地現場主義であった.まず、徹底して現場の状況を把握することにより,提言、打開策を示して理事者に施策提案を訴える。我が市もあちこち町区で人口が減少して限界集落ならぬ消滅集落に成りかねない状況だ.この打開策を政治家は真摯にかんがえているのか。綾部市の未来の青写真は描けているのか.総合計画はあるだろう。総合計画が現地現場主義貫かれているか.机上の計画ではないだろうな。あんた臆面も無くぬけぬけとそのようなことが言えるな。あんたもいっぱしの政治家ではなかったのか。そうよ反省も含めて書いているのだ。政治家は、このような未来のために,今このような政策を打つのだ。と市民をリ一ドする責任がある。さらに,徹底した現地現場主義に立脚して市民がいま何を求めているか知り、解決策を語り綾部市の未来の青写真を示すべきだ.綾部市が抱える農業問題もしかりだ.市の職員が農業現場に趨き厳しい現況をしっかりと把握すべきだ。国の農業政策と農業現場の乖離を如何に調整して具体策を提示する義務があるだろう.綾部市の人口減少は食い止められると云われている.政治家はそれぞれの地域に住む老若男女が後顧の憂いなく平和に暮らせるには何をすべきか自覚し,綾部市のあるべき未来を語りかけることだ。限界集落から、消滅集落へさらに廃村へと向かいつつある、この現況を打開すする施策を政治家は語ってくれ。政治家は、思想信条の異なる人間もしっかりと受け入れるぐらいの包容力を兼ね備えることだ。政治家が考えの違うひとの陰口を行った途端、政治家失格という自覚をもつべし。政治家批判は結構だ。政治家は批判にさらされてこそ成長するのだ.批判されて逆恨みする政治家も見かける。批判と陰口を取り違える人もいるが-なんとも情け無い人だ.上から目線でしかものが言えない人も政治家失脚。政治家の中で慇懃無礼な態度を取る人の腹の中は真っ黒だ。いやいや心のなかに鬼が住んでいるさ。政治家が他人の陰口をほざいているは見苦しい。

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by ayabemorinaga | 2018-01-20 11:21 | Comments(0)

新年会

一昨日は西坂歴史の会の新年会が行われた.私が地域の人達との唯一の交流の場であると心得ている。話題は様々だ.老人会・自治会総会にもでないので地域の情報は疎くなる.西坂の農業は如何にあるべきか.議論はすれど具体的な対策はででこない.特に西坂の農業のネックは田園への給水だ。バルブをひねれば給水可能であれば大規模農業者が入り込むこともできるが,ため池による給水では無理だ。西坂も20年30年後には、人口が激減して限界集落を経て消滅集落になるだろう。西坂の人口増加は昔は分家により家が増え人口もそれに伴い増えていったという経緯がある。昔は6反百姓でも何とか食えた.勿論養蚕業による副収入があった.それで生計を維持した.さらに畜産業としては小牛を繁殖することで現金収入を得た。二毛作として麦を生産した.麦は出荷するより食料としてうどんにして消費された。西坂圃場は60町歩である。一人が6町歩作れば、10人の専業農家で十分だ。しかし,土地が集約されていなければ難しい.現在は中山間地事業の受け入れや,水・農地事業の受け入れで細々と経営している現況だ。今後西坂の農業がいかなる展開を見せるかは予測できない.農業法人化も検討すべき方法かも知れぬ.さらに西坂農家の特徴は自己完結型が徹底している。農機具等すべて個人所有だ。その経費が農業経営の足を引っ張っている.中山間地の資金で大型農機を購入する.農作業も協同体制を構築すべきだ。我々は老齢であり問題意識は持っているがいかんともしがたい.住みよい町づくりとはかけ離れた現状だ。消滅聚落を阻止する打開策はあるのか。世の賢者よ現れよ。そして素晴らしき指針を示してくれ.我々としては、唯唯世の行く末をつくづくと偲ぶ鎧の袖のした成らぬ試案投げ首でいるだけだ。
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by ayabemorinaga | 2018-01-19 14:50 | Comments(0)

風雪の生涯9

いよいよ木村氏と清村氏のガチンコ勝負の時がきた。赤坂は四井帝都府会議員に全面支援を依頼した.清村氏の後援会組織も地元上町から会長・幹事長を出す事が出来た.支部組織で新町支部から役員を選出出来ないことに不安はあった。何とか地元後援会組織は確立することが出来た。後援会役員は選挙に対しては素人だ。赤坂は後援会組織をマネジメント出来る人物の派遣を四井氏に依頼した.選挙対策マネジメントとして,玉村氏がやってきた.さすが玉村氏選対事務所をうまくまとめて縦横無尽の働きをしてくれた.不利な情報が聞こえてきても決して焦らない.じっくりと構えて次々と対策を考える。後援会会員の数を立ち会い演説会で発表するとう奇想天外な作戦を立てる.赤坂は考えも及ばぬ作戦だ.そのことで立ち会い演説会に参加した聴衆の全面支持を獲得する手段である.赤坂は地元市民新聞社に立ち寄り情勢を聞く事にした.記者達は,清村氏は演説はバッグンであると絶讃する。綾中市長も清村氏の演説は老人キラ-とにかくうまいと賞賛する.清村氏は以前旅行会社に勤めていたときに寺院関係の人達を引率していた為老人の心を揺さぶる演説はお手の物だ。社長からは厳しい予想を聞いた.早速赤坂は選挙事務所に寄り玉村氏に選対会議できびしい状況報告すべきかどうか相談した。玉村氏は是非報告しましょう.陣営を引き締める絶好の機会ですからと真顔で云う.さらに街宣車に一日は乗せずに,清村氏に直接後援会会員に電話をかけさせましょう。と提案してくる.その発想は赤坂がこれまで経験したことのない構想だ.結果は1200票獲得して堂々の上位当選を勝ち得た.一方木村氏は前回選挙より500票減らし850票という結果になった。木村氏選対事務所も悪くても1000票は獲得できるという予想はしていた.選挙は水物恐ろしい.投票箱のふたが閉まるまで油断は出来ぬ。
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by ayabemorinaga | 2018-01-07 10:14 | Comments(0)

風雪の生涯8

赤坂が後継者として擁立した上村氏に対して,同じ自治会を地盤とする強力な対抗馬となる木村が立候補の意思を固めた。木村は帝都府議会議員佐佐氏の選対本部長をつとめており,綾中市全域にその名は知れ渡っていた.誰もが木村の当選は確実である認めていた。それに反して上村は帰郷して数年しか経ていないので,正に無名と言っても過言でなかった.そのハンデイを如何に克服するかが当選のポイントである.赤坂は、上村氏の地元中の地元である諏訪町の全面的支援体制の構築に全力を傾注した.その甲斐があって辛うじて当選させることで赤坂は面目を保つことが出来た。赤坂は次の市会議員選挙は上村氏では厳しいと考えて、若い候補者の擁立を模索し始めた。同じ地盤から二人立候補して当選出来たのは正直驚きでもあった.木村氏は1400票を獲得して二位で予想どおりの悠々の当選だ。赤坂は木村氏と競合出来る機動力抜群で情熱のある、若い清村氏を立てて木村氏とガチンコ勝負を挑む決意を固めた。
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by ayabemorinaga | 2018-01-06 11:58 | Comments(0)

風雪の生涯7

赤坂は綾中市議会議員を引退することにした.赤坂が二期目の立候補を目指して後援会役員体制の構築をしているときに、赤坂株の中で誰か立候補を思いとどまらせる人がいないのか,と言う声を聞いていたが,後援会役員に相談すると,我々はいかなる困難な状況になっても,赤坂氏が立候補するなら,役員一丸となって応援する。と力強い支持をいただいた。赤坂が地盤とする自治会から立候補を目指す人がいた.赤坂株の中でも支持はと反対派に別れた.反対派は執拗に立候補の邪魔をした.同じ自治会から二人立候補をすれば,共倒れ危険があった.現実に隣の志賀村を地盤とする二人が立候補して落選している状況があった。立候補の意思を示していた人が立候補を見送ったために,何とか議員当選出来た.赤坂が議員の引退を決めたとき,帝都府議会議員四井氏から,是非後継を決めていただきたいと要望があった.安中議員と面識がある上村氏を後継にすればどうかと言う事になり,上村氏に立候補のお願いに行ったが,奥さんに頑強に反対された.ここは正念場本人は立候補をしても良いと言う意思が確認できているので,ひたすら奥さんに懇願する以外にはない。奥さんとしては,同じ自治会を地盤として立候補すれば当選はおぼつかないと思われていたようだ.上村氏がダメなら清村氏を擁立すべきであるという要請を帝都府会議員四井氏から受けていた。いかなる困難があっても後継指名を目指さなければ成らなかった.赤坂には,心配事があった.落選させるわけには絶対行かない。はたして、強引に立候補をお願いして当選させるだけの自信が持てない。しかし,そのような弱気ではいけない.絶対当選させるという確信をもって選挙戦に望まなければ成らなかった.これぞ、背水の陣だ。赤坂は8年前に市会議員に立候補するに際して後援会幹部が木村氏と約束を交わしていた.後援会幹部が交わした約束を反故にすること,即ち.背信行為に対して自責の念はあったが,赤坂と木村氏は政党支持が異なるために後継者を擁立することに問題はないと判断した。木村氏は満を喫して自治会で後援会会作りを粛々と開始され始めた。乗るかそるかの大一番の選挙戦に突入する事になる。選挙戦では赤坂氏の背信行為・に対する批判も甘んじて受ける覚悟出来ていた。

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by ayabemorinaga | 2018-01-05 11:00 | Comments(0)