綾部市物部地区在住


by ayabemorinaga

風雪の生涯8

赤坂が後継者として擁立した上村氏に対して,同じ自治会を地盤とする強力な対抗馬となる木村が立候補の意思を固めた。木村は帝都府議会議員佐佐氏の選対本部長をつとめており,綾中市全域にその名は知れ渡っていた.誰もが木村の当選は確実である認めていた。それに反して上村は帰郷して数年しか経ていないので,正に無名と言っても過言でなかった.そのハンデイを如何に克服するかが当選のポイントである.赤坂は、上村氏の地元中の地元である諏訪町の全面的支援体制の構築に全力を傾注した.その甲斐があって辛うじて当選させることで赤坂は面目を保つことが出来た。赤坂は次の市会議員選挙は上村氏では厳しいと考えて、若い候補者の擁立を模索し始めた。同じ地盤から二人立候補して当選出来たのは正直驚きでもあった.木村氏は1400票を獲得して二位で予想どおりの悠々の当選だ。赤坂は木村氏と競合出来る機動力抜群で情熱のある、若い清村氏を立てて木村氏とガチンコ勝負を挑む決意を固めた。
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# by ayabemorinaga | 2018-01-06 11:58 | Comments(0)

風雪の生涯7

赤坂は綾中市議会議員を引退することにした.赤坂が二期目の立候補を目指して後援会役員体制の構築をしているときに、赤坂株の中で誰か立候補を思いとどまらせる人がいないのか,と言う声を聞いていたが,後援会役員に相談すると,我々はいかなる困難な状況になっても,赤坂氏が立候補するなら,役員一丸となって応援する。と力強い支持をいただいた。赤坂が地盤とする自治会から立候補を目指す人がいた.赤坂株の中でも支持はと反対派に別れた.反対派は執拗に立候補の邪魔をした.同じ自治会から二人立候補をすれば,共倒れ危険があった.現実に隣の志賀村を地盤とする二人が立候補して落選している状況があった。立候補の意思を示していた人が立候補を見送ったために,何とか議員当選出来た.赤坂が議員の引退を決めたとき,帝都府議会議員四井氏から,是非後継を決めていただきたいと要望があった.安中議員と面識がある上村氏を後継にすればどうかと言う事になり,上村氏に立候補のお願いに行ったが,奥さんに頑強に反対された.ここは正念場本人は立候補をしても良いと言う意思が確認できているので,ひたすら奥さんに懇願する以外にはない。奥さんとしては,同じ自治会を地盤として立候補すれば当選はおぼつかないと思われていたようだ.上村氏がダメなら清村氏を擁立すべきであるという要請を帝都府会議員四井氏から受けていた。いかなる困難があっても後継指名を目指さなければ成らなかった.赤坂には,心配事があった.落選させるわけには絶対行かない。はたして、強引に立候補をお願いして当選させるだけの自信が持てない。しかし,そのような弱気ではいけない.絶対当選させるという確信をもって選挙戦に望まなければ成らなかった.これぞ、背水の陣だ。赤坂は8年前に市会議員に立候補するに際して後援会幹部が木村氏と約束を交わしていた.後援会幹部が交わした約束を反故にすること,即ち.背信行為に対して自責の念はあったが,赤坂と木村氏は政党支持が異なるために後継者を擁立することに問題はないと判断した。木村氏は満を喫して自治会で後援会会作りを粛々と開始され始めた。乗るかそるかの大一番の選挙戦に突入する事になる。選挙戦では赤坂氏の背信行為・に対する批判も甘んじて受ける覚悟出来ていた。

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# by ayabemorinaga | 2018-01-05 11:00 | Comments(0)
赤坂は変節・ご都合主義を極端に嫌った.山谷知事のご都合主義は許せなかった.山谷知事が5選を目指して立候補するなら、たとえ革新党を応援しても山谷氏を支持することはしないと心に誓った。赤坂は国会議員西山氏に自由党府連はなぜ4選を目指した山谷氏を推薦したかを尋ねると,立候補者を擁立する時間が無かった.と言う答えが返ってきた.自由党帝都府連も山谷氏を推薦することはなかった。山谷氏は60才まだまだ若い国会議員を目指すことも出来たが、知事4選を目指したとき当時政権与党は民主党へ軸足を移し帝都府連合推薦を受け、自由党を袖にしたために、自由党は国会議員への推薦も知事五選も嫌った。そのため山谷氏は北海道の私立大学の講師に転身する事になる。政治家はおしなべて、先を見通す慧眼がなければ勤まらぬ。
そて、綾中市長は,壱万票の大台に乗せて圧倒的勝利となった.綾中市長選一年後に施行された帝都府会議員選挙で,市長の応援を受けて,佐佐氏より四谷氏が議席を奪還した.勿論、綾中自由党支部長高山氏、幹事長安中氏中心に役職員が一体となって獅子奮迅の選挙戦を展開した.赤坂氏の後を受け継いだ高山氏と安中幹事長の努力によって、自由党綾中支部の組織体制を不動のものにした。その功績は偉大だ。赤坂が自由党綾中支部長に就任する前は,支部が府議選をめぐり混乱をきたし,支部長不在の期間があった>
佐佐氏であるが、市会議員選挙には惜敗し府議選で四谷氏とがっぷり四つに組んで勝利した.世評では,惜敗した四谷氏に一族に権力の集中を市民が嫌ったからだとまことしやかにささやかれたが,事実かどうかはあずかり知らぬ。  

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# by ayabemorinaga | 2018-01-02 10:18 | Comments(0)

謹賀新年

あけましておめでとうございます.今年も皆様がにとって良き年であることを御祈念申し上げます.私達はこの世に何をする為に神は生を授けてくれたのか.天命を自ら悟りその実践に努めなければ成りませんね。人それぞれに神は天命を与えて此の世に送り出しました。その自覚をまずすべきです.世のため人の為に尽くすためにこの世に生まれたことは自明の通りです.人の為世のために尽くす方法は人それぞれに違います.自ずから自分に合ったやり方で尽くすことに限ります。さあ-今年も天命を自覚してしッゴ〜
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# by ayabemorinaga | 2018-01-01 14:30 | Comments(0)

行く年来る年

皆様良いお年をお迎えください。今朝テレビをみていたら百才近いおばあさん曰く。良い年は自分達でつくるものだ。とか,なるほど年寄りはいい言葉をいわれますね。
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# by ayabemorinaga | 2017-12-31 09:04 | Comments(0)

人生無常

人並みに今年を振り返ってnようと思った 昨日はブログで何の感慨もないようなことを書いたが,心が変わった。これ変心か.特筆すべき誠実さと人柄の良さはバッグンの谷垣氏、これ石破氏の人物月旦だ。安倍、麻生氏は義理人情を重んじられる政治家。これも石破氏。谷垣先生には,私が市会議員に立候補したとき,選挙事務所まで激励に来ていただいた。義兄と自民党派閥宏池会に所属されていたからである。かって中選挙区制の時には綾部では野中氏と谷垣氏支持に別れていたが谷垣氏を支持され小選挙区制になってからも引き続き支援されてきたのが前綾部市長,四方氏である。今年9月谷垣先生は政界引退を決意された.私は当然後継指名をされるものと期待していたが,されずに自民党府連に推薦を一任された。後継指名をされていれば自民党綾部支部も混乱することがなかった.安倍氏・麻生氏であれば義理人情を重んじて恩顧のあるが立候補の意思を持っておられれぱその方を推薦されたと思う。義理人情は政治家には不要なものなのか.人生無常のすきま風が吹いた年でもあった。
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# by ayabemorinaga | 2017-12-28 13:44 | Comments(0)

年末雑感

今年もあとわずかになってきた.ああ-今年も終わりか.何の感慨もおきない.年末の慌ただしさも感じぬ.季節の移り変わりにも鈍感になってきた。さて,今年を振り返って,心に残ることは何か。何も無い.唯唯無事に一年を過ごせたのは幸いであった.健康何物にも代え難い親からの贈り物だ.父は還暦で亡くなった.病名は心筋梗塞だ.母親は92才まで生きて天寿を全うした.祖父は還暦でなくなっている.病名は心筋梗塞だ。祖母は85才で亡くなった。さて,私も何才まで生きられるか.こばかりは,神ならぬ身知るよしもない.来年の抱負はと聞かれても,そのような気負い立ったものは皆無だ。少しばかり畑で野菜作り三昧の生活が送れれば幸いだ.鳥獣害と格闘しながら
心豊かな生活を渇望するが,人生は苦だ。ということを達観することが出来るか。何ものにもこだわらず心の欲するままに生きようとするが、心は雑念と煩悩が渦巻いている.欲を捨てようと思うが捨てきれぬ.相も変わらぬ金の亡者となりはてている.いつまでたってもふがいない金権亡者とは。この年になっても宝くじを買って10億当たれば叶わぬ夢を見ている哀れさよ。この金権亡者から解脱せぬ限りあの世から迎えは来ぬ.母が90才を過ぎた頃に,貯金通帳と印鑑を私に預けた.珍しいことがあるものだと思っていたらまもなく亡くなった。金権亡者から解放されたのだ。

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# by ayabemorinaga | 2017-12-27 10:04 | Comments(0)

ア―トギャ一ラリ-

今日はは久しぶりに綾部高校芸術展示会がアスパで開催されていたので参加した.孫娘が茶道部にいたので参加して以来だ。早速お茶席に案内され生徒がらお茶をいただいた.岸田校長も見えていた。が, 副校長の顔が見えない。どこかに出張かな.東分校の副校長は顔も見たことがない.体育出身だからもう少し目配り気配りが出来るかと思っていたが全然だ.同窓会と学校管理職の懇親会にも見えない.よほど宴席がお嫌いなのか.医者から飲酒厳禁とのお達しがあるのか。そりゃ-知らぬ。お茶の指導に当たっておられる山下先生にも出逢った.女の先生だと思うのだが大変愛想のいい先生がおられた.会場は市民であふれかえっている市教育長の顔も見える.書道・絵画をじっくりと鑑賞する。琴の演奏・朗読・合唱に聞き入る。日頃の生徒の努力が垣間見られた.文武両道の一端 がんばれよ.綾高真心魂 いや 探真究理か 
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# by ayabemorinaga | 2017-12-23 13:29 | Comments(0)

名前なんてさ

我々の名前は,自分でつけることなく,親が子供の幸せを願って考える。私も親に名前の由来を聞いたことがある親曰く、将校軍人に功という名前があったので命名したという単純な答えが返ってきた。以前、悪魔という名前をつけて世間を騒がした親がいた。悪魔と命名して役所に届けたらいったんは認められた。が,法務省の民事局にお伺いを立てた結果否認された。法務局側は親の命名権の乱用という理由だ。マスコミに騒がれ疲れ果てた両親は子供のことを考えて亜躯に改めたそうな。閃摩ちゃんという名前も宙ぶらりんとなったことがある。悪魔と命名すれば,悪魔は自分ノ子供だから殺すはずがない。悪魔のマイナス面は,親のエゴ、かわいそう 差別的にみられる。社会通念に照らして--等等 プラス面は,一度覚えたら忘れられぬ。選挙に強いかな--絶大な能力の表示 子供が自覚して立派な人間になる。之はこじつけだ。悪魔君が立派な人間になったとは聞かぬ。何となく屁理屈じみている。明冶の文豪森鴎外の氏名は,森 林太郎である。森 林太郎が死の遺言に,森 林太郎墓ノ他一字も刻むべからずと書いたそうだ。山陰の小京都津和野で、明冶の哲学者 西 周の石碑とともに、森 林太郎の墓と墓石に彫られているのを見たことがある。三鷹市の禅林寺にはその通り石に彫られている。がだ,ちゃんとした戒名がある.文林院鴎外仁賢大居士-林太郎先生死んでから、おい-約束が違うぞと言う事が出来ないのがこの世である。人間生まれたときは親が名前をつけてくれ,死せば僧侶から戒名と称して名前かつけられる。ままならぬものよのう-この世はさ。せめて、戒名は自分考えたらどうか。自分が考えた戒名がつけられるとは保障が出来ぬが。
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# by ayabemorinaga | 2017-12-20 09:15 | Comments(0)
正月は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなしーーお正月の替え歌ーー【もう行くつ寝るとーーお葬式ーお葬式には 花供えーお経を読んで--おがみましょうーはやくこいこいーーお葬式-】それ何の歌だー他人が聞いたら怒るぞー 公園で子どもが歌っていたぞー嘘言えーほんとかーでもなんだか実感があるな-
 だろうーうちの家では婆ちゃんが三年も、寝たきり。意識はあるが認知症。下の方は垂れ流し。二人の娘と長男の嫁が四ヶ月交替で世話をしている。だからさー大変だろうよ。本当に- お金もかかる。子供達は父親が死んだときは,遺産相続で争った。女の子でも均等相続だから,兄と同額を要求する。だが*母親のの看病では逃げ回って世話をしないので,長男の嫁が怒り出した。ま そんなことで,寝たきりの母親は三人の子供の家を回り持ちで運ばれている。で そんな歌が生まれたって云う訳か。
 人間て哀れでもあり悲しくもあるそれが人間なのだろう。現代社会の縮図を見ているようでな。身につまされて涙が ほろりり-

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# by ayabemorinaga | 2017-12-19 08:45 | Comments(0)

風雪の生涯5

綾中市長選挙は保守系無所属崎山氏と、潮目が変わったと変節した市議梅谷氏を民主党が推薦し、革マル党から渡部氏がたち,三つどもえの選挙戦となる。本来なら,民主党府議の佐佐氏が立候補すべきであるが,せっかく当選した府議の座に固執したようだ。佐佐氏は綾中市議6期当選のベテランであるが,15期市議会選挙にまさかの落選をした。この15期議選は定数22から18名になり立候補者は20名である。赤坂もこの選挙に2期めを目指して立候補した。もっぱらの世評では、赤坂と河田氏が落選するとささやかれていた。赤坂も厳しい選挙であったが何とか議席にしがみつくことが出来た。佐佐氏は、綾中市の世直しを訴えてる元府議福谷氏の全面支援を受けて市議選には惜敗したが帝都府議選に当選を果たした。さて,市長選であるが民主党政権もと意気軒昂の梅谷氏は,市民センタ-に超満員の聴衆をあつめ,帝都府選出の前川代議士ら多数の弁士が推薦の演説をした。されど、市民の間では、不見識きわまりないが、高校中退で市長として適任なのかという声がささやかれていた。結果は崎山氏の圧勝となった。綾中市民の選択は常に絶妙のバランス感覚がある。引き続き帝都府知事選挙が実施され4期を目指して山谷氏が立候補した。革マル党と一騎打ちの選挙となる。山谷氏は民主党政権では帝都府連合の全面的な推薦を受けてることが得策と思案して、之まで全面支援を受けて、当選を果たしてきた恩顧ある自由党には推薦依頼がなかった。自由党はこの屈辱を忘れることが出来なかった。結果山谷氏は、知事退任後国会議員になる夢が絶たれることになった。自由党は側面支援と言う事になり,綾中市でも山谷選挙事務所を民主党系と自由党系の二カ所設置しての選挙となる。選挙事務所費用等すべて自由党綾中支部の負担であった。

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# by ayabemorinaga | 2017-12-18 09:21 | Comments(0)

風雪の生涯4

赤坂は,自由党綾中支部役員体制が確立したので、自由党支部長を高山市議と交代した。四井氏を府議に当選させるために四井後援会役員として全力投球する事を最優先に考えてたのだ。民主党府議から奪還が喫緊の課題である。安中市議には引続き幹事長として留任していただいた。まず当面は,間近に迫った綾中市長選を勝利することだ。安中市議も市長薦出馬に意欲を持っていたが,四井市長は後継について腹案があるようだ。赤坂が議長室で執務していると,珍しいことに四井市長が議長室に来られた。何事ならぬと身構えていると四井市長が,崎山を私の後継に考えているから宜しく頼むと言う事であった。崎山さんって-と,赤坂が尋ねると,先生ご存じの崎山巌先生の息子ですよ。政府関係の金融機関に勤務されている人です。有無ー正月元旦に綾中市の寺山に上ったとき,珍しく巌先生に出逢ったが,そのときの息子さんと分かった。めずしいですね。先生お連れの方はどちらさんですか。私の息子です。新年早々の出会いが鮮明に思い出された。その年の四月から会計担当嘱託として勤務される事になった。

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# by ayabemorinaga | 2017-12-16 13:36 | Comments(0)

風雪の生涯3

安中幹事長と赤坂は,各種団体に推薦依頼に回るが至る所で,私達は選挙には関心はありませんと慇懃無礼に断られること幾たびか。そのたび安中幹事長と赤坂は苦笑い。[安中君各種団体回りはここまでにして,当初の方針どおり電話作戦を徹底しよううや-】[このくらいのことでへこたれてはあきませんよ-相手に厭がられるぐらい何回もお願いしましょう][君はタフだなー選挙はそういったものかも知れぬ。あいてが根負けするぐらいお願いする。その姿勢は大事だな-私は根性が座っていないんだよ。無愛想に断られたりすると,根畜生覚えていやがれーって腹が立ってくる。君は若いのに立派だな-〕【赤坂支部長根比べですよ。捨てる神があれば拾う神ありを信じてがんばりましょう]〔この参議院選挙を政権奪還の天王山と考えて最後まてがんばりましょうや-][そうだなー今回の選挙を他人の選挙なんで考えは捨てて自分のことと考えてがんばろう][ところで電話作戦の反応はどうだろうなー塩尻市議なんかいっていたか〕[いやー聞いていません。迷惑電話だなんて苦情が来たことはないようです]選挙の結果は,自由党西中氏6、938票、民主党松山氏7、826票その差888票まで追い上げることが出来た。政治は結果責任が問われるものだ。まずまずの成果に安中幹事長と赤坂は安堵の胸をなで下ろした。
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# by ayabemorinaga | 2017-12-14 10:06 | Comments(0)

風雪の生涯2

平成22年八月綾中市議会議員に二期目の当選を果たした赤坂太郎は,綾中市長四井氏・自由党綾中支部幹事長古田氏に自由党綾中支部長に有無を云わさぬ就任を要請された。赤坂太郎は受けるべきか辞退すべきかと思案に暮れてたが,誰かが此の危機的な状況から再起を図る努力をしなければ成らぬと腹をくくって受諾した。この危機的状況とは,自由党が30数年にわたる政権の座を民主党に奪われ,綾中市から選出されている帝都府会議員の議席まで民主党に奪還されていた。まさに、民主党が我が世の春を謳歌している状況であった。帝都府知事山谷氏が之まで恩顧にあずかってきた自由党を見捨てて、民主党にすり寄り媚びを売る様だ。赤坂は,役員体制を構築するため思案投げ首の状況を見かねて、自宅に安中市議・塩尻市議と帝都府会議員の奪還を目指す四井氏が来てくれた。何とか、老・壮・青とバランスのとれた役員体制が確立された。当面は12月に実施される参議院議員選挙で如何に戦うべきかという喫緊の課題があった。なんとしてもこの参議院選挙には自由党から立候補を目指す西中氏を当選させねばならぬ。綾中市で民主党の票を上回る票を自由党が獲得せねばならぬ。幹事長は安中市議が引き受けてくれた。副支部長は河合市議が就任する。塩尻市議は副幹事長を引き受けてくれた。赤坂は新聞記者から西中氏のネイムバリュ-はと言ったことよく聞かれた。返事は,お父さんが引退されての後継であるから知名度はあると確信を持って答えていた。綾中市会議員のなかにも潮目が代わったと民主党に鞍替えする議員がいた。赤坂は,今回の参議院議員選挙は徹底して電話作戦を徹することに決めた。自由党の街宣車も期待出来ない。看板をもって農協前に立ってもらっていたら他党から選挙違反だと忠告される。電話作戦の主任に塩尻市議をお願いしたが,電話をかける人捜しに四苦八苦の有様だ。赤坂は同僚木山議員にお願いして,宗教団体から派遣されることになった。選挙期間中の電話作戦の人数は手配できた。赤坂は,安中幹事長と一緒に各種団体回り奔走した。各種団体からは色よい返事はいただけぬ。あんたら、何しに来たのと侮蔑のまなざしで見られることが多かった。されど、ここは胸突き八丁ひたすらお願いする以外に道はない。いかなる言辞を浴びせかけられようとひたすら低姿勢で懇願した。

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# by ayabemorinaga | 2017-12-13 13:51 | Comments(0)

風雪の生涯

赤坂太郎は、物部村西方で六反百姓の長男として生まれた。太郎の幼少期は近所の餓鬼を集めて兵隊ごっこで里山を駆け巡っていた。太郎は生まれながらの権太で周囲の大人から毛嫌いされていたが、本人はいっこうに意に介せぬ風で自由奔放に遊びまくっている。何せ、ゴン太で鳴り響いているから、かんぴょうに石をぶつけて穴が開いていると、太郎の仕業であると、近所の大人から、担任に告げ口をされて、そのたび職員室に呼ばれて叱責され、職員室の入り口に立たされることがたびたびあった。授業から職員室に帰ってきた教諭が一瞥をして又何をやらかしたのかとうさんくさそうに眺められるのには閉口した。全くの濡れ衣であるが、太郎は一切弁解をしなかった。悪餓鬼どもが学校ノ帰り道道ばたの石を拾ってかんぴょうめがけて投げているを見かけることがあったが,告げ口はしなかった。時には、収穫間際のスイカが割られていると太郎がやったに違いないと親に苦情がきて親から叱られることがあったが、太郎は抗弁しなかった。親から仕置きとして、家の外に出され太時、祖母が見かねて家に入るように諭してくれたが,家の外に座り込んで、頑として家に入ろうとしなかった。あるときなんかは,墓地の石塔が軒並み倒されて大人が大騒ぎをしていたが、それもこれも太郎がやったのだ決めつけられた。太郎は,ゴン太と言うだけで事実を確かめずに悪行はすべて太郎であると決めつける大人を許せなかった。俺はそういった大人にはならぬと心に誓った。近所の餓鬼を集めて大将をしているときがご機嫌であった。太郎はけんかは強くないのだが,餓鬼の間では恐れられていた。いつの間にか餓鬼どもが太郎の周囲を取り巻いてる。
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# by ayabemorinaga | 2017-12-12 10:00 | Comments(0)

ブログ小説

以前にもブログ小説に挑戦して途中で中断してしまった。今回は最後まで書ききる予定である。題名は[風雪の生涯】である。小さな町を舞台に政治の世界を書いてみる。登場人物は実在していない。フィクションである。憶測すれば似たような人物がいるかも知れぬ。いろいろ揣摩憶測されるのは皆さんの自由である。
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# by ayabemorinaga | 2017-12-11 11:59 | Comments(0)

人事異動方針

老生、老い耄れて世に無用の者。さりながら、教育の行く末が気になり、まだ三途の川を渡るわけにはゆかぬ憎まれ老人。しばし暴言をゆるされよ。その日が来るまで。--毎年今頃になると教員の人事異動方針なるものが府県教育委員会から発表される。人事異動方針の根拠となるものは何か。人事異動方針に基づき実施した結果の検証がしっかりとなされているのか。左様なる検証を怠り唯惰性的に方針を出しているのか。はなはだ疑問に思う。あんた今頃何を寝ぼけたことをほざいているのだ。さような寝言は現職時に言えよ。ぼんやりと聞き流していたんだよ。管理職としては、指導力のある教員が欲しいだけよ。之は管理職共通の願いだ。ところがよ。とんまな管理職がいてさ、教員の意欲を喪失させるような事を行っていないか。管理職の指導力とは、常に教員にやる気を起こさせることだ。管理職研修で実践が伴っていない講師の講義ほど馬鹿らしく聞くに堪えられぬ。理論詰めの大学の先生の講義が役に立つだろうか。
。府県教委は、しっかりとした学校運営を実践した管理職OΒを講師に選べよ。教員の最終評価は実践力だ。まあー昨今は教員の品格を貶めるような素行の芳しくない人もいるが--いやー話しが横道にそれた。昨年度の人事移動方針の検証をふまえた上での方針でなければならぬ。その検証結果を公表されたい。
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# by ayabemorinaga | 2017-11-28 13:53 | Comments(0)

教職員0BG会

一昨日は綾部高校教職員OBG会があり参加した。この会は3年ごとに開催されている。出席者は39名であり最近参加者が減少気味である。その理由は知らぬ。欠席者110人から返信があり近況が綴られている。90才に成りました。米寿を迎えました。元気に過ごされている様子だ。話す事と云えば過ぎ去り日々の思いで話ばかりだ。蜷川知事時代は本人が希望しない限り転任することはなかった。故に三十数年の教職を同一校で定年を迎えることはさほど珍しいことではない。長年にわたり生徒指導などで混乱を極めた時をお互い同僚として必死になったて励まし合いったために、同僚として絆というか誼が生まれた。だからこそ、出逢えば、様々な事おもいだすΟΒGかな。となる。最近は、同一校の勤務が短いためにそのような連帯感は生まれない。と幹事から話があった。88才の矢野先生が安来節に合わせた舞踊を披露された。元気だ片足で立つなんてなかなか難しいが、しゃきっとされていた。湊先生が銭太鼓を披露された。楽しいひとときがあっという間に過ぎた半日であった。

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# by ayabemorinaga | 2017-11-27 08:18 | Comments(0)

四苦八苦

四苦とは、生老病死を云うが、昨今生きる苦しさを実感する。生きているが為に見たくもない残虐な事件におののき、家族の帰宅が遅いと事故に遭っているのではないかと気をもむ。ついつい云わなくてもいいようなことを云って、他人に不愉快な思いをさせては懺悔する。相手の物言いに激昂して処構わず面罵する。他人の話にいちいち反論する必要もないのにことさら大げさに吹聴する。他人の些細な態度にも不快感がわき起こる。常に感謝の心がけを忘れずに誰にでも対処すべきであるのに、感情に引きずられて要らぬ一言を言いあいてを不愉快にする。そんなこんなの日常生活に息苦しさを感じて、生きる事の苦しさが身にしみる。そのような事を愚痴っている間があるなら写経でもして、心を清浄にすることだね。と言われそうだが。

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# by ayabemorinaga | 2017-11-21 09:24 | Comments(0)

切れる高齢者

ΝHkが切れる高齢者について放送していた。年を経るに従ってあいてが理解してくれないとついついいらだって大きな声を張り上げることになる。寄る年波はストレスをこらえきれず処構わず怒鳴り散らす結果に成る。高齢者が些細な事で怒鳴りつけている態度を傍から見ている滑稽だ。されど、自分事となると別らしい。心底腹の中から怒りをぶちまけている。私も生来気が短いタイプであった。何か気に要らないとすぐにら腹が立つ。ついつい酒席で日頃の不満をぶちまけたことか。しかし何とも言えぬばつの悪さが余韻として残る。あまり褒められたことではないが何度かそのような繰り返しがあった。されど、昨今お前の親父は短気もので困ったと子々孫々まで言い伝えられるようにせねばならぬと自戒をしている。年を取ると妙に心配性になる。物事すべてについてネガテブにしか考えられなくなる。帰りが遅いとどこがで事故でも起こしているのではないか。と考えてしまう。血気盛んなときには考えも付かなかった事だ。年は取りたくないものだ。されど誰もが避けて通れぬ。そりゃーあまたいらっしやる方のなかには、年を経るにつれて温厚に成られる人もおられる。年寄りも道具だと云われることがある。若者が言いにくいことでも年寄りはずけずけとと言うから、若者の代弁者となることが出来る。まあまあ年取れば、気は長く心はまるく口慎めば命長けれ。と言われるが、我慢してまで長生きするのも面倒だ。しかし、寿命だけは誰にも分からぬ。切れる高齢者と言われないよう慎ましやかに暮らせれば一番。
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# by ayabemorinaga | 2017-11-17 09:40 | Comments(0)