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綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

謹賀新年

皆さん明けましておめでとうございます。今年も皆様がには、幸多き年である事を御祈念申し上げ新年のご挨拶とします。今年のお正月は近年まれに見る快晴です。今年もこの青空のごとく晴れ渡った真心をもってお過ごしください。びっくりするような福があなたに訪れます。
# by ayabemorinaga | 2019-01-01 12:05 | Comments(0)

気候と性格

気候が人格形成に影響するだろうか。ふとそのような思いに駆られる。別段理由はない。私が生活の根拠にしている山陰地方は弁当忘れても傘忘れるな。といわれるとおり秋口から初冬にかけてはよく時雨れる。瀬戸内地方は山陰に比べて穏やかにな小春日和がつづく。瀬戸内に住みたいと何度おもったことか。甲斐性がないため移住する勇気もない。山陰地方の人は気候が影響して粘り強くないか。いや-やや陰気くさいところが在りはしないか。あっけらかんとしたところがない。ねちねちとしつこいところがある。と考えるのは偏見か。されど何となく気候が人格形成に影響を及ぼしていると思われる節がある。どんなところかか、と聞かれても返答しょうがない。漠然とおもうだけ-しかし、間違っていないと確信している。気候と人格形成に関する本が出版されていたと思うのだが-これとて思い違いか。昨日から雪が降っている。寒い。寒さに抵抗力がない私はひときわ寒気が身にしむ。青壮年の時は雪降りは寒さで身体がしゃきっとしたが、昨今では骨身にしみる。
# by ayabemorinaga | 2018-12-29 09:19 | Comments(0)

追悼

教職に携わった同級生五人のうちの一人岩上君の訃報を聞いた。彼に出逢ったのは7月頃市立病院であった。奥さんは協立病院にいき自分市立に娘の運転できた。と云っていた。病名は聞かなかったが元気そうであった。足が痛いのか杖はついていた。高校‥大学も一緒だ。彼は器械体操が得意であった。体育の教師として勤務した。退職後は果樹の栽培に精魂を傾けていたと聞いている。同窓会の理事をしていたので時たま出逢うこともあった。とにかく器用な人であった。トップ車を運転していて操作を誤り畑でひっくの反った事もあると聞いた。この年になると友の訃報を聞いても不思議ではないが、なぜか無性に悲しくなる。そう慌ててあの世に趨かなくても思うのだが-世の中の無常かひときわ身にしみる。諸行無常の世の中であることは知っているがー現実に出逢うと哀惜の念が心を揺さぶる。一人また一人とこの世から去っていくのを見聞きするのはほんとうに辛い。彼の御霊のとこしえに安らかならんことを祈る。合掌。

# by ayabemorinaga | 2018-12-28 09:12 | Comments(0)

教育・政治

私に未来はない。故に過去の出来事をふりかえるのみだ。私が教育委員を辞任して市会議員に立候補したとき、親しきひとたちから、最後まで教育の道を歩む物と思っていたが、政治に関心をもっとは驚きだ。と云われた。私は教育委員の三機目は無いと確信していた。三期目に確信があれば政治へ転身する事はなかった。此の事は私のみがしる因果応報だ。生涯の大半を教育の道を歩み、ほんとちょっぴり政治の世界を垣間見たのだ。政治は富みの分配だ。あくまで公平に平等に分配する。富みの分配とは、税金を徴収し庶民に分配する事が政治の主たる役目だろ。忖度することなく偏ることなく分配する事に尽きる。教育とは、児童の能力を最大限引き出すことが教育の使命である。学ぶことは、真似ることである。徹底して真似ることが大事だ。友人が君のブログは本の中から引用したものばかりだと批判した。自分なり知識を獲得するには多くの書物を玩味熟読し自分の身に付けることだ。さて、能力であるが、これは、遺伝と環境の輻輳によってかくとくするものである。おやー支離滅裂の文章になった。認知症予防のために雑文を書いてみるが怪しい限りだ。文章は主題に基づいて書くことが求められていることは知っているがいかんせん能力不足を実感する。
# by ayabemorinaga | 2018-12-23 10:23 | Comments(0)

間違い漢字

中学生が友人に手紙を書いた。柿も色好き食べ頃と成りました。是非一度私の家に来て柿を賞味してください。その美味しさに充分ご堪能していただけます。何回も食べたくなりますよ。柿大好き。でも、食べ過ぎるとおなかを壊しますから気をつけてくださいね。柿を間違えて姉と書いたら、おませな中学生と絶句される事でしょうね。この手紙を読んだ友人の父親は何というのかな。
# by ayabemorinaga | 2018-12-22 09:47 | Comments(0)

政界雑感

信なくば立たず。この言葉は政治家にとって基本理念でなければならぬ。如何に口では人触りのいいことを云っていても、行動がすべてを表している。言行一致こそ政治家に最も求められる条件だ。責任ある地位に着くと最も現実らしくふるまうが、立場が変わると無責任な事を言い出す連中信ずることは出来ぬ。政権与党の時には黙認していながら、野党に成り下がったら反対のことを言い出す。さような政治家を信ずることが出来るのか。有権者はしつヵりと政治家の行動を注視して投票行動をすべきだ。虚偽妄言を云って有権者を騙す政治家を見限る事が大事だ。いやー与党にもいるかも知れぬから有権者はきっちりと見分けるべきだ。野党第一党立憲民主党は会派入りの条件として原発ゼロ米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設見直しを求めているらしいが、民主党政権鳩山総理は最低でも県外と主張し挙げ句の果て見つけられなかった。辺野古反対を掲げている枝野代表は当時行政刷新担当相で在り閣僚として辺野古周辺を移転先として日米共同声明に基づき移設計画推進とする対処方針閣議決定した。彼らは閣僚として対処方針に署名したのではないか。過去の政治行動は切り捨て、立憲民主党は今では新しい政党だ、と開き直っている。そのような政党が何を言っても信ずることは出来ぬ。有権者の目にはどのようにうっっているのか。来年の参議院選挙で明らかになろう。
# by ayabemorinaga | 2018-12-21 10:20 | Comments(0)

批判が出来る能力

我が家は戦中戦後を通じて、朝日新聞を購読していた。最近の朝日新聞は左傾化が著しい。戦時中に軍部に協力して国民を戦争に駆り立てるために、あおりにあおっていた反省からかどうか知らぬ。いやご都合主義の見本だ。新聞は社会の木鐸と言われているがその本領が発揮されているか。慰安婦問題を世界に拡散したのも朝日新聞ではないか。最近の朝日新聞はどこの国の新聞になったのか。まさか中国の新聞になったのではないだろうが-。朝日に洗脳されてはならぬ。いやそのような批判をするより、国民がシッヵりとした批判力をたかめることがひっようふかけつな世の中になったと感じている。いかなる新聞も鵜呑みにするのではなく批判力を持って読む事が必要だ。その批判力はどこで養うのか-そりゃー教育でしか出来ぬ事だろう。朝日に目を通すとそのような思いに駆られる。
# by ayabemorinaga | 2018-12-20 09:30 | Comments(0)

教育随想その2

小学校教師こそ教師冥利に尽きる。と断言されているあなたが、なぜ小学校教師を卒業して高校へ変わろうとしたのかをききたい。小学校の先輩教師達の管理職への異常な執着にいやきかさした。壁地校に勤務して管理職への道をさぐる。そのことが悪いこととは云わない。私が綾部市の教育委員をしていた時、管理職面接があり、あなたはなぜしんどい管理職を目指そうとされるのですか。と尋ねたら、学校経営をやってみたいという答えが返ってきた。いかなる学校経営を考えておられますかと尋ねようと思ったが、口をつぐんだ。私の質問は難しいと評判になっていたらしい。そのことも知らずにずにのって質問していた我が恥ずかしい。学校経営を教職に就いた以上一度はやってみたいという自負心はよしとする。。されど、いかなる学校経営を目指すのか、実際、管理職になれば、自由奔放は学校経営は出来るものではない。学校経営の基礎基本は全教職員がベクトルをそろえて学校が掲げる教育目標に向かってすすめる、リ-ダ-が管理職の責務だ。さて。教育委員会は、管理職評定をいかなる観点からしているのだろうか。教頭のスペアはいくらでもあるが、校長のスペアない。校長の不祥事は教育委員会の責任だ。

# by ayabemorinaga | 2018-12-19 09:55 | Comments(0)

回想教育雑感その1

教職で一番やりがいのあるのは小学校教師だ。いろんな教育実践を試みることが出来ル。私が最初に赴任してのが中上林小学校であった。昭和32年には道徳教育の実践校として研究されていた。当時は、徳目主義か学校教育全体の中から道徳指導に結びつける課題を拾い上げて実践する。二つの方法があった。研究成果を冊子に記載するとき私は席替えというクラスの課題を取り上げた。ある児童と一緒の席は嫌いだ。と言って拒否する児童がいた。相手の立場にたって考えるという児童を育成する為だ。しかしこの実践は見事に失敗した。あえて失敗事例として記載した。小学校は実践課題がたくさんある。研究課題の宝庫は小学校だ。真摯に研究課題にとり組む事が出来る小学校こそ教師冥利に尽きるといえる。指導力のある教師には児童がシッヵりと応えて持てる能力を遺憾なく発揮する。

# by ayabemorinaga | 2018-12-15 14:02 | Comments(0)

自省の念

昨今国会中継をテレビで、野党の挑発に乗ってしまう安倍総理を見ていて、私も石原高校で職員会議の時に教職員の挑発にむきになって反論したことがあった。教職員の挑発など無視すれば済むものをついついかっとなって反論する。教職員はおもしろがってよってたかって挑発してくる。革新蜷川府政の時は、職員会議は最高の議決機関であった。生徒指導その他いろんな問題が勃発しても管理職は責任を問われることはなかった。教職員の総意である職員会議がその責任を負う事となった。学校管理規則が制定されてからは、職員会議は校長の諮問機関であり、すべての責任は管理職が負う事になる。校務分掌も校長の裁量となる。故に校長権限を振りかざして暴走する勇ましい管理職も存在した。教職員の意向を無視して校務分掌を押しつける暴走校長も存在した。さしたる校長は退職後直ちにお釈迦様がお迎えに見えてあの世へと旅だった。ついつい脱線しかけたな。そう管理職は教職員の挑発になどそしらぬ顔で無視すればいいのだ。と気付くのが遅かった。じっくりと教職員の意見を聞く耳をもっことは大切な事である。管理職は教職員を各校の教育目標に向けてベクトルをそろえてとり組む学校運営をすることだ。我は失敗の連続で教職員からはダッカのごとく嫌われていた。そのような思いに駆られる今日この頃だ。

# by ayabemorinaga | 2018-12-08 13:13 | Comments(0)

黒昼夢

白昼夢があるなら、黒昼夢もあるだろう。私の黒昼夢は、高等学校から小中学校に転出する夢を昨今よく見るのだ。フロイトは夢は潜在意識の表れであるという。私は小学校から高校に転出した。昭和38年高校生急増期のときである。綾部高校定時制へ転出した。綾部高校に昼間定時制があることは知っていたが夜間定時制の存在は知らなかった。私の認識はこの程度の浅薄である。東分校定時制夜間で2ヶ年勤務して本校に変わった。爾来20年間勤務した。その間定時制に8年勤務した。その後東舞鶴高校浮島分校に管理職として勤務した。東舞鶴高校へ変わり2年後石原高校に勤務する。石原高校学科改編にとり組む事になる。如何に強気の私も白髪三千丈ならぬ見事な白髪になる。学科改編をへて府立工業高校と校名を変更する。当時府教育委員であった藤田一先生からは、学科改編が終了するまでは転勤はさせぬ。と引導を渡された。まあ何とか学科改編をして再び、東舞鶴高校に転勤して私の教職生活が終る。高校から小中学校に転出して再び帰りたいと行っても帰れない夢を見る。今頃になってもそのような夢を見るのは私の潜在意識の中に何が存在するのか。私はそれを黒昼夢と命名している。追記 故藤田一先生とは、先生の息子二人を私が綾部高校で担任した。長男は歯科医師となり大学で教鞭を執っていた。次男はどこに行ったか忘れた。故藤田一先生とはそのような縁があった、

# by ayabemorinaga | 2018-12-07 09:55 | Comments(0)

数字あそび

0840 何と読みますか。おはよう。1234578 何と読みますか。ろくでなし。6と9がないからね。産経新聞に掲載されていた。たくさん数字遊びを考えてください。私には、考える能力も気力もありません。耄碌しましたよ。近頃しゃきっと身体がしないんですよ。どことなく、だるんとしんどいかんじかするのです。是も寄る年波のなせるわざかな。ふと思ってみたり。お釈迦様がいらっしゃい。と手招きされているのか。もう十分生きたでしょう。このよにみれんはないでしょうが-とおっしゃっているのかな‥ぴんぴんころりが一番いいのですが。贅沢いいなさんな。しかし、あんたは人の為世のためにいかなる努力をされましたかな。それ如何によってはあなたの願いを叶えてあげることもできるがね。自分では分かりませんよ。それは人様が評価されることですから-お釈迦様は、私の諸行をどう見られましたかと尋ねようと思ったが、畏れ多くなり口をつぐんだ。
# by ayabemorinaga | 2018-12-06 09:02 | Comments(0)

高橋輝議長就任祝賀会

一昨日は高橋儀長就任祝賀会があやべホテルで開催されたので参加した。このような機会がなければ知人に会うこともなくなった。高橋儀長は40代半ば歴代議長の中では最年少の議長ではないか。故民内清道氏が何歳で議長になられたかは存ぜぬが40代半ば手ではなかったと思う。これからの綾部市を担う若手のホ-ブだ。これからの手腕に期待したい。彼は選挙にはめっぽう強い。常に1000票台を維持している。彼は古和田幸雄議員の後継者だ。彼が選挙に強いのは、気さくな人柄で腰が低く誰とでも気楽に付き合う天性の才能を持ち合わせている。さらに義理堅いところがある。彼の義理人情に通じた人つきあいは人のまねの出来ぬ所だ。議員のなかには利用価値がなくなれば素知らぬ顔をする薄情な人も居るが彼は違う。恩義を大切にせぬ議員は選挙民が鋭く見抜き見捨てられ票を極端に減らすことになる。人としての情と言うか情緒をひときわ大切にする人だ。彼の今後の益益のご活躍とご健勝を御祈念申し上げる。
# by ayabemorinaga | 2018-12-04 14:35 | Comments(0)

管理職受難時代に

京都府では、蜷川革新府政が27年間の長きにわたって続いた。昭和53年に林田保守府政が誕生した。まず、府教委の教育長の人選が喫緊の課題であった。教育関係では公立高校から国公立大学への入学が最悪の状態であった。当時の府会議員が福岡県まで視察に行った。最終的には校長〇Β吉本先生ではなく府教委からの昇任となった。二代目は西野是先生である。最初の取り組みは普通科の学科改編で普通科の中に類類型が導入された。次が、職業学科の改編であった。職業学科の改編に私は、石原高校で携わった。石原高校の職員は学科改編は、教職員の総意で決定すべきである。と一歩も引かぬ姿勢である。私は学科改編の責任者として教頭先生に依頼した。教頭先生は各学科から教職員を専任してとり組む事とした。なにを勘違いしたのか教頭先生は、メンバ-との懇談のなかで、俺に着いてこい。校長の云うことなど聞く必要は無い。私には強力なバックがあると自負していたそうな。春期討論集会の廃止にともにい職員との話し合い、校務分掌は選挙で在り開票は校長が教職員立ち会いの下で開票した。選挙の結果を尊重しての任命となつた。学校管理規則の制定に対する教職員の反発。石原高校学科改編以外にも難しい問題が山積みの状態であった。まず教頭先生の転出を諮った。校長に批判的では何事もすすまぬ。苦渋の決断であったが府教委はしっかりと支えてくれ教頭先生は岩滝中学校の校長に転出した。今思えばよくもやりきったなと身震いするよ。本当にー   むちゃくちゃーつぱしったというとこか。我々は今でも管理職受難時代にいきてきたという思いは失せぬ。管理職受難時代を切り抜けてきた多くの先輩がいたから、現在の学校があることを自覚されよ。

# by ayabemorinaga | 2018-12-02 10:06 | Comments(0)

余生

余生とはなんぞや-毎日が日曜日朝目覚めて、今日は何をすべきかとふと思い悩む。そのような毎日が続く昨今。冬場は菜園つくりもない。散歩も一人で歩くのは妙がないと思い犬を飼った。後先考えずに飼ったがいぬの世話も大変だ。朝晩の散歩も思ってたより世話が焼ける。生後6ヶ月の柴犬なので人の気持ちを察する事は無理だ。自分の思い通りに歩こうとする。きにいらないと動かず固まっている。躾も大変根気がいる。気長にしつけないとダメだが。気短な私には性にあわぬ。大きな声で叱責をすると犬はおびえてうろうろする。理想的な余生の過ごし方はあるのかな-人それぞれで考えが異なるし余生の過ごし方も異なるだろう。毎日健康で暮らせたら神に感謝しなければ成らぬ。不足など言える場合か。志も希望もないただただ無為に日を過ごす毎日だ。ぼや-として生きるのも一苦労だ。余生を如何に生きるかもう一度考え直すか。本を読む気力もうせた。新聞も拾い読み程度だ。青春時代新聞を隅々まで読んだのが嘘の様だ。齢をかさねるにつれて気力の喪失は著しい。やると思えばどこまでやるさ-何事も経験だと意気込んだ昔が懐かしい。ぼや-賭していきているんじゃねえや-とチコちゃんに怒鳴られそうだ-追記 今私に残されているのは食い気-と温泉だ。旅行も行く気がしない。カラオケ、ボウリング グランドゴルフ三昧で過ごすか。
# by ayabemorinaga | 2018-11-28 10:16 | Comments(0)

eg.



# by ayabemorinaga | 2018-11-28 09:55 | Comments(0)

教育随想

今教育を受けている児童生徒に、教えなければならぬ喫緊の課題とは何か。洪水のように氾濫する情報を取捨選択する能力を身につけさせることに尽きる。その情報は真実か事実かをしっかりと識別することだ。と私は考える。いかなる学習をすべきか。具体的例題を示して学習を展開するしか方法は見当たらぬ。それじゃ具体的例題を示して学習する方法を教えてよ。テレビの宣伝を例題に取り上げて学習する方法もある。教育現場で教師が指導方法を研鑚することに尽きる。辛坊治郎氏が講演されたことをふと思い出した。

# by ayabemorinaga | 2018-11-27 11:54 | Comments(0)

遙かなる過去の記憶

時あたかも民主党政権下で府会議員しかり。自民党綾部支部長の就任の要請を古和田議員・鹿子木自民党幹事長・四方市長から受けて、渦中の栗を拾うような思いで受諾した。幹事長は安藤和明氏副支部長は河北淳氏の陣営であったと記憶している。市民新聞で老壮青のバランスとれた陣営だと評論された。喫緊の課題は自民党綾部支部の体制の確立と府会議員の奪還であった。最初の仕事は、西田昌司参議院議員の選挙であった。マスコミの記者から西田氏の情勢について聞かれたことがある。お父さんが参議院議員であったから、知名度はあると答えたことがある。看板を持って立っていたら革新政党の議員に注意されて事務所にすごすご帰ってくる党員もいた。選挙戦術ではビラ配り等あったが、何より優先したことは電話戦術を徹底することに徹した。電話戦術は塩見議員が担当した。結果はあやべの得票は7000票にわずかに届かない結果となったが、西田氏は当選された。もう一人の当選者は福山哲朗氏であったがやはり選挙には強い。あやべでの得票数は西田氏を上回っていた。来年は、西田氏三期目の挑戦となる。是までの選挙で7000票の壁をぶちやぶる事が出来ていないが、来年の参議院選挙では、なんとしても7000票を突破してほしい。私の後継に川北氏を推薦したが辞退されたので高倉議員にお願いすることにした。爾来自民党の相談役をしているが、ぼちぼち卒業の時期を迎えたと痛感している。老いは記憶を曖昧にする事実誤認があるやかもしれぬ。我に未来はないあるとすれば、お釈迦様からのお誘いのみだ。昨日はお釈迦様からのお誘いがあったが鄭重にお断りをしたらお聞きいただいた。これからいつ何時お釈迦様からのお誘いがあるかも知れぬ。あんたみたいな悪をお釈迦様がお誘いになるか。せいぜい閻魔大王が地獄で待っているよ。有無-なるほど左様か さもありなん-われも悪よのう-
# by ayabemorinaga | 2018-11-25 09:28 | Comments(0)

老兵は静かに消えるのみ

八十路の立志とは、趣味に生きることだ。カラオケ三昧か、グランドゴルフか、ボウリングか 麻雀か ゴルフか ゲ-トボウルか。いずれかに没頭して生き甲斐が感じられればいいだろう。いずれかに生き甲斐を見いだしたい。我を振り返れば、定年退職後3年間は初任研指導に携わり、定年直後から市教育委員に谷口市長の推薦でなった。谷口市長とは私が綾部高校でPTΑ担当しているとき副会長をされていたので昵懇になった。教育委員が七年経過してたときに、69才にして何を血迷ったか市会議員に立候補した。二期八年の政治の世界を経験した。二期目は一期だけと言っていたと非難中傷された。森永株の人で誰か立候補をあきらめるように説得出来ないかとも云われていたらしい。そのような噂も聞き流して二期目も敢然と立候補した。私の我がままで西坂町の皆さんには大変ご迷惑をかけたことには今も心が痛む。西坂町での決起集会にはそれぞれのおうちが空屋になるような状況で公民館に参集していただいた。故森永正木幹事長の動員の差配も素晴らしかったのだ。本当に多大なお世話になった事は終生忘れぬ。立候補したい人がおるなら出ればいい。されど志賀郷では2人立候補して共倒れになった例がある。市会議員引退に際して強引に後継候補を擁立した。背水の陣とはこのような状況かと身震いした。何が何でも当選させなければ成らぬ。二人の立候補となったが幸いなことに二人とも当選する事となった。なぜ強引なまでに後継候補を擁立したかと云えば、民主系府会議員からの我が陣営の府会議員への奪還である。物部での市会議員の勝敗が府会議員奪還の命運を握る鍵となるのだ。何が何でも勝たねば成らぬ歯を食いしばって必死の選挙戦と成った。選挙参謀にタマちゃんがやってきてくれた。素晴らしい指揮を展開して陣営を固めてくれた。勝利はタマちゃんのおかげだ。心をきりきりときりでもまれる緊張感は切ない。後継候補は一期で引退したが、次なる後継を擁立して当選させることが出来た。もうぼちぼち政治之世界から足を洗い静かな老後を過ごそうと思う。されど、もう一度府会議員の選挙に微力ながらも支援をして老兵は静かにさろう。早く消え失せろ目障りだ。との大合唱が聞こえてくる。さもありなん-身の程わきまえろ-了解。

# by ayabemorinaga | 2018-11-24 09:46 | Comments(0)

立志

立志とは
# by ayabemorinaga | 2018-11-23 09:27 | Comments(0)