綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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栄枯盛衰

昨日久しぶりに福知山まで足を伸ばして百万ボルト電気店に行ったら店はなくなり更地になっていた.近年電気店の競争が激しく大変だと思っていたが,まさかつぶれるとは思っていなかった.之までたくさんの電気製品を百万ボルトで購入していた。太陽光発電を設置してもらったのも百万ボルトだ。栄枯盛衰は世の習いと言うが正にその通りだ.なんだか妙にしんみりとした感慨を味わった.閉店する店もあれば出店する店もある.変転きわまりないこの世にもう少し生きようと思う。
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by ayabemorinaga | 2018-02-24 10:16 | Comments(0)

望春

毎日寒い日が続く,昨日は久しぶりに春を思わすようなうららかな一日であった.昨今は一日千秋の思いで、春の訪れを待っている.この頃は身体の芯から凍るような寒さだ.体と同じように心まで凍てついて溶けそうもない。心がかちかちに凍てついているから思考能力もゼロだ.時の流れに身を任せて何の意欲も湧かないままの日々が続く.人生の終点がかすかに視界の中に入ってきた.人生の終焉も春に越したことはない.満開の桜がそよ風にひらひらと舞い落ちるように人生の幕が閉じられれば最高だ。
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by ayabemorinaga | 2018-02-21 09:59 | Comments(0)

人生の安全運転

道徳とは、この道を行けば安全だという道路標識、守る者は得をし,守らぬ者は破滅する。まもれ守らぬのもんだいではないと自覚せよ.人間の一生は,道徳という人生標識をしっかりと学び実践する事である。人間生きるために、ときにはどうとくという道路標識からいっ脱することもある.しまったと感ずれば,すぐに軌道修正をすれば,安全である。学校では、道徳をしかめ面をして教えるのではなく,人生の道路標識だと云えばよい。簡単なことだ。
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by ayabemorinaga | 2018-02-19 11:30 | Comments(0)

相田みつおの詩を

今更私が利口ぶって包容力は、リ-ダ-は欠かせない,さらに、人を理解する心だと思う.と言ったところで,皆さんは,当たり前だろう。と鼻でせせら笑われるのがオチだ.しかしだ,この心は痛みを経験しなければ育たない.これが無ければ鼻持ちにならないただのエリ-トだ.そのような連中をたくさん見てきた。そのような連中に限って俺は挫折経験をしてきたと吹聴する.にても焼いても食えぬと言うのがかくなる連中だ.相田みつおの詩は体験的リ-ダ-シッブ論だ.世の指導者たちに一読をお勧めする。
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by ayabemorinaga | 2018-02-16 11:16 | Comments(0)

今昔物語【校訓編]

私が管理職として関わったのは,府立工業・東舞鶴である。府立工業では学科改編の時校訓を制定した.信義・創造・実践である。石柱への揮毫は当時の知事荒巻氏にお願いした。校門を入ると左側に設置されている.東舞鶴でも校訓を制定した。,誠実‥自律‥寛恕だ。揮毫は私が書家荻野先生に見本を書いていただき、それを見習って書いた。揮毫したのは修学旅行出発の当日の朝校長室で書いた。民法の三大原則の一つである信義誠実から取った。之も校門を入って右がわに設置されている.石柱の費用はいずれも100万円だ.中垣石材に注文した.費用は,卒業生の寄付また、PTΑに依頼した。意地の悪いひねくれ教師員が、西舞鶴の校訓、究理をもじってキュウリか,寛恕をひな祭りの官女にたとえて冷やかす輩がいた。それと,もう一つ、等身大までは行かぬが校章を校舎に掲げた。これらの事は,同窓会、PTAのぜっだいなる協力の賜だ。特に東舞鶴では、PTΑと同窓会は昵懇にお付き合いさせていただいた。いま思い出しても懐かしい。
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by ayabemorinaga | 2018-02-13 10:55 | Comments(0)

気ままに生きる

なぜ生きるか.人の為世のために尽くす為の精神は失っていないが,行動が伴わぬ.ならば、気ままに生きようか.誰にも遠慮の要らぬ白髪の老人だ。が,人様に迷惑はかけられぬ.と思いつつも,なぜか人様の動きが気になる.人のことなど我関せずで生きようとするが,之が結構難しい.世捨て人で人様の非難など金輪際気にし無く生きるのが大変だ.いかんせん生身の人間煩悩が邪魔をする.春日のような穏やかな心になれぬ.生きている限り心にさいなまされて,いろいろ徒悩まなければ生きられないようだ.気ままに生きるなど夢のまたゆめカ。
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by ayabemorinaga | 2018-02-11 11:00 | Comments(0)

なぜ生きる

いったい人間は何のために生きているのか.自分に与えられた能力を最大限発揮し,ひどびとのお役に立つ--人生はこのためにあるのであって,自己顕示欲を満たすことではないと自覚出来る事は幸福だ。
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by ayabemorinaga | 2018-02-10 13:03 | Comments(0)

あいさつ

おとうさんありがとう。 また明日会えるといいね.と手をふる テレビを見ている顔を こちらにむけて,主人が お母さんありがとう また 明日会えるといいね。と手を振ってくれる.今日一日の幸せが 胸いっぱいあふれてくる。そして朝は おとうさんまたあえたね。おかあさんまた会えたね。と 恋人同士のようなあいさつをして暮らしをしています. 振り返り見ると 五十有余年間 こんな挨拶を 一度だってしたことがあったでしょうか。ざんねんなことに今の今まで感謝の心を見失ってあいさつもできぬ、.世にも愚かな老人になりはてたことを悲しむ。
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by ayabemorinaga | 2018-02-09 10:02 | Comments(0)

本気て何さ。

本気ってなんだ。まじめさ-真剣さかも知れぬ。[本気になると 世界が変わってくる.自分が変わってくる.変わってこなかったら まだ 本気になっていない証拠だ. 本気な恋 本気な仕事  ああ 人間一度 こいつを つかまないことには〕私も紆余曲折の多かった人生を歩みましたが- 人生を取りこぼしたくないと思ったら-本気になる事だ人生は一度しかないのだから-我が人生を振り返り 仕事に 恋いに さらに自己実現を目指して 本気でとり組んだことがあったか.何もかも中途半端で投げやりでなかったか。いや 本気で取り組む仕事や恋いに出逢ったか.何もかも適当で要領よくこなしていただけでなかったか.人生を何事によらず与えられたことに本気で取り組むことが出来る人は幸いなり 一度しかない人生 如何に本気で何事も取り組むか。誰もが人生を歩む中で一度は乗るかそるかの決断を迫られることがある。そのとき,本気で取り組んだ人こそ輝かしき未来が約束される。我が人生で本気で取り組んだことがあったのか 無かったのか.記憶が無い。今では,本気のかけらもなく茫洋とした世間のなみに迎合しながら細々と生をつないでいる。我が人生悔い無しというには,もうしばらく時間がかかりそうだ.些細な事でも本気で取り組めば達成できる。本気で取り組む気概だけは生涯忘れるな。
 追記 我が人生で乗るかそるかの決断とは,二度あった.一度目は,大学を卒業したが,教職の道は険しかった.ほとんど一握りの人が採用されるという厳しい就職困難期であった。6月半ば頃大学から,高槻市で採用試験を受けるようにすすめられたが断ったら、大学からはもう就職斡旋はしないと通告された。高槻市で就職していたら高槻市で住居を構えて住むことになっていただろう。二度目は,市会議員に69才で立候補したときだ。

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by ayabemorinaga | 2018-02-08 09:24 | Comments(0)

生き甲斐

我々老人の生き甲斐とは何か。生き甲斐を求めてさまよえど,生き甲斐はだんだん遠のいていく。ようやく生き甲斐をつかんだと思ったら,手のひらからするりと抜け落ちていく。生き甲斐を求めて荒野をさまよえば,雪原の彼方に一筋の光明を見いだしぬ。生き甲斐を見いだしたる老人は幸いなり。生き甲斐を見失った老人はいかんせん。生き甲斐を求める努力をせよ。捜し求めれば必ず見つけることができる。そのことを知れ。望みをうしなうな。
 白髪の老人よ。 生き甲斐を見いだせぬことを憂うな.生き甲斐を見いだせぬなど贅沢言うな。心身の健康を神に感謝せよ。何言ってるか.老人の生き甲斐は,みずから出来ル範囲で人様の役に立つことをすることだ.どのような些細な事であろうとも,人様の為になると思えることを率先して実行する事だ。
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by ayabemorinaga | 2018-02-06 10:38 | Comments(0)