綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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ああ無常

随分昔の事であるそうな。惻隠の情のかけらもない校長がいたそうな。校長が校務分掌で、ある教師に、指導部を担当して欲しいとお願いしたと云ったら、即座に出来ないと断ったそうな。その腹いせしらぬが校長は今度は、視聴覚部長に任命した。教師がそれも断ったら、視聴覚部員に降格し、視聴覚部員のなかから部長を任命すると言う嫌がらせをしたそうな。むかっ腹をたてた教師は堪忍袋の緒が切れて親に相談したそうな。無鉄砲な親は、すぐさま校長に出逢って抗議したそうな。校長さんよあんたの子供がこんなめにあったらあんたどうする黙っているかと-校長はしかめ面をして黙っていたそうな。学校管理規則の施行により、従来は教職員が選挙で校務分掌委員を選び校務分掌委員会が教員の校務分掌の決定に当たっていたが、校長の専権事項になった。人の心が理解できぬ哀れな校長は、校長権限を遺憾なく発揮して自己満足をしていたのだろうか。惻隠の情のかけらもない校長は、定年退職後まもなく亡くなったそうな。多くの教師の怨念がわざわいしたのだろうか、知るよしもない。合掌
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by ayabemorinaga | 2018-09-30 12:01 | Comments(0)

ものぐさ日記

毎日が日曜日が何年続いていることか。朝起きて新聞を読む。拾い読みダ。丹念に隅すら隅まで読んだ受験期もあった。遠い遠い過去のことだ。60才で定年を迎えてから25年の歳月が過ぎた。定年後3年間は初任研指導にに関わった。10年間初任研指導に関わった同僚もいた。なぜ俺は三年なんかと思ったが、府教委が不適格と判断したのだろう。同僚からなぜ文句を言わないのか君らしくないと云われたが沈黙した。当面菜園作りに邁進した。野菜づくりは人間とは異なり煩わしさがない。世話をすればするだけいい果実となって答えてくれる。60年代は、寺総代や自治会役員として携わった。69才で、一念発起して、市会議員に立候補した。市会議員を二期八年やり後進に道をゆずり引退した。なせ今になって市会議員に立候補するのかと笑われた。議員には立候補するにはプライドを捨てなければやってられぬ。市民に審判を仰ぐことになるのだから-落選を恐れていては立候補は出来ぬ。立候補すれば、どこからともなく悪口が聞こえている。たとえ当選してもどんビリだとか云われていた。それが株内から聞こえてくるのだからたまらない。人間としての至らなさを痛感した。さような、うわさを聞けば聞くほど、やるぞ見ておれ男じゃないかと闘志が湧く。左様な元気があった。今は左様な元気のかけらもない。心も体もどのようにかれていくのかしるよすがもない。毎日が平穏無事に過ごせることを願うのみの昨今だ。
 追記出逢う人ごとにブログが書かれていませんがなぜの質問をいただいた。つまらぬブログでも読んでいただく人がおられることに感謝して書くことにした。

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by ayabemorinaga | 2018-09-23 10:31 | Comments(0)