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綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

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散歩

健康維持のために毎朝夕散歩を始めた。一人散歩するのも味気ないので柴犬を連れて行っている。一日壱万歩を目標にしているがなかなか到達できぬ。平均8000歩止まりだ。昨今は田植えが終わった稲田の緑がまばゆい。稲田の農道を散歩する。ゆっくりと歩こうとするが柴犬が元気で引きずられているような状態だ。のんびりと農道を散歩するのも気分爽快だ。友人の塩尻君は何十年とやっているが、私はまだ始めたばかりだ。いつまで続けられるか未来の予測は不可能だ。昨今何のために生かされているのかと哲学的思考をしている。天は我に何をさせようとしているのかと考えてみるが分からない。老後何の不安もなく生活出来るのも年金のおかげだ。国に感謝だ。智に働けば角が立つとかくこの世は住みにくい。何で高尚な考えは我が頭には浮かばぬ。
by ayabemorinaga | 2019-05-24 13:49 | Comments(0)

春秋会

退職市会議員の会合が現長で開催されたので参加した。33人のうち16人が参加した。さっと半数である。春の叙勲の栄誉を受けられた方が2人おられた。佐佐木‥白波瀬元議員のお二人である。今日府庁公館で伝達式があるそうだ。いずれも24年間議員として綾部市の発展に貢献された人だ。私なんか二期八年のひょこだ。でも年齢は最年長である。1933年五月22日生まれである。今日で満86才になった。おかげさまで今日まで大病をすることもなく元気に生きてきた。今は亡き両親に感謝だ。山崎副市長‥高橋儀長が来賓として参加された。会が終わり始めたときに動議が出され春秋会だから秋も開催することになる。酒を酌み交わし親交を深める絶好の機会だ。年を重ねるにつれて世間に疎くなるが、ソノ埋め合わせをするにはまたとない機会である。健康な限り出席をしていろんなご意見を聞かせてもらうつもりだ。されど潮時という事もある老醜をさらけ出すのもほどほどに引け時を見失ってはならぬと思っている。
by ayabemorinaga | 2019-05-22 11:15 | Comments(0)

毎日が日曜日

毎日が日曜日といった生活になってから、行く年過ぎたことか。昨今はあさ目覚めれば犬のさんぽから一日が始まる。わずかな畑での菜園作りが日課である。楽しみと云えば、友人とグランドゴルフに行くぐらいだ。旅行に行こうと家内を誘ってみるが断られる。温泉につかってくつろげば気分転換になると思うが、乗り気がしないようだ。新聞も斜め読み何が書かれているか頭に入らぬ。政権打倒を目指す新聞記事も迫力がない。昨今電力株が震わない。株にリスクはつきものソノ覚悟なくして株など買えぬ。じっと塩付けにして反転上昇を期待している。私の株の購入は配当目当てであり、売買利益を期待する物ではない。それにしても今の電力株は底値もいいとこだ。まだ下がれば悲鳴を上げたくなるな。誰が儲けて誰かが損失を被る。それもいいではないかと開き直る。
by ayabemorinaga | 2019-05-17 10:56 | Comments(0)

麦秋

五月が過ぎて六月になれば麦刈りの到来だ‥我が幼少の頃は、養蚕業が盛んで蚕の食材の桑の実が食べられる。唇を紫色にしながら甘酢つぱい桑の実をほおばったものだ。麦刈りをして脱穀するのであるが麦のいがいがが身体に付着してかゆいことこの上なかった。小麦を栽培してそれを粉にしてうどんを作るのだ。ご飯が足りなければうどんをつくりたべたものだ。麦秋とは麦の収穫期の事をさす。蛍が飛び交うのもこの時期である。源氏蛍は少なくぬか蛍がたくさん飛び交っていた。蛍を追っかけて上ばかり見ているから田んぼのなかに滑に込むこともしばしばあった。麦の収穫が終われば田んぼに水を張り田植えの準備だ。農家では猫の手も借りたいと云われる忙しい時期である。養蚕は農家の副業だ六反百姓では生計が立たぬ。養蚕は年に少なくても四回繭を収穫出来る‥家全体を養蚕のため使うため、人間の寝るとこは板の間だ。養蚕も戦後ナイロンの出回り衰退した。農家の忙しさを助けるために共同炊事がされ昼のおかずが供給された。キャベツの油炒めがおいしかったな。昔を振り返る麦秋がやってきた。

by ayabemorinaga | 2019-05-16 09:39 | Comments(0)

草苅

昨日は老人会で公民館の草苅が実施されたので参加した。平素老人会の行事への不参加の埋め合わせのつもりだ。昨日は真夏日のようなアッさである。草苅を一時間継続すれば身体が悲鳴を上げる。寄る年波には勝てぬと実感する。水分補給も必要だ。飲み物は老人会で調達してくれる。ぼちぼち草苅も辞退をせざるを得なくなるようだ。無理に参加する事もあるまい。自分の身体相談することだ。しかし、私よりも年配の人が矍鑠として参加されている。立派なことだ。気持ちとしては、身体が健康である限り参加刷るべきであると自覚する。背負いの草苅機の重さをずっしりと感じるようになった。年は取りたくないものだ。こんな身体の調子だと家庭菜園もいい加減な事になりそうだ。当分は、犬と散歩して足腰を鍛えていこうと思っている。

by ayabemorinaga | 2019-05-14 08:49 | Comments(0)

昨日の事

昨日は京都で退職教員の集いがあったので参加した。参加者は130名だ。年々参加者が増える様だ。顔なじみがすくなくなり見知らぬ後輩が増えていく。我々は年配者の参加が少なくなっていく寂しいがぎりだ。でも、是がこの世の掟なんだと思う。91才で矍鑠として参加されている先輩もいた。見習いたい物よ。かっての同僚が元気に参加されているのをみるにつけ嬉しい限りだ。話の内容が何であったかとんと思い出せぬ。脳の劣化が始まりだした。認知症に成ったら大変だ。気を付けなければと思うが、はてさて何に気をつければいいのか分からぬ。認知症になれば人間の本性が如実に表れるとか。はて私はどのような本性が表れるのか気が気でない。人間の本性とは、色気が食いけのどちらかだと云われている。私は自分では食い気だと思っているがそれは分からぬ。京都駅で帰りしなに会う事になっていたのにすっかり忘れて電車にのり、電車に乗ってから娘に慌てて電話をして謝る事になる。荷物を持って京都駅で電話を待っていたらしい。その荷物が今日宅急便で届いた。前の晩に娘から帰り際に電話をして-とシッヵり云われていたのに忘れている。友人と一緒であったのでうっかり忘れをしたのかも知れぬ。と自分では思いたい。認知症の前段症状だとは思いたくないよ。年を取るにつれて全身の機能が劣化するのは避けられぬ。是も自然の法則だ。




  

by ayabemorinaga | 2019-05-12 14:11 | Comments(0)