綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

自己分析

俺様は,将来の根性悪で何かにつけて、重箱の隅をつつくような性格だ.今日もあやべこうこうの入学式があり,同窓会長の代理で出席した.誰か他の副会長に代わってもらおうと考えたか゛ついついで出しゃばり根性丸出しで臆面も無く出席した。之まで二回出席した.気になるのは,国歌斉唱がしっかりと歌えていない.と言うよりほとんど歌っていない.なぜなのか.中学校での指導はどうなっているのか。国歌指導に中学校では抵抗があるのか.現職のとき,国旗掲揚‥国歌斉唱では教職員の理解をえるのに随分苦労した。世羅高校校長は国旗国歌掲揚斉唱で自殺された.急遽、君が代、日の丸は国歌、国旗である法律が成立した経緯がある.国歌をしっかりと声を出して歌えるように中学校では尽力されたい。来賓紹介に際して,名前を言い違えるようでは管理職失格だ.左様な,管理職を誰が任命した。と、へそ曲がりは憤慨している.あんた、いつまで餓鬼の根性をはっきしているの-もう少し度量のある人間になれないのか.いやいや治るどころかますますひねくれている。人様のアラ捜しがどうにも止まらない.困った性格だ.人様にとことん嫌われるぞ。いいのかい-それで-
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# by ayabemorinaga | 2018-04-10 12:36 | Comments(0)

無常の世の習い

祖母の寝物語に聞かされた話。祖母と寝室をともにしていたのは高等学校まであつた。私は一つ下に妹がいたので祖母に育てられた。祖母のおかげで私は極端に寒がりだ。なぜかというと、祖母が私が幼児の頃風邪をひかせないためにと厚着にされた。さて祖母の話、藤懸旗本の娘が報音寺へ使いに行くために,小畑から報音寺に通じる山道で追いかけてきた侍に切られ命を落とした。侍が刀の血をぬぐうために山道の傍の池で刀を洗ったために,池水は今濁っているのだ。と、聞かされた。その池が小畑のどこらにあるのかは知ら。一度尋ねてみたいと思っている。又その話は事実なのか検証することだ。祖母が誰から聞かされたのかは知らぬ。おそらく言い伝えであろう。言い伝がどれほど残っているも知らぬ。私が住居を構えている西坂では古文書は出てこない。古文書を読み解くために史談会が存在する。しかし古文書はないが西坂歴史を語る会が活動している。西坂は,赤目坂村と西ノ保村に二分されていた。赤目坂村には、旗本藤懸がある。藤懸旗本の庄屋が私の家の上にあった。そ庄屋の跡地は代官屋敷と呼ばれている。その庄屋は請け判[連帯保証]で逼塞した。連帯保障の口利きをした人は,言葉巧みに儲かる話をしたのだろう。言葉巧みにもうけ話をする人に欲につられて引っかかると大損をする、之は今も昔も変わらぬ。何回かに分けていろんな物品が競り売りに懸けられて,なにも残っていない。おそらく価値のある書類があったことだろう.逼塞によって書類が散逸することは残念なことだ.これも時の流れ世の習いか。無常の極みだ。
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# by ayabemorinaga | 2018-03-30 11:01 | Comments(0)

宰相夫人像

宰相夫人の理想像とはいかなるものか.週刊文春‥新潮が安倍昭恵氏の特集を報道しているのをみてふと思った.吉田宰相にはコリンちゃんの存在があった.池田宰相には満江夫人この人は,池田宰相が難病に侵されたとき献身に尽くされた人だ。佐藤宰相の寛子夫人は訪米のさいミニスカ-ト姿旅立ち大騒ぎになっことがある。また,主人は怖いですよ.私随分殴られました。と週刊誌の対談で発言が外国メデアにワイフピ-タ一事件として取り上げられた。いろいろな話題を醸す人であったようだ.鳩山宰相夫人はパァ一ホ-ウマンス好みの人か。三木宰相夫人に三木氏は頭が上がらなかったようだ.良妻賢母だったのか。大平‥海部‥鈴木‥麻生‥野田‥橋本等等の宰相夫人についてはマスコミで話題になったとも聞かぬ。そうそう忘れかけていた菅直人宰相夫人に菅直人氏は頭が上がらなかったとか.すごい人だな菅直人宰相を手玉に取るのだから-と言えばそれは言い過ぎだと言われるか。それはさておき,宰相夫人の理想像はいかがなものか.何事も控えめでつねに主人を立てて行動する人といえば考えが古いと一刀両断か。失礼な言辞があれば平にお許しを願う。しがない田舎親父の寝言と聞き流されよ。

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# by ayabemorinaga | 2018-03-29 08:27 | Comments(0)

あら,不思議

昨日は,文書改ざんに関わる佐川証人喚問を終日視聴した。(勿論文書改ざんはあってはならぬ事だ゛。あってはならぬ事がなぜおきたのか。その解明はなさればならぬ。)与野党質問者の力量が問われる事にもなった。私は逢阪議員の質問が適格であるなと感じた。元財務省の能吏とのやりとりだ.質問者が質問負けしているようでは解明にはほど遠いい。そのような質問者もいたな.頭脳明晰論理的思考の持ち主だ.その人に議論で打ち勝つにはなみたいていではないだろう。さて、行政の世界では,部下の不始末の責任は上司が監督責任を問われる事は当然のことだ。ところが,財務大臣の責任を問う声が少ないはいかがか.当然監督責任が問われて当然だ。責任を一切部下に押しつけて知らぬ顔ではいかがなものか、と,首をかしげたくなるのだ。財務大臣が責任を取って辞任をする選択肢もある。でなければ、いやさ,あら不思議と思わずつぶやきたくなるよ。いや国民は納得しないだろうな。いま国会で,議論が求められているのは、国民の生命‥財産の安全と国益を議論することではないか。とも思ってみた。いろいろなこと思い出すさくらかな。だよほんとに--
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# by ayabemorinaga | 2018-03-28 07:57 | Comments(0)

寿命

人それぞれの寿命を言い当てることは、現代科学でも不可能だろう.終戦後70数年を経た今日平均寿命は男性80才女性86才になった.戦時中の男女の平均寿命は60才前後だ。平均寿命の飛躍的な進展は驚嘆に値する.なぜ飛躍的に延びたのか.世界でも例が無いのではないかな。今後もさらに延びていく可能性がある.問題は,健康寿命ガ延びることだ.現在健康寿命は男性71才女性73才である。人生100年時代の到来に向けて、健康寿命が延びることが必要不可欠だ.定年退職した人達が余生というのかセカンドライフと言えばいいのか、を過ごすためには第二の人生設計を立てることが必要だ.老後をゆったり,のんびり過ごす社会構築ができあがっているか。いやいや第二の人生設計が生かされる社会になっているか。幸いなことに私達は年金の恩恵にあずかり老後をつつがなく過ごす事が出来る.若者達にも年金が保障される社会であってほしい.左様な希望や夢を若者達に与えるのが政治の課題だ.政権の揚げ足取りや倒閣にうつつを抜かす議員よりも国益をまもり安全保障問題に真剣に取り組む議員こそ必要不可欠だ.来の参議院選を見据えて我々は政治に関心を持って望もうではないか。
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# by ayabemorinaga | 2018-03-25 09:26 | Comments(0)

追憶

私の父は無類のタバコ好きであった.朝からくわえタバコで起きてくることがたびたびあった.私は父親の遺伝子を受け継いでおらずタバコはからっきしダメだ。戦時中は何もかも配給制度であったので,酒好きの人とタバコを交換していた.父が亡くなったのは、60才だ。自治会の役員をしていたので,消防訓練のあとの酒宴の接待をしている席で倒れた.トラックで家まで送ってもらったらしい.当時私は寺町の市営住宅に住んでいた.即座に医者に見てもらっておれば良かったのだが,酒席で倒れたので母親も祖母も二日酔いだと思っていたらしい。心筋梗塞を発症していたらしいので医者にかかっておれば命を落とすこともなかったと考えている.一緒に暮らしておれば,自分なりの対応が出来ていたのだとおもい無念の念がする。父の葬儀をしながら,祖母の葬儀もさほ遠いい将来ではないなと思った.祖母も逆縁にあい心中いかほどかと思わないわけにはいかなかった。祖母は,家族が力を合わせて家を守っていくしかないと、けなげに云っていた。急遽、寺町の市営住宅から西坂に帰る事になった.高等学校三年の弟がいた.妹は柳瀬のグンゼに就職していた.弟の就職や妹の結婚をさせねば成らぬ立場なった.妹二人はすでに鬼籍に入り,命ながらえているのは弟と二人だ。弟とは15才年が離れている。昨今さよなう昔のことがなぜか思い出されて成らぬ。
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# by ayabemorinaga | 2018-03-24 09:16 | Comments(0)

懺悔

随分昔のことである。いや六十年も前のことだ。私が中上林小学校に勤めていたとき,久しぶりに我が家に帰ったら,父が珍しく、経済的に苦しくなってきたと弱音を吐いた.私はとっさに,親父さん経済的に苦労をするのも生き甲斐があっていいじゃない。なんて傍観者のような態度で言い捨てた.父は,私の言葉をどのようなおもいできいただうか.それ以上何も言わなかった.父は、私に勉強したかったら学資は出すと言ってくれていた。六反百姓の経済的に苦しい中から,お金を工面して私を京都の学校まで出してくれた。父の恩義に報いようともしななかった私の行為が恥ずかしい。いや悔やまれて成らない。なぜ素直に分かった。いくら工面すればいいの-といえなかったのか。黙って財布から現金を取り出して、今はこれぐらいしか持ち合わせがないからと言ってお金を渡せなかったのか。いまさら、いかんともしがたいが,父の祥月命日ガ来るたびに慚愧の念で心が凍り付く。仮面を被って現職の時、おもいやり、気配りが必要だと生徒に言っていたことが恥ずかしい。私は、この原罪を背負って墓場までいき,あの世で父に出逢ったら、真っ先に親不孝を詫びなければならぬと思っている。

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# by ayabemorinaga | 2018-03-23 08:55 | Comments(0)

日曜議会

昨日は,綾部市日曜機会が開催されていたので傍聴に行った.傍聴に十数名がこられていた.市民の議会に対する関心が高まったのかと思った.当日は私か支持する種清議員の質問があったこともある.帰り際に,市民新聞社に取材見習いにきている大学生から、日曜議会の感想を聞かれた.地域の要望を現地現場主義に基づきしっかりと踏まえた質問をされていたと答えた。高崎社長から議員定数の削減は一名程度になるのではないかという予想を聞いた.さて市議会議員定数を何人にするのか。かって,議員22名から18名に削減したとき,16名という考えもあったが,一気に6名削減は地域の幅広い要望を把握する事が難しくなるという理由で18名にした経緯がある。当時の経緯を知っているのは高橋議員だ。
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# by ayabemorinaga | 2018-03-12 08:47 | Comments(0)

府立校長会OΒ有志会

昨日は,府立校長会0B有志の会がルビノ堀川で開催されたので参加した.西脇知事立候補予定者が来られ挨拶があった。あいさつで,知名度が無いことを如何に克服するかであると言った趣旨を述べられていた。さらに,小学校は教育大付属桃山小学校、中学校を卒業し,私立洛星高校である。洛星高校の時一年の時は,サ-ドで二年生では、ビッチャ-である.40年前林田知事の媒酌で結婚した.素晴らしい教育の流れを止めない覚悟である.と教育に対する抱負を述べられた。有志の会の趣旨は有志ノ会が全面支援する事で有る。参加者は、80数名である。有志の会のメンバ-も顔と名前が一致するのが少なくなってきた.それだけ馬齢を重ねてきたと云うことだろう。有志の会に参加した人達全員に選挙期間中に知人に電話を掛けた名簿を提出させるぐらいの取り組みでないと本当の支援とは云えぬ。ジェスチャ-・ボ-ズではダメだ.真剣に取り組むならば選挙期間中に知人に電話を掛けまくり必勝を期すことを態度で示すべきである.帰りがけに,教育長に出逢った.教育庁舎は耐震工事のために閉鎖されて,旧館で仮住まいのようだ.総務課を訪ね教育長への面会をお願いする.扉を開けたトタン全員が起立して迎えてくれた。また,帰りも全員起立して送ってくれた。そのような姿勢に訪れた者は何とも言えぬ安らぎを感じる。中丹地区からは,高橋先生。井関先生が参加されていた.井関先生は幹事である。
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# by ayabemorinaga | 2018-03-09 11:30 | Comments(0)

地域交通機関

久しぶりに西坂線への綾バスに乗った。 綾部駅南バス停より出発して,市立病院経由で西坂までだ。市立病院から中丹文化会館青山荘で二人の老婦人が乗車され、旭が丘で下車された。路線バスは位田を経て私市へ石原を経て小畑に入り丹の国荘により、松原をへて奥新庄経由して西坂に入る。その間の時間は45分かかる。率直な感想を云えば,回り道が多いという感じだ。西坂線とは別に,青山荘、位田、私市、小畑へ巡回路線を考えるべだ。西坂から市立病院に通院する病身の身では、あちこちと引きずり回される感じで身体への負担がかさむ。西坂路線をもう少し直通にすればと言えば,乗車する人がいないではないかと反論されそうだが.市が委託している私企業だ。過疎に住む高齢者の身になって考えてもらいたい。私も命ながら得ることになれば,運転免許を返納して路線バスに頼らざるを得なくなる.西坂路線バスの経由をもう少し利用者の視点で検討してほしいと思った。市担当者からは、それはあんたの個人的な見解でしょう。地域住民の総意はどうなの--と反論されそうだが。みんなは一人のために,一人はみんなのために--これが現地現場思想に基づく見解だ。

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# by ayabemorinaga | 2018-03-07 09:59 | Comments(0)

風のいくへ[葬儀]

昨日は,奥田義兄の通夜が3月4日、葬儀が3月5日に公益社南ブライトホ-ルで家族葬で執り行われたので参列した.奥田義兄の衆議院議員初当選は昭和55年6月執行された衆議院選挙である。総選挙の最中に大平総理大臣が逝去されるという波乱に満ちた選挙であった。弔い合戦を掲げて自民党が大勝した。当時は中選挙区制で定員は一区が5人‥二区が5人であった.奥田義兄の最初の選挙の時に選挙参謀としてご尽力いただいたのが西脇尚一京都市会議員。津田市会議員‥青木市会議員であった。奇しくも今回京都府知事立候補予定者西脇隆俊氏は西脇尚一氏のご子息とお聞きしている。縁の不思議をひとき思い知る事となった。3月8日ルビノ堀川で山脇氏をお招きして府立学校校長会有志0Βが開催される。之に参加出来ル事も不思議な縁である。腹黒い連中がそんなの勝手に自己陶酔しているだけや--とれいしょうされていることでしょう。

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# by ayabemorinaga | 2018-03-06 09:50 | Comments(0)

栄枯盛衰

昨日久しぶりに福知山まで足を伸ばして百万ボルト電気店に行ったら店はなくなり更地になっていた.近年電気店の競争が激しく大変だと思っていたが,まさかつぶれるとは思っていなかった.之までたくさんの電気製品を百万ボルトで購入していた。太陽光発電を設置してもらったのも百万ボルトだ。栄枯盛衰は世の習いと言うが正にその通りだ.なんだか妙にしんみりとした感慨を味わった.閉店する店もあれば出店する店もある.変転きわまりないこの世にもう少し生きようと思う。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-24 10:16 | Comments(0)

望春

毎日寒い日が続く,昨日は久しぶりに春を思わすようなうららかな一日であった.昨今は一日千秋の思いで、春の訪れを待っている.この頃は身体の芯から凍るような寒さだ.体と同じように心まで凍てついて溶けそうもない。心がかちかちに凍てついているから思考能力もゼロだ.時の流れに身を任せて何の意欲も湧かないままの日々が続く.人生の終点がかすかに視界の中に入ってきた.人生の終焉も春に越したことはない.満開の桜がそよ風にひらひらと舞い落ちるように人生の幕が閉じられれば最高だ。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-21 09:59 | Comments(0)

人生の安全運転

道徳とは、この道を行けば安全だという道路標識、守る者は得をし,守らぬ者は破滅する。まもれ守らぬのもんだいではないと自覚せよ.人間の一生は,道徳という人生標識をしっかりと学び実践する事である。人間生きるために、ときにはどうとくという道路標識からいっ脱することもある.しまったと感ずれば,すぐに軌道修正をすれば,安全である。学校では、道徳をしかめ面をして教えるのではなく,人生の道路標識だと云えばよい。簡単なことだ。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-19 11:30 | Comments(0)

相田みつおの詩を

今更私が利口ぶって包容力は、リ-ダ-は欠かせない,さらに、人を理解する心だと思う.と言ったところで,皆さんは,当たり前だろう。と鼻でせせら笑われるのがオチだ.しかしだ,この心は痛みを経験しなければ育たない.これが無ければ鼻持ちにならないただのエリ-トだ.そのような連中をたくさん見てきた。そのような連中に限って俺は挫折経験をしてきたと吹聴する.にても焼いても食えぬと言うのがかくなる連中だ.相田みつおの詩は体験的リ-ダ-シッブ論だ.世の指導者たちに一読をお勧めする。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-16 11:16 | Comments(0)

今昔物語【校訓編]

私が管理職として関わったのは,府立工業・東舞鶴である。府立工業では学科改編の時校訓を制定した.信義・創造・実践である。石柱への揮毫は当時の知事荒巻氏にお願いした。校門を入ると左側に設置されている.東舞鶴でも校訓を制定した。,誠実‥自律‥寛恕だ。揮毫は私が書家荻野先生に見本を書いていただき、それを見習って書いた。揮毫したのは修学旅行出発の当日の朝校長室で書いた。民法の三大原則の一つである信義誠実から取った。之も校門を入って右がわに設置されている.石柱の費用はいずれも100万円だ.中垣石材に注文した.費用は,卒業生の寄付また、PTΑに依頼した。意地の悪いひねくれ教師員が、西舞鶴の校訓、究理をもじってキュウリか,寛恕をひな祭りの官女にたとえて冷やかす輩がいた。それと,もう一つ、等身大までは行かぬが校章を校舎に掲げた。これらの事は,同窓会、PTAのぜっだいなる協力の賜だ。特に東舞鶴では、PTΑと同窓会は昵懇にお付き合いさせていただいた。いま思い出しても懐かしい。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-13 10:55 | Comments(0)

気ままに生きる

なぜ生きるか.人の為世のために尽くす為の精神は失っていないが,行動が伴わぬ.ならば、気ままに生きようか.誰にも遠慮の要らぬ白髪の老人だ。が,人様に迷惑はかけられぬ.と思いつつも,なぜか人様の動きが気になる.人のことなど我関せずで生きようとするが,之が結構難しい.世捨て人で人様の非難など金輪際気にし無く生きるのが大変だ.いかんせん生身の人間煩悩が邪魔をする.春日のような穏やかな心になれぬ.生きている限り心にさいなまされて,いろいろ徒悩まなければ生きられないようだ.気ままに生きるなど夢のまたゆめカ。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-11 11:00 | Comments(0)

なぜ生きる

いったい人間は何のために生きているのか.自分に与えられた能力を最大限発揮し,ひどびとのお役に立つ--人生はこのためにあるのであって,自己顕示欲を満たすことではないと自覚出来る事は幸福だ。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-10 13:03 | Comments(0)

あいさつ

おとうさんありがとう。 また明日会えるといいね.と手をふる テレビを見ている顔を こちらにむけて,主人が お母さんありがとう また 明日会えるといいね。と手を振ってくれる.今日一日の幸せが 胸いっぱいあふれてくる。そして朝は おとうさんまたあえたね。おかあさんまた会えたね。と 恋人同士のようなあいさつをして暮らしをしています. 振り返り見ると 五十有余年間 こんな挨拶を 一度だってしたことがあったでしょうか。ざんねんなことに今の今まで感謝の心を見失ってあいさつもできぬ、.世にも愚かな老人になりはてたことを悲しむ。
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# by ayabemorinaga | 2018-02-09 10:02 | Comments(0)

本気て何さ。

本気ってなんだ。まじめさ-真剣さかも知れぬ。[本気になると 世界が変わってくる.自分が変わってくる.変わってこなかったら まだ 本気になっていない証拠だ. 本気な恋 本気な仕事  ああ 人間一度 こいつを つかまないことには〕私も紆余曲折の多かった人生を歩みましたが- 人生を取りこぼしたくないと思ったら-本気になる事だ人生は一度しかないのだから-我が人生を振り返り 仕事に 恋いに さらに自己実現を目指して 本気でとり組んだことがあったか.何もかも中途半端で投げやりでなかったか。いや 本気で取り組む仕事や恋いに出逢ったか.何もかも適当で要領よくこなしていただけでなかったか.人生を何事によらず与えられたことに本気で取り組むことが出来る人は幸いなり 一度しかない人生 如何に本気で何事も取り組むか。誰もが人生を歩む中で一度は乗るかそるかの決断を迫られることがある。そのとき,本気で取り組んだ人こそ輝かしき未来が約束される。我が人生で本気で取り組んだことがあったのか 無かったのか.記憶が無い。今では,本気のかけらもなく茫洋とした世間のなみに迎合しながら細々と生をつないでいる。我が人生悔い無しというには,もうしばらく時間がかかりそうだ.些細な事でも本気で取り組めば達成できる。本気で取り組む気概だけは生涯忘れるな。
 追記 我が人生で乗るかそるかの決断とは,二度あった.一度目は,大学を卒業したが,教職の道は険しかった.ほとんど一握りの人が採用されるという厳しい就職困難期であった。6月半ば頃大学から,高槻市で採用試験を受けるようにすすめられたが断ったら、大学からはもう就職斡旋はしないと通告された。高槻市で就職していたら高槻市で住居を構えて住むことになっていただろう。二度目は,市会議員に69才で立候補したときだ。

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# by ayabemorinaga | 2018-02-08 09:24 | Comments(0)