綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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府立学校0B会

昨日は中丹府立学校0B会が亀甲屋で開催されたので参加した.当日参加してたなかでは最年長だ。定年退職後25年の歳月が過ぎた。現職校長のなかには、知らない人もいる。また、新任であった人が校長だ。少しお酒が入った頃現職校長から学校の現況報告があった。ちょっぴり本音をぽろりと漏らす校長がいた。さもありなんと密かに思った.されど校長として赴任した以上しっかりと学校経営に専念してもらわなければ困るよなあ-府教委の管理職講座は、具体的実践的礼節を実行出来る内容の講義でなければダメだ。大学教授の講義など理屈ぽくて反吐が出る。品性を磨き上げるような-実践者の講義こそいみがある。左様な講義をうけていないから礼儀をわきまえぬ不届きな人が現れる。これば現職だけでなく0Bのなかに結構多くの人がいる。苦言を喜ぶ人などめったにいないが、苦言をありがたく素直に聞き入れる態度も必要不可欠な条件だ。苦言を素直に聞き入れぬ人など管理職に登用するなと府教委に進言する。このように云えば府教委も不愉快だろう。そのようにひねくれずありがたく苦言を聞き入れる姿勢を率先して示すことだ。そような感慨に耽る会合であった。自分の実力で管理職になったと勘違いしている人もいるが、多くの先輩諸氏の推挙の賜であるということがからっきし分かっていない。畏れ多くも人を教育する立場にいた人達の集大成が学校経営を任される管理職だ。礼節を重んじ率先垂範出来るひとたれ-と苦言。酒席での立ち居振る舞いも礼節の一つだ。追記 管理職の仕事に人財を育てると言う事之も大事なことだ。と苦言の三重奏。良薬は口に苦し、苦言を真心できける耳を持て。此の事に関しては、現職も0BGにも言えることダ。

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by ayabemorinaga | 2018-06-24 08:38 | Comments(0)

お灸談義

今の若者には、無縁の存在かも知れぬ.私は幼いときから、よく癇の虫にきくといわれて、祖母にお灸をすえられた.背中に上と下の二カ所にお灸をすえるツボがある。祖母にすえられた.のは、背中の下の部分である.ちょうど臍の裏側だ.とにかく熱い.じっと我慢比べだ.幼い頃はよくお灸をすえられるとわめいていた>お灸は三里の灸と臍灸は自分ですえることが出来る。しかし背中の灸は人に頼まなければ成らぬ。すえてくれる人の気持ちがよく分かる.めんどくさいとか、嫌々とか、いらいらしながらと言ったお灸をすえる人の気持ちがすえてもう人には、こころを見通すほどよく分かるのだ.なぜかは知らぬ。お灸をすえてもらっていると気持ちよくなり眠たくなることがある。そんなときは、お灸をすえる人が真心を持ってすえているときだ。私の健康法に一つがお灸だ。月一回程度だ。お灸すぐには効かぬが徐々に神経が刺激されたのか、身体全体がしゃきとしてくる。
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by ayabemorinaga | 2018-06-23 09:53 | Comments(0)

郵政事業今昔

郵政民営化によって、国民に対してサ-ビスが向上したか.民営化以前の局員の態度に傲慢さがなかったか.民営化後の局員の姿勢はどうか。昨日荷物を郵便局から送った.ところが指定時間に配達されていない.局員の劣化はないのか.疑わざるを得ない.荷物受付の日付と配達日付が同一日にっている。荷物受付日が異なっている.配達書類を受け取った私もそのとき指摘が出来ていないから偉そうな事は言えぬ。さらに、マンション番号が405なのだが504と書いたから致し方が無い面もあるが、されどあまりにも杓子定規的な配達姿勢だ。でも少したるんではいないか。そのような思いにならざるを得ない状況だ。荷物の問い合わせにも要領を得ない返答しか帰ってこぬ.おまけに個人情報だから言えないとか.訳の分からぬことをほざいている。とおもえば、荷物がどこにあるかもはっきりと把握していない。クロネコ大和に頼めば良かったと思わせるようでは残念だ。.本当に-もう郵便局に頼むのは懲りた。

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by ayabemorinaga | 2018-06-17 09:09 | Comments(0)

生は苦なり

四苦八苦の内四苦とは、生老病死である.生きることが苦とは考えもしなかったが、昨今は、なるほど生も苦であることだと言う事が実感できるようになった。生きることも苦しみだ。贅沢いうな.健康で生きられることに感謝ことすれ、生きることが苦しみだとは神を恐れぬ言いぐさだ.左様かも知れぬ.之まで大病をすることもなく生きてこられた。病の苦を経験したことがいまだないからそのような勝手な言いぐさが口をついて出る.恐ろしいことよ.でも、生きることが苦であるという思いは事実なのだ.左様な贅沢きわまりない思いは八十路も半ばを過ぎぬと分からないかも知れぬか゛今は健康かも知れぬがやがて病に冒されて七転八倒の苦を経験することから逃れることは出来ぬ.生きる--100年生きる時代が到来した。されど、人人はいろんな思いを重ねながらやがては西方浄土へ趨くことになるのだろう。人生無常いや世の中無常いやまてよ.世の中空かも知れぬ。人生無常だ空だとほざいているが、ご隠居ほんとに分かっていっているの-分かっている。しかし分からぬ事も多いい.分からぬことがあるのが人生なのさ。生は苦なり.之こそ事実だ。この事実を踏まえて如何に生きるか。これこそ晩年を生きるための哲学だ。生は苦なりを乗り越えて如何に終活を整えるのか。おい-ご隠居脳みそが縮み始めたのか.大丈夫か.本当に-気は確かか。へんなブログを書き殴り始めたけれど-
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by ayabemorinaga | 2018-06-12 07:45 | Comments(0)

無冠

昨日の綾部高校同窓会総会で、教職員時代から五十数年にわたって携わってきた同窓会役員を辞任した。正に無位無冠のご隠居なった。ほっとしたとか、やれやれといった実感はない。余生の時間も先が見えてきた。定年退職後は市教育委員として7年あまり、69才にして一念発起市会議員に立候補し2期勤めて引退する.市会議員退任後は、母校綾部高校の活性化について四方府議と連携して有志10数名と取り組みをするもいっこうに成果は得られぬ。綾部の人財は綾部高校でこそ育成されるべきだ。その思いは今も変わらぬ。志をともに共有して頑張ってくれた有志に感謝である.粘り強い取り組みが必要だ.定年退職後の生き甲斐は何であったのか.反省をする昨今だ。いやいやつべこべ言わずに、老兵は静かに消えゆくのみ-かも知れぬ.いろんなことに口出しすると晩節を汚す事になる.今更俺が晩節をけがしたと想っているのかとせせら笑っている御仁もいらっしゃるだろう。それは承知の上よ.俺の晩節なんてうすら汚れて眼も背けたなるよ--とかか大笑している人の顔が浮かぶ。それもよかろう。人の口を塞ぐことも出来ぬ。総会後の懇親会の席で相席になった湯川副校長は隠居が感心するくらい気配りをしてくれた。湯川副校長とは長いつきあいだ。隠居の裏も顔も表の顔もご存じだ。しかし、歳を取るとちょっとした気配りが嬉しいものだ。湯川副校長に感謝。 追記 無冠になったとたん、あんなのについて行けば酷い目にあうとばかり、および腰、へっぴり腰で逃げたす輩がいるからおもしろい。 へっぴり腰で逃げたす輩を追いかけて思い切りひっぱたいてやったらどんな顔するだろう。相変わらず意地の悪い考えは昔と変わらぬな。当たり前よ。年寄りの僻み根性ってやっさ。

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by ayabemorinaga | 2018-06-11 09:39 | Comments(0)