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綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

写経

余輩七十にして、お経をそらんじ、八十には写経の日々を過ごす。今から写経一千巻を目指して完成すれば高野山に奉納する。遠大なる構想を持ってじっげんを目指す。出来るかな、出来ないかなと迷えばおしまいよ。やれるやれると気合いを入れて実践すれば悲願は達成する。人生なんて、そのようなものよ。がんばろうのかけ声勇ましく実行しょうと思う。何事にも動じない不動の精神力発揮して、八十半ばで立志とはこれいかにーー毎日写経をして三年で一千巻ゎ到達できる。おもいたったがきちじつとやらーきょうから-ゆうばっかりで実行出来ぬ政治家がいるが、そんな人にはなりたくないからな。
# by ayabemorinaga | 2019-02-05 12:41 | Comments(0)

遙かなる野望

出来るか出来ないかは知らぬしかし、一度たてた野望を捨てるわけには行かぬ。身の程知らずは承知の上、野望達成に向けて出来ル限りの努力を惜しまぬ。ところで、あなたの抱く野望とは何ですか。府教育委員に教師0Bを登用していただきたいのだ。推薦すべき人はわが胸にありー過去には、林田知事、野中副知事の時、府立高0Bと中学校0B賀就任されたことがあった。現場経験者はそれ以来就任されていない。国会議員、府会議員の先生にお願いして、身の程知らぬ野望を達成したい。教育施策を立案こするときには、現場経験者の意見を参考にすれば、よりよい施策の実現か可能だ。是は一人よがりの戯言かとお笑いなさるな。真剣考えてのことよ。冥土の土産に何が何でもたっせいしたいがーー出来るかな、できないかな-
# by ayabemorinaga | 2019-01-26 13:37 | Comments(0)

健忘症

昨今とみに物忘れが酷い。年賀状の返事を出したと思っていたら手元に残っていた。随分失礼なことだが、いかんとも仕方がない。年のせいにして許しをこいねがうことは出来まい。年賀状をどこにおきわすれたか思い出せぬ。一事が万事日常生活でこのような調子だ。老いは人をみにくく年取らせさらに、健忘症ならぬ認知症の前段症状へと、移行していくのか。世にもみすぼらしい姿よ。と己の老いにおどろくなり。精神の劣化も著しい。判断力。位置感覚しかりだ。未来志向など夢の又夢よ。などぼやいていても無益な事よ。聴覚視覚はすごい馬力で劣化し続ける。頭の体操が必修条件になる。元気で過ごすには-あたまも身体鍛えなくては健康では過ごせぬ。と思うが怠けている。自覚をしている間は健忘症にならぬかな。
# by ayabemorinaga | 2019-01-23 11:39 | Comments(0)

目に見えぬ物

我々の目には実態を見るとが出来ない物がある。即ち、心‥命・神などがその例だ。言葉存在するが実態を把握する事は出来ぬ。生きる力など云われるが、生きる力の実像は何か。唯物論。観念論を言うつもりはない。されど観念論で論ずるしか方法は無い。と思うが間違いか。これらを哲学的志向考えることも無駄なことだ。西田哲学の根幹は愛だ。信仰心も目に見えぬ。故に尊いか。いやいや神は川・山・岩・がご神体のことがある。人間の視覚など薄ペラらな物だ。昨今は時々変な思考に悩まされる・
# by ayabemorinaga | 2019-01-20 11:16 | Comments(0)

再会への誘い

年賀状は毎年やりとりしているが、大徳寺聚光院で下宿していた旧制赤松君現在安部君から、一度出逢いたいとの誘いを受けた。お互い大学卒業後60数年あっていない。京都で出逢うとすれば、顔を見分けることが出来るかすこぶる不安である。幸い西宮の安倍君のお寺で出逢うことになった。大徳寺聚光院にはもう一人吉沢君がいた。吉沢君は当時お寺に手伝いに来ていた美子さんと結婚した。が、二人とも亡くなったらしい。安倍君は学生時代大変女性に持てていた。彼女が次から次へと出来ていた。あるとき、赤松君が私に別れた彼女から安宅の関所で勧進帳を読む弁慶の人形をもらったが、何を意味しているのかな。と言ったので、私は、あなたの心にもない、出鱈目なお口に私はすっかり騙されました。私が馬鹿でした。と言う意味ではないか。と言って二人で大笑いをしたこともある。お正月に家族団らんの時、大徳寺聚光院での下宿の話しが出たとか。さて、再会すればどのような話で盛り上がるか楽しみだ。されどあまり人聞きの悪い話は心得ねばならぬ。家族がおられるからーー口慎めば命長ながけれ--のたとえの通り-
# by ayabemorinaga | 2019-01-17 10:20 | Comments(0)

人生の最後

人生の最後は癌で死ぬか、認知症で死ぬかと云われたら、癌で死にたい。なぜならば、認知症ではあまりにも哀れでないか末路が。癌で死にたいと云われた方が、認知症で亡くなられた。人生不如意とはかくのごとき事か。人生が不如意でこそありがたい、あなたみたいな人が人生如意で過ごされるのはそら恐ろしいことだ。と笑われた。俺はさほどひとびとに嫌われているのか。それではろくな死に方はせぬぞよ。と言われているみたいだ。いかなる人も人生の終末を避けることは出来ぬ。最後まで意識はしっかりともっていることを誰もが願うが、その通りにならぬのも又人生なり。で、何とか認知症に成るのは避けたい。されどこればかりは神のみぞ知る。未知の世界だ。中天に輝く三日月に向かって、願わくば、びんびんころりで人生の最後を、と、願掛けをするか。神が、己の身がってな願いを聞き届けてくださるだろうか。我は世のため人の為に、自分が出来ル限りの努力をしてきましたから、せめてささやかな私の願いをお聞き届けいただきたい。-それは己の自惚れよ。めを覚ませ馬鹿もん。と神はお叱りになるだろうが。いかなる最後を神が下されようとも、従順な心で厳粛に受け止めたい。み魂は黄金の光に誘われて宇宙の果てまで上りぬ。昨今のブログ夢も希望もなく暗ね。生き甲斐を持たないと心が萎えるね。こんなご託を並べていますが、いまだに終活さえ出来ておりませぬ>
# by ayabemorinaga | 2019-01-15 11:30 | Comments(0)

君、君 大丈夫か。

昨日は、互助組合で入場券を購入して、京都劇場へ前進座の裏長屋騒動記を観劇に行った。あさ八時弐拾五分にJΑ河北支店から貸し切りバスで京都駅八条口のポルタ横の駐車場で゜下車して、ガイドの案内で地下道を通って京都劇場に向かった。観劇を楽しく過ごしてポルタバス停に集合することになっていた。ガイドさんがスカ-レ夕一下で旗を持って待っていてくれたのであるが、私が便所に行ったためにはぐれてしまった。是まで京都駅には、何回もきていたので位置情報は理解しているはずであった。ところが、京都劇場からの出口を間違えたて、反対側に下りてしまった。バス時間が迫っているので気が気でないが、ポルタバス停に行く方角が全く分からない。急いで携帯を取り出し緊急時の連絡をした。互助組合のガイドさんにつながったが、私の居場所を尋ねられるがはっきりと答えられない。お互いに電話を切らずに話しをしながら、やっとの事でガイドさんに出逢うことが出来た。ガイドさんの案内でバス停にたどり着くことが出来た。バスを待たせるのも気の毒なので汽車で帰りますからと言ったが、ガイドさんは探しますからバスで帰ってくださいと親切に云われる言葉がずしんと身に滲みた。おいおい認知症の前段症状と違うかと思わず窺った。老いは、無残にも方向感覚の劣化を加速させる。ああ、無常
嘆かわしきかな。

# by ayabemorinaga | 2019-01-14 12:30 | Comments(0)

美田を残さず

子孫に美田を残さずとは、西郷の言葉だ。財産を残せば骨肉の争いが必ず起こる。財産は生存中にすっかりと使うことだ。財産がなければ争いは起きない。されどわずかばかりではあるが子ども達のために残してやりたいと思う親心はある。私の父親は何も残してくれなかった。しかし、勉強がしたければどんな無理をしてでも学資は調達する。と言ってくれた。父親のおかげで現在の暮らしがあると感謝している。親孝行したいときには綾は亡し。正にその通りだ。後悔しても悔やんでも親には通じない。親のお墓の前に布団を着せるわけにも行かぬ。現代の子ども達は親孝行の何にたるやも知るまい。自己中心の子どもがあまりにも多くいないか。いや、損得勘定でしか物事が考えられぬ子どももたくさんいる。教育現場の先生は勇気を持って親孝行とはなにか。シッヵりと教えなさい。
# by ayabemorinaga | 2019-01-06 08:48 | Comments(0)

正月雑感

年賀状は本年で今後は失礼します。と言うのがかなり増えた。寄る年波は何事も億劫になりがちだ。あちこちと近所付け合いも礼を失することが多くなった。されど我らは社会生活を営んでいる。仙人でない限り最小限の人つきあいも必要だ。その最小限が分からなくなる。完璧主義であった人がぼろぼろになっている昔の面影もない。老いは人を限りなくだらしなくさせる。適当も度を超しているが本人にその自覚はない。この一年を如何に過ごすかの自覚もなくぼんやりとしてその日暮らしだ。終活の為の断捨離も必要だが実行すら出来ずにいる。何を考えて生きているのかも分からぬ。平和平和と唱えておれば平和な世の中が続くのか。信じている人は幸いなり。戦後70数年平和な世の中が続き我々の生活も驚くほど豊になった。便利な世の中が続いている。このような平和で豊かな世のが永久に続くことを願っている。
# by ayabemorinaga | 2019-01-04 16:12 | Comments(0)

謹賀新年

皆さん明けましておめでとうございます。今年も皆様がには、幸多き年である事を御祈念申し上げ新年のご挨拶とします。今年のお正月は近年まれに見る快晴です。今年もこの青空のごとく晴れ渡った真心をもってお過ごしください。びっくりするような福があなたに訪れます。
# by ayabemorinaga | 2019-01-01 12:05 | Comments(0)

気候と性格

気候が人格形成に影響するだろうか。ふとそのような思いに駆られる。別段理由はない。私が生活の根拠にしている山陰地方は弁当忘れても傘忘れるな。といわれるとおり秋口から初冬にかけてはよく時雨れる。瀬戸内地方は山陰に比べて穏やかにな小春日和がつづく。瀬戸内に住みたいと何度おもったことか。甲斐性がないため移住する勇気もない。山陰地方の人は気候が影響して粘り強くないか。いや-やや陰気くさいところが在りはしないか。あっけらかんとしたところがない。ねちねちとしつこいところがある。と考えるのは偏見か。されど何となく気候が人格形成に影響を及ぼしていると思われる節がある。どんなところかか、と聞かれても返答しょうがない。漠然とおもうだけ-しかし、間違っていないと確信している。気候と人格形成に関する本が出版されていたと思うのだが-これとて思い違いか。昨日から雪が降っている。寒い。寒さに抵抗力がない私はひときわ寒気が身にしむ。青壮年の時は雪降りは寒さで身体がしゃきっとしたが、昨今では骨身にしみる。
# by ayabemorinaga | 2018-12-29 09:19 | Comments(0)

追悼

教職に携わった同級生五人のうちの一人岩上君の訃報を聞いた。彼に出逢ったのは7月頃市立病院であった。奥さんは協立病院にいき自分市立に娘の運転できた。と云っていた。病名は聞かなかったが元気そうであった。足が痛いのか杖はついていた。高校‥大学も一緒だ。彼は器械体操が得意であった。体育の教師として勤務した。退職後は果樹の栽培に精魂を傾けていたと聞いている。同窓会の理事をしていたので時たま出逢うこともあった。とにかく器用な人であった。トップ車を運転していて操作を誤り畑でひっくの反った事もあると聞いた。この年になると友の訃報を聞いても不思議ではないが、なぜか無性に悲しくなる。そう慌ててあの世に趨かなくても思うのだが-世の中の無常かひときわ身にしみる。諸行無常の世の中であることは知っているがー現実に出逢うと哀惜の念が心を揺さぶる。一人また一人とこの世から去っていくのを見聞きするのはほんとうに辛い。彼の御霊のとこしえに安らかならんことを祈る。合掌。

# by ayabemorinaga | 2018-12-28 09:12 | Comments(0)

教育・政治

私に未来はない。故に過去の出来事をふりかえるのみだ。私が教育委員を辞任して市会議員に立候補したとき、親しきひとたちから、最後まで教育の道を歩む物と思っていたが、政治に関心をもっとは驚きだ。と云われた。私は教育委員の三機目は無いと確信していた。三期目に確信があれば政治へ転身する事はなかった。此の事は私のみがしる因果応報だ。生涯の大半を教育の道を歩み、ほんとちょっぴり政治の世界を垣間見たのだ。政治は富みの分配だ。あくまで公平に平等に分配する。富みの分配とは、税金を徴収し庶民に分配する事が政治の主たる役目だろ。忖度することなく偏ることなく分配する事に尽きる。教育とは、児童の能力を最大限引き出すことが教育の使命である。学ぶことは、真似ることである。徹底して真似ることが大事だ。友人が君のブログは本の中から引用したものばかりだと批判した。自分なり知識を獲得するには多くの書物を玩味熟読し自分の身に付けることだ。さて、能力であるが、これは、遺伝と環境の輻輳によってかくとくするものである。おやー支離滅裂の文章になった。認知症予防のために雑文を書いてみるが怪しい限りだ。文章は主題に基づいて書くことが求められていることは知っているがいかんせん能力不足を実感する。
# by ayabemorinaga | 2018-12-23 10:23 | Comments(0)

間違い漢字

中学生が友人に手紙を書いた。柿も色好き食べ頃と成りました。是非一度私の家に来て柿を賞味してください。その美味しさに充分ご堪能していただけます。何回も食べたくなりますよ。柿大好き。でも、食べ過ぎるとおなかを壊しますから気をつけてくださいね。柿を間違えて姉と書いたら、おませな中学生と絶句される事でしょうね。この手紙を読んだ友人の父親は何というのかな。
# by ayabemorinaga | 2018-12-22 09:47 | Comments(0)

政界雑感

信なくば立たず。この言葉は政治家にとって基本理念でなければならぬ。如何に口では人触りのいいことを云っていても、行動がすべてを表している。言行一致こそ政治家に最も求められる条件だ。責任ある地位に着くと最も現実らしくふるまうが、立場が変わると無責任な事を言い出す連中信ずることは出来ぬ。政権与党の時には黙認していながら、野党に成り下がったら反対のことを言い出す。さような政治家を信ずることが出来るのか。有権者はしつヵりと政治家の行動を注視して投票行動をすべきだ。虚偽妄言を云って有権者を騙す政治家を見限る事が大事だ。いやー与党にもいるかも知れぬから有権者はきっちりと見分けるべきだ。野党第一党立憲民主党は会派入りの条件として原発ゼロ米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設見直しを求めているらしいが、民主党政権鳩山総理は最低でも県外と主張し挙げ句の果て見つけられなかった。辺野古反対を掲げている枝野代表は当時行政刷新担当相で在り閣僚として辺野古周辺を移転先として日米共同声明に基づき移設計画推進とする対処方針閣議決定した。彼らは閣僚として対処方針に署名したのではないか。過去の政治行動は切り捨て、立憲民主党は今では新しい政党だ、と開き直っている。そのような政党が何を言っても信ずることは出来ぬ。有権者の目にはどのようにうっっているのか。来年の参議院選挙で明らかになろう。
# by ayabemorinaga | 2018-12-21 10:20 | Comments(0)

批判が出来る能力

我が家は戦中戦後を通じて、朝日新聞を購読していた。最近の朝日新聞は左傾化が著しい。戦時中に軍部に協力して国民を戦争に駆り立てるために、あおりにあおっていた反省からかどうか知らぬ。いやご都合主義の見本だ。新聞は社会の木鐸と言われているがその本領が発揮されているか。慰安婦問題を世界に拡散したのも朝日新聞ではないか。最近の朝日新聞はどこの国の新聞になったのか。まさか中国の新聞になったのではないだろうが-。朝日に洗脳されてはならぬ。いやそのような批判をするより、国民がシッヵりとした批判力をたかめることがひっようふかけつな世の中になったと感じている。いかなる新聞も鵜呑みにするのではなく批判力を持って読む事が必要だ。その批判力はどこで養うのか-そりゃー教育でしか出来ぬ事だろう。朝日に目を通すとそのような思いに駆られる。
# by ayabemorinaga | 2018-12-20 09:30 | Comments(0)

教育随想その2

小学校教師こそ教師冥利に尽きる。と断言されているあなたが、なぜ小学校教師を卒業して高校へ変わろうとしたのかをききたい。小学校の先輩教師達の管理職への異常な執着にいやきかさした。壁地校に勤務して管理職への道をさぐる。そのことが悪いこととは云わない。私が綾部市の教育委員をしていた時、管理職面接があり、あなたはなぜしんどい管理職を目指そうとされるのですか。と尋ねたら、学校経営をやってみたいという答えが返ってきた。いかなる学校経営を考えておられますかと尋ねようと思ったが、口をつぐんだ。私の質問は難しいと評判になっていたらしい。そのことも知らずにずにのって質問していた我が恥ずかしい。学校経営を教職に就いた以上一度はやってみたいという自負心はよしとする。。されど、いかなる学校経営を目指すのか、実際、管理職になれば、自由奔放は学校経営は出来るものではない。学校経営の基礎基本は全教職員がベクトルをそろえて学校が掲げる教育目標に向かってすすめる、リ-ダ-が管理職の責務だ。さて。教育委員会は、管理職評定をいかなる観点からしているのだろうか。教頭のスペアはいくらでもあるが、校長のスペアない。校長の不祥事は教育委員会の責任だ。

# by ayabemorinaga | 2018-12-19 09:55 | Comments(0)

回想教育雑感その1

教職で一番やりがいのあるのは小学校教師だ。いろんな教育実践を試みることが出来ル。私が最初に赴任してのが中上林小学校であった。昭和32年には道徳教育の実践校として研究されていた。当時は、徳目主義か学校教育全体の中から道徳指導に結びつける課題を拾い上げて実践する。二つの方法があった。研究成果を冊子に記載するとき私は席替えというクラスの課題を取り上げた。ある児童と一緒の席は嫌いだ。と言って拒否する児童がいた。相手の立場にたって考えるという児童を育成する為だ。しかしこの実践は見事に失敗した。あえて失敗事例として記載した。小学校は実践課題がたくさんある。研究課題の宝庫は小学校だ。真摯に研究課題にとり組む事が出来る小学校こそ教師冥利に尽きるといえる。指導力のある教師には児童がシッヵりと応えて持てる能力を遺憾なく発揮する。

# by ayabemorinaga | 2018-12-15 14:02 | Comments(0)

自省の念

昨今国会中継をテレビで、野党の挑発に乗ってしまう安倍総理を見ていて、私も石原高校で職員会議の時に教職員の挑発にむきになって反論したことがあった。教職員の挑発など無視すれば済むものをついついかっとなって反論する。教職員はおもしろがってよってたかって挑発してくる。革新蜷川府政の時は、職員会議は最高の議決機関であった。生徒指導その他いろんな問題が勃発しても管理職は責任を問われることはなかった。教職員の総意である職員会議がその責任を負う事となった。学校管理規則が制定されてからは、職員会議は校長の諮問機関であり、すべての責任は管理職が負う事になる。校務分掌も校長の裁量となる。故に校長権限を振りかざして暴走する勇ましい管理職も存在した。教職員の意向を無視して校務分掌を押しつける暴走校長も存在した。さしたる校長は退職後直ちにお釈迦様がお迎えに見えてあの世へと旅だった。ついつい脱線しかけたな。そう管理職は教職員の挑発になどそしらぬ顔で無視すればいいのだ。と気付くのが遅かった。じっくりと教職員の意見を聞く耳をもっことは大切な事である。管理職は教職員を各校の教育目標に向けてベクトルをそろえてとり組む学校運営をすることだ。我は失敗の連続で教職員からはダッカのごとく嫌われていた。そのような思いに駆られる今日この頃だ。

# by ayabemorinaga | 2018-12-08 13:13 | Comments(0)

黒昼夢

白昼夢があるなら、黒昼夢もあるだろう。私の黒昼夢は、高等学校から小中学校に転出する夢を昨今よく見るのだ。フロイトは夢は潜在意識の表れであるという。私は小学校から高校に転出した。昭和38年高校生急増期のときである。綾部高校定時制へ転出した。綾部高校に昼間定時制があることは知っていたが夜間定時制の存在は知らなかった。私の認識はこの程度の浅薄である。東分校定時制夜間で2ヶ年勤務して本校に変わった。爾来20年間勤務した。その間定時制に8年勤務した。その後東舞鶴高校浮島分校に管理職として勤務した。東舞鶴高校へ変わり2年後石原高校に勤務する。石原高校学科改編にとり組む事になる。如何に強気の私も白髪三千丈ならぬ見事な白髪になる。学科改編をへて府立工業高校と校名を変更する。当時府教育委員であった藤田一先生からは、学科改編が終了するまでは転勤はさせぬ。と引導を渡された。まあ何とか学科改編をして再び、東舞鶴高校に転勤して私の教職生活が終る。高校から小中学校に転出して再び帰りたいと行っても帰れない夢を見る。今頃になってもそのような夢を見るのは私の潜在意識の中に何が存在するのか。私はそれを黒昼夢と命名している。追記 故藤田一先生とは、先生の息子二人を私が綾部高校で担任した。長男は歯科医師となり大学で教鞭を執っていた。次男はどこに行ったか忘れた。故藤田一先生とはそのような縁があった、

# by ayabemorinaga | 2018-12-07 09:55 | Comments(0)