綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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写経

後期高齢者となり菜園仕事を唯一の楽しみとしていたが、億劫になり始めたので止めた。、今更反省しても無駄なことだが、自分なりの趣味を持つべきであった。俳句‥短歌‥囲碁 写真。グランドゴルフ‥ゴルフ‥等賀あるのだからいずれか一つを習得しておくべきであった。いずれも無能な我が最後にたどり着いたのが写経だ。何枚の写経が出来るか。1000枚出来たときに高野山に参拝して納めることとするか。思いつきじゃダメだろう。一心不乱に写経に打ち込むこととする。‥
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by ayabemorinaga | 2018-10-23 12:27 | Comments(0)

毎日が

毎日が日曜日の生活が続く、朝起きて朝食を取れば犬の散歩・犬に引っ張られながらよたよたとついて行く。案外臆病な犬だ。自分の思う方向に行かしてくれないと、お座りをして動かない。飼い主の意向など完全無視だ。飼い主の気持ちが理解するようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。散歩は朝と夕方の二回だ。歩数は3200歩だ。我々の年齢になれば、一日何千歩が健康維持に適当なのかは理解していない。体力に応じた歩数で決して無理をしないことだ。元気で散歩が出来るのも後何年か。

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by ayabemorinaga | 2018-10-22 13:22 | Comments(0)

毎日が

毎日が日曜日の生活が続く、朝起きて朝食を取れば犬の散歩・犬に引っ張られながらよたよたとついて行く。案外臆病な犬だ。自分の思う方向に行かしてくれないと、お座りをして動かない。飼い主の意向など完全無視だ。飼い主の気持ちが理解するようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。散歩は朝と夕方の二回だ。歩数は3200歩だ。我々の年齢になれば、一日何千歩が健康維持に適当なのかは理解していない。体力に応じた歩数で決して無理をしないことだ。元気で散歩が出来るのも後何年か。

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by ayabemorinaga | 2018-10-22 13:22 | Comments(0)

毎日が

毎日が日曜日の生活が続く、朝起きて朝食を取れば犬の散歩・犬に引っ張られながらよたよたとついて行く。案外臆病な犬だ。自分の思う方向に行かしてくれないと、お座りをして動かない。飼い主の意向など完全無視だ。飼い主の気持ちが理解するようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。散歩は朝と夕方の二回だ。歩数は3200歩だ。我々の年齢になれば、一日何千歩が健康維持に適当なのかは理解していない。体力に応じた歩数で決して無理をしないことだ。元気で散歩が出来るのも後何年か。

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by ayabemorinaga | 2018-10-22 13:22 | Comments(0)

生き甲斐とは。

命、心は存在すれども目に見えぬ物なり。いや存在するのか。観念論では説明できるか。唯物論での説明は不可能か。いやいや、生き甲斐とは何か。この年で生き甲斐など亡いわ。と開き直る。そりや*-あんたの勝手だぜ-好きにしいや-とはね飛ばされる。意地になってあんたは生き甲斐があるのか-とたずねたらあるさ。どのような生き甲斐か-と尋ねても返事はない。菜園作りが生き甲斐かと思ったが昨今は菜園作りもしんどいばかりで、天候不順のため立派な果実は望めない。苗を買い肥料を買い田畑を耕耘する手間がいる。買った方が断然お得だ。しんどい思いをして田畑を耕作する気力も失せた。気力の喪失が生き甲斐を奪う。何度も書くが我に未来はない。我の未来はお迎えだけだ。左様なことに心を奪われていると心を病むよ。そりや-分かっているさ。隣人も自己中心人ばかりで当てにならぬ。いや-ダンス‥カラオケ‥ボ―リング・雀荘三昧と生き甲斐をもって遊んでいる人を見るとうらやましい。お酒を唯一の友としてほろ酔い眼で世の中を睥睨している人も居る。お酒が生き甲斐とはご立派なことで。-人なかにでて話を聞けば気分をはれよう-。そのために、老人会があるではないか。老人会に参加する気力も持ち合わせていない。老妻相手に家の中に引きこもっておればダメよ。話し相手を求めて市中を俳諧すれば、だれかに出逢うだろう。その人を友として交わりを深めルることよ。--了解。どうですか。提案だが温泉巡りの旅に出られては。いいね。思い立ったが吉日早速旅行業者に頼むとするか。それも生き甲斐の一つか。明るく生きよう。楽しみを求めて--なんだかんだと、ご託を並べていないで健康であることを神に感謝したまへ-といわれそうだ。健康一番この健康を維持するために、神仏に感謝を捧げて暮らすべしか。

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by ayabemorinaga | 2018-10-19 10:50 | Comments(0)

謹啓 西脇知事

西脇知事の御尊父を私は存じ上げている。義兄が国会議員に出馬するとき西脇知事の御尊父西脇庄一府議が選対本部で中心になって熱心にご活動いただいた。そのお姿は今も我が脳裡に彷彿とうかびあがる。それはさておき、京都府教育委員会の教育委員に是非高校教諭‥小中教諭からそれぞれご推薦いただきたいと思っている。かって、林田知事当時副知事であった野中副知事は、高校から故藤田一先生、中学から西田先生を推挙された。それは革新府政からの保守府政に転換したので過信教育委員会の体質改革が必要であったことも影響している。革新府政の教育施策が染みついている教育現場の意識改革を推進する施策の立案には教育現場経験者の意見を聞くひっようがあったかも知れぬ。私は、教育現場の経験者が教育委員であれば、具体的な施策の提言が出来るからである。教育委員会が行政経験者ばかりであると施策が抽象化する恐れがある。教育委員会は、施策を推進するときは検討委員会を設置してその中に教育現場経験者も入れていると反論するだろう。水産高校・石原高校の学科改編の時は産業教育委員会の検討を経て改革施策を実践したと云われるだろう。それは当然の手続きである。私は教育委員には、二人ぐらい教育現場の経験者がいることが施策の活性化を推進するときの審議が具現化することは間違いないと思っている。故に、教育委員に現場経験者を任命していただきたいと思う。
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by ayabemorinaga | 2018-10-18 11:51 | Comments(0)

我が輩は犬

我が輩は犬である。天然記念物の柴犬だ。戸籍上は凜であるが、気むずかしい飼い主の奥さんが[ここ]と呼んでいる。我が輩の父親の名は都乃紅龍号で母親は絆乃凜号だ。本籍地は、高砂市阿弥陀町長尾431-30番地だ。父親は平成24年の秋京都展で成犬優良一席日保本部賞をもらっている。生まれは、2018年5月18日である。生後三ヶ月で気むずかしい飼い主の所に着た。気むずかしい飼い主と同じ部屋でゲ-ジの中で暮らしている。ゲ一ジの中は窮屈でたまらないので外に出して欲しいのだが、気むずかしい飼い主は、我が輩の気持ちなど考えず散歩の時以外は外に出してくれない。外に出して欲しくなりクンクンなくと大きな声で叱責される。我が輩が飼われたのは気むずかしい飼い主の散歩のお供だったらしい。朝晩散歩に連れ出してくれるが、我が輩が走り出そうとすると飼い主はよたよたしてリ一ドを強く手元にたぐり寄せるから首が締まってたまらない。我が輩と競争するぐらいな元気はつらつとした飼い主であればどれほど幸せかと思う。よたよたじいさんの元に飼われたのも我が輩が持って生まれた宿命かとも思う。これから何年よたよたじいさんの散歩の相手をしなければならないノだろうか、気が滅入ることこの上ない思いだ。最近になって動物を飼うと如何に世話が大変かが分かってきたようだ。我が輩の排泄物の始末をぶつくさいいながら行っている、気の毒なよたよたじいさんだ。

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by ayabemorinaga | 2018-10-17 10:34 | Comments(0)

あんなことこんなこと

あんなことこんなことあったでしょう。保育園で卒園式に子供達が歌っている。長い人生では、あんなことこんなこと、つらいこと、くるしいこと、かなしいこと、たのしいこと様々な事を経験しながら終活へとたどり着き棺を覆ったとき人の評価がさだまると云われている。思い起こせば、我々の管理職時代は教職員組合との交渉が頻繁に行われた。革新府政の時は、職員会議が最高議決機関で、学校運営のすべてが職員会議の決定を経なければ成らなかった。だから校長は責任を取ること皆無だ。学校運営についてすべての責任をおうのは職員会議だ。当時の校長は呑気なとうさんの見本だ。こんな気楽な稼業はないといえよう。学校管理運営規則がなかったために、校務分掌は選挙で選出された校務分掌委員会が本人の希望を聞きながら最終決定した。民主主義のてっていといえはぜきれいに聞こえるが大衆迎合主義の見本みたいな物だ。学校運営規則が制定され校務分掌の決定権は校長の専権事項となった。校長の専権事項を乱発して教職員の意向を無視する馬鹿校長が現れたことがある。校長は教職員のやる気をおこす校務分掌決定に最善の努力を傾注することだ。独断専行は禁物だ。春期討論会の廃止‥学校管理運営規則の制定等、教職員組合側からみれば気色の悪い代物ばかりだ。当然校長との交渉事項となり学校現場では頻繁に交渉が行われた。校長受難の時代だ。私などは教職員人事で組合からダッカのごとく毛嫌いされた見本だだ。人事で組合の街宣車が私宅まで押しかけてがなり立てられた。そのような校長は、私以外に自慢じゃないが誰もいないだろう。退職後9年の歳月が過ぎたとき、俺はそんなに世間で評判が悪いのか、信を問うためメンツをかなぐり捨てて市会議員に立候補した。その節には、西坂町のみなさんには言葉で言い尽くせぬほどお世話になった。感謝感激だ。落選すれば評判どおりだと反省し今後の生き方を考えようと思った。されど世間は私を見捨てていなかった。一期目は22人中11番めで当選した。二期目は議員定数22人から18人に減らしての選挙となり、あわや落選かと思ったがビリから二番でようやく当選した。世評ではもっぱら老齢議員候補者二人が落選候補とはやし立てられていたそうな。選挙は水物と言われるとおり、市議6期のベテラン議員が落選の憂き目を見た。ああ無常 峻烈極まる判断が下された。あな恐ろしや-世間とは。我が人生に未来はない。故にあんなことこんなことあったでしょうを、回想する日々だ。

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by ayabemorinaga | 2018-10-15 09:00 | Comments(0)

祭礼

今日は好天に恵まれ西坂町の祭礼が行われている。私が居住する西坂は東西約4キロに田園が広がり山間に住宅が点在する。西坂を超えれば丹後の国大江町へと続く。西を望めば大江山の峰が眺められる。西坂の奥赤目坂を起点して川が流れる犀川へつながる。戸数およそ100戸人口約280名ぐらいだ。田園は60町歩専業農家10軒で耕作可能だ。そう祭礼の話だ。西坂には、神社が3社鎮座成される。高蔵神社‥諏訪神社‥九社神社である。御輿が高蔵神社を出発して諏訪神社‥九社神社を巡り高蔵神社に帰還される。私の幼少の頃は、新嘗祭に合わせて10月17日と決まっていた。昨今は御輿を担ぐ人手を確保するために10月半ばの日曜日となった。一聚落に神社が三社あるのも珍しいのではないか。高蔵神社のご神体は武内宿禰であり戦の神と思っている。私も市議選に臨むに当たり必勝を期して告示当日参拝したものだ。昔を思い、村の鎮守の神様の今日はめでたい村祭りどんどんひゃららどんひゃらら-と口ずさんでみた。台風被害による土砂災害も少なく平穏な日々を過ごせることを感謝して御輿が巡行される事を願う。高齢者ばかりになり、御輿の担ぎ手もない村に成ることだけはなんとしても避けて欲しいものだ。どうすればいいのか-それは政に携わる人たちの喫緊の課題だ。
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by ayabemorinaga | 2018-10-14 10:11 | Comments(0)

白昼夢か

私が学生の時、大徳寺聚光院に下宿をしたときでございます。東寺で修行中の僧侶が聚光院にきて私と話しているとき、突然に、反対語のない言葉は何ですかな。と尋ねてきた。私は、とっさに空でしょうな。としたり顔で答えたものだ。僧侶もなるほどと思ったらしかったが、黙っていた。空って何だ。心って、命って言葉は存在すれど、実態は見えない。心凍らせて、命が縮むってどんな状態か。びっくりして腰を抜かすことはあれど、心を凍らせた状態とは身体がどうなるのか。体験したことはいまだない。心を凍らせた人間も見たことがない。いや内面のことだから外部からは見えないのかも知れぬ。心や命をつかむことが出来るのか。命や心をつかみ手玉に取ってみたいが無理だ。いや不可能だ。恋い心ってなんだ。相手の心をわしづかみと言う言葉があるが、つかめるか。心はどこに宿るのか。心理学で心の実態を解明できるか。昨今そのようなことが胸中にさんざめく。白昼夢か。
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by ayabemorinaga | 2018-10-13 10:14 | Comments(0)